第五章
こちらを向いて、笑っているのは誰―――?
桜が咲き誇る中で、私に笑いかける影がある。
今となってはもう、顔さえも思い出せない誰か。
嗚呼、此れは、随分前の記憶・・・。
微かな意識の中、千羅は想う。何故今更そんなことを思い出すのか、あれは一体誰だったのか。どれだけ考えても辿り着けない答えを探し、千羅は記憶を手繰り寄せる。この光景が、何故かは分からないが彼にはとても懐かしく、儚く思えたのだ。
これも、『生命の絆』の力なのだろうか…?それとも…
「千羅、大丈夫?しっかりして!」
少女の一声に、千羅は浅い眠りの底から引き上げられる。
うっすらと目を開けると、心配そうな少女の顔が目に入った。
「お前、私の敵…なのか…?」
千羅は訊ねる。いつも周りには敵しかいなかった千羅にとって、自分に敵ではないらしいフレアがいることがにわかに信じられなかったのである。
「心配しないで。大丈夫、私はあなたの味方。あなたを探してここまで来たの」
優しい、心地良い声音。曇りない瞳を見たその瞬間、千羅は彼女を信じようと決めた。
他人を信じる事の大切さ、そして強さを、千羅はよく分かっていた。どんなに自身が傷つけられても、アルタのフレア達が真実のみを話していると信じていたかった千羅。その優しい心こそが彼が『生命の絆』に選ばれた真の理由である。
「そうか…すまない。敵ではないフレアに剣を向けるなど、あってはならないことだ」
「そんなこと、気にしないで。それよりその傷、治してもいい?」
微笑みながら、控えめに少女は訊ねる。彼女の『生命の絆』は、おもに回復の力である。
千羅はその申し出をありがたく受け取ることにした。
「ありがたい。頼む」
千羅の体に両手を翳すと、少女の体は淡い光を発した。
『聖なる微笑み』
少女が一言回復呪文を唱えると、千羅の体にあった無数の傷がみるみる塞がっていった。
少女の力に、千羅は内心ひどく驚いていた。回復呪文でここまで傷をふさぐことができるフレアは、千羅の知る中では数えるほどしかいなかった。流石は千羅の剣を止めただけのことはある。
「そういえば…」
不意に、千羅はまだ少女の名を知らないことを思い出した。
「知っての通り、私の名は千羅。お前の名前は?」
当たり前の質問だった。少なくとも普通のフレアが相手だったなら、ごくごく普通の会話に過ぎなかっただろう。
しかし少女は千羅の質問に困惑した表情を浮かべた後、瞳を翳らせ俯いてしまった。
予想外な少女の反応に、千羅も何か気に障ることでも言ってしまっただろうかと困ってしまった。
すると少女はぽつりと、微かな呟きにも似た声で
「…わからないの。私の名前が何なのか…。私には一部のキオクが欠けてるの」
と悲しそうに告げた。
千羅には、そんな彼女に何と声をかければいいのかなど、知る由も無かった。
心配や同情の言葉を並べたところで、そんなものは何の意味も成さないのだとよく分かっていたから。彼女が今までどれだけの不安を背負い、恐怖を感じ生きていたのか、千羅の想像などでは絶対に計り知れないことを理解していたから。
「だから、私のことは“ことり”って呼んで。この名前、とっても気に入ってるんだ。遠い空の彼方まで羽ばたいていけそうで…」
そう言って“ことり”は笑った。
彼女が深い孤独の淵で下した決断、それはただその先に待つ未来だけを見つめ、前へ進むことを強く望む彼女らしいものだった。
失われた過去に執着したりしない。名前が無いのなら、自分で作ればいい。
それが彼女の考え方―言い換えれば、彼女そのものだった。
未来に向かって歩むことを望み、決して希望を捨てない強さ。彼女が『生命の絆』に選ばれた理由はそこにある。
にこにこと笑っていることりに、千羅はそれ以上彼女のことを尋ねたりしなかった。
千羅にとってはそれだけ知れれば充分だったし、彼女が自分から話す訳でもないのにいちいち聞くこともないだろうと思ったのである。
そんな不思議な出会いこそが、アルタの歴史を揺るがす始まりだったのだ。
―白狐の千羅 アルタを駆ける銀色の風 紅凰のことり 風を誘う紅の炎―
こんばんは、何とか更新できました、朱音です♪
今回の章は、終わり方が非常に微妙なのですが・・・ええ微妙なんですはいorz((えぇっ
変えようと思ったのですが上手い終わり方が思いつかなかったんです;すみません><;
この次のお話は多分終わりっぽい終わり方になる・・・はず←
ところで、タグのやり方がイマイチわかりません;
ブログを作ったので、タグを貼り付けたつもりなのですが・・・思うようにいきません;どなたか詳しい方、やり方を教えていただけると嬉しいです><。
とりあえずこちらにも載せさせていただきます
↓幻想の欠片↓
http://mblg.tv/crimsonbird/
連載中小説の小話や、朱音の日常などを書いております。足を運んでいただけると嬉しいです♪