異世界へ行った彼女の話:第七話
そうして彼と魔術の研究を続けていく中、私の魔術の知識はさらに向上していった。
彼の話についていけるようになり、私が当初彼に見せたあの陣の解読も順調に進んでいく。
陣の解読が進むにつれて、最初の頃は魔術板の上でしか魔術を発生させることが出来なかった私だが、今は先生が見せてくれたように、空中で容易に魔術を使うことも出来るようになった。
いやぁ、自分で言うのもなんだけれど、よくここまで成長したなと改めて思う。
魔術について理解を深めていくと、彼が書いた5つの陣を組み合わせた魔術を発動させる事が、いかに大変なのかを思い知る。
彼はきっとこの世界で、優秀な魔術士だったんだろう。
元の世界へ戻って彼に会ったら、この世界の話をもっと聞きたいな。
彼はこの世界でどんな日々を過ごし、どうして私の居た世界へ渡ったのか……。
それに今なら魔術についても理解できるはずだしね!
そんな私は元の世界へ戻るために、魔術の基礎となる8属性の魔法はマスターし、今は複合の魔術を研究中していた。
複合魔術とは、いくつもの陣を組み合わせて行う魔術。
8種類の属性から連なる魔法を同時に発動させる。
私がここへ来る前に見た彼の魔術は、5つの陣を組み合わせたものだ。
それぞれに相性がある為、組み合わせることもとても難しいが……わかってくれば、パズルのようで組み立てる事が楽しくなってくる。
そしてもう一つ……複合の陣を作り上げると、発動するまでに時間がかかる。
複合させる陣が多ければ多いほど、その時間は長くなる。
以前この研究所で見た円の消えるスピードが異なったのはこのせいだった。
私が最初の頃に使用した爆発を起こした魔術は、水と雷そして炎。
これらは複合ではなく、一つ一つ単体の陣を円で囲み発動させたもの。
複合魔法はそれら全ての魔法を一度に発動させる。
例えば水の玉、雷の稲妻、炎の灯を一つの円で囲い発動させると、爆発が起こる。
言葉で説明すると簡単のように思えるが……これがなかなかに難しい。
以前も話した通り、陣には描くバランスが必要で、そこにさらに属性の相性が追加されると、より複雑になっていった。
とにもかくにも陣のバランスを調整しながらに、組み合わせていく事は骨が折れる。
それぞれ形が違う陣を、別の陣にドッキングさせるんだ。
2つの陣ならまだ何とかなるが……3つ以上になると一気に難易度が跳ね上がる。
何度も書き直し失敗を繰り返すと……心が折れそうになることもしばしば。
それでも私は……彼が書いた陣を解読する為に、必死で複合魔術を習得していった。
そんな中、私は午前中に行っていた魔術の講習を卒業すると、朝から塔にこもることが多くなった。
その為……必然的にエルヴィンと過ごす時間が増えていく。
そうなってくると、彼の小さな変化に気づけるようになっていった。
無口で愛想がないのは相変わらずだけれども……。
そんなエルヴィンは魔術の話になると饒舌だが……何気ない日常会話になると一気に口数が減る。
特に彼自身の話になると、話したくないのだろうか……少し不機嫌な様子をみせ黙り込む。
だから私は彼の事を何も知らない。
知っているのは、年齢と彼が魔術の天才だと言う事……後は魔術バカって事ぐらいかな。
以前オリヴィアから聞いた話では……この世界は13歳から3年間、魔術を使えるものが学校へ通う義務があるらしい……。
しかし彼が学校へ行っている様子はない。
魔術の天才だからだろうか……気になるがまた不機嫌になっても困るので、私も深く追求することはしなかった。
穏やかな日常が続く中、あっという間に時は流れ、気が付けばこの世界へきて一年あまりが過ぎていた。
複合魔術を大分理解してくると、ようやく私がこの世界へ来る直前に見た、魔術の正体を明らかにすることに成功した。
うろ覚えながらも解読した魔術の陣。
どうやらあの魔術は私を守る為だったようだ。
流れる風で私の体を運び、それと同時に発動させた氷で覆う。
氷は海にたたきつけられる衝撃を、やわらげるものだったのだろうと推測している。
それらの陣と結合させるように描かれていた3つの陣は、水の泡と、風の渦、あと一つはどうやっても解読できなかったが……この世界へ導いてくれた光も陣から発生させたものならば……あと一つは光のなにかだろうと推測している。
海で私がおぼれた時、長時間水の中に生きて存在できたのは、この水の泡と空気を含む風の渦のおかげ。
しかし私はそれに気が付かず、状況下から苦しいと思い込んでいただけで、ちゃんと水の泡に含まれていた酸素を吸収していたのだろう。
彼が魔術で酸素を用意しておいてくれていたおかげで、私はここまで流れ着く事が出来た。
そう結論が出ると、また新たな疑問が浮かんでくる。
彼があの時魔術を使用していたとしたら、彼は高波が来ることを知っていたのかもしれない……。
なぜならこの5つもの複合魔術を、一瞬で発動させることは不可能に近い。
それに実際にあの陣を書いてみてわかるけれど、高波を見てすぐに描ける陣ではないし、少しでもミスがあれば発動しないのだから、どう考えても厳しいと思う。
でも彼がすごい魔導士あれば、いけるのかな……う~ん。
仮にもし高波が来ることを彼が知っていたのであれば……どうしてあの時、私を海へ誘ったのだろう。
あの日、海へ行こうと言い出したの彼だ。
もしかして高波が……この世界へ渡る合図だったとか……。
でも私は海ではなく、池からこの世界へやってきた。
海の波が合図だったのなら……辻褄が合わない。
それにしても……私にこんな魔術をかけてくれたのだから、きっと彼自身も自分の身を守っているはずよね?
もしかしたら……私と一緒にこの世界へ行こうと思ってくれていたのかな。
でも彼はここへ流れ着かなかった……。
なら……日本で生きている可能性が高い。
それなら早く戻らなきゃ。
でもどうやって……?
あの魔術を解読すれば、戻る方法が見つかるものだと思っていたけれど、そうじゃなかった。
1年かけてようやく解読に成功したのに……いまだどうやって元の世界へ帰るのかは分からず終い。
はぁ……もう一度あの池に行ってみようかな。
そう決意すると、私は今日も塔へ迎えに来たオリヴィアへさっそく頭を下げるのだった。