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◆閑話:異世界へ渡った彼と彼女の話:第二話

よく晴れたある日、弟が俺の部屋へやってきた。


「兄上、剣の手解きをお願いします!」


「構わないよ、庭へでようか」


弟は小走りで庭へとかけていく姿は、はしゃぎすぎて今にも転びそうだ。

そんな姿を微笑ましい気持ちで眺める中、俺も木刀を手に取ると、弟の背中をゆっくりと追いかける。


そうして向かい合うように立つと、剣を構える小さな弟をに剣先を向ける。

すると彼は勢いのままに飛び掛かってきた。


ドンッ


その木刀を軽く受け止めると、弟は悔しそうな表情をみせる。


バシュッ、ドゴッ、パシュッ、


どれぐらい戦っていただろうか……頬に流れる汗を袖でぬぐいながらに俺は木刀を構えていた。

少し前なら簡単に倒せていたのに、今ではそこそこに真剣勝負だ。

弟の成長は恐ろしい……。


剣術も魔術も勉強もきっと弟は私を越えていくのだろう。


気持ちが焦る中、俺はそれを悟らせないよう、余裕があるように見せる。

それは兄としてのプライドだった。


そうして剣をあわせること数十分、お互いに疲れが見え始める。

次の一手で決まる。

二人は間を取り、そして同時に一歩を踏み出した。


ドサッ


木刀が池の側に飛んでいった。


俺は弟の手から離れた木刀を拾い上げると、その場で膝を付き、地面を見つめている弟へと視線を向けた。


「はぁ、はぁ、はぁ、……悔しいです」


そう顔を歪める弟の姿を横目に、俺は平常を保ちながら呼吸を整え、息の乱れを隠した。

そうして弟の元へ駆け寄ろうと足を踏み出すと、池の傍に置かれていた石に足をとられた。

立て直そうと、とっさに足に力を入れ踏ん張ろうとしたが、疲労の為か……足に力が入らず、体がゆっくりと池の方へ倒れていく。


バッサーン


「兄上!!!」


水の中へ沈む瞬間、弟の声が耳にとどいた。


気が付けば、泡で視界が真っ白に染まていった。

俺は急いで立ち上がろうとするが、あるはずの池の底が見当たらない。

この池は浅かったはずだが……。


もがき必死に這い上がろうとするも、なぜか足に水が絡み付いてきた。

いっ、息が苦しい……。

泡で視界が薄れていく中、次第に意識が遠のいていくと、俺は抗う事をあきらめた。


(めずらしい客だな、人間か。あー、さっきの魔力で引き込んじまったか)


微睡みの中、話し声が聞こえる。

僕は少しずつ意識を回復させていと、ゆっくりと足を動かし、手に力を入れてみた。

よし、問題なく動く。

溺れたはずだが……どうやら生きているようだ。


俺はゆっくり目を開くと、目の前に小さな鯰が現れた。

予想だにしていなかった事に、大きく目を開く中、俺は必死に心を落ち着かせた。


「よー、生きてるか?」


次第に頭がはっきりしてくる中、突然に鯰がしゃべった。

あまりの事に目が点になる中、徐に辺りを見渡してみると、薄暗い洞窟の中、海藻がゆらゆらと揺れ、魚がスイスイと泳いでいく。

ここは水の中……だが苦しくない……?


何が何だかわからぬまま、俺は鯰に視線を戻すと、とりあえずコクりと頷いてみせた。


「よかった、儂は異界の番人だ。お前は?」


「私は……水の都の第一王子グレンだ」


恐々に声を出してみると、それはちゃんと声となって耳にとどく。

鯰は少し考えた後、狼狽する俺に今の状況をゆっくりと説明し始めた。

なかなか要点の得ない複雑な話を聞かされる中、自分の中で話を整理していく。


異界の番人はあらゆる世界の空間を管理しているらしい。

ついさっき別の空間に不具合が発生していたところを修正しようとし、魔力を使っていたが……俺はどうもその魔力に引き寄せられてここへ来てしまったようだった。


「まぁ何だ、人間なんて初めて見た。よかったら坊主の話を聞かせてくれないか?」


そう鯰は嬉しそうに話すと、俺はポツリポツリと話し始めた。



どれぐらい鯰と世間話をしていたのだろうか……人間に興味があるようで色々と話す中、彼の話も聞くことが出来た。

彼の話は新鮮でとても楽しかった。

この世界にも世界がある事実。

彼の話す外の世界とはどんな場所なのだろうか。


そんな中、俺はふと思い付いた。

今回俺がいなくなった事は只の事故だ。

池に落ちたのは誰の責でもない。

もしこのまま別の世界に行く事ができれば、だれにも迷惑をかけず、王族から只の人になれるんじゃないか。

そう思い立つと、俺は思いきって鯰に尋ねてみた。


「さっき異世界と言ったが、俺を異界へ連れていくことはできないだろうか」


俺の言葉に、鯰は驚いた表情をしたかと思うと、ニヤリと口角を上げた。


「できるが、行く世界は魔術に適しておらん。だから渡った後はもう元の世界には戻れない。後、異界での生活の保証もできないがいいのか?あぁそうだ、後、異界の世界で人生を全うしたらここへ戻ってきて、儂に話を聞かせてくれ」


その言葉に俺は少し考えた後、深く頷いた。


「ほう、人間は面白いな。お前は王子との地位もあり、飢えることもなければ、戦う事もない。そんな存在がそれらを手放してまで異界を渡りたいと願うのか」


鯰は楽しそうに笑って見せると、そのまま砂の中へ潜っていく。

鯰の姿が消えた刹那、行き止まりだった洞窟が開け、新たな道が形成されていく。

すると、まるで時間がとまったかのような静けさが訪れた。


「この道を進めば新しい世界へたどり着くだろう」


洞窟の中に鯰の声が響き渡ると、俺はどこまでも続く岩の洞窟を眺めながらに、意を決し力強く水をかき分け前へ進んだ。


父上、母上、弟よ……城の者……すまない。


そう心の中で謝罪する中、どれくらい進んだんだろうか……。

岩の洞窟はどこまでも続き果てがない中、俺はひたすら前へ進んだ。

そうして少しずつ明かりがどこかから差し込み始めると、光の先を目指し泳いでいく。

ようやく見えた光に俺は必死に手を伸ばすと、突然に強い海流が襲ってきた。

あまりにも強い流れに抵抗することも出来ず、そのまま意識を失うと、目の前が闇に染まっていった。


ふと意識を取り戻すと、俺は砂浜上に打ち上げられていた。

ここはどこだろうか……。

濡れた体に寒さを感じる中、徐に体を起こすと、見たこともない景色を呆然と眺める。

太陽が海に引き寄せられ沈んでいくその様はあまりにも美しく、只々魅入っていた。

そんな中、ふと視線を感じ後ろを振り返ると、そこには黒髪の少女の姿が目に映った。

女神のように美しい、そう思った刹那、俺の意識はそこで途切れた。

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