異世界へ行った彼女の話:第六話
うぅ……もう少し話を盛り上げてから……本題に入りたいと考えていたんだけれど……。
こうも淡々と返されると……会話が全く続かない。
何とも言えない微妙な沈黙が流れる中、私は小さく息を吐き出した。
「話はそれだけか?」
「いえ、違います!単刀直入に……私が池から現れた時、何か変わった事とか……魔術のようなものは見ませんでしたか?」
その言葉にエルヴィンはスッと目を細めると、エメラルドの瞳が私へと向けられた。
その姿は14歳とは思えないほどに、迫力がある。
「……あんたが現れた時、池から水が噴き出した。だからはっきりとは見えていない。……どうしてそんなことを?」
「その……私、ここへ来る直前、魔術に似た陣を見たんです。だから……」
「その陣の形を覚えているか?」
私は小さく首を横に振ると、また静寂が流れる。
居心地の悪い雰囲気に、チラッと視線を上げてみると、彼は何やら考え込んでいる様子だ。
そんな彼の様子を覗っていると、何か思いついたのか……机の近くへ歩いていったかと思うと、引き出しから何も書かれていない新しい魔術板を取り出した。
「思い出せる範囲でいい、書いてみてくれ」
私は差し出された板を受け取ると、戸惑いながらも微かに残る記憶を頼りに指先を進めていく。
えーと……こうだったっけ……。
波に飲み込まれる直前だったからなぁ……。
書きながらにチラリと視線を上げてみると、無表情のままにじっと板を覗く彼の姿がうつる。
そんなに見られていると……描きにくいじゃないか……。
彼の視線を気にしながら、出来上がった陣を見せてみると、初めて彼が表情を変えた。
表情がやわらぎ、目をキラキラと輝かせながら興味津々の様子で陣を凝視する。
その姿は先ほどとは違い……年相応に映った。
「すごい……この陣は初めて見る。どうやら5つもの陣を組み合わせているんようだな。……流れる風と、氷の結晶……これは……。なぁ、この空いているスペースは思い出せないのか?」
彼は乗り出す様に顔をグイッと近づけてくると、私は思わず息をのんだ。
近くでも見ると……本当に整った顔立ちね……。
興奮した様子で板を見つめる彼の姿に、先ほどまで緊迫した雰囲気は消えた。
記憶を絞り出しながら魔術板を前に、あぁでもない、こうでもない、と二人で話し合っていると、太陽が青白く染まり始めていた。
そうしていつの間にかオリヴィアが部屋に戻ってくると、その隣には先ほど見たローブの男も佇んでいた。
「姫様、そろそろ戻りましょう」
「ベネット殿、お時間です」
その言葉にハッと顔を上げると、私は慌てて窓の外へ目を向けた。
太陽は青白く輝き、夜空には星が点々と瞬いている。
もうこんなに時間が……!?
「えっ、もうこんな時間!?ごめんなさい」
私は慌ててオリヴィアへ駆け寄ると、深く頭を下げた。
「ちょっと待て、あんたの話はとても興味深い。また明日もここへ来れないか?」
口調はあれが……そう話す彼の表情は、新しいおもちゃを見つけたような瞳でとても楽しそうだ。
「えぇ、もちろん。私も魔術についてもっと知りたい!」
そうニッコリと笑みを浮かべて見せると、彼はなぜか照れた様子で私から視線をそらしたのだった。
それから私は毎日、彼のいる塔へ通うことになった。
午前中は先生と勉強をして、午後からは彼に会うために塔へ赴く。
当初は最初に見せた魔術の陣について話していたが……彼と話を進めていくにつれて、私の知識不足が足枷になった。
このままじゃダメだ。
そう考えた私は研究助手をさせてほしいと頼み込み、彼の横で魔術の知識をさらに深めていった。
助手になった当初、彼は不服そうな表情を見せていたが……元居た世界の知識を話してみると、思った以上に食いつきが良い。
彼曰く……どうやら私が思いつく魔術の発想は、とても興味深いようで……。
まぁ……すべて先人たちが見つけてくれた技術なんだけどね。
何はともあれ、自分の知識が役に立つことは素直に嬉しかった。
例えば、水に電気を流すと、酸素と水素に分解される。
酸素と水素と言っても伝わらないので、実際に小さな水の陣と雷の陣を発動させてみた。
見た目では変わったことはなかったが……そこに炎の陣をドッキングさせてみると、大きなボンっと音と共に爆発が起こった。
一瞬のことでケガはなかったけれど……あれは怖かったな。
でもあの時のエルヴィンの焦った顔をといったら……今思い出しても面白い。
そうして私が足しげく通う塔は、彼専用の魔術の研究所となっていて、いつでもそこにいた。
でも彼との会話は、もっぱら魔術のことばかり。
だけれどもそれが最近、何よりも楽しいひと時となっていた。
時間も忘れて、魔術に夢中になって……。
最初は冷めた子だなと思っていたけれど、最近は緩んだ表情を良く見せてくれる。
まぁ……普通の人から見たら、変わっていないと思うだろうけれどね……。
そうやって元の世界の化学を組み合わせて魔術の陣を提案してみると、いつも彼は興味津々で私の書いた陣を覗き込む。
日ごろ無口で無愛想な彼だけど、魔術の事になると、子供のような表情を見せる。
その姿が可愛くてついつい見ていると、彼が慌てた様子で仏頂面に戻すのはいつものこと。
そうして月日は流れ、私はいつものように塔で彼のサポートしていると、ふと疑問が頭に浮かんだ。
「ねぇ、魔術って何のために研究しているの?」
そう唐突に質問してみると、エルヴィンは発動させた陣から目をはなし、眉を潜めながらに顔を上げた。
「はぁ!?あんたそんなことも知らずに、今まで魔術を勉強していたのか?……まぁ良い……俺の場合は単純に魔術が好きだから研究をしているが……。城に在中する研究者たちは、民の生活に役立つ為であったり、王に命令された事であったり、あとはそうだな……武力の強化だな。今は平和だが、この先どうなるかはわからないからな」
その彼の言葉に私は口を閉ざすと、書きかけていた陣の手を止めた。
武力の強化……。
人を殺すための魔術を開発するなんて……嫌だな。
でもそれも……使う人次第で変わるか……。
「どうしたんだ?」
「あっ、ううん。なんでもない」
私はごまかす様に笑みを浮かべると、また魔術板へと指先を滑らせていった。