異世界へ行った彼女の話:第八話
そうして翌日、私はなぜかエルヴィンと一緒に、あの池へと向かうことになった。
ひきこもりのエルヴィンがどうしてわざわざ……?と疑問を感じていたが、その答えはすぐにわかった。
あの池の傍にあった部屋は彼の部屋のようだ。
日ごろ塔にこもっている彼が、あの日はたまたま部屋にいた。
なんでも溜まっていた仕事の書類を片付けていたのだとか……。
14歳、いやもうすぐ15歳か……。
まだまだ子供なのに、もう城で魔導士として働いている事実に驚きだ。
だからこんなに大人びてしまったのだろうか。
彼の部屋へやってくると、そこは相も変わらず豪華な装飾品がズラリと並べられている。
「そういえば、近々あなたの誕生祭が開かれるんでしょう?」
「チッ……どうして知っているんだ?」
エルヴィンはあからさまに面倒くさそうな表情を浮かべると、深いため息をついた。
彼はいつもこうだ。
こういった個人的な話になると、一気に機嫌が悪くなる。
不機嫌なオーラをまとう彼に小さく息を吐き出すと、私はニッコリと笑みを浮かべて見せた。
「オリヴィアから聞いたの。えーと、15歳になるんだっけ?」
エルヴィンは答えることなく、首を縦に振ると、池へと先に歩いていく。
う~ん、これ以上聞くことは難しいかな。
何か欲しいものがあればと思ったけれど、今の彼の様子を見る限り答えてはくれないだろう。
仕方がない……いつもお世話になっているお礼にと、プレゼントを渡そうと考えていたんだけれど……。
はぁ……何にするかは、自分で考えよう。
彼に気づかれないようため息をつく中、私も庭へ出てみると、青々しい緑の匂いが鼻を掠め、優しい風が吹き抜けていった。
そうして池の傍へ寄ると、エルヴィンは真剣な表情を浮かべながらにじっと水面を見つめていた。
私もその隣へ並んでみると、水面を覗くようにしゃがみ込む。
太陽の光が反射しキラキラと光る水面には、最初に見た色彩の魚が静かに泳ぎ、水草がゆらゆらと静かに揺れている。
以前同様……波もなく、特に変わった様子は何も見当たらない。
そっと水をすくい上げてみると、水面に波紋が広がっていく。
見ているだけじゃわからない……う~ん、入ってみようかな。
私はそっと靴とローブを脱ぎ捨てると、水の中へ足をいれてみる。
あまりの冷たさに一瞬動きを止めるが……一呼吸をおくと、私は水の中へ一歩踏み出していった。
「おい、待て!」
エルヴィンの怒ったような声が耳に響いたが……私はかまうことなく進んでいく。
後ろから舌打ちが聞こえた気がしたが……気にしない……。
そのまま慎重に池の中央辺りまでくると、腰まで水に浸かっていた。
徐に振り返ってみると、呆れた顔を見せるエルヴォンの姿が小さく映る。
この池……あまり深くない。
もう少し歩き進めてみると、ふと何やら大きな石にぶつかった。
水面を覗き込んでみると、ここより先は一気に深くなっているようだ。
そよ風が頬をかすめる中、私は大きく息を吸い込むと、そのまま池の中へ潜ってみる。
岩を飛び越え下へ下へ水をかき分けていくと、そこには光が届かないほどに深く、真っ暗な世界が広がっていた。
キョロキョロと周りを見渡してみると、すぐ向こう側には先ほど居た場所と同じぐらいの深さになっている。
ここだけ……不自然に深い……。
私はこの底からあがってきたのかな?
もしそうなら……この池の底が異世界へつながっている……?
水中で光の陣を描き発動させてみるが……深すぎて底を確認することは出来ない。
思っていた以上に深いな……。
う~ん、何か手を打たないと……簡単には底へたどり着けなさそう……。
あれやこれや考えながらに、どこまでも続く暗闇を茫然と眺めていると、突然に水が渦を巻き始めた。
逃れようと体を動かす前に、渦の中に巻き込まれると、中心へ吸い込まれていく。
ちょっ、ちょっと何これ!?
視界が揺れる中、必死にもがいてみるが……その強い流れに逆らうことが出来ない。
グルグルと回転しながらに、思わず目を閉じると、突然に体が大きく傾き、水中から外へ弾き飛ばされた。
ひぇぇぇぇっ!!
次にくるだろう衝撃に身構えていると、フワッとした温かい何かが私の体を包みこむ。
恐る恐るに目を開けてみると、静かに揺れるエメラルドの瞳が目の前に映し出された。
緑の光が彼から流れるその様子に、先ほどの渦は彼が作り出した魔術なのだと気が付く。
「バカッ、何をしているんだ!」
初めて聞く彼の怒鳴った声にビクッと肩を跳ねさせると、私は慌てて口を開いた。
「えっ!?その……ここだけ異常に深くなっていてね、それで池の底が気になって……」
あたふたとしながらもそう説明してみると、エルヴィンは呆れた様子で大きく息を吐き出した。
「はぁ……なかなか上がってこないから心配した……」
「へぇっ!?」
心配!?
魔術を研究しあう関係は良好だと思ってはいたが……彼は私自身に興味がないと思っていた。
だって魔術以外の事で、彼が私に話しかけることはなかったし……。
思ってもいなかった言葉に変な声が飛び出すと、私は目を大きく見開き固まった。
するとそんな私の様子に、彼は不機嫌そうに眉を寄せる。
「なんだその反応は……俺があんたの心配をしたらおかしいのか?」
「えっ、いや、そんな事ない!心配かけてごめんなさい。ほんの少しだけ……意外だなぁって驚いただけ……はははっ……。いやでも、助けてくれてありがとうね!」
そう笑いかけてみると、エルヴィンはプイッと顔を背け、私は抱いたままに水の中を歩き始める。
その姿はとても可愛らしく、私はついクスクスと笑って見せると、彼は顔を真っ赤にしながら不貞腐れた表情を浮かべていた。