第三話 冒険者登録、そして初陣
桜花は面倒そうに頭を掻くと、ボス格の男を軽くあしらった。
「悪いけど、ナンパなら他所を当たってくれるかな? 今忙しくて、アンタ達に構う暇が無いんだ」
声音は見た目相応の少女らしい声だが、口調はどことなく刺々しく男っぽい。
その強気な態度が男達の好みだったらしく、全員で取り囲んできた。
ついイラついてボス格を睨んだが、ヤツは平然とコチラに詰め寄り、甘い声で話しかけてきた。
「……良いねェ、そんな強気な子を喘がせるのが俺の一番の楽しみなんだよ。悪いようにはしねぇから、一緒に夢の世界へ行こうぜぇ?」
「――ッ!?」
ボスは桜花の顎に向かって手を伸ばしてきた。
俺はその汚らしい手に強い嫌悪感を感じたので、パンッ、と弾き飛ばした。
「触わるなッ!」
その行動がボスの琴線に触れたようだ。
いやらしい笑みから一転、憤怒の表情を浮かべて俺を見下げてきた。
「テメェッ! Fランクの癖して、Sランクの俺様に反抗するつもりかッ!?」
顔を高揚させ、血管が浮き出るほど拳を握りしめる大男。
今にも殴り掛かって来そうだ。
というか、なんで俺がカッパーだと……
「――!」
あぁなるほど、考えるまでも無かった。
コイツら、最初から俺の事を狙ってたんだな。
ずっと俺と職員の会話を盗み聞きして、割り込む機会を伺ったわけだ。
女性の会話を盗み聞きするデリカシーの無さにも呆れるなぁ。ただでさえ臭いのに。
ま、そんなヤツにはこの一言だな。
「だからどうした変態悪臭男。一生風俗に溺れてろ」
「なッ――」
ボスを睨み、侮蔑すると、遂にブチ切れて殴りかかってきた。
「――この糞アマァッ!」
男は拳を思いっきり振り上げ、少女に向かって振り降ろす。
技術もへったくれも無い大振りの攻撃。
……あぁ何と、分かりやすく単純な攻撃だろうか。
俺は、向かってくる拳を平手で軽く弾き、男の懐に潜り込んだ。
「俺のパンチが……ッ!?」
なんか言ったけど気にしない。
一応相手が先に殴って来たし、正当防衛に入るからセーフだよな。
そう思考しながら左手を握って、ガゼルパンチを男の鳩尾に沈めた。
「グハァッ……!?」
殴られたボスは一発で気絶する。口から微量の嘔吐物を漏らしながら。
俺はぐったりともたれ掛かるボスを投げ捨てて、左右の取り巻きにも襲撃を仕掛けた。
左の取り巻きには右の上段回し蹴り。首――延髄を蹴りつける。
「――ぐェッ!?」
返す刀で左の空中回転蹴りを放ち、残る糞野郎の顎を打ち抜いた。
ソイツは、その一瞬を目に焼き付けていた。
「黒色ッ!? ――げャッ!?」
「はい、対アリー」
たった三手で相手を仕留めた桜花は、地面に落ちたゴミ――三人をギルドの端に寄せ、パンパン、と手を払った。
「……ん?」
怒りで高ぶっていた気分が落ち着き、周囲を見た時には、シーン、と静まり返っていた。
目が合う誰もかれもが、スッと視線を逸らしていく。
あれ、やり過ぎたか?
