冒険十二日目 いいから冒険だ
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
冒険者になって十二日目。私は早速ギルドへと赴いた。
だけどギルドにはカスミちゃんの姿はなかった。
受付さんに尋ねると、今朝はまだ見かけていませんね、と返答された。
昨日のマサカゲくんたちとの再会がそんなにショックだったのか。
確かに口や態度は悪かったし、一回言われるだけならともかく、あれを毎日浴びせられていたんだとすると、落ち込むのも無理はない。
ちょっと心配だね。
私は受付さんにカスミちゃんの住んでいる場所を聞いた。
「親戚の商人の家にご厄介になっているようですね」
受付さんが居所を書いたメモを渡してくれる。
この辺は冒険者の登録リストに載っている。律儀に書いてくれている場合に限るけど。
ちなみに私は最初に来た時、住所不定だったので、そう書いてあったりする。
じゃ、行ってみるか。
私は受付さんに礼を告げ、カスミちゃんの元へと向かった。
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カスミちゃんのいる家は、レンガ造りをした、少し大きめの邸宅だった。
私が扉を叩いて呼びかけると、中から使用人さんが出てきて取り次いでくれた。
門前払いで無かったのはありがたい。会えなきゃ様子を見ることもできないもんね。
ほどなくしてカスミちゃんの部屋の前まで案内される。
さて、ここまで来てはみたものの、私絶賛ノープランでございます。
大丈夫かね。上手いこと元気づけられるかしら。
……ま、なんとかなるでしょ。
私は部屋の扉をノックして呼びかける。
おーい、カスミちゃーん。
「は、はいっ。……どうぞ」
お、よかった。返事があった。
それじゃ、お邪魔しまーす。
部屋の中は、私のいる宿とは違い、きちんとした生活感のある内装だった。本棚やドレッサー、様々な調度品の他、飾り立てのための花も少し置かれている。高級すぎるということも無いが、必要最低限の物しかない部屋より格調は上だった。
そんな部屋に、カスミちゃんはわざわざ片隅へ寄るようにして座り込んでいた。
そこ、お尻痛くならない?
「え、えっと」
いいんならいいけど。私はソファーをお借りするぜ。フゥーハハハ。やわらか!
「……くすっ。あ」
よかった、思ったより元気そうだね。
「……すみません。またご迷惑をおかけして」
別に構わんよ。それより、聞いていいのかな、マサカゲくんたちのことは。
「……はい」
私が尋ねると、カスミちゃんはぽつりぽつりと話し始めた。
昨日の時点でなんとなく察しはついていたけど、カスミちゃんだけ足手まといということで、主にマサカゲくんから文句を言われていた。
カスミちゃんは戦闘で何もできない分、荷物持ちやら道具の整頓やら、細々した作業を引き受けることでパーティーに少しでも貢献しようとした。
しかしマサカゲくんの態度は改善どころか悪化した。その一生懸命やってます感が余計に気に食わなかったらしい。
ミカゲちゃんはミカゲちゃんで、マサカゲくんとカスミちゃんの仲を取り持つ気などさらさらなく、体よく雑用を押し付けるようになった。直接文句は言わないものの、時にはマサカゲくんを焚き付けてカスミちゃんに矛先を向かわせ、その様子を面白おかしく眺めていたりもした。
うーむ。なんともはや。
そんな関係でよく依頼をこなせるな。まあ、マシロみたくあまり厳しい仕事がないのかもしれないけど。
あれ、そういえばシノブくんは? 彼は何かしてこなかったの?
「はい、特に……ただ、一回だけ私に言ってきたことはあります。『嫌ならやめればいいのに』って」
ははあ、なるほど。かばいはしないけど構いもしないってやつか。
「なので私……その通りにしたんです。みんなの迷惑でお荷物になるなら、別の場所に行った方がいいと思って」
それでマシロにか。……割と行動力高いな。
んー、まあ昨日はたまたま会っちゃったけど、別にこれからも顔合わせるわけじゃないし、気にしなくていいのでは。
「そうでしょうか……」
そうそう。それより冒険のことを気にしよう。
今日はもう休みでいいとして。どうかな、続けられる?
「……冒険には行きたいです。でも、また迷惑に」
カスミちゃんは冒険って好き?
「え? ……えっと、どうだろう。ワクワクすることもあるけど怖いことや大変なこともあって……えっと、よく分からないです」
でも嫌いじゃない?
「……と、思います。冒険を終えてみんな無事なことにホッとする瞬間が、多分一番好きです」
じゃあ、やりたくないのにやっているわけじゃないんだね。
「はい。冒険は、楽しいです」
うん、なら問題ない。
私も、冒険をやりたいからやるし、それがカスミちゃんと一緒だと、もっといいと思ってる。
「え……えっと。でも私が一緒じゃ、もっと大きな依頼とかはダメだと思うし、それじゃフィーさんが楽しくないんじゃ」
大きな依頼や難しい依頼って引き受ける必要ある?
そりゃ緊急なら別だけど、私は冒険がしたいんであって、偉業を成し遂げたり自分の威光を知らしめたいとかじゃないから、そこにはこだわんないな。
やりたいと思ったことを、やりたい場所でやるの。スタートはそれだけ。ゴールは変わるかもしれないけど、それは今の私が考えることじゃないから。
カスミちゃんはどう? 冒険はやりたい?
もちろんやめても構わない。やりたくないことをやらせようとは思わないから。
あなたの気持ちを聞かせて。
「わ、私……私は……」
あせんなくていいから。言えるまで待つよ。
「……私は、フィーさんと、冒険がしたいです……!」
そっか。ありがとう。
「いえ……ぐすっ、こちらこそ、こんな私と冒険したいって言ってくれて、ありがとうございましゅっ」
また噛んでる。それも癖だねえ。
「はいっ、えへへ」
カスミちゃんはとびきりの笑顔を浮かべた。
正直言って、私は私のやりたいことを告げ、彼女に押し付けただけだ。
ただ、それがカスミちゃんにとって救いになるなら、ひとまずはいいのだろう。
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宿に戻る前に、私はカスミちゃんの家でそのまま食事をご馳走になった。
カスミちゃんの面倒を見ている商人のご夫婦とも顔を合わせながら、遠慮なしにご飯をかき込んだ。
意外にも、この家の人たちは私に好意的だった。カスミちゃんが色々言っているんだろうけど、私はそんなに何かしたことはないです。
でも彼らの目の前でデザート三回おかわりはさすがにやらかしたなと思う。
一日が終わる。
宿に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。