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「ところで宇佐美さん、お腹空かない?」

「えっ?」


突然の問いかけに瑠菜はキョトンとした表情で大和を見上げる。


「や、さっきのあの様子じゃ、ほとんど何も口にしてなかったんじゃないかな~って思ってさ」


言われてみれば確かにその通りだ。

『食事交流会』だ、などとは言われていたものの、あの男にしつこく絡まれていたせいで食べるどころか飲むことさえもできていないのだ。


「実は……食べるどころか、飲むこともできなくて……。鷹乃瀬くんの言うように、今すっごくお腹空いてる」

「そっか。ならさ、宇佐美さんさえ良ければ、オレの遅い晩メシに付き合ってくんない?」


人好きのするヘラっとした笑みを浮かべながらの大和の誘いに、瑠菜は迷うことなく頷いた。


「うん、もちろん。あと……助けてくれたお礼に、支払いは私に持たせてくれないかな?」

「いいよ、いいよ、気にしないで? 遅い時間に誘ってんだし、最初からオレが出すつもりだよ?」

「そんなの鷹乃瀬くんに悪いよ。どれだけお礼を言っても足りないくらいなのに」

「いいの、いいの。お得にガッツリ食べられる店だからそんなに手出しする必要はないし」


戸惑う瑠菜に、相変わらず人好きのする笑みを浮かべながら大和はポケットからあるものを取り出した。

『実はさ……』と言いながら見せられたそれは、学生が行くには少しばかりお高い焼肉店の優待チケットだった。


「これ……?」

「うん。先月やったクリスマスパーティーでゲットしたやつなんだけど、なかなか行く機会がなくてさ。利用期限も今月末までだし、使えるうちに使っておかないともったいないと思って」

「……確かにこのまま利用期限が過ぎちゃったらもったいないかも」

「でしょ? だからこれ使おうと思ったんだけど……宇佐美さんどうかな? それとも焼肉は苦手?」

「ううん。そんなことない。食べるのは大好きだし」

「そっか。よかった。じゃあ行こっか?」


そう言われて再び大和から左手を差し出され、そのまま自然な動作で右手を取られていた。

手馴れたエスコートに戸惑いつつも嫌な気分にはならなかったのは、大和が瑠菜のことを逐一気遣ってくれるからだ。



道すがら大和は色々な話題を振ってくれて、先ほどまで瑠菜が感じていた不快な気分を全て吹き飛ばしてくれた。

話し上手で聞き上手。

それから細やかな気遣い。

彼が人気者である理由がこの短時間でよく分かった気がした。


中でも一番笑わせてもらった話が、大和が見せてくれた焼肉店の優待チケットを手に入れたエピソードだ。

クリスマスパーティーでゲットしたと言っていたのだが、聞いた話の内容がどこもクリスマスパーティーらしくなかったのだ。


「せっかくのクリスマスだってのに、集まったのはフリーの男ばっかでさ。何が悲しくて(ヤロー)だらけのむさくるしいクリスマスパーティーしなきゃなんないんだって、気付けばクリスマスそっちのけで闇鍋パーティーやってんの。持ち寄ったクリスマス用の食材全部が暗闇の中で鍋に投入されてんだよ? ホンット笑えないったらないよね~?」


『笑えない』とか言いながらも大和は楽しそうにケラケラ笑っている。

鍋はともかく、その場の雰囲気で十分に楽しめたのだろう。


「クリスマス用の食材全部ってことは、オードブルやサラダ、ローストチキンもお鍋の中に入れられちゃったの?」

「そうだよ~。中でも一ッッッ番恐ろしかったのが、トドメとばかりにケーキを投入されたことかな~」

「えっ? ケーキもお鍋に入れちゃったの?」

「そう、入れちゃったの。まぁフツーにとんでもないことになるよね? 生クリームとチョコレートのやつ2つともガバッと入れちゃったわけだからさ」

「……それはとんでもない味のお鍋が完成したんだろうね」

「うん……死ぬかと思ったくらいには酷い味だったよ。救いだったのは入れたケーキがどっちも小さめのホールだったことかな。あれで大きめのホールだったら、参加メンバー全員ダウンしてたと思う」

