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「ふ~、大満足! やっぱ学生が普通に手を出せない高級店だけあって別格だったね! 優待券様様だよ! 最っ高に得した気分!」

「うん、すっごくおいしかった。誘ってくれてどうもありがとう」

「いやいや、オレの方こそ付き合ってくれてありがとね?」


最高においしい食事で満たされたのはお腹だけではなく心もだ。

こんなにも満足できたのは、一緒にいる相手の影響もあったのだろう。

改めて大和の誘いに頷いてよかったと瑠菜は思う。


大和は大和で、同じように瑠菜を誘ってよかったと心から思っていた。

最初は断られること前提で、ダメ元だったのだ。

女子という生きものの大半はオシャレで雰囲気のいい店を好むものだ。

いかにも男ばかりが通いそうなガッツリ系の食事の店は、誘ってもいい顔をされないことが殆どだ。


けれども瑠菜は違った。

嫌な顔をするどころか『食べるのは大好き』だと言って大和の誘いに頷いてくれたのだ。

それだけで大和の中で、瑠菜という女の子の好感度は抜群に上がった。

大抵は、相手の好みを否定することなく、更にはそれを肯定して付き合ってくれる相手との食事の時間は気持ちよく過ごせるものだ。

そして、今回の瑠菜とのそれも例外じゃなかった。

寧ろ、今までで一番楽しい食事の時間を過ごせたとも思えたくらいに充実していた。


だからなのか。

先ほどの、その場のノリ的な感覚で言ったあの言葉を本当の約束にしてしまいたくなったのは。


「解禁日が来たらお酒にも付き合ってね?」

「!」


毎度の如く、ヘラっとした人好きのする笑みにそんな言葉を乗せて伝えると、瑠菜が驚いた顔で大和を見上げてきた。

そんな瑠菜の表情を見たことで、大和の顔がキョトンとした表情へと変わった。


「ん? どしたの?」

「……ううん。大したことじゃないの。ただ、あの時言ってくれた言葉は単なる社交辞令だと思ってたから、改めて言われてビックリしただけ」

「あ~……そっか。うん、そうだよね。あんなノリで言われたんじゃフツーに社交辞令だって思っても仕方ないよね。実際あの時はそんな感覚で言ったようなものだし。けど……」


社交辞令にはしたくない。

その場のノリで言って終わりにはしたくない。

今の大和はそう思っている。


「あの時間がすっごく楽しかったからさ。宇佐美さんとなら、一緒にお酒飲んでもきっと楽しいんだろうなってそう思えて。今は社交辞令なんかじゃなく、ホントに一緒に飲みたいって思ってる。だから、解禁日が来たらお酒飲むのにも付き合ってほしいなって」

「鷹乃瀬くん……」

「宇佐美さんさえ嫌じゃなければ……ね?」


あくまでも瑠菜の意思を尊重して言ってくれているのがよく分かる。

そんな風に言われて『嫌だ』などと言えるはずがない。

少なくとも瑠菜は嫌ではないし、瑠菜を気遣って言ってくれる大和の言葉には好感すら持てる。

だから素直に誘いの言葉に頷いていた。


「……うん。まだ先だけど、それでもよければ」

「あははっ、全然構わないって。それじゃあ……約2ヶ月後? 楽しみにしてる」


笑ってそう返された言葉を聞いたことで、瑠菜は誘いに応じてよかったと、心からそう思った。

それと同時に、交わしたこの約束をとても嬉しく思えた。


「私も、ちょっとだけ楽しみ」

「え~? 『ちょっとだけ』って何~?」

「だって初めてのお酒だから。不安だってあるものなんだよ? もし飲み方を間違えちゃったりしたら、具合が悪くなるだろうし……。そんなことになったら困るな、って思って……」

「……あ~、そういう意味ね」

「うん。ハメを外しすぎて失敗するなんて話も聞いたことあるし」

「そのあたりは飲めるやつが側についてしっかり見てれば大丈夫だから。まぁこの場合はオレになるわけだけど。間違ってもあの先輩のように無理やり飲まそうとしてくるやつの側にはついちゃダメ! 弱かったらあっという間に酔い潰されちゃうからね!」


大和からそう言われたことで、あの地獄のような時間を思い出し、知らず知らずのうちに瑠菜は俯いていた。

霧散したはずのあの鬱屈とした気持ちが再び胸の中にじわじわと侵食してくるのを感じ、僅かに気持ち悪さを感じてしまったためだ。

そんな瑠菜の変化に気付き、大和は『しまった!』と、己の発言の迂闊さに頭を抱えた。


「……ゴメン。無神経なこと言った」

「ううん、いいの。鷹乃瀬くんの言うことは尤もだし、ちゃんと気を付けなきゃいけないって、改めてそう思っただけだから。今日鷹乃瀬くんが助けてくれたように、次も誰かが助けてくれるなんて保証はどこにもないもんね。だから、気にしないで?」

「や……ホントにゴメン」

「鷹乃瀬くんが謝ることじゃないのに」

「そうかもしれないけど。嫌な気持ちにさせたことは事実だから」


珍しくバツの悪そうな顔で軽く頭を掻きつつ大和は言う。

気遣い上手の彼がここまで言うくらいだ。

先ほどの発言は大和の中では相当な失言だったようだ。


ここでいくら瑠菜が『謝らないで』とお願いしたところで、大和がそれに応じてくれそうにはない。

大和の顔から笑顔が消えるだけでどことなく不安な気持ちを覚えてしまった瑠菜は、何とかこの空気を壊そうと、不器用ながらも話題の転換を試みることにした。


「……気分転換にコーヒー飲みたいな」

「へっ?」


あまりにも唐突すぎることは十分に理解しているつもりだ。

それでもこれは、瑠菜の中では本当に、本当に、せいいっぱい考えた末での発言だった。

失敗したかもしれないと思うも、一度発した言葉は取り消せない。

そして後戻りもできない。

言った言葉のままに突き進むしかない。


「鷹乃瀬くんはコーヒーは好き?」

「あ、うん……」

「じゃあ、ちょっとだけ待ってて」

「えっ? ちょ……宇佐美さん!?」

「すぐ戻るから」


引き止めかけた大和の言葉を遮り、瑠菜は通りがかりにあったチェーン展開のコーヒーショップへと一人入っていった。

慌てて追いかけようとした大和だったが、瑠菜から『待ってて』と言われた以上、動かずに待つ方がいいかと、おとなしくその場で待つことにした。

コーヒーショップは目と鼻の先だし、何かあればすぐに飛び込んでいける距離だ。

尤も、飛び込んでいくような何かがコーヒーショップで起きるとは思えないが。


人通りを避けるようにしてガードレールに凭れかかりながらコーヒーショップの方をじっと見遣る。

ほどなくして瑠菜が二つのカップを手に店から出てくる姿が目に入った。

それと同時に、凭れていたガードレールから身を離し、大和は瑠菜の方へと歩み寄る。


「お待たせ。はい、これ。鷹乃瀬くんの分」

「オレの? わざわざ買ってくれたの?」

「うん。色々よくしてもらったお礼には全然足りないけど」

「いやいや、そんなことないって。っていうか、テイクアウトしなくても、店に入って飲んでもよかったのに」

「でも、それだと鷹乃瀬くんがお金出しちゃうでしょ?」

「……あ~……うん、まぁ、そうだね……」

「それじゃお礼をする意味がないから。金額的には大したことはないけど、ちゃんと自分で買って渡してお礼をしたかったから……」


お礼に金額も何もないと大和は思う。

大事なのは、そこに込める気持ちだ。

今の瑠菜の言葉や態度からは、金額云々よりも、込めすぎるくらいに込められた感謝の気持ちでいっぱいに溢れていることがよく分かる。

これ以上大和がどうこう言うのは野暮というものだ。


「そういうことなら……ありがと!」


差し出されたカップを受け取り、大和は笑顔でお礼を言った。

遅い時間ではあるが、週末の繁華街はそれなりに人通りがある。

コーヒーのカップを持ったまま人通りの多い道を歩くのはぶつかったりする可能性があるため、大和の提案で少し先の公園に行くことにした。


冬の夜の公園は寒いが、手にしたコーヒーのカップが適度に温めてくれるので少し話をするくらいなら問題ない。

長時間になると、逆に一気に冷え込んでしまうのでコーヒーを飲んで、少し話して今日は解散、という流れが妥当だろう。


けれど一つだけ。

大和には瑠菜に言っておきたいこと───いや、訊いておきたいことがあった。

お酒が飲めないことは別に置いておくとして、明らかに苦手だろうと思われる合コンに参加していたのが不思議でならないのだ。


短時間ではあったが、一緒にいたことで瑠菜の性格はなんとなく分かった。

その中で言えることは、明らかに瑠菜は合コンには向かない性格だということ。

とてもではないが、自ら参加をするとは思えない。

この話題を蒸し返すことに罪悪感はあるが、できればハッキリさせておきたいところだ。

今回のようなことが二度と起きないよう、瑠菜にはしっかりと自衛してもらいたい。

だからこそ、尚のこと確かめなければと大和は思ったのだ。


「あのさ、宇佐美さん」

「ん?」

「さっきの話蒸し返すようで悪いと思うんだけどさ」

「う、ん……」

「なんで今日の合コン参加したの? なんとなくだけど、宇佐美さんの性格からして、そういうの苦手そうだなって思ってさ」


訊ねたその瞬間、カップを持つ瑠菜の手にグッと力が込められた。

無意識に身体が強ばったようだ。


「……苦手で、避けているのは確か」

「じゃあ、なんで?」

「今日のあれが、合コンだとは知らなかったの。サークルの先輩に、気軽な『食事交流会』だって誘われて。それも、最初は乗り気じゃなかったの。『支払いは全部こっちで持つ』って言われても、食事会ともなるとそれなりに負担は大きくなるし、全額出してもらうのも申し訳ないから、できれば遠慮したかった」


ぽつりぽつりと絞り出すように語られる瑠菜の話を、大和は真剣な表情で聞き入っていた。

本当は思い出したくないだろうし、話すだけで嫌な気分になっているかもしれない。

だが自分が話を振って訊いた以上は、全力でその後のフォローをするつもりでいる。

そのため大和は、瑠菜の話を一言たりとも聞き逃さないよう、しっかりと耳を傾け、全神経を瑠菜へと集中させた。


「だけど、相手は先輩だし、強くは断りきれなくて。弥紗ちゃん……え、っと、お友だちも同じように遠慮してたんだけど、これ以上断るのは先輩に失礼になるかなって思ったみたいで。それで……」

「……その先輩の顔を立てるために参加せざるを得なくなった、と」

「うん……」

「……ナルホドねぇ」

「最初はね……弥紗ちゃんも、何か妙だなって思ってたみたい」

「ん? どういうこと?」

「いつもだったら、そんなに食い下がってこないのに、今日に限ってやたらと『参加して』って言われ続けたから」

「………………」

「それで、実際にお店に行ったら、それが食事交流会とは名ばかりの合コンだってことが分かって。弥紗ちゃんには謝られちゃった。『妙な感じの正体はこれだったのか』って。『自分が折れて行こうって言わなければよかった』って……」

「そ、っか……」


相槌を打つと同時に大和は軽く顎に手を当てた。

食事会と偽ってまで無理やり参加させた合コン。

そしてあの場で男にしつこく絡まれ、これまた無理やりお酒を飲まされそうになっていたこと。

これはもう仕組まれていたとしか大和には思えなかった。

更には彼女の友人さえもが利用されたのだろう。

先輩の顔を立てる礼儀正しい従順な面が今回では仇になってしまったと言える。


「……災難だったね。宇佐美さんも、オトモダチも」

「そ、だね……」


ぽつんと呟くように返された言葉は小さく震えていた。


「でも……弥紗ちゃんには何もないみたいでよかった……」

「宇佐美さん……?」

「これで弥紗ちゃんも嫌な思いしてたらどうしようって思ったけど。そんなことなくて、本当によかった……」


震えた声の正体が、泣いているからだと分かったのは、カップを持つ瑠菜の手の上にぽたぽたと涙の雫が零れ落ちたのを目にしたから。

それを見た瞬間、大和はほぼ衝動的に瑠菜の頭を抱え込むように自らの肩に引き寄せていた。


「……全然よくないじゃん!」

「……ッ!」

「いくらオトモダチが大丈夫だったからって言ったって! 宇佐美さんが大丈夫じゃないなら、それは『よかった』なんて言えないよ!」

「鷹、乃瀬くん……」

「怖かったんでしょ? あの場にいた時間中ずっと一人で耐えなきゃいけなくて、誰にも助けを求められなくて。それでずっと我慢してたんでしょ?」

「……う、ん」

「だったら! 例え周りの誰もがよかったとしても『よかった』なんて口にしちゃダメ! 怖かったら怖いってちゃんと言わなきゃ。オレはそのこと、ちゃんと分かってるから。だから宇佐美さんは我慢しちゃダメ。いい?」


言い聞かせるように諭したことで瑠菜がぎこちなく頷く。

そして震える声で、小さく『怖かった……』と呟いたきり、そのまま大和の腕に守られるようにしながら静かに泣いた。


いつの間にか、空からふわりふわりと雪が舞い降りてきていた。















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