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雪が降り始めたことで一気に寒さが増した気がした。
こうして寄り添っていることで、互いの片側だけは温もりを分け合っている状態にあるが、その反対側は寒気に触れることでじわじわと冷たくなっていく。
手にしたカップのコーヒーも既に冷めてしまっている。
『これを口にしたら冬空の下でアイスコーヒーを飲んでる気分になるんだろうなぁ……』
などと大和が思ったのは、決して現実逃避をしているからではない。
本気で今の状態がそんな風に思えるくらいの冷え込みようだったからだ。
そうしてしばらく瑠菜に寄り添いぼ~っと夜空を見上げていると、落ち着いてきたのか瑠菜が僅かに身じろいだのが分かった。
「少しは落ち着いた?」
「……ん」
「う~ん……。その様子じゃまだまだ落ち着いたとは言えそうにないね」
「……ごめんなさい」
「いやいや、謝ることないって。あんな怖い目に遭ってんだから、この場合は簡単に落ち着ける方がどうかしてる。気にせずに泣きたいだけ泣いていいよ?」
そう言われてポンポンと頭を撫でられるも、さすがにこの寒空の下でずっと大和の言葉に甘え続けるわけにもいかない。
これが原因で風邪を引かせてしまうようなことでもあれば、それこそどれだけ謝っても足りなくなってしまう。
「もう、大丈夫だから」
軽く大和を押すようにしながら、瑠菜はゆっくりと顔を上げつつ大和から身を離した。
とはいえ、やはり完全に泣き止んだとは言えず、未だ瑠菜は涙目のままだ。
「……無理してない?」
「平気……」
無理をしていないと言えば嘘になるが、このまま大和に負担をかけ続けているくらいなら無理をして平静を装う方がずっといい。
そんな思いで、ぎこちないながらも瑠菜は無理やり笑顔を作ってみせた。
明らかに作ったものだと分かる笑顔に気付かない大和ではないが、負担になりたくないという瑠菜の思いを汲んで黙っていることにした。
「そ? 平気ならいいんだけど」
瑠菜が離れたことで少しの距離ができたものの、手を伸ばせば普通に届く距離にいたため、再び大和は瑠菜の頭を優しく撫でた。
「それより、今後の対策だよね~。今回のことはこれっきりだって思わない方がいいかも。騙されたとはいえ、合コンに参加したって事実ができたわけだからね。たぶんこの先も何らかの形で合コンに参加するハメになるんじゃないかな」
「!? それは……ッ!」
「宇佐美さんの望むところじゃないよね? まぁ、あれだけ嫌な目に遭ってんだから当たり前なんだけどさ」
「嫌……あんなお酒の席なんて、もう二度と参加したくなんかない」
開始早々にあの男に張り付かれ、無遠慮に距離を詰められてベタベタ触られた挙句、更には飲めないお酒を無理やり飲まされそうになったのだ。
瑠菜の性格上、言葉で強く言うことができない分、相手は調子に乗る。
あの時のように肩に腕を回され、ガッチリとホールドされてしまったら最後、女の力で振りほどくことは不可能だ。
思い出すだけで身体が震え上がる。
「もうあんな目には遭いたくない……」
震える身体を誤魔化すように、ギュッと自分自身の身体を抱き締めるように小さくなった瑠菜の頭を、再び大和の手が優しく撫でた。
「そうだよね。参加しないのが一番いい方法なんだけど、さっきも言ったように『実績』ができちゃってるから、今までのように断るのは難しいかもしれないね」
「そんな……」
「特に今回みたいに『騙された』場合とかはどうにもできないでしょ」
「………………」
黙り込んで俯いてしまった瑠菜を見て大和は軽く息をつく。
「……別に、手がないわけでもないんだけどね」
「え……?」
「一応、あるにはあるよ? 二度と合コンに参加しなくて済む方法ってやつ」
「! 本当?」
「うん」
「本当に、二度と合コンに参加しなくて済む方法があるの?」
「あるよ」
「教えて、鷹乃瀬くん! どうしたら二度と合コンに参加しなくて済むの?」
勢い込むように顔を上げた瑠菜に浮かぶ表情は真剣そのものだ。
震える手をきゅっと握り締め、今か今かと大和からの返答を待っている。
しかし……
────涙目で上目遣いとか危ないなぁ……
────ホント、いろんな意味で危険だわ、この子……
狙われるのも当然だろう。
大和だからこんな風に思うだけで済んでいるが、これが他の男ともなれば話は別だ。
なんだかんだと言いくるめられて、どこかへ連れ込まれるのも時間の問題だろう。
そうならないためにも守りは必要だ。
せめて瑠菜が己の魅力を自覚し、ちゃんとした危機感を持って自衛できるようになるまでは。
「宇佐美さんの時間を拘束することになるけどいい?」
「時間の拘束くらい全然構わない。私にとって大事なのは、合コンに参加しないことそのものだから!」
「……そっか。じゃあ……」
見上げてくる瑠菜の肩にポンと手を置き、軽く上体を屈めながら互いの距離を詰めつつ瑠菜の顔を覗き込む。
至近距離で二人の視線が交わると同時に、大和は瑠菜にこう告げた。
「オレたち付き合おっか?」
その瞬間、瑠菜の目が大きく見開かれ、滲んでいたはずの涙の膜は一瞬にして引っ込んでいった。
それほど大和から言われた言葉が衝撃的だったようだ。
何か言おうにも言葉は出ず、開いたままの口はただはくはくとぎこちない呼吸を繰り返すだけだ。
「これが最善の策、なんだけどね?」
「え、っと……あの……その……?」
「ん?」
「今のは、その……本気? それとも、冗談……?」
「もちろん本気。冗談でこんなこと言うほど酔狂な男じゃないよ、オレ?」
その証拠に、先ほどから大和の顔には笑みなど一切浮かんでいなかった。
反対に、怖いくらいの真剣な表情で、真っ直ぐと瑠菜を見つめている。
大和のその表情こそが答えなのだろう。
だから瑠菜がそれ以上言うことは何もなかった。
それだけで、十分だった。
言われた言葉に頷くかどうかは別として、大和が『本気だ』と言った理由が、十分に瑠菜には伝わったからだ。
相変わらず、瑠菜の口から言葉は出ないままだったけれど……─────