表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/45

◆閑話:異世界へ渡った彼と彼女の話:第七話

体から力抜け、魔力が抜け落ちていくのを感じる中、鯰は何かを思いついた様子で、金色の目を輝かせながら、俺の耳元へやってきた。


「なぁ、その人間をお前の居た世界へ渡らせるか……?」


その言葉に俺は顔をあげると、金色の瞳へ視線を合わせる。


「……そんなことができるのか?」


「あぁ、ここまで連れて来られれば可能だ。その娘が今の世界で数年の命でも、お前の世界に移れば数十年は生きられる。だがそれだと……お前が消滅してしまうだろうがな……」


彼女が生きていられるなら、彼女が死なずにすむのなら……。

俺は彼女を俺の生まれた世界へ送ろう。

俺の命はもう消えているんだ。


こんなことを勝手に決める俺を、彼女はきっと許さないだろう。

一緒に居ると約束をした。

けれども俺は彼女に生きていてほしいと願う。

本当は俺の隣でずっと生きていてほしいが……それはもう叶わない願いだ。

だが……渡る前に彼女があの世界で無事に暮らせるようにしなければ……。


鯰の言葉から希望が見え、俺は強い決意を固めると、その光へ縋りつくように鯰へ手を伸ばした。


「彼女が無事に……安全に生活できるよう体制を整えたい。一度俺を水の都へ戻してくれ」


「悪いが……それはできない願いだな。最初に話しただろう……一度渡ればもう戻ることはできない。それにな、戻れたとしてもお前は水の都に入った時点で消滅しちまう。よく考えろ、お前の世界では120年たっているんだぞ。お前の居場所はあの世界にはもうないんだ」


120年……想像以上の時の流れに悄然とする中、俺はその場で頭を抱え蹲った。

ダメだ……地球人など見たことがない彼らはきっと。彼女を異端者と追い出すだろう。

王宮の庭に突然現れれば、彼女が罪人になる可能性だってある。

彼女の生活の保障がなければ、俺の世界へ送ることなんて事なんて出来ない。


見えた希望の光が闇へ消え去って行く中、鯰は悠々と頭上を回り始める。


「うーむ、方法がないことはないが……」


その言葉にハッと顔を上げると、鯰は長い髭を静かに揺らしていた。


「教えてくれ」


「うむ、儂の力を一時的にお前へ渡せば、生きていたい時間に戻す事は出来る。だが俺の力を渡すという事は、お前が死んだ後、私の一部になってしまうだろう。そうだな……わかりやすく言うと、死後お前は儂に取り込まれ、生まれ変わる事も出来ず、ここで一生を暮らす事になる」


そんな事でいいのか。

俺は一番大事な人の人生を奪った。

そんな俺が生まれ変わり。新たな人生を生きる事など、許されるはずがない。

俺はなんの問題もないと答えると、すぐに鯰の魔力を移すように頼み込んだ。


鯰は難しい表情をし何かを考え込んでいたが、暫くすると見たこともない陣を暗い砂の上に描いていく。


「本当にいいのか?永遠にこの場所へ囚われるのだぞ」


「あぁ、構わない。早くしてくれ」


そうせっつくと、鯰は呆れた様子でブツブツと何かを唱え始めた。


「我の魔力をその他へ、死後我の一部となる契約をここへ」


鯰から膨大な魔力が溢れ始めると、水の渦が頭上に現れた。

渦はどんどん俺に近づいてくると、そのまま引き込んでいく。

激しい流れに意識が朦朧としてくる中、水の切れ間から鯰が飛び出してきた。


「危ない、危ない、忘れていた。坊主に砂時計を渡しておく。お前がいられる時間はそんなにない。この砂が落ち切ると、そこで時間切れだ。お前は強制的に、ここへ戻ってくる。気をつけろ」


