救世の勇者、ヤリチンになる
魔族が住まう暗黒大陸。その片隅に、今や世界で最も強大な存在が4人、真剣な顔で集まっていた。
魔王ルキウス。
不死女王エレミア。
竜王アガメムノン。
そして異界より来たる勇者、ユーリである。
かつてなく真剣な顔をしたユーリを前に、他の3人も引き込まれてしまう。なにせ邪神復活を前に「おおー、お約束展開キタコレ!」と叫ぶキチガ……もとい、勇猛果敢な男に、こんな表情をさせる事態とは、一体?
やがて、ユーリは厳かに、自分の人生に起きた一大事を口にした。
「どうしよう……王女様に手を出して、次の日にメイドさんに手を出しちゃった」
共に戦った仲間達は、その告白を、いかにも真剣な顔で聞いていた。聞いた上で、3人ともそっと瞼を閉じーー
「ヤリチン超ウケる!」
「残念勇者め、下半身で失敗とか、草が生えるわ!」
「ぶはっ、種馬じゃ、種馬がおる!」
爆発するように笑い始めた。
いっとう酷いのはエレミアで、腹を抱えて大笑いするだけでは足りず、文字通り笑い転げていた。ひー、ひーっと、震えるように笑っている。
仲間達の友情の温かさに、ユーリは涙した。泣きながら掴みかかり、しばらく乱闘になって地形が変わったりしたが、それはまあ、いつものこと。
「あー、最高に笑ったわ……それでヤリチン、どうするの? 責任とって王様でもやる?」
「余の心は晴れ渡る青空のようだぞ。さてスケベ勇者よ、次に誰に手を出すか悩んでいるのか?」
「わしはとても上機嫌じゃから、親身にアドバイスしてやるぞい。子供の名前なら、いくらでも考えてやろうではないか」
なんて……役立たずな連中……!
拳を震わせ歯を食いしばるユーリだが、この異世界で下半身トークが出来る相手など、こいつらしかいないのだ。仕方がない。
「そ、そんな簡単には、デキないと思うんだよな。それにほら、俺異世界人じゃん? 体のつくりとか、違うかもじゃん?」
「魔族は人族と子を成せるぞ。貴様は魔族より、だいぶ人族寄りだろう。はい論破」
「その、子供が出来なかったらヤリ逃げ出来る、って発想がほんとヤリチンよね」
「……ぐぬぬ……」
別に、ルナリアとクレアに不満があるわけではない。自分には分相応な、素晴らしい女の子達だ。
ただ、20を少し超えたくらいのユーリには、この年で結婚と言われても尻込みしてしまうだけで。
それに現代っ子のユーリには、性交→結婚→子育てが一直線に結び付けられるのは、抵抗感があった。端的に言えば、もっと遊んでいたい。
そんなことを馬鹿正直に話したところ、意外な助け船を出したのがエレミアである。
「でもヤリチン、王族とか貴族は、ハーレム、っていうのを持つんでしょう?
それに貴方、異世界から来た男はハーレムを作るのがセオリーだって言ってたじゃない。それで有耶無耶にはならないの? 木を隠すなら森って事で」
「……そうなった主人公は、絶対に帰れなくなるんだけどな」
「ざまぁ」
結局、その日は遅くまで酒盛りとなり、特に実りのある議論にもならず、ユーリ以外の3人が馬鹿笑いをするだけで終わった。
なお、酒盛りも終盤になると、自棄になったユーリが初体験を語り出したのだが、それについて魔王は後日「実にキモかった」と漏らしたという。
一夜が明けて、転移を使い王宮に戻ったユーリを迎えたのは、やんごとなきルナリア姫と、忠実なるクレアである。
なぜか浮気男のような気まずさを覚えるが、やましいことは何もないで、馬鹿正直にユーリは話した。
「やー、あいつらと朝まで飲んじゃって」
「あいつらって、魔王様に、不死女王様に、竜王様のこと? 本当に仲がいいのね」
「ま、しょっちゅう会ってはバカ話するからなあ。エレミアなんか、何かあるとすぐ念話使ってくるんだぜ、もう」
ふわぁ、と欠伸をかいて、寝室に向かうユーリ。それを追うクレア。
そして残ったルナリアの頬に汗が伝う。
仲がいいとは聞いていたが、そんなに密に連絡を取り合う仲とは!
「……ちょっとお父様、本当に急いで褒賞出さないと、不味いわよこれ」
3人とも、今の世界では最高の権力者だ。一方、ルナリアの祖国は、人族国家では真ん中くらいに位置する、そこそこの王国でしかない。
ユーリは何故か、そんな王国の王にも随分と敬意を払っているが、本来は彼の方がずっと上の立場にいるのだ。
只でさえ各国から「勇者の褒賞はどうなっている」と突き上げられる中、当の勇者と3王が蜜月の仲というのは、非常にまずい。別にユーリが、この国にいなければいけない理由など、何処にもないのだから。
こうして王家に頭痛の種が増え、大臣達が喧々囂々の議論をする中、ユーリはぐっすり昼間で眠った。何故かクレアが添い寝をしていたので、寝ぼけた頭で行為に及び、スッキリしてから二度寝した。いいご身分だった。