◆閑話:異世界へ渡った彼と彼女の話:第一話
これはまだ彼女が異世界へ渡る前のお話。
グレン視点となります。
父は言った。
王族たる者、威厳を持ちなさい。
しかし傲慢にはなるな。
尊敬される人になりなさい。
だが驕らず、努力をし続けなさい。
どんなことでも上を目指しなさい。
さすれば人はついてくる。
自分より弱い相手に手をあげてはならぬ。
もし手を出してしまうのならお前より強い人だ。
決断力を持ちなさい、己に後悔しないように。
母は言った。
王族たる者、優しい人になりなさい。
思いやりの心を忘れずに。
身だしなみには気をつけなさい。
人への与える最初の印象は大切だから。
人との繋がりを大事にしなさい。
それはきっと貴女の力になる。
ですがあまり本音を悟られてはいけません、常に平常心を心掛けなさい。
そんな両親の言葉を受け、俺は完璧な王子様となった。
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白を基調としたベットとテーブルしかないシンプルな部屋の中、俺はいつもと同じように身だしなみを整え部屋を出た。
背筋を伸ばし、笑顔をはりつけ、いつものように王宮を歩いていく。
そんな俺の姿に、女は甲高い声で叫び、男は深い礼を取る。
勉強も魔術も剣術も極め、俺は皆が認める第一王子として存在していた。
何て窮屈な世界なんだ。
こんなことを思うのは贅沢だろうか。
食うものにも困らず
欲しい物はなんだって手に入る。
人が羨む地位を持ち。人よりも優れた才能だってある。
優しい家族に恵まれて、国で一番美しいと評された母の容姿を受け継いだ。
不満なんてどこにもないはずなのに……。
まだ幼い頃、俺は父に尋ねた。
「父上は王としての生活を、苦しいと思ったことはないのですか?」
「若い頃は思っていたな。誰もしらない場所へ行き、誰の目も気にせず、生きてみたいと願った……。だが私が自由を求める為の犠牲が大きすぎる。私が城からいなくなれば、側近や騎士が責任を負われ罰を受ける。皆仕事がある中、私を探すために多くの人を巻き込み、時間を割かなければいけない。……見つかるまでずっとだ。お前はそれでも自由になりたいと望む事ができるか?」
俺は父の言葉に何も返す事が出来ぬまま、気まずげに視線を逸らし俯いたを今でもはっきり覚えている。
そんな俺は煩わさから逃げる為に、王宮の図書館へやってきた。
ここにいれば機嫌を取りに来る貴族や着飾った令嬢もいない。
笑顔の仮面をかぶることもなく、この場所で俺はようやく俺になれた。
はぁ……ここにある本はあらかた読んでしまったな。
一時の寂しさがこみ上げると、俺は椅子に体を預け天井を見上げた。
これからどうしようか。
そんな事を考える中、後方から足音が近づいてくると、側近が俺の前で立ち止まった。
「第一王子殿、王妃様が部屋に来てほしいとの事です」
側近腰を屈め耳元へ顔を寄せると、僕は深いため息をつき立ち上がる。
そうして外で待たせていた騎士を連れ、母上の部屋へと急いだ。
母の部屋へやってくると、上機嫌な母上が俺の元へ駆け寄ってきた。
「グレン、あなたの16歳になる誕生祭なんだけれど、公爵家のご令嬢をエスコートしなさい」
「わかりました、母上」
僕は母の言葉に心の中でため息をつく中、そんな心情を隠すように笑みを貼り付けた。
今まで婚約者を作らず、分け隔てなく令嬢には接し続け、特別な存在を作らなかった僕に、とうとう痺れを切らしたか……。
一向に婚約者を決めようとしない僕に、母は自分の選んだご令嬢を、未来の婚約者としてでも紹介するのだろう。
なんて気が重い……。
王族と言う楔がじわじわと絡まってくる。
そんな現状が嫌になり……俺は何度も何度も楔を外す方法を模索してきたが、結局解決策は見つからず、時は容赦なく過ぎていった。
誰も僕をしらない。
王族と言う柵から逃れたいと思う僕は……。
母の部屋を出ると、俺は騎士たちに背を向け、そっとため息をつきながらに、これから起こるだろう面倒ごとに頭を痛めていた。
婚約者ができてしまえば、ますます王族としての楔が強くなってしまうだろう。
子を生み、この国を支える為に……。
きっともう逃れる事なんてできない。
そして自由が遠ざかっていく事になるだろうとは安易に想像できた。
憂鬱な思いのまま、そっと窓の外へ視線を向けると、庭の池が目に映る。
やはり俺には自由を手にすることは出来ないのだろうか。
茫然と池を眺めていると、後ろからまだ声変わりをしていない可愛らしい声が耳にとどく。
その声に俺は表情を和らげると、徐に振り返った。
「兄上!この魔術について教えて下さい」
兄上 兄上 と可愛い弟が俺の傍へと走ってきた。
俺は微笑みを浮かべたままに、かわいい弟の手を取り、自室へと連れて行く。
弟をソファーへ座らせ、俺は隣に腰掛けると、彼の質問へ答えていった。
弟は頭の回転が早いようで、教えた事をスラスラと理解し、身につけていく。
その才能に、きっと弟は僕よりも優れた王になるだろう。
そんな事を考えながらに弟をじっと見つめていると、彼はパッと目を輝かせながらに顔をあげた。
「兄上は本当にすごいです!僕も兄上のようになりたいです!」
純粋に笑う弟の姿を眩しそうに見つめ、僕は力なく笑い返した。
(こんな偽物の王子よりもお前の方が王子に向いているよ)
魔術の勉強に熱中している弟の隣で、そう一人ごちた。




