表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/45

◆閑話:異世界へ渡った彼と彼女の話:第八話

やらなければいけない事は全てやり終えた。

これで彼女が来ても受け入れられるだろう。

流れゆく砂を眺めながらに、俺は廊下を駆け抜けていくと、城の一番奥にある部屋の前で立ち止まった。

辺りに誰もいない事を確認すると、俺はトントントンと扉を叩いた。


誰だ、との声に扉が開いていくと、懐かしい二人の姿が目に映った。


「父上、母上」


「グレン……ッッお前生きていたのか!」


「グレン、グレン、心配していたのですよ!」


母は泣きながらに抱き締めようとするが、俺はそれを静止し、最後の挨拶を口にする。


「父上、母上すみません。もうここへ戻れない私を許して下さい。私はもう死んでいるのです。けれどもどうしても伝えておきたかった。今までこんな私を育ててくれ、生んでくれてありがとうございました」


王族の礼を取り母と父を真っすぐに見つめ返す。

砂がどんどん落ちていく中、自分の体が消えていくのがわかる。

もう時間がないのだと、そう気が付いた時には、二人の姿が霞んでいた。

父と母は私に何かを言っているようだが……もう声も聞こえない。


微かに映る二人の姿を目に焼き付けると、俺はさようならと唇を動かした。


夢から覚めたようにハッと目を覚ますと、俺は水の底へと戻ってきていた。

体が熱い……じわりじわりと鯰の魔力が抜けて行くのを感じる。


「ふぅ、無事に戻ったか。さっき言い忘れていたが、魔術が適さない異界の者を渡すには、色々と準備必要だ。待たせてしまって悪いが準備ができたらこの鈴で合図を出す。鈴の音がなったらその娘を海の傍へ連れてこい。後は儂が波を作り出しここまで娘をひっぱってやろう・お主にはもうここへ来るほどの魔力はないだろう」


そう話しながらに手渡された鈴は、彼女の瞳と同じ、漆黒の色をしていた。

俺はそれを強く握りしめると、無くさないように胸に抱える


「残り短いだろうが、娘との逢瀬を楽しめ。きっと寂しがっているだろう」


「待ってください。彼女が渡った後、もし万が一彼女がこの場所に戻ることがあれば、必ず引き止めてほしい」


鯰はわかっていると頷くと、グルグルと俺の頭上を回り始める。


「後これを……もし彼女が来たら渡してほしい」


「なんだこれは、手紙か?」


鯰は興味深々で手紙を眺めると、器用に尾ひれで手紙を掴む。

すると水の渦がまた俺を包みこんでいった。


「もし娘に会えば必ず渡しておこう。次に会うときは儂の一部になっているな……」


そう悲しそうに鯰は眉を落とすと、洞窟が目の前から消え去って行った。


日本に戻ると、俺が去ってからひと月以上経過していた。

水の中に居たのはほんの数分だったような気がする。

あの洞窟と、この世界ではまだ時間の流れが違のだろう。


俺は家へ戻ると、彼女は俺の顔をみるなり泣きながら怒りだした。


「どこへ行ってたの?あんな一言のメモで1ヶ月はない!!!どれだけ心配したと思ってるのよ!!!もうバカァ!!!帰ってこないのかと思った……」


彼女は俺の胸の中へ顔を埋めると、ペシペシと体を叩く。

でもそんな怒っている彼女も可愛くて、愛しくて、俺はそっと彼女の目元にキスを落とした。


「ごめんね」


そう呟くと、彼女は驚いた顔をしたかと思うと、頬がリンゴのように真っ赤に染まっていく。


「もうっ!ずるい……ッッ」


彼女はギュッと俺にしがみつく中、俺は彼女の温もりを感じながらに優しく抱きしめた。


ずっと側に居たかった。


君の隣は俺の場所でありたかった。


君を誰よりも幸せにできるはずだった。


ずっと一緒にいると、約束したのに。


君はこんな俺を許してくれるだろうか。


そうしてある蒸し暑い夏の日。

地平線に夕日が沈む頃、あの鈴の音が耳に響いた。

あぁ……とうとう来てしまったか……。

俺はそっと彼女の元へ向かうと、リビングで寛いでいた彼女へ声をかけた。


「ねぇ、久しぶりに海へ泳ぎに行かないか?」


「今から!?」


彼女は驚いた顔を見せるが、少し考えた後、水着を探してくると言って、部屋を出ていった。


今日が最後。


彼女の声を聞くことも、熱を感じる事も……。


そう思うと、俺は彼女の姿を瞳の裏へしっかりと焼き付ける。


勝手な事をする俺を彼女は許してくれるだろうか。


窓から沈む夕日を眺める中、彼女は水着姿で俺の前にやってくると、嬉しそうに笑っていた。


リンリンリン。


海辺に近づいていくと、鈴の音は大きくなっていく。


不審に思われないだろうか……そう横目で彼女を見てみるが、聞こえていないのだろうか……気にしている様子はない。


心地よい潮風を感じながら二人で砂を踏みしめていく中、別れの時間が刻一刻と迫ってくる。


俺は彼女の腕を引き寄せると、温もりを忘れないようギュッと強く抱きしめる。

そんな俺に彼女は優し気な笑みを見せると、俺の首へ腕を回した。


離したくない、離れたくない、君と共に生きていたかった。


俺は彼女を抱きしめたままに小さく陣を描いていくと、彼女の背中へ貼り付ける。


僕の魔力を君にあげる。


きっと向こうの世界で役にたつはずだから。


最初で最後のわがままを、僕を忘れないでほしい。


「愛してるよ、ずっと……」


「私も」


彼女の甘い声が耳にとどいた刹那、大きな波がこちらへ迫っていた。


俺は彼女を離し、波の方へと押し出す。


すると彼女の驚いた表情が目に映った。


バッサーン


さようなら、愛しい人。


幸せになって。


彼女から離れ波に打ち付けられた俺の体は、夕陽が沈むのと同時に闇の中へと消えていく。


そうして二人を飲み込んだ海は、何事もなかったかのように、只々静かに波打っていた。



********************

坊主が去った後、鯰の周りをグルグルと回ると、コッソリ封を開いた。


そこにはただ一言だけ……。


<俺はいつでも君の傍に居るよ>


そう書かれていた。


********************


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