「あわわどうしましょうどうしましょう……」
「ヤバいって、これヤバいって……!」
「おちちつつけ、まだ慌てる時じゃないこういうういうと時は……」
喧嘩を止めるべく出動してきたギルド職員達は、それはもう慌てていた。
一瞬でケリがついたんだから、このまま事後処理に走れば良いと思うんだけど。
「……仕方ないな」
桜花は一旦来た道を戻って、女性職員に話しかけた。
「一つ、正しておきたいんですが良いですか?」
「ひぇぇっ! な、なんですかぁ!?」
話しかけられた職員は、慌てながらも対応してくれた。
俺も『これは大事な事だから』と、しっかり確認作業を行った。
「さっきの喧嘩、向こうから殴って来てましたよね?」
「は、はいっ!」
「なら、正当防衛ですよね?」
「はいっ!」
「じゃあ、俺はこのまま採取に行きますが良いですよね?」
「はっ、はいぃっ!」
「よしっ!」
言質を取れた事で満足し、清々しい笑みを浮かべながらハンドサインで別れを告げた。
「じゃ、これで!」
「いってらっしゃいませぇ~っ!」
こうして俺は、冒険者になって数分しか経っていないにもかかわらず、自身の強さを完璧に見せつけたのだった。
◇
桜花は、興奮冷めやらぬ表情で“聖域の森”へと向かっていた。
いやーまさか、【VR-SIMPLE護身術】ってゲームで覚えた技を使う日が来るとはなぁ。
巷ではクソゲーって言われてる【達人級】をクリアしててよかった。
――よし、過去の振り返りは終わりだ。
「……過ぎた事は忘れよう」
あんな雑魚の事を覚えておく必要はない。今はクエストに集中だ。
目の前に見える“聖域の森”は、ドーム型の透明な何かに覆われていて、如何にも結界張ってますとアピールしている。
「……」
空は快晴。
しかし日本と違って寒暖が極端ではなく、とても心地よい。
吹き抜ける風が周囲の草原を揺らし、踏みしめる道は乾いた畦道のような物だ。
とてもとてもノスタルジックで――やはりここは日本ではない、という事を知らしめてくれる。
「はぁー……」
……まぁ、帰る方法も分からない今、出来る事と言えば、とにかく生き抜くこと。
クエストで日当を稼ぎ、いつか方法を探せるようになるほどに、安定した生活を送れるようにならなければ。
覚悟を決めるように、胸の前で小さく拳を握りしめた。
◇
少しして、聖域の森に辿り着いた。
近くで見た結界は、極薄のガラスのような見た目だが、手を伸ばしてみるとスッと抵抗なく通り過ぎる。
原理は不明だが、今気にした所で腹が膨れる訳じゃない。
まずはクエストクリアが優先だ。
……そう言えば友人が『異世界には魔法という物があって、それが生活にとても密接しているから科学技術が発展しづらいらしい』という話も言ってたな。
この結界もその魔法とやらの一種なのだろうか。
「……おっと」
いや、まだそういうのはまだ考えなくて良い。
さっさとアコローンの実を探して納品しよう。
つい考えてしまうのは悪い癖だ。
桜花は実の模写が書かれた受注書を手に、森の中を捜索し始めた。
◇
帰る為の目印として、森に生える木に刀で傷を付ける。
納刀後、ポケットから折り畳んだ受注書を取り出し、模写を見ながら先へと進む。
先ほどからその繰り返しだ。
最初こそ『ここの木、斬り付けても怒られないだろうか』という不安があったが、このままだと餓えて死んでしまうので、今では『他に方法が無いんだ』と割り切って行動していた。
真剣の扱いだが、現実での鍛錬で、同じ重さの棒を振るっていたので問題ない。
それに、レジェンド・ファンタジー内で剣士をしていた時の動きがとても生きるのだ。
やはりフルダイブ型のVRゲームは、現実の肉体とも密接に関係しあうらしい。
――そう、あのゲームはとてもリアルで、自分の武器が身体に当たるとHP減少と痛みが発生するし、酷い場合では四肢の欠損までしてしまう。
そして、その痛みが半端じゃないのだ。本当に痛い。
これ本当に斬って確かめたんじゃないのか、と思うほどだ。
設定や斬撃耐性スキルで軽減する事は出来ても、完全に無くす事は出来ない辺りに運営のこだわりを感じる。
――そう言えば、攻略サイトにはこんな文章が載っていたな。
「“剣士を目指す初心者は、まず斬撃耐性スキルを教習所で習え”だったか」
しかし、そんな剣士職不遇、魔法職大人気のゲーム内で、最上級職である刀剣極士をカンストまで押し上げた俺は、もう一介の剣豪と言っても過言ではないだろうか?
