ハッピーエンドの締まらないオチ
ノクタ民ですが、試しに一般版を上げてみました。
荒涼とした、広大な砂漠のど真ん中だ。
真昼の砂漠だというのに、空は真夜中よりなお暗い。星一つ瞬かない、塗り潰したような黒。
眼下の砂丘にはクレーターのような穴が開き、そこから不快な虹色に輝く触手が、蟻地獄のように這い出している。
「おおーっ、すげー! この世の終わりみたいな光景だなっ!」
それを、はしゃいで見物するバカがひとり。
異世界転移で勇者なんぞやっている青年、ユーリは、いかにもラスボス戦な光景に大興奮だった。
「余が保証する。貴様は頭がおかしい。あれは正真正銘、本物の邪神だぞ」
「同意だわ。ユーリ、貴方イカレてるわよ。いい? これは本物の、この世界の終わり。止められるのは、私たち4人だけ。状況、理解してる?」
両隣に立つ、威厳のある男と、白銀の髪の美女が、揃って呆れたように言う。
『4人目』は彼らの足下から声を上げた。
「わしも、ユーリの真似は出来んわい……これは、この世の終わりじゃ……」
唸るような、地響きのような声。
ユーリ達が立っているのは、全長100メートルはある巨大なドラゴンの、頭の上である。
そしてそのドラゴンも、黙示録の光景を前にして、声を震わせているのだった。
「まー、ラスボス戦だからねえ。世界のひとつも救わなきゃ、エンディングには不足だろうさ」
コキコキ首を鳴らし、指を伸ばしてストレッチ。
ユーリには、これも一つの『イベント』なのだ。念願の異世界転移を果たして、矢継ぎ早にこなして来たイベントの総決算。
操られていた表ボスを撃破し、味方にして、いざ真のラスボス、邪神との対決である。お膳立てが全て揃った、最終イベント。興奮しない訳がない。
「よっしゃ、準備完了! いっちょやってやろうぜ、ロックンロール!」
「ろ、ろっくんろーる? 何よそれ?」
バシッと拳をぶつけ、やる気満々のユーリに、銀髪の美女が目を白黒させる。
万事適当なユーリは、そういやFPSでは海兵隊がロックンロール!って叫ぶけど、理由はよく分かんないな、面倒だし誤魔化そうと考え。
「俺が元いた世界のかけ声だよ。戦闘前に叫んで、やる気を出すんだ。
さ、突撃突撃っ!」
「あああ、この阿呆め! ええい、余も魔王だ、腹を括るわ!」
「戦いが終わったら覚えてなさいよ、この馬鹿!」
「……嗚呼、こんなのでいいんじゃろうか……」
「ぶはーっ! すげえ、生きてる、奇跡!」
真昼の太陽が戻ってきた砂漠の中で、いち早く起き上がったのは、異世界の勇者だった。
砂の中から勢いよく飛び出すと、ぺっぺっと砂を吐き出し、ボロボロの顔には満面の笑み。
「お、覚えてなさいよ、この馬鹿……死ぬかと思ったわ……」
「余も……生きているのが不思議でならぬ……」
「わし、生きてるかどうか、かなりギリギリなんじゃけど……」
残り3人も、ボロボロになりながら、憎まれ口を叩く余裕はある。
何だかんだ、皆、笑っていた。
「勝ったわね」
「勝ったな」
「ああ、勝った」
砂漠の太陽に照りつけられながら、ニヤリと笑う。
「あーあ、しかしこれでお終いかー」
「あら、そう言えばユーリは元の世界に戻るんだっけ? 貴方言ってたわよね、最後の敵を倒したら、光と共に元の世界に戻るのが、セオリーだって」
「余にはよく分からんが、それがお約束だ、などと言っていたな」
ユーリはこくりと頷く。
彼にしてみれば、今まで殆ど、ゲームみたいな「お約束」通りに進行してきた。となれば、最後は切ないお別れで締めるものだろう、と。
「貴方、頭おかしいけど英雄だからね。ちゃんと私が、後生まで語り継いであげるわよ」
「貴様はどうかしているが、最大の功労者だ。余が銅像を建ててやろう」
「お主は頭のネジが外れておるがの、竜族の恩人。きちんと後生に伝えてやるぞい」
「あれ、なんか俺の評価おかしくね?」
最後まで締まらない面子だ。
4人で冒険したのは、たった半年間ほどのこと。ユーリにとっては、馬鹿騒ぎをした半年間だった。
まるで夏休みの終わりのような、少しの寂しさが残るが、ネットもコンビニもない世界で、この先やっていける自信も無い。
さて、そろそろキラキラエフェクトが入って、感動のお別れシーン、と確信していたユーリであるが。
一時間が経ち。
二時間が経ち。
なぜだか、何も、起こらない。
「ちょっとユーリ。いくら私でも、砂漠にずっといるのは、堪えるわよ」
「余も魔王故な、ずっと青空の下にいるのは、その、ちょっと」
「儂はポカポカして気持ちいいから、いいのじゃが……邪神討伐の報告とか、しなくて良いのか?」
ユーリは腕を組んで考えた。
ここまでお約束通りに進んできた展開が、どうも、最後の最後で変わっている。これは、つまり。
「うわ、どうしよ! これ現地に残るパターンじゃん!」
邪神との決戦を前に鼻歌を歌っていた男が、情けなく頭を抱えて蹲る。
それだけではない。
「やばい、俺いなくなるフラグ立てまくってたのに……どんな顔して戻れば……
いや、そうだよ、明日からどうやって生活すればいいんだ……勇者じゃなくなったら、俺、無職じゃん。バイトもしたこと無いのに、無職じゃんか……」
うんうん唸るユーリに、3人はきょとんとして。
命を預けた戦友らしく、肩を叩き、ねぎらいの言葉をかけてやる。ドラゴンですら、爪先で器用に肩を突いていた。
「あら、初めて貴方の思い通りに行かなかったのね。でも、そんなこともあるわよ」
「貴様の予想が外れることも、あるのだな。まあ、仕方あるまいさ」
「ユーリよ、長く生きておれば、そんなこともある。しかし、こんな時は何というのだったかの。ほれ、お主が教えてくれた、異世界の言葉があったじゃろ?
そう、あれは、確か……」
「「「ざまぁ!!!」」」
3人の声が一つになり、大きな大きな笑い声が、砂漠のど真ん中に下品に響く。
この先長く、本当に長く語り継がれることになる、世界救済の物語。その締まらない舞台裏であった。