異世界へ行った彼女の話:第四話
そうして翌日から、私は元の世界へ戻る手段を探すべく奮闘していた。
王様は戻れないと話していたけれど……何か知っている人がいるかもしれない。
しかし城中誰に尋ねてみても、帰る方法はない、とそうはっきり返答が返ってくる。
どうしてないと言い切れるのか、根拠を尋ねてみると、戻るのは不可能だと魔術書に記載されているのだとか……。
その魔術書というのは、どうやらこの世界の理みたいなもので、そこに書かれている事柄は絶対的だと、皆が口をそろえて話すのだった。
納得できない気持ちを抱えながら、何も手掛かりがつかめないままに、数日が過ぎた。
最初私が現れた池にも行ってみたけれど、変わったことは何もなく、不思議な魚が泳ぐ池。
はぁ……誰に聞いても、欲しい答えは見つからない。
人に聞くのはあきらめ、オリヴィアに頼み込んで城の図書館へも連れて行ってもらったが……そこでは魔術書以外に、(異世界)という文字すら見つけることが出来なかった。
でも絶対にあるはずなんだよね。
だって彼は……この世界の住人だったんだと確信してきているから。
ここへやってきて数週間、この世界の住人達とふれあう機会が増えると、初めて出会った彼の姿といくつも重なる点を見つけた。
考え方や、文化、常識、マナー、そういった風習みたいなものがよく似ている。
そう気が付いてから、彼の事を知る人がいないだろうかとも探してみたが……この世界ではプラチナの髪に赤い瞳はこの世界では珍しくはなく、彼の名グレンも、この世界ではよくある名前のようだった。
はぁ……フルネームを知っていればなぁ……もう少し手がかりがつかめたかもしれないのに……あいにく彼の苗字はわからない。
もしくはスマホがあれば……彼の写真を見せることが出来たのに……。
しかしここへ来る直前に海で泳いでいた私が、スマホを持っているはずもない。
う~ん、そろそろ調べる方法も頭打ち……。
この世界にはパソコンもなければ、スマホもない。
調べるには自分の足で見つけるぐらいしか、思いつかないんだよね。
深く息を吐き出しながらに、ピンっと張られたシーツの上で転がっていると、ふと分厚い本が目に映る。
その本は図書館から許可をもらい持ち出してきた、魔術書だ。
怠惰に手を伸ばし、ペラペラとページを捲ってみると、『異世界へ渡ることは不可能』とそう大きく書かれていた。
う~ん、王様は私が初めて来た異世界の人だとそう話していた。
ならどうして……一度も異世界から人が来たことがない現状で……こんな言葉が載っているんだろう。
そんな事を考えながらに、ペラペラとページをめくっていくと、ふと『魔術』という文字に手を止めた。
体を起こし、書かれた文字を目で追っていくと、ページの最後に『魔術には、無限の可能性がある』そう記載されている。
無限の可能性か……。
次のページへ移ってみると、そこにはいくつもの不思議な絵と文字が並べられていた。
文字に目を通してみると、魔術についての説明が書かれている。
読み進めてみると、どうやら魔術というものは魔法陣を描くことで使用できるようだ。
とすれば……この絵は魔法陣かな。
例として描かれている複雑な絵柄をじっと眺めていると、どこか化学の構造式に似ていた。
同じ模様でも描く場所や、組み合わせが変わると、まったく別の魔術に変わっている。
あれ……この絵……。
頁の隅に書かれた複雑な絵柄に目が留まると、なぜか最後に見た彼の顔が頭をよぎった。
確か……波に飲み込まれる直前、砂浜にこれと似たような絵柄を見た気がする。
もしかして……私は魔術でここへ運ばれてきたのかも……?
そう結論に達した翌日、思い立ったが吉日と、私はすぐにオリヴィアを呼び寄せると、最初に出会った少年エルヴィンに、会わせてほしいと頼み込んだ。
私がこの世界へ来た瞬間を見たのは彼だけ。
もし魔術でこの世界へ来たのなら、私があの池から現れた瞬間に、何か気づいたことがあるのかもしれない。
そう考え必死に頼み込んでみるが……オリヴィアからは、なかなか良い返事は返ってこない。
彼に会っても良いことはありませんよ、と返されるばかり。
そんな困った様子を見せるオリヴィアを前にしても、私は必死に繰り返していた。
そうして頼み込むこと数十回、熱意に心がゆれたのか、将又面倒になったのか……オリヴィアがようやく了承してくれると、エルヴィンに会えるよう都合をつけてくれることになった。
しかし彼は忙しいようで、面会までに数週間は必要になるとの事。
会って話ができるのであればいつでもいい、そう言葉を返すと、オリヴィアは苦笑いを浮かべながらに、静かに部屋を後にした。
そうして彼に会えることが決まるや否や、私は魔術の勉強を始めた。
魔術に詳しい彼と話をするときに、何を言っているのかわからなければ意味がないからね。
独学で勉強を始めた私の様子に、オリヴィアはすぐに魔術の先生を手配してくれる。
本当によくできるメイドだと、改めて感謝していた。
部屋にやってきた先生は、優しそうな雰囲気で、年は40代ぐらいだろうか。
整った顔立ちで、ブラウンの猫っ毛に鮮やかなブルーアイズが綺麗だった。
そんな先生と朝から晩まで……時間が許す限り、私は魔術の授業に明け暮れていた。
魔術というのは、知れば知るほどに私が知る化学によく似ている。
化学は物質の構造を把握し、それぞれの物質と物質を熱で反応させたり、電気分解することで、別の物質を作り上げることが出来る。
魔術も同様で、それぞれの絵柄を理解していくことで、絵柄と図を組み合わせて別の物質を完成させる。
そんな魔術は反応させる方法が絵柄という2次元内に起こるので、パターンが幅広く、いまだ魔術は謎が多い学問だと、先生に教えてもらった。
そして最も異なる点は、化学というものは知識と道具があれば、誰にでも扱えるが……魔術は2次元を3次元に変化するための魔力が必要になる。
こればかりは、生まれ持った才能で……世には魔力を持っている人間ともっていない人間が存在し、魔力を持ち合わせていない人間には、どうやっても魔術を扱うことは出来ない。
しかし私は魔術なんて物が存在しない世界からやってきたはずなのに……先生曰く私は相当な魔力を持っているらしい。
そんな私の魔力は、他の魔術士達と全く違うようだ。
そもそも魔力というものはその人の分身で、魔力の色は髪色や瞳を映し出す色を持つようだが……私の魔力には色がない。
先生が話す(色がない)との意味はよくわからないけれど……。
う~ん、白という事なのかな。
まぁ、他の人たちと違うことは気になるが……何はともあれ魔術が使うことが出来て本当によかった。
そんな魔術の勉強は、毎日とても楽しかった。
魔法のような魔術は、新鮮で知れば知るほど、本当に無限の可能性を秘めているとあたらめて実感する。
先生はこの世界を知らない私にもわかるように、マンツーマンでかみ砕いて説明してくれるので、理解するのも早い。
わからないこともすぐに聞くことが出来るしね!
そうして元から科学好きだったこともあり、私はあっという間に魔術に世界へのめり込んでいった。