「いや、それでも油断は禁物だ」
扱う感覚はゲームと似ているが、やはり真剣。
気を付ける事に越したことはない。
……だったらそうだな、試しに、架空の敵相手に振るってみるか。
桜花は反動などの感覚を今の身体に慣らす目的で、歩きながらの抜刀演舞を始めた。
上下の斬り返しをして横薙ぎの一閃。
背後への敵を想定し、そのまま振り返って斬り上げ。
最後に飛んで身体を回し、近くの木の幹に流れるような三連斬を当てた。
……少し気分が乗り過ぎた。
血糊を払う動作をしてから納刀し、多めに傷付けてしまった木に『ごめんなさい』と謝罪して、その場から去った。
そんな桜花の姿を見ていたのか、小さな会議が傷付いた木の傍で行われた。
『……あのお姉さん、強そうだね?』
『強そうだね』
『任せてみようか?』
『任せてみよう!』
遠ざかっていく桜花に、声の主達が近づいていく。
◇
「はぁ……」
ついゲームの事を考えて楽しくなって、興が乗りすぎてしまった。
うぅ、深く考えないようにしていたのに……
つい感傷に浸るとやりたくなる……元の世界に帰りたい……
モンク育成してPvPで使う技種増やしたい……
魔術師の詠唱破棄でスキルのCDリセットして瞬間DPS上げたい……
しかし、目だけはしっかりと周囲を見て、アコローンを探す。
何故なら、現実に帰れないとゲームが出来ないからだ。
「はは、ゲームみたいな世界に居るのに、ゲームがしたいとはなんとも――」
『……聞こえる? 聞こえてる?』
「――!?」
すると突然、囁くような可愛い子供の声が脳裏に響いた。
驚いて周囲を見渡す。
しかし誰も居ない。見えるのは落ち葉と森の木々だけだ。
その間も、誰とも知れぬ声の言葉は続く。
『驚いた! 驚いてる!』
『返事して? 返事出来る?』
「な、え、なに?」
『ねぇねぇ、返事して?』
「え、え?」
トントンと頭を叩いても幻聴は消えない。
どうすれば……いや、試しに反応してみよう。
それでまともな返答が無かったら、ストレスで頭がおかしくなったと考えよう。
「今俺に話しかけてきてるのは誰ですか? 何処にいますか?」
その声に反応したのか、頭の中の不思議な声は返答してくれた。
『わたしたちはこの森を守護する精霊。結界の精霊』
『この森の中になら何処にでもいるよ。お姉さんの傍にもいるよ』
『お姉さんにお願いがあるの。聞いて聞いて?』
「……あれ?」
あ、これ、まともかどうか判別付かないぞ?
元の世界的には完全にアウトだけど、ここ異世界だし、友人から聞いた情報では精霊も居るはず。
……よし、ここは自分が正気であると願って、後者が正解だと判断しよう。
とりあえず、そのお願いとやらを聞いてみた。
「“結界の精霊”さん、ですか。……その、お願い、っていうのは何ですか?」
『仲間が悪い子になっちゃったの。懲らしめて欲しいの』
『強そうなお姉さんにしか頼めないの……その子とっても強いの……』
『みんなで挑んだけど負けちゃったの! お姉さんが頼りなの!』
「ふーん……?」
話を聞く限り、なんか仲間の精霊とやらが悪落ちしたっぽいな……
ゲーム的に言うなら採取クエストの皮を被った襲撃クエストって奴か。
そういうのって大体、次のエピソードで出る新ボスの顔見せとかで、報酬に旨味とか無いんだよなー……
それに、今の俺が魔物と戦えるかどうか怪しいんだよな。
個人的に断りたい所なんだけど……
『案内が居るね! 案内しよう!』
『こっち! こっちにきて!』
『はやくはやく!』
「えっ」
どうやら俺に拒否権は無いらしく、目の前にふよふよと小さな光が浮いていき、光の点線――ゲームで例えると、初心者向けの道筋案内となった。
「……は? え、あれ、初心者用ガイドラインだよ、な?」
あまりにも見慣れた光景に、狼狽えてたじろいでしまう。
最初に考えた“異世界”仮説がひっくり返されるほどに衝撃的だった。
「ここ、実は、ゲームの中……なのか?」
そもそも本来の身体じゃないんだから、異世界仮説よりも、ゲーム内だと疑うべきだった?
でも、こんなにリアルな嗅覚とか、接触不可エリア――股間や胸を直接触った感触は、レジェンドファンタジーじゃ体感出来なかった……
「それとも夢なのか……?」
もしかしたらこれは全て夢で、本物の俺は、今も神社の本殿で刀を持ったまま爆睡してるんじゃないのか?
いやでも、じゃあ、なんで今、頬や手の甲を抓ると痛いんだ?
それともそういう、痛みも感じる特殊な夢なのか?
