冒険十一日目 古城での出会い
冒険者になって十一日目。私は早速ギルドへと赴いた。
ギルドの中には、昨日と同じくカスミちゃんと受付さんがいた。
「お、おはようございます、フィーさん」
「フィーさん、カスミさん、おはようございます」
二人に挨拶され、私も、おはようございます、と返す。
「本日の依頼はこのようになっております」
受付さんに促され、私とカスミちゃんは壁の掲示板を見る。
今日も変わらず平和な依頼かな、と思っていると『古城の調査求む』という、何やらロマンをくすぐる文言があった。
依頼書を取ってカスミちゃんと眺める。
「マシロから少し離れた、お城跡の調査みたいですね……?」
ふむふむ。要するに、モンスターとか危ない人が住み着いてないか見に行って欲しいわけね。なんなら退治してもいいと。
いいじゃないか。冒険って感じがする。
「だ、大丈夫でしょうか? ゴーストとかゾンビとか、いませんよね?」
へーきへーき。仮にいても私たち魔法使いだから倒せるし、なんとかなるって。蜘蛛以外は。
「わ、分かりました。怖いですけど……フィーさんと一緒に頑張ります」
うむ。何かでっかいお宝とかあるといいねえ。
私はそのまま、この依頼を受けることを受付さんへ伝える。
「はい。少し遠出になりますから準備はしっかりしておいてくださいね。それと、この場所はアサグロの町とも近いので、もしかしたら向こうからも冒険者が来ているかもしれません」
なんと。てことは先に調査されてる?
「かもしれません。もし出会ったら、現地で協力するかしないかは任せます。ただし、邪魔し合うような真似はくれぐれも慎んでください」
大丈夫です。悪い人じゃなきゃちゃんと助け合いますよ。ねえ、カスミちゃん?
「はいっ、もちろんです」
それより、もしアサグロからも本当に来てて、先に調査を終えられちゃったら困る。準備はもちろんするけど、なるべく早く行こう。
「あ、はいっ」
私たちは、受付さんに見送られながら、ギルドを後にした。
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さて、地図に従ってやってきた廃城。
遠目で見ると綺麗だったが、近寄ると朽ちた部分があちこち目に付く。
雰囲気としては、いかにも何か出てきそうである。道中は比較的平和だったけど、今日は空が薄暗いこともあり、怖さがいや増している。
「ここ怖くない怖くない怖くない」
私の後ろではカスミちゃんが早速雰囲気に呑まれ、手の平に何か文字を書いては飲み込むような動作を繰り返している。
おーい、大丈夫?
「ひゃ、ひゃいっ、らいじょうぶれす!」
カスミちゃんは最初に会った時のように噛み噛みの返事をする。
えーと、本当に無理そうだったら言っていいからね?
「が、頑張りまひゅ」
カスミちゃんがうなずいてみせた。怖がってはいるものの、目をつぶるとか、こっちの服を引っ張るといった真似はせず、自分の足で立っている。
今のところは平気そうかな?
おっと、そうそう。せっかくだから私はアレを試そう。
何をするかって? ほら、ゴーレムだよ、ゴーレム。
城の土を使い、準備の時に用意してきた素材を混ぜ、私はゴーレムを作成する。
何の変哲もなかった土くれが、もこもこと膨れ上がって、人間よりひと回り大きい人形になる。
「わあ……すごいです!」
初のゴーレム生成を目の当たりにした感動からか、カスミちゃんが噛まずに声を上げた。
いやあ、私も成功して嬉しい。
一応、ヨミさんから言われた通り変な制御はしなかったから、すぐに崩れるということはないはず。
ま、崩れても素材が無事ならその場で作り直せるし、問題はないけど。
というわけで、この子を先頭に乗り込むとしよう。
……何か名前つけてあげるか。この子とか言うと呼びづらいし。
えーと、土から作ったし、安直だけどクレイくん一号で。
「よ、よろしくお願いします!」
クレイくんにまで律儀に頭を下げるカスミちゃん。私が動かすだけだから、そこまでかしこまらなくていいんだけどなあ。ま、いいか。
んじゃ、改めて中へ入るとしよう。
「何も出ませんように、何も出ませんように……」
カスミちゃんは祈るように呟いている。
まあ調査が楽になるから、出ないなら出ないでいいんだけど、私個人としては何か出て欲しいと思うのであった。
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城の中は、風雨にさらされていない分、外と違ってあまり荒れていない。かつてはこの中に大勢の人が住んでいたんだろうか。
私はクレイくんを先行させつつ数歩離れて後ろをついていく。さらにそのすぐ後ろにカスミちゃんが続く。
「何もいませんよね……?」
まだ少しおっかなびっくりだが、カスミちゃんも周囲の様子をうかがっている。
動物くらいなら住んでそうだけど、モンスターはどうだろうね。
そう考えていると、辺りから、カツン、カツン、と物音が響き始めた。
「ひっ……! なな、何ですか!?」
カスミちゃんが一挙に怯え出す。
うーん? これ足音か?
「な、何か来るんですか……!?」
落ち着きなさい。
とりあえず、見に行ってみよう。
「ええっ!? 危ないですよ!?」
その危ない物を調べに来たんでしょーが。ほらほら、一緒に来る。
私はカスミちゃんの手を取って先へ進む。
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通路の角を曲がったところで、私たちは足音の主と対面した。
「ご、ゴーレム!? 敵か!?」
クレイくんの姿を見た相手――三人組は、剣や槍を構えて迎え撃とうとする。
ちょっ、待った待った。私のクレイくんを壊そうとするな。
「何だよ、お前? どこのどいつだ?」
先頭の剣を持った少年が、不審そうに私を見る。
私はクレイくんの横に並び立ち、名前と、マシロの冒険者であること伝える。
「……あっそ。なーんだ、つまんねえ」
少年は露骨にため息を吐いて剣を下げた。
「もう行こうぜー。ここなーんもねえし」
少年は残りの二人へ告げる。
いやいやいや。ちょっと待った。そっちは何者なの?
「私たちはアサグロの冒険者よー。私がミカゲ=コトハで魔法使い。そこの剣士がマサカゲ=スズナリ。んで、こっちの槍のがアッキー」
親しげに女の子、ミカゲちゃんがこっちへ教えてくれる。が、槍使いの男の子は憮然とした様子でミカゲちゃんを見る。
「……あだ名で呼ぶな」
「ごめんごめーん。本当はシノブ=アキハラっていうの」
ほうほう。マサカゲくんに、ミカゲちゃんに、シノブくんね。よろしく。
「よろしくー。ところでそっちの子は……あら?」
おっと、カスミちゃんの紹介しなきゃ。まだ怯えてないだろうな。
カスミちゃん、大丈夫っぽいよ?
「イチジョウじゃん。なんでこんなとこいんの?」
マサカゲくんがカスミちゃんを見ながら言う。
え、何だ? 知り合い?
「当たり前じゃん。同じクラスむぐっ」
「同じ出身地なのよー。ねえ、イチジョウさん?」
ミカゲちゃんが横からマサカゲくんの口を塞いで、カスミちゃんに笑いかける。
「……はい」
カスミちゃんがうなずく。
なるほど、同郷か。でもその割には、カスミちゃんに彼らを見て喜ぶ様子が無い。
「何だよ、お前マシロに行ったのかよ。どーりでいないと思った」
ミカゲちゃんの手をどかして、マサカゲくんが話す。
「じゃあスライム相手にチマチマ遊んでるのか。うーわ、けっさくだなー。薬草以下の役立たずのくせに、まだ冒険してるのかよ」
「……っ」
マサカゲくんの言葉にカスミちゃんはうつむいてしまう。
おーっと。雰囲気おかしいと思ったが、そうか。何か確執あるのか、この子たち。
もしかして、カスミちゃんがマシロへ来ることになった理由ってこの三人か?
いや、三人全員とは限らないけど、少なくともマサカゲくんはカスミちゃんを見下しているようである。
とりあえず、あれだ。私の仲間を悪く言うのやめてもらえます?
「はあ? 何で俺がお前の言うこと聞かなきゃいけねーの? お前、何様なの?」
ええ……何言ってんだこの子。
私が何様とかそういう話じゃなくて、カスミちゃんに悪口言うのをやめてくれって言っているんだけど。
「だから俺がお前の言うこと聞かなきゃいけない理由は何ですかー。それによって俺にどんなメリットがもたらされるんですかー。早く答えろよ、ブス」
うへえ。口の回る子だ。しかも悪い方向に。
さすがに面と向かってブスとか罵られたことは……いや、小さい頃はそりゃあったかもしれないが。普通言わないでしょ。
「マサカゲってばひっどーい。フィーちゃんショック受けてるじゃん。ごめんねー。こっちの男子、ガサツだから」
ミカゲちゃんが場をとりなそうとする。
でもその振りだけだ。ミカゲちゃんはミカゲちゃんで、クスクスと面白がるように笑っている。
私は正直、人の悪意なんて読みたくないが、喋るタイミングとか狙ってやってるんだろうなあ、と察せてしまう。
「……何もなかったんだからさっさと帰ろう」
後ろで発言を控えていたシノブくんが口を挟む。
お、いいぞ。真意は分からないが、彼はマサカゲくんたちに話を続けてもらいたくはないようだ。
「うるせーな、分かってるっての。荷物、お前が持って帰れよ」
「……分かってるよ」
さりげなく仕事を押し付けるマサカゲくんと、不満そうにしつつも受け入れるシノブくん。
うーむ、力関係が見て取れる。
「じゃー、私たちはこれで帰るねー。あ、今言ったけどこの城、なーんにもなかったからさっさと帰った方がいいよ」
そうですか。どうもありがとう。
私が礼を告げると、ミカゲちゃんは「まったねー」と愛想よく返し、男子二人と共に城の外へと出て行った。
「…………」
カスミちゃんは無言でうつむいたままだ。
えーと、あれがカスミちゃんと一緒に冒険してた子たちなの?
「は、い……」
いやー、そうかー。
あれはあれで当人たちはいいのかもしれないけど、私は無理そうだなー、あの雰囲気。はっはっはっ。
「……そうですか」
……うん、まあ、あれだ。気にするなとは言わないけど、今はカスミちゃんはマシロの冒険者で私の仲間なんだから。あんな話は関係ないよ。
「……っ、すみません」
ぐすっ、と鼻をすする音が鳴った。
涙ぐむカスミちゃんに、私はそれ以上元気づける言葉が見つからず、調査を切り上げて帰還することにした。
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ギルドに戻った私たちは、詳細を報告した。
と言っても、何もしなかったも同然なんだけど。
ちなみにクレイくんは今日の役目を終えたので、素材だけ回収して土に戻った。
「一日調べただけで終了としなくてもいい依頼ですから、まだ詳細がなくとも構いませんよ。そのミカゲさんとやらの話を信用するならこれで完了でもいいですし、出直すのであれば後日にして問題ありません」
お、そうですか。よかったよかった。
じゃあ、明日また行ってみようかな。
カスミちゃんもそれでいい?
「え、あ、はい……」
生返事である。カスミちゃんは見事に落ち込んでいた。
うーむ。あんまり嫌なことは話させたくないが、一度詳しく聞いてみた方がいいのかなあ。
とはいえ、昨日ヨミさんから「深くは聞かぬことじゃ」なんて言われちゃったし。どうすればいいのやら。
「……今日もありがとうございました」
カスミちゃんが頭を下げてくる。
この気の遣いようを見る限り、彼女が悪い部分なんてなさそうなんだけどなあ。
また明日、とお互いに告げ、私は宿へ向かう道を歩く。
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宿に戻った私は、いつも通り夕食を頼んだ。
報酬は増えていないが普通に注文した。ただ、珍しくデザートを半分残してしまった。特にお腹いっぱいではなかったはずなのに。
一日が終わる。
部屋に戻った私は、明日も頑張ろうと思いながら、ベッドで眠りについた。