救世の勇者(無職)
「そ、そうですか……あの邪神、倒されたんですか……」
「ええ、まあ、4人がかりで何とか」
「この王は言葉もありませぬ」
ユーリが召喚された王城。その謁見の間で、国王が放心状態で宙を見上げている。
世界が救われたというのに、国王の心労は尽きないらしい。ユーリにも、なんとなく理由は分かる。
展開が早すぎるのだ。彼だって、召喚されてから半年で事が終わるなんて思ってもみなかった。
「ええと……まず手始めの、不死女王、魔王、竜王を解放されたこと。ええと、その後の拠点攻略に、砦陥落、幹部撃破の恩賞も定まらぬ中、こんな偉業を成し遂げ、この王は言葉もありませぬ」
「あー、まあ、タダ飯頂いますし、ゆっくりでいいですよ」
「いえいえ、そういうわけには! か、各国も神殿も、勇者様の恩賞はどうなっているのだと矢のような催促で、はい。王国としましても、速やかに第一陣をお持ちしないと……」
(王様がそんな恐縮しなくてもいいのになー)
そんなことを呑気に思いつつ、ユーリは差し出された茶菓子を摘まむ。
謁見の間はいつの間にやら、豪勢なソファーやらテーブルやらが据え付けられ、高価なお茶菓子と一級品の紅茶、それにメイドさんまでスタンバっていた。
これではどっちが王様か分からない。
「あ、そだ。恩賞と言えば」
「は、はいっ! 何を、何をご所望ですかっ!」
国王がすごい食い気味に聞いてくる。
ユーリはすこし罪悪感を覚えつつ、その「要望」を口にした。
「俺、これから無職じゃないですか。しばらく、その、宿とか用意してくれません? 働き口は、まあ、困ったらあいつらに頼みますし」
無職。
国王は最初、ユーリが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
だがその単語が、ぼやけた頭の中で意味を結ぶと、玉座から転げ落ちそうになった。
「は、働き口を、あの方々に頼まれると……?」
「あはは、困ったら仕事くらい回してやるって言ってましたよ。コネ頼みみたいで、かっこ悪いですけどね」
国王は、邪神出現の報を聞いたときよりも、顔色が悪かった。
『あいつら』。
王の前では丁寧な言葉遣いのユーリが、そう評するのは。
暗黒大陸を統べる、魔王ルキウス。
アンデッドの国ネクロポリスを統べる、不死女王エレミア。
竜族を支配下に収める、竜王アガメムノン。
この3人の誰か、である。
邪神討伐の後、それぞれの居場所に戻っていったという3人だが。
そのうちの「誰か」の下に、勇者が入るようなことがあれば、世界のパワーバランスは大きく崩れるだろう。
「い、いえいえいえ!! ゆ、勇者様には、もちろん! この王がですな、最高の住居と! 最高の職を! ご用意致しますぞ!」
そもそも救世の勇者が『無職』になるという頭が、国王にはなかった。
というか、普通はそうは考えない。
だが、残念なユーリの頭の中では、世界救済も長期のバイトくらいの感覚だったのである。
「おおー。じゃあ、図々しいんですけど、あんまりキツくなくて、楽な仕事とかあると、嬉しいなあ。俺、あんまり仕事出来ないんですよ」
邪神討伐よりキツい仕事なんか、あるわけないだろ!
国王はそう叫びそうになるのを、必死に堪えるのだった。
「あらユーリ様、どうせ帰れないなら、わたしの旦那様に永久就職とか、どう?」
突然そんなことを言い出すのは、ルナリア王女。国王の娘であり、正真正銘のお姫様である。
アッシュブロンドの美しい髪。10人が10人振り返るのは間違いない、美少女フェイス。張りのあるバストは、胸元の開いたドレスも存分に着こなせる。
初対面の時、ユーリは見とれてしまって、怪訝に思われたほど。
「ルナリア……俺、まだ身を固めるような年じゃないんだって」
「えー、いいじゃない。ね、お父様も、それでいいでしょ?」
「お、おお、そうじゃな、もしそうなれば喜ばしい話だとは思うぞ、うん。だがな、そういうのは、勇者様のお気持ちが大切で」
「おまえ、サラッと外堀埋めようとするのな……ほら、国王様困ってるじゃん」
国王には丁寧なユーリも、ルナリアには砕けた対応になる。
それもその筈、このやんごとなき王女様は、随分とアグレッシブで、事あるごとにユーリに絡んでくるのだ。
何だかんだ憎めない性格で、付き合っている内に仲良くなってしまったのだが。
「えー、困らせたのはユーリ様でしょ? 宿を用意してなんて、他人行儀だなぁ……わたしとユーリ様の仲だもの、わたしの部屋に泊まってもいいんだけど?」
そんなことを、ユーリの腕を取りながら囁く。
ぷるんと弾むバストが腕を挟み、幸せいっぱいな柔らかさが伝わってきて、ユーリはドギマギした。顔は耳まで真っ赤になっている。
「そ、そんなこと、年頃の娘さんが言っちゃダメだろ! も、もう……
あ、えと、王様、じゃあ、しばらく何時もの部屋にご厄介になってもいいです?」
「も、もちろん! いくらでも! 本当に、本当にいくらでもお使い下さい勇者様! 可能な限り早く、この王が恩賞を用意しますゆえ!」
「あー、良かったあ。じゃ、俺ちょっと休んでますね」
そうしてユーリが去った後。
王の大きなため息が響く謁見の間で、ルナリアが人が変わったように大人びた表情を見せる。
「童貞ね」
あんまりにもあんまりな発言に、国王は再び玉座から落ちそうになった。
「る、ルナリア! 救世の勇者様だぞっ!」
「もちろん分かってるわ、お父様。でも、お父様もそう思ったでしょ?
あの様子、絶対女慣れはしてないわね。これはワンチャンありか……」
「ルナリア? 一体何を考えて……」
「お父様。ユーリ様に、金も権力も意味が無いわ。この半年、ずっと見ていたけれど、贅沢はしないし、権力もぜんぜん興味なさそう。そんなもので、縛れる相手じゃないのよ」
図星を突かれた国王は、押し黙ってしまう。
「ユーリ様なら、侯爵だって、”そういう仕事”だって捉えるでしょ。結局、腰掛けの仕事としか思われないわ。我が国の他にも、頼れる先は幾らでもあるんだしね。
金もダメ、権力もダメ。でも……女はどうかしら。
あの性格なら、抱いた女を切り捨てるのは難しいわね。ましてや、子を孕ませたら、絶対無視できなくなる」
実の娘が生々しい男女のことを喋り出すのを、国王は苦々しくも”政治”として受け入れた。王家の血筋に生まれたからには、男女のことも政治と切り離してはいられないのだ。
「前に女の好みも聞き出したし。今夜辺り、勝負をかけるわよ!」