あぁ駄目だ、何も分からんくなってきた、でももし夢なら、さっさと覚めて――――
『お姉さん早く! 早く!』
『こっちだよ! こっち!』
『早く行こうよー!』
「うるさっ……」
そんな時でも、脳内の精霊が騒いで止まらない。
仕方ないと全ての思考を捨てる。
「あぁもう、わけが分からん」
分からないが、ここがどこで、何が本当か考えるのは後だ。
だけど。
「――何も分からないまま、終わらせるもんか」
とにかく、依頼を前向きに試してみて、無理なら『無理』と正直に言おう。
俺は、今できる最善を尽くすべきだ。
そうやって、クソゲー、無理ゲー、と呼ばれてきた物をクリアしてきたのだから。
『こっちこっち!』
「あーはいはい、今行くよ」
桜花は道案内に従う。
精霊の導きのままに進むと、悪い子になった精霊の姿を見えた。
今度は木陰に隠れて様子を伺う。
えー、問題。
数は三匹。
背丈は小学生低学年程度。
肉が少なく、骨ばった手足。
肌は緑色でとても醜悪な顔をしている最下級の亜人と言えば?
「……ゴブリンか」
正解は三匹のゴブリン。
ソイツらが、こん棒を持って周囲を見渡していた。
魔物が居ない森とは何だったのか。
『懲らしめて。めってして』
結界の精霊さんは『あのゴブリン達を懲らしめろ』とご所望だ。
うーん、なら、戦う恐怖も比較的マシかもしれない。
懲らしめる事が達成目標だし、気絶でもさせれば精霊さんも満足してくれるだろう。
「しょうがない」
桜花は刀を抜き、鞘を捨てて逆刃に構えた。
これは、仲間内のレベル上げで、たまに利用する峰打ち戦法の構えだ。
レジェンドファンタジーではこうして攻撃属性を変え、意図的にダメージレートを下げてHPを調整し、特定の味方にラストヒットボーナスを吸わせるパワーレベリングが、廃人間では日常的に行われていた。
ふふ、この持ち方してたらゲームやりたくなって来た……ホントに帰りたい……
刀を持つ手を禁断症状でカタカタと震わせながら、ゴブリン達の目の前に姿を晒す。
対してゴブリン達は人間の、しかも女の姿を視認したので、発狂したように叫び出した。
「ギャ――――!! ギィヤ――――――――!!!」
「ギャイギャイギャイギャイギャイギャイ!!!」
「ホォロルルルルルルッル!!!!!」
「――チッ」
あぁクソ畜生。
コッチはただでさえ混乱してるのに、ここで出会うのは気持ち悪かったり、死ぬほどうるさいヤツばっかりだ。
「あと発情されんのがマジでムカつくからぶっ殺す――――!」
「――ギ!?」
桜花は逆刃に構えたまま飛び出し、先頭のゴブリンに向かって振り下ろした。
「ギィッ……!?」
刀はゴブリンの脳天に直撃し、とても鈍い音を出した。
舌を噛んだのか、口端から血を流しながら後ずさる。
残る二体は激昂して襲い掛かってきた。
「「ギャ――――!!!!」」
跳躍してこん棒を振り下ろす二匹。
「――フンッ」
桜花は軽いバックステップで避けた。
二匹のこん棒は空を切り、地面を打つ。
対して、こちらは片足で着地し、間髪入れずに前方へとステップ。
隙だらけになった二匹の顔を目掛け、刀を振り抜いた。
「グギッ!」
「ゲッ!」
ゴブリンは吹き飛ばされて、地面を滑っていった。
俺はそのまま、気絶して地面に沈むだろうと思った。
だが、何故か問題なく立ち上がり、こちらを睨みつける。
相当腹立たしいようで、こん棒を地面に叩きつけて叫びながら、だ。
「「ギャッ! ギャッ! グギャ――――!」」
「おいおい……」
鉄の棒で殴られたんだぞ?
気絶しないのは良いとして、痛みで悶絶とかしないのかよ。
少し戸惑っていると、最初に攻撃したゴブリンが襲い掛かってきた。
「ギャッ!」
「ん!?」
跳躍からのこん棒振り下ろしだが、少し反応だけ遅れて回避出来ず、刀の腹で攻撃を受けた。
「うっ!?」
身体の芯に少し染みるような攻撃力。
手に痺れが走った。
「――ッ、らぁっ!」
「ギッ!? ゲハッ――」
だが、負ける訳には行かない。
そのまま押し返すと、空中のゴブリンを蹴り飛ばして距離を取った。
「ググ、ギャアッ!」
「「ゲルググ!」」
頭から墜落したゴブリンだったが、すぐさま立ち上がって近くの二体を呼んだ。
同時に攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
「チッ、痛って……」
桜花は痺れた手を振りながら考える。
舐めて掛かってたけどコイツら、結界の精霊が言っていたように、結構強いゴブリンなのか?
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