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異世界へ行った彼女の話:第二十四話

私はまた魔術の研究に明け暮れる毎日を過ごしていた。

ひと月以上かけて作った魔術板は、起動することなく大失敗に終わった。

でもこんなことで諦めるつもりはない。

絶対に成功させるの。


ライト殿下はあの日以来、頻繁に研究室へと顔を出すようになった。

本当に力になろうとしてくれて嬉しい。

でも彼は研究者ではないし……手伝う事はあまりないんだけどね。

研究の経過を報告したり、世間話をしてくれたりと……お城の仕事は大丈夫なのかなと心配なる。

でも帰るという目的を受け入れてくれた彼が傍に居る事は心に余裕が出来た。

みんな頭ごなしに否定してばかりだったから。


お世話になっているエルヴィンにも話そうかなと思っているんだけど……あの日出かけて以来、彼とはなぜかギクシャクしているんだよね。

研究の事について話すのはいつも通りなんだけれど、なんと言えばいいのか……何だか気まずい沈黙が流れるんだ。

私が気にしすぎているだけなのかなぁ。


それと……ライト殿下が来るようになって、なぜかエルヴィンの不機嫌な日が多いんだよね。

あんな前面に不機嫌さを出されちゃうと、なかなか私用では話しかけづらい。

そうして今日もライト殿下がやってくる中、私はチラリとエルