第五話 猫耳少女との出会い
ギルド右の道具屋は少し古風なドイツ系の建物だった。
所々で建物の年季が見え隠れしているが、ちゃんと修繕されていて綺麗だ。
「……よし」
桜花は服の埃を軽く払ってから、ドアを開けて中に入った。
これでも多少は緊張しているのだ。
◇◆◇
中はRPGで言う所の一般的な道具屋のような見た目だった。
店の奥には店主とカウンター、他は通路と商品置き場というような感じ。
店内の様子に思わず見惚れていると、緑のエプロンを付けた濃い髭を称える店主が、入店の挨拶を投げかけてくれた。
「いらっしゃい。何の貸出しだい?」
どうやらパッと見で“物品の貸し出しを希望している”と判断したらしい。
それだけ長い間、この店を切り盛りしている証明なのだろう。
だが、今はその雑談する時間が惜しい。とにかく金が要るのだ。
飯の代金だけで五百リアも取られるとなれば、宿はもっと高い筈だ。
せめて後五千リアは稼がないと、初心冒険者の掟に従って馬小屋で眠る羽目になるだろう。
レジェンド・ファンタジー内でも馬小屋で寝た事があるが、深い理由が無いなら避けたい。
藁が服を貫通して肌に刺さるし、馬糞は匂うしで最悪だった。
そういう細かい部分は再現しなくて良いだろ……と、初心者の頃は嘆いていた物だ。
――それに、今の俺はケンジではなく桜花。即ち女性だ。
身体を労わる必要がある上に、夜間、見知らぬ強姦魔に襲われる可能性も考慮しないといけないので、多少高価でも評判の良い宿に泊まらなくてはならないのだ。
よし、細かい思考はこれくらいにしよう。
まずは背負い籠だ。
「背負い籠の貸し出しをお願いします」
「分かった。百リアだ」
「はい」
桜花は店主にお金を支払った。
すると店主は、店の奥から目の細かい背負い籠を持って来てくれた。
「……これだ。籠の返却はギルドの窓口でOKだぞ」
「ありがとうございます」
早速、籠を受け取って背負った。
重さは大して感じないが、背中に中々の圧迫感がある。
このサイズなら五千リア所か、それ以上稼ぐ事が出来るだろう。
今日の目標は何とか達成できそうだ。
桜花は店主に軽い会釈を返し、店を出ようとすると、入口のドアが勝手に開いた。
「お邪魔しまーす……」
そう言って入ってきたのは、ミディアムカットの茶髪に、髪と同色の獣耳を頭に生やした少女だった。
大分大きな耳だが、生物学の分類的に言うならば猫の部類に入ると思う。
服装は冒険者らしい軽装で、駆け出しの雰囲気が香っている。
その茶髪猫耳の少女は、自分をジッと見つめてくる黒髪朱眼の美少女を見て、困ったようにもじもじとし始めた。
緊張からか猫耳がピコピコと動く。
「う、うぅ、な、何ですか……? 私、何か悪い事しましたか……?」
「――ハッ」
マジマジとその大きな耳を見ていた桜花だが、話しかけられた事で我を取り戻した。
「あ、いえ、何でもないです。ちょっと見慣れない耳をしていたので――その、ごめんなさい」
「そ、そうですか……? 私の耳って、結構一般的なケーツィミアの耳だと思うんですけど……」
「獣耳人族……」
――確か、レジェンド・ファンタジーでのケモミミ族の総称だったな。
まさか、知っているゲーム用語を異世界人の口から聞くことになるとは。
あぁ、何故か彼女から強いシンパシーを感じる……
「えっと……あっ!」
猫耳の少女は、桜花が背負う籠を見て、これから何をしに行くのか理解したようだ。
とても嬉しそうに質問してきた。
「その籠を背負ってるって事はもしかして、アコローンの実を採取しに行くんですか!?」
「ん? はい、そうです。貴方ももしかして同じクエストを?」
「はい、そうなんですっ! ――で、ですね?」
「何ですか?」
猫耳の少女は、少し恥ずかしそうに言った。
「……実は私、冒険者として活動するのは今日が初めてで。もし良かったら、同行させて貰っても良いですか?」
「んー……」
そう言われて、少し考えた。
相手が信用に値する人物かどうかは分からないが……
あの場所ならいくらでもあるし、収量で揉める事は無いだろう。
装備の見た目からして襲われても撃退出来る。
うん、大丈夫だ。
「構いませんよ。一緒に行きましょう」
「わぁぁぁ~~っ!」
許可を得た猫耳少女は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
そしてその場で自己紹介をしてくれる。
「ありがとうございますっ! えっと、私の名前はリンディアス・エルニカです! あなたのお名前は……?」
名前を聞かれたので、特に何も考えずに返答した。
「あぁ、俺の名前は桜花です。桜の花、と書いて桜花」
「さ、サクラ……?」
桜花の説明を受けて、目が点になるリンディアス。困ったように耳が垂れた。
あぁそうだ、ここは異世界だった。
元の世界では分かりやすい比喩を使っても通じないのは当然だった。
なので“桜”についての詳しい説明をした。
「――えっと、サクラっていうのは俺の生まれ故郷の日本って国に生えてる、ピンク色の綺麗な花を咲かせる樹木の名前なんです。その花だから、桜花」
「おぉ、そうなんですか! ピンク色のお花ってとっても綺麗そうですね! 私も見てみたいですっ!」
「あぁ、花びらだけで良いなら今見れますよ。――ほら、これ」
桜花は刀をホルスターから外し、桜が舞い散る模様を見せた。
エルニカは耳をピンと立たせながら目を輝かせていた。
「おぉ……とっても綺麗ですね――……! これが本物だったら――――きっと、もっともっと綺麗なんでしょうねっ!」
無邪気な笑顔でそう伝えてくるので、桜花も頷きながら微笑みを返した。
「じゃあまず、籠を借りましょうか」
「はい!」
エルニカを交えた桜花は、雑談はそこそこにクエストへと出発する。
◇
彼女と共に畦道を歩いている間に、色々な個人情報を話し合った。
この少女はリンディアス・エルニカ、種族は獣耳人族。十六歳。
生まれも育ちもリアスティール公国で、冒険者になった理由は『外の世界を知りたいから』だそうだ。
能力値は基本Dで、知性、幸運はC。ただ敏捷がB+もあるらしい。
駆け出し冒険者の能力平均値はEかDなので、『貴方はとても優秀だ』とギルドの人に褒められた、と語っていた。
更に、低級魔法(火・雷)という魔法系スキルを持っているらしい――――が、魔力量の関係で最大三発までしか使えないようだ。
「なるほど……」
「?」
彼女の言葉を信じるならば、俺のステータスは平均よりも高いと分かった。
ただ、だからと言って隠すのも申し訳ないので正直に伝えた。
技巧の値を聞いて目を丸くしたのは言うまでもない。
しかし、ショックで卑屈になる事は無く、素直に尊敬出来るような純粋な子だったので、多少は信頼出来るかも知れない。
因みに、俺の魔力量がFと聞いて『私の勝ちですねっ!』とドヤ顔を決めた時は、内心で『コイツ……』とちょっとイラっとした。
さて、道中やリンディアスの説明はこれくらいにしておこう。
聖域の森に入ると、また脳裏に精霊の声が聞こえてきた。
『おかえり。早いね?』
『またアコローン集め?』
「はぁ……」
俺は仕方なく、虚空に向かって返答した。
「あぁ、そうだよ。また集めに来たから、道案内してくれるかな?」
「!?!?!?」
リンディアスはそれを見てギョッとした。
「お、オーカさん、一体何と喋ってるんですか……?」
彼女はそう言いながら、不安げに相手の顔を覗き込み、目の前で手を振ってくる。
俺は正気だこん畜生……
「いや、結界の精霊さんが話しかけて来たんだ」
「結界の精霊……ってもしかして、この聖域の森のですか!?」
「うん」
「そそそ、それってとっても凄い事ですよ!? ようは、結界の精霊に認められたって事ですから! 素質アリって!」
「へぇー……」
俺は、感情に任せて動く彼女の猫耳をつい追ってしまう。
動く物に釣られている訳では無く、猫が大好きだからだ。
つい触りたい衝動に駆られてしまうが、耐えろ……相手は人間だ……
「――オーカさん?」
「あぁ、ごめんなさい。それで、素質を認められると何か良い事があるんですか?」
「えぇっ!?」
正気に戻った桜花は、彼女にそう尋ねた。
頭の中が五月蠅いだけだと思ってるので、個人的にはミュートしたい。
「そりゃもう! だって、結界の精霊が協力してくれるって事ですよ!? 古代史や、エルフ族の魔導書にしか載っていない結界魔法が使えるって事ですよ!?」
リンディアスは耳をピコピコとさせながら、桜花に詰め寄るように目を輝かせた。
桜花は困ったように頬を掻いてこう答えた。
「あはは、この国の歴史には詳しくないから、凄さが良く分からないんです……」
「なるほど……では、私がご説明しましょう――」
その言葉を聞いたエルニカは、とても優しく説明してくれた。
聖域の森とは、かつてオークとの全面戦争を行なっていたエルフ族が創り上げた、魔物の侵入を阻む鉄壁の魔法要塞の名残り。
その要となる守護結界は、この世界のどんな物質よりも硬く、古竜種の息吹すらも遮断してくれる最強の盾だと――伝承で語り継がれているらしい。
「――以上です! とっても夢のある話ですよねっ!」
「そうですね」
つまりは無敵の結界が張れるという事か。良いじゃないか。
だが俺の魔力はF。悲しいかな……俺の無敵時間は数秒程しか持たないだろう。
しかし、絶体絶命のピンチを切り抜ける最後の切り札としては使えそうだ。
――――あ、だったら欲しいな。
貰えるか聞いてみるか。
「結界の精霊さん、ちょっと良いかな?」
『どうしたの……?』
『帰るの……?』
精霊は不安そうに尋ねてくる。
桜花は首を振って否定し、正直に話した。
「えっと、君達の力を貸して欲しいんだ。これからは魔物と戦う機会が増えるだろうし、咄嗟に使える防御用の切り札を一つ手に入れておきたくて」
『うん、良いよ!』
「え、良いの?」
『お姉さんなら良いよ!』
彼らは、桜花の要望を二つ返事で引き受けた。
『はいどうぞ!』
「――!?」
最後にそう言われた途端に、目の前に突然発生したスイカサイズの光の玉が、俺の身体の中に入り込んだ。
「え、え……?」
『好きに使ってね!』
「――あ、はい。どうもありがとうございます」
桜花は感謝の印として軽く会釈した。
もっと大々的な話になると思っていたので、これは予想外だ。
『それじゃあアコローンの所まで案内するね』
『こっちこっち』
しかも精霊は相変わらず自由で、継承を終えた傍からすぐさま目的地への案内を開始した。
まぁ今はそのせっかちさが有難い。早速向かおう。
「じゃあエルニカさん、アコローンの所まで行きましょうか」
「――えっ!? あっ、はいっ!」
呆然としていたエルニカも我を取り戻し、二人は精霊の作った光の道に従って、森の奥へと進む。
◇
桜花は凡そ七千リア――総重量にして七キロほどのアコローンの実を収集し、岐路に着いた。
エルニカは四千リア――四キロなのにも関わらず悲鳴を挙げている。
「ひぃ、ひぃっ、なんでっ、オーカさん、そんなに余裕なっ、表情なんですかぁ……っ!?」
「まぁ、ニ十キの重り背負って階段昇る訓練してたしこれくらいなら……」
「訓練内容がオカシイ……っ!」
桜花は平然と、エルニカは物理的に重々しい足取りで畦道を歩いていく。
「城門を通れば冒険者ギルドまであと少しですよ。頑張って下さい」
「他人事……っ!」
◇
「――はい。納品数確認しました。追加報酬も含めて四千リアです。どうぞ」
「ありがとうございます……ふへぇ……」
何とか納品を終えたリンディアスは、ギルドカウンターの下にへたり込んだ。
桜花は軽く肩を回し、一通りのストレッチを終えてから一言呟いた。
「よし、一万リア目指してもう一回受けるか」
「まだ行くんですかぁっ!?」
「もちろん」
明日の生活が懸かってますから。
冒険者が非正規雇用な以上、金はいくらあっても足りない物だ。
動ける時に稼いで貯めるのが一番である。
桜花は“また行くの……?”と絶望の表情を浮かべるリンディアスの頭を撫でて、とても申し訳なさそうに告げた。
「エルニカさんは一旦休んでいて下さい。此処からは個人的な事情ですし、どうしても時間が惜しいので急ぐ必要があるんです。また今度、ご一緒しましょう」
「……あっ、そうですよね。オーカさんは異邦人ですもんね。分かりました」
猫耳少女のリンディアスは、相手の事情を察して、申し訳なさそうに身を引いた。
悲しそうに耳ピクさせているのが気になって仕方ない。
「ではそういう事なので失礼します。今日はお疲れ様でした」
「はい、いってらっしゃーい」
二人はそこで話を切り上げて、桜花は採取クエストを再受注し、エルニカと別れを告げた。
……よし、ルートは完全に覚えた。アコローンはまだまだある。
一万リア貯めるには残り三千リア。効率よく推し進めよう。
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