俺は流れにのみこまれていく中、何とか頷いて見せると、必死に手を伸ばし砂時計を握りしめる。

そのまま渦の中へ沈んでいくと、意識がプツリッと途切れた。



次に目覚めた時、俺は最初に落ちた池の傍へ横たわっていた。

辺りには誰もおらず、空には丸い月が浮かんでいる。

そよ風に運ばれ、懐かしい匂いを胸いっぱいに吸い込むと、俺の目から涙が零れ落ちた。

この世界の魔力が俺を満たしていく中、使い慣れた魔術を展開すると、俺はすぐに現状を把握した。


どうやらここは、俺が居なくなった10年後の世界のようだ。

10年なら弟は16歳か……。

成長した弟の姿を思い浮かべながらに、俺は姿を隠し、こっそりと王宮の通路を進んで行く。


見回る騎士から身を隠し、慎重に王宮の図書館ヘとやってくると、静かに扉を開けた。

懐かしい本の香りに過去の記憶が思い起こされる中、俺は入ってすぐにある本棚へ向かうと、特別な魔術を展開する。

そこから【魔術書】と書かれた分厚い本を取り出すと、まだ何も書かれていない白いページを開いた。

彼女の為に新たな制約を、魔術を使い、外へも出回っている複製全ての魔術書に記載する。

この本は世界の理を記載していく、王族が管理している本だ。

ここへ記載できるのは王になる権限を与えられた者のみ。


俺は過去の記憶を思い出しながらに、ゆっくりとそして慎重に陣を描いていく。

陣を描き終わると、そこに丁寧に短い文章を掘っていった。


<異世界へ戻ることは不可>


陣を真っ白なページへ貼り付け、魔力を流し込むと、文字が紙の中へ沈んでいく。

これで大丈夫……。

彼女が元の世界へ戻ろうとしないように、戻ってしまえば死んでしまう……。

俺はそっと魔術書を本棚へと戻すと、手にしていた砂時計へ視線を向けた。


3分の2ほど砂が残っている事を確認すると、私は急いで弟の部屋へと向かう。

思っていたより魔術に時間がかかってしまったな……。

俺は弟の部屋への近くまでやってくると、床へ王族専用の陣を描いていく。

そうして騎士の目をすり抜け部屋の中へ侵入すると、そこには成長した弟が窓の傍へ佇んでいた。


「久しぶりだね」


そう声をかけてみると、弟は信じられないとの表情でこちらへと振り返った。


「……兄上?」


あんなに小さかった弟は、僕と同じ身長となっていた。

声も子供特有の高く響く声ではなく、低い声に少し寂しさを感じる。


「兄上……ッッ生きておられたんですね……ッッ」


弟は慌てた様子で俺の傍へやってくると、その姿が昔、俺を追いかけてきていた幼い弟の姿と重なった。


「大きくなったな。お前に全ての重責をかけてしまい申し訳ない。黙っていなくなってすまなかった」


「そんな事はいいのです兄上。またこうやってお会いできて光栄です」


「いや、すまない。戻ってきたわけではないのだ。お前に伝えたい事がある」


俺は弟の琥珀色の瞳を見つめると、そっと微笑みかけた。


「後何十年後、いや……何百年後に別の世界の者が、庭にある池からやってくる。その女性を丁重にもてなして欲しいんだ。どんな理由をつけてもいい。王族の伝承としてでも、後世に伝えてほしいんだ、頼む。そして必ずその異世界の者に、元の世界には戻れない旨を伝えてほしい」


「兄上……何を言っておられるのですか?別の世界……?」


そっと砂時計に目を向けると、砂は3分の1ほどしか残っていない。


「頼む、詳しく説明している暇はないんだ。俺には時間がない、誓約してくれ」


「兄上!!!」


弟が俺の腕を掴もうと手を伸ばすが……その手はそのまま腕をすり抜けた。

触れられない事実に驚く中、弟は何かを察したのか……今にも泣きそうな表情で俺へ視線を向ける。


「頼む」


「わかりました、兄上……。私はもう兄上に会うことはできないのでしょうか?」


「すまない。だがお前ならきっと立派な王になるだろう。俺にはできなかったが……この世界の繁栄をずっと願っているよ」


俺は弟の胸を強く推すと、そのまま急ぎ足で部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