異世界へ行った彼女の話:第三話
様々な疑問と戸惑いでこんがらかっていると……気が付いた時には玉座の間から外へ連れ出されていた。
そのままメイドに付き添われるように城の一室へと案内される中、色々と話しかけてくれていたが……彼女の言葉は全く耳に入ってこない。
どうしようもない不安と戸惑いが交錯する中、徐に顔を上げてみると、そこは物語のお姫様が住んでいそうな豪華一室だった。
メイドは手を引いたままに、部屋の中央へと進んでいくと、私の前で徐に深く礼をとる。
「初めまして、私は異世界の乙女様のお世話を任されました、オリヴィア・ルイスと申します。慣れない世界で大変だと思いますが、私が全力でサポート致しますわ」
ニッコリと笑みを浮かべたオリヴィアの姿にようやく我に返ると、頬にポロリと雫がこぼれ落ちた。
そんな私の姿に彼女は慌てた様子で傍に駆け寄ってくると、優しく背中をさすってくれる。
温かいその手にどんどん涙があふれだすと、私は何も答えることが出来ぬまま、只ひたすらに泣いていた。
おぼれたとき、もう助からないとそう思った……。
けれど彼の声が聞こえて……何とか生き延びることが出来たのに……そこが自分の世界じゃないなんて……。
知らない風景、知らない人、大切な彼がいない……そんな世界に取り残された私はこれからどうなってしまうのだろう。
張り裂けそうな胸の痛みに私は大きな声で涙を流すと、絨毯に涙が落ちていった。
そうしてどれぐらい泣いていたのだろうか……これでもかと、思いっきりに涙を流すと、いろいろとため込んでいたものが消え、頭がスッキリとしてた。
よし……異世界に来てしまった今、くよくよ悩んでいても何も解決しない。
なら私は自分のできることをやっていこう!
そう心を入れ替えると、異世界での新しい生活が始まったのだった。
異世界での生活が始まると、当然のことだが……最初は驚きの連続だ。
文明はもちろん、文化も、常識も何もかも……私の世界とあまりにも異なっていた。
言葉も違うようだが……まぁそこはどうしてか翻訳されているようで、わかる言葉で聞こえてくる。
文字も同じように、知らない文字だが、読んでみると、元の言葉で自然と理解が出来た。
そしてこの国は水の都といって、自然豊かな街。
動かない太陽に、時間がたつと太陽が自ら青白い光に変化し、夜が訪れる。
城から見える街並みは中世ヨーロッパのようで、高層ビルなどはなく、見渡す限りの畑。
その向こう側には、果てのない真っ青な海が広がっていた。
出会う人々も、日本人離れした彫の深い整った顔立ちの人が多く、髪や瞳の色も鮮やかだ。
オリヴィアもブロンドの髪に、バイオレットの瞳。
顔立ちも彫が深く整っており、女性でも見惚れてしまうほどの優し気な笑みが印象的。
そんな私が暮らすことになったお城には、物語に登場するような王子様や、お姫様、それにメイドや、燕尾服を着こなした執事。
腰に剣を刺し、鍛えられた騎士たちが城で稽古を行っていたり、おほほと高笑いが似合いそうな縦ロールの
のお嬢様がいたり目新しいものばかりだった。
そんな中でも一番驚いたのは、この世界には魔術というものが存在する事だった。
使える人は限られているようだが……どうやら私も魔術を使うことができるらしい。
オリヴィアも簡単な魔術が使えるようで、一度見せてもらったことがあるが……漫画やアニメに出てくるようなファンタジーな魔法そのものだった。
そんな新鮮な生活を送る中、最初に出会った少年とは、あれ以来顔をあわせていない。
オリヴィアに彼について聞いてみると、魔術の才能にあふれた、どうやら稀代の天才と噂されている少年ようだ。
名はエルヴィン・ベネット、年は私よりも6つ下の14歳。
だがそんな彼は人嫌いで、性格は難しいらしく、日ごろは部屋にこもりっぱなしで、外へはあまり出てこない。
しかし顔立ちは整っているので、お嬢様方の間ではクールな王子様として人気を博しているようだ。
城内で見かけると、幸運が訪れるとの謎の噂もあるみたい……。
そんな彼の話で盛り上がっていると、彼と初めて出会った光景が頭をよぎる。
言われてみれば、かなり整った綺麗な顔立ちで、騒がれるのもわかる気がする。
あの時あまりしゃべらなかったのは、人が苦手だったからなのね。
そうしてこの世界で暮らしていく中、マナーや常識をオリヴィアに教わりながらに、私はこの世界の事を色々と学んでいった。
慌ただしく日々が過ぎ去っていく中、徐々に新しい世界の生活に順応してくる。
慣れた事で心に余裕ができると、最近私は一人で城内を出歩けるようになってきた。
城の外にはまだ行ったことはないんだけどね……。
そんなある日、一人城内を歩いていると、窓から太陽が徐々に青白く染まっていく様子が目に映る。
その姿に、ふと元の世界に居るはずの、彼の言葉が頭に思い浮かんだ。
「僕の住んでいた町ではね、こことは違って海に沈むオレンジ色の夕暮れを見れなかったんだ。橙色が次第に蒼へと染まる海はとってもきれいだよね。いつか戻ることが出来れば……この風景を僕の弟や両親にも見せたいよ」
「それならスマホで写真を撮って残しておいてあげる。いつか会う機会が出来れば、これを見せればいいのよ。私も一緒について行くから!」
「そうだね……いつか……。でも僕の故郷は、とても……遠くて戻るのは難しいんだ」
夕日を眺めながら、どこか寂しそうな彼の笑みが鮮明によみがえると、私はそこで立ち止まった。
そういえば……ここに夕暮れはない。
遠くに見える海は、青か闇に染まった色……どちらかしか存在しない。
そして彼の見目は、日本人とは異なりプラチナの髪に、吸い込まれそうな赤い瞳。
故郷の話を聞いて、彼は海外から来たのだと思っていたけれど……まさか。
そこで私は彼の故郷の話を必死に思い返してみると、この世界に当てはまる点が、いくつもあることに気がついた。
街並みに、人々の様子に、そしてお城。
(僕が居た街の中心部には、大きな鮮やかな緑色の時計台があってね、部屋からよく眺めていたんだ)
緑の時計台……私の部屋から見える……確かオリヴィアが街の中心にあると話していたっけ。
私はハッと顔を上げると、ある可能性に気が付いた。
彼は故郷へ戻ることは、難しいと話していた。
それに彼の不思議な力を見たことがある。
手品か何かだと思い込んでいたけれど……それがこの世界の魔術と呼ばれる物なら……。
もし彼がこの世界の住人だとして……私がこの世界へ来たように、彼もこの世界から私の世界へ来てしまったとしたら……?
この仮説が真実であれば……彼が日本にやってきた即ち、この世界には日本につながる道があるということ。
今この世界に彼がいないのならば、やっぱり彼は日本で待っている。
それならその道を見つけて、帰らなきゃ……絶対に見つけ出して見せる!
新たな可能性を胸に、私はゆっくりと顔を上げると、闇に染まっていく街並みを眺めながら、胸の前で拳を強く握りしめた。