第四話 ゴブリン、お前から全てを貰う
足を引いて警戒する。
だが、集まったからといってゴブリンの動きが変わる訳ではなかった。
「ギャ――――!!!」
単調に突撃してくるのみ。
「所詮はゴブリンか」
刀を下段に構える。
そのまま、近づいてきたゴブリンの首元を狙って三連撃を放った。
「ギャッ!」
「ギィッ!」
「グゲッ!」
左、右、真ん中。
綺麗に延髄を打ち抜かれたゴブリンは、そのまま地面に倒れ伏した。
かなり強く殴ったからもう立てないだろう。
「ふぅ」
一息ついて肩の力を抜く。
「「「ゲ、ゲ……!」」」
「……はぁ!?」
しかし桜花の予想は外れた。
ゴブリン達が再び立ち上がったのだ。
地面にこん棒を叩きつけ、怒り始めた。
「「「グギャ――――ッ!!!」」」
「おいちょっと待て! 何で今のが平気なんだお前ら!?」
桜花はその異常な耐久力に苦言を漏らした。
割と本気で殴ったのに。
だけど、怒り狂ったゴブリン達に話は通じない。
「「「ギャァッ!」」」
「チッ……!」
彼らはお構いなしに攻撃を仕掛けてくる。
それを一匹は後ろに飛んで避け、残る二匹には先の先を取った。
「「ゲァッ!?」」
二匹のゴブリンは、眉間を狙う攻撃を回避できず、真面に受けて宙を舞った。
「――フゥッ」
「グ!?」
桜花はその間を抜けるように移動し、残る一匹と距離を詰めると、緑色の顎を下段から叩き上げた。
「はぁっ!」
「グェッ!?」
合計三匹のゴブリンが宙を舞って地面に叩きつけられる。
「「「グゲアッ!」」」
「これならどうだ……」
正眼の構えを解いた桜花は、地面に倒れたゴブリンを見つめる。
今度はさらに強く殴った。
流石にもう――
「「「……ゲ」」」
「は?」
「「「ギャアアア――――!」」」
「はぁぁぁぁっ!?」
だがしかし、彼らは再び立ち上がって、こん棒を振り回して暴れだした。
「何で平気なんだよコイツら……!」
「「「ギャ――――ッ!」」」
ひとしきり暴れると、再び突撃を仕掛けてくる。
「どうなってんだよ! ……っぉらぁっ!」
「「「ゲハッ!?」」」
桜花は狼狽えながらも迎撃した。
弱点の顎や脳天を打ち抜いたが、ゴブリンは倒れない。
あぁもう、これじゃ埒が明かない。
結界の精霊に向かって叫んだ。
「結界の精霊! こいつらどうやったら反省するんだよ!?」
『めってして! 懲らしめて!』
「“めっ”てなんだよ“めっ”て……! っ、ぅ、ぅらぁっ!」
返答しながら、ジャンプ攻撃を仕掛けてくるゴブリンを、上下の三連撃で的確に打ち落とした。
彼らは勢いよく吹き飛ばされて地面を滑っていく。
そしてまた立ち上がると、怒って暴れ始めた。
「「「ギャイヤイヤイヤイ!!!」」」
「不屈スキルでも持ってんのかコイツら……!?」
「「「ギャ――――――!!!」」」
「くっそ……!」
その後、武器を振り回して突撃してくるゴブリンに、言われた通りに怒声を浴びせながら攻撃してみたが効果は無かった。
むしろ、起き上がってキレ気味でコチラを指差し、返答らしい行動をしてくるのが腹立たしいまである。
その怒りの感情に任せて追撃を掛けたりしたが、それでもゴブリンは倒れない。
何度も起き上がっては突撃し、俺に倒されては起き上がる。
桜花は千日手に持ち込まれて。
ギリ、と歯軋りしながら言葉を漏らした。
「くっ、ほんっとうにキリがねぇなぁ……ッ!」
これはもう、本気を出すしかない。
そう結論付けると、叫び散らすゴブリンに向かって、忌々しい表情で霞の構えを取った。
更に忌々しいのが、序盤モンスターであるゴブリン程度に苦戦させられているという事実。
廃人専用ジョブとまで言われた最終職業の一つ、刀剣極士をカンストにまで押し上げ、エンドコンテンツ周回を日課にしていたこの俺が。
この世界では、たかがゴブリン程度と対等の実力しか無い、だと?