「散々だったんだね……」

「でも楽しかったよ~。(ヤロー)ばっかだったからできたバカ騒ぎだしね」


クリスマスという季節柄、本来であれば多少は話題に上がるであろう恋バナの『こ』の字も出ることなく、この日は終始『食い気一辺倒』だったと大和は言う。

ついで扱いのプレゼント交換も、皆が示し合わせたように見事に食べもの関連で揃っていたらしい。

その場で食べられると分かったものは全員一致で鍋の中に投入され、そうでないものは引き当てた者が持ち帰ることになったのだとか。


「……ってな感じで手に入れた、ある意味ビミョーな戦利品かな、コレは。まぁ今からありがたく使わせてもらうんだけどね!」


そう言って大和がポケットから優待券を取り出し、軽くヒラヒラ振ったところで目的の店に到着していた。


「そんじゃ、財布を気にすることなくガツンといっちゃおっか?」

「うん!」


笑顔で言われたことで、自然と瑠菜も笑顔になって返事をしていた。


普段なかなか来れないような高級店だ。

幾分か手出しはあるだろうが、大和の言うようにガッツリと堪能しようと思う。

あれだけ感じていた嫌な気分も、いつの間にか大和のペースに乗せられているうちにどこかへ行ってしまった。

きっと彼となら楽しんで食事ができる。

そんな風にも思えて、知らず知らずのうちに瑠菜の顔には自然な笑顔が戻りつつあった。








「あ~、やっぱり。ドリンクは手出しだね」


案内された店内奥のテーブル席。

メニュー表を広げながら大和がポツリと零す。


「まぁ今日は『飲み』より『食い』が目的だから別にいいんだけど」


開いたメニュー表にサッと目を通してから、大和は自分の注文を決める前にそれを瑠菜へと手渡してきた。


「宇佐美さん、何飲む? お酒はダメなんだよね? 強くないからだっけ?」

「ううん、法律的にダメなんだ。まだ未成年だから」

「誕生日まだなんだ?」

「うん。だから飲めないし、強いか弱いかも分からないんだよね。試すこともできないし」


訊ねてきた大和に対し苦笑しながらそう答えると、珍しく彼の顔から笑顔が引っ込み、代わりに渋い表情が浮かぶ。


「未成年に飲酒強要するとかマジで有り得ないんだけど。先輩だからって我慢せずに容赦なくシバき倒しときゃよかったかな……」


ぼそりと零された大和の言葉は瑠菜の耳には届かなかった。

ただ何かを口にしたことだけは何とか分かったため、どうかしたのかと軽く首を傾げることでそれを訊ねる。

……が、大和は緩く首を振った。


「うんにゃ、何でもないよ」


ここであの場のことを蒸し返す必要はない。

せっかく瑠菜の気持ちが浮上したのに、それを壊すような真似はしたくない。

そんな思いで、大和は一度引っ込めた笑みを再び浮かべ、場を取り繕うよう和やかに瑠菜へと話しかけた。


「ところで、ドリンク何にしよっか? オレ烏龍茶にするけど宇佐美さんはどうする?」

「えっ? 鷹乃瀬くん、お酒飲むんじゃないの?」

「いやいや、まさかぁ~? 一緒にいる子が飲めないってのに、自分一人だけ飲むなんてことオレはしないよ? だってそれじゃ、お互いにつまんないじゃん」

「そういうものなの?」

「そういうもんなの」

「そ、っか……」


大和本人がそう言うのだから、実際に自分一人だけが飲むのはつまらないのだろう。

実際にお酒が飲めない瑠菜にとっては分からない感覚だが、大和が飲まないと決めた以上、瑠菜が言うことは何もない。


「今日は『飲み』よりガッツリ『食い』に走るつもりでいたからね。お酒の方は宇佐美さんがお酒解禁した時にでも付き合ってよ」

「まだもう少し先だけど、それでもよければ」

「ん~? まだもう少し先って、解禁日いつなの?」

「3月30日」

「うわっ、ホントにまだまだ先じゃん! ってか2ヶ月以上もあるよ? しかも年度末!」

「それも春休み中ね?」

「ホントだよ~」


軽く眉を下げてヘラっと笑う大和のその表情は残念そうにしているようにも見える。

だが彼は元来の気遣い上手。

飲めない瑠菜に付き合ってお酒を飲まないと決めたことで、瑠菜が大和に対して申し訳ないという気持ちを抱かないよう場を紛らわすためにこう言ってくれているのだろう。

ある意味これは社交辞令であって、本気の誘いではないはずだ。


だから瑠菜も深くは考えずに、大和に合わせてその会話を続けた。

重い空気になるよりは明るい空気で楽しく食事をする方がいい。

そうでないと、せっかくのおいしい料理も味気ないものになってしまうから。


「オレなんて解禁日4月2日だからね。宇佐美さんが解禁日迎えたそのすぐ後に2年目突入だよ?」

「そんなに誕生日早いんだ?」

「学年で言えば一番最初に誕生日が来るわけだからね~。学内(ウチ)の2年の中じゃオレが誰よりも大人よ? 何つってね!」


ヘラっとした笑いが今度はケラケラと楽しそうなそれに変わった。

冗談混じりに場を和ませてくれる大和につられるように、瑠菜の顔にもまた笑みが浮かぶ。

こんなにも楽しい食事の席は初めてかもしれない。

しかも同席しているのは、今まで苦手にしてきた異性だ。

にも関わらず、苦手だと意識することなく自然と話せているのだから不思議だ。


そんな感じで、終始大和のペースに乗せられるがまま、苦手だなんだと深く考えることもなく和やかな食事の時間は過ぎていったのだった。







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