そんなの、そんなの――――
「絶対に認めない」
強く握りしめた刀の柄が軋む。怒りの音だ。
これでも、レジェンド・ファンタジー内ではそれなりに有名人だったのだ。
提示板の剣士・剣術研究スレで人気トップ3に入る程には。
「認めたくは無いが……」
その誇りを汚されるのが嫌だったので使いたくなかったが、今だけは認めてやるよ、ゴブリン。
「――お前達は、刀の錆になるに相応しい」
霞の構えのまま刀を裏返す。
チャキン、と小気味いい金属音が鳴る。
今まで散々お前達を殴りつけたお陰で、魔物と戦う事への恐怖心は薄れた。
それは感謝しよう。だから――
「最後にお前達から『魔物を殺す覚悟』を貰う」
瞬間、桜花の瞳から赤い妖気が漏れ出した。
変化に気付かないゴブリンは、棍棒を地面に叩きつけ、ギャアギャア叫びながら突撃してくる。
所詮はゴブリンだ。馬鹿である。
だがそれでいい。
そのまま掛かってこい。
次第に高鳴っていく心臓の鼓動を感じながら、握りを少し緩め、精神の高ぶりを抑える。
どんどん意識が集中して、視野が狭まるのを感じる。
今、俺に見えるのは目の前のゴブリンのみ。
桜花は、近付いてくるゴブリンに自身の持ちうる全てを向け、飛び出した。
「自己流再現、大島鬼神演舞――――」
放つ技は数有れど、使う技は只一つ。
一歩踏みしめる。
足元の落ち葉が舞い飛ぶ。
そのまま膝を曲げ、全体重を片足に乗せて――――
――限界まで前のめりになると、前に跳んだ。
刃と彼女は、桜が舞い散るような光のエフェクトを残しながら宙を滑り、ゴブリン達の合間を瞬く間に通ると、再び落ち葉を散らして止まる。
枯れ葉と桜花の雨に包まれゆく彼女が前に突き出した刃の先は、血で赤く濡れていた。
「――奥義一の型。天花乱墜」
孤独に呟く少女の背後では、ゴブリン達が血煙を上げながらようやく地面に倒れ伏した。
ドサ、ドサ、という音を聞いて、全身に込めていた力を抜く。
少しの残身ののち、刀に付いた血を振って払うと、結末を見るべく後ろを向いた。
ゴブリン達は物言わぬ血袋と化していて、時折ぴくぴくと動いているのが気持ち悪かった。
桜花は目を閉じて黙祷したあと、捨てた鞘を拾いに行く。
脳内では精霊の歓声が響いていた。
『凄い凄い。お姉さんとっても強い!』
『これで悪くなった子も反省したよ! めってしてくれてありがとう!』
「そりゃどうも、はぁ……」
鞘を拾い、刀を収納した桜花は、ショックで肩を落とした。
ゴブリン如きに奥義を使わされるとは。
「あぁ、人生最悪の日だ」
ブレイドマスターとしての威光が……
ゲームで俺を慕ってくれてた人達に向ける顔が無い……
「こんなんだから一位になれないんだろうな……」
しかし、落ち込む桜花の事などいざ知らず。
精霊は脳内で陽気に会話し、話しかけてくる。
『お礼に何かあげないといけないね。何が良いかな?』
『何にしよう。何にする?』
『あれにしよう! あれならお姉さんも喜ぶよ!』
『そうだね。それにしよう』
『お姉さん付いてきて! こっちこっち!』
「え……? 何――」
言い切る間もなく、ガイドラインが目の前に浮かんで、Uターンしろと誘導してきた。
「また移動……?」
メンタルをやられた顔のまま振り向く。
背後では丁度、ゴブリンの死体が光となって消滅していく所だった。
死体があった場所には、赤黒く光る小石だけが残された。
「……ん?」
その石には少し見覚えがあった。
拾い上げて、ジッと見つめながら呟く。
「何これ、合成魔石?」
合成魔石とは、レジェンド・ファンタジー内に存在する強化素材の一種だ。
武器、防具、アクセサリー用の三種があり、今持っている物は武器用の合成魔石に似ていた。
ただ、一つ違う点があるとすれば、合成魔石はこんなに小さく無い。
最低でも拳大の大きさだ。
「とりま、全部拾っとくか……」
ゲーマーの習性で残りの二つも拾って、胸ポケットに入れた。
はは、何に使うかも分からん石ころ拾ってる。
もうやけくそだ。
「……しかし、何で似てるん――」
『終わった?』
「――んぇっ!?」
石の回収が終わった途端に、精霊が話しかけてくる。
『終わったかな?』
「まぁいちお」
『終わったよね!?』
「いや、ちょ」
『じゃあこっちこっち! 早く早く!』
「話」
『こっちこっち! こっちだよ!』
「はなし聞いて」
『来て来て! こっちだよ!』
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!」
精霊の声を打ち切るように叫び、頭をわしゃわしゃと掻く。
ゲームでは最弱モンスター枠のゴブリンに本気の剣術を使わされて、ショックを受けたのと。
脳内で見知らぬ他人が会話している状況に、精神が耐えられなくなったのだ。
「うがああああああああああ――――ッッ!!!!!!!」
『お姉さん?』
「ふーっ、ふーっ」
『どうしたの?』
『大丈夫?』
「……何でもないっ」
桜花は雑に髪を梳き、服に付いた落ち葉を払ってから歩き出した。
ガイドラインに従って森の奥へと進んでいく。
◇
ガイドラインに従った先には、普通の木々とは明らかに違う雰囲気を出す木があった。
幹は白く、緑葉は透けていて半透明。
その周囲には無数の光が漂うように浮かんでいて、とても幻想的だった。
『あそこだよ。あの木の下』
精霊の導きのままに進むと、白い木の下に何かが置いてあった。
一つは黒いベルト。
帯刀する為の物で、腰の右側に当たる部分には刀用の簡易剣帯が付いていた。
もう一つは黒革で出来たバッグ。
ベルトに付属出来るようになっている。ベルトポーチってやつか。
口は余り大きくは無いが、ポケットに物を収納するよりはマシだろう。
桜花は言われるがまま手に取って、不慣れながらも装着した。
これでようやく手持ち無沙汰となり、ポケット内で若干クシャクシャになりそうだった地図などの紙類、冒険者カードがポーチに収納出来た。
「これで鞘を捨てずに済む、か」
少しだけ落ち着いた声で呟く。
成功報酬があれば多少は気が紛れるってもんだ。
『ねぇ、お姉さん……』
「何?」
すると精霊が尋ねてきた。
『お姉さんどう……?』
『どう……? 嬉しい……?』
とても不安そうな声音だった。
桜花はその問いかけに対して、感情を殺し、虚空に微笑みながら返答した。
「あぁ、とっても嬉しいよ。ありがとう」
微笑みながらも、額に血管が浮き出ているような感覚がする。
完全にやべぇ奴だな、俺……
『良かった。大当たりだね!』
『大成功だね!』
精霊達は嬉しそうに脳内で騒ぎ始めた。すげー五月蠅い。
……まぁ、其処ら辺はもう許そう。これが異世界の現実なのだろう。
あぁもう、怒りを通り越して逆に冷静になっちまったよ。
「ふぅ――……」
深呼吸した桜花は、第一目標だった採取クエストを再開すると決めた。
……そうだな、ここまで付き合ってやったついでだ。
精霊にアコローンの実について聞いてみよう。
この森を守っているのだから、何か知っている筈だ。
「結界の精霊さん」
『なーに?』
「一つ聞きたいんだけど、アコローンの実って知ってる? 実はそれ探してるんだ」
『……アコローン?』
『アコローン!』
『知ってる、知ってるよ! みんな大好きなの』
『こっち! こっちだよ!』
再びガイドラインを作ってくれたので、それに従って進んだ。
◇
道の先には、高さが二メートルあるかないか、という背の低い木々が生えていた。
ただ、幹や枝はとても太く、茶色く巨大なドングリを鈴なりに付けている。
模写とも見た目が一致しているので、これがアコローンの実のようだ。
「しかしデカいな」
納品数は最低十個。
でも、アコローンはどれもこれも野球ボール――成人男性の握り拳並みの大きさ。
これで十個分だと、両腕で抱える形になるが……
「はぁ、ま、仕方ない」
金もコネも無いのだから、諦めて抱えて帰ろう。
失敗は次に生かせばいい。
「よし」
桜花は最低納品分を収穫すると、両手で抱え込んて、精霊に導いて貰って森から出た。
そして森から出ると、精霊の声が途絶えた。
去り際に『また来てね』と言われたけど、今日中にまた訪れると思う。
「あぁ、でも、やっと静かになった」
煩雑な脳内会議から開放されて、とても清々しい気分だ。
今ならゴブリンと対等以外は全て許せる気がする。
それくらい清々しい。
「よし、行くか」
兎に角だ、まずはギルドに行こう。納品だ。
戦闘のせいかは知らないけど腹も減ってきたし。
桜花は畦道を通り、目先に見える街の城門へと急ぐ。
◇
城門では冒険者カードを取り出す際にごたつき、ギルドの玄関を開けるのにも一苦労した。
だが、なんとか納品する事が出来た。
「すみません、納品です」
「おおおお疲れ様です……!」
成功報酬は千リア。
先程の女性職員から、異世界文字で【1000】と印刷された紙幣を一枚手渡された。
日本の紙幣に慣れている身からすれば『これ本当にお金なのか?』と疑問に思う。
親戚から外貨を貰った時と感覚が似ているかも。
「不思議だ」
ぼんやりと紙幣を眺めていると、遂に、ぐぅ、とお腹が鳴る。
もう空腹で限界という合図だ。
さっそくここで飯を食いたい。
「けども……」
どう注文すれば良いのか分からなかった。
なので職員さんに、酒場の利用方法を聞いた。
頼み方は単純で、席に座り、ウェイトレスを呼んで注文し、料金を前払いするだけらしい。
そういう違いはあるけど、他は日本のレストランと変わらないようだ。
なら、後は簡単だ。
「あそこか」
軽く酒場を見渡して、開いているテーブル席を見つけた。
桜花はそこに座ってウェイトレスを呼ぶ。
メニューなどは無く、ただ今日のランチが一つのみらしい。五百リア。
飲み物はどうするか聞かれて、『水が欲しい』と答えると追加で五百リアも要求され、『ヒッ』と小さな悲鳴を上げた。
代わりに一番安い物を尋ねると、スカッシュアワーという苦い飲み物が百リアだと答えてくれた。
に、苦いのか。
苦いのは苦手だが、背に腹は代えられない。
水を取り消してスカッシュアワーに変更し、料金を支払った。
するとお釣りとして鉄製のコインが四枚――四百リアが戻ってきた。
全て【100】と異世界文字で描かれている。とても現代的だ。
少し待つと料理がやってきた。
パンが二つ、チーズ、ハム、生野菜のサラダと玉ねぎのような物が浮かぶスープ。
そしてスカッシュアワー。
「ふーん?」
見た目はキレイだが、問題は味だ。
桜花はスプーンを手に取り、スープをすくって口に飲んだ。
「うん」
味は悪くない。
何というか、普通のコンソメスープのような味がする。
続いてサラダやパンも食べたが、これも普通に美味しい。
サラダには甘酸っぱいドレッシングが掛かっていて、パンは素朴な風味のパン。
うん、悪くないな。これが異世界の料理か。
桜花は美味しそうに食べ切って、満足した所でスカッシュアワーを一口飲んだ。
「うぐぇ……っ」
その途端、眉間に皺が寄り、顔が青く染まる。
……これメッチャ苦いし、漢方薬を百倍に濃縮したような味がする。
もしかしてこれ、飲み物じゃなくて二日酔い用の気付け薬なんじゃ……?
「で、でも、お金を払ったんだから……」
飲み干さないと――と、努力してみたはいい物の、どうやっても口に合わなかったので残した。
次の注文では二番目に安い飲み物にしよう。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
許せ百リア、また会う日まで。
しっかり反省した後、気分良くクエストカウンターへ赴き、同じ採取クエストを受諾する。
背負い籠を借りられないか聞くと、隣の道具屋で貸し出しを行っていると教えてくれた。
籠は一回につき百リアらしい。
「なるほど……」
金銭の浪費が著しい状況だが、籠を借りれるのは嬉しい。
何故なら、十個追加で収穫する毎に千リア上乗せされるからだ。
この切羽詰まった状況で、借りない理由が何処にあるのだろうか。
いや、無い。
「情報ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず! 採集頑張ってくださいね~!」
「はい、ありがとうございます」
桜花は少しだけ仲良くなった女性職員に見送られながら、隣の道具屋に向かった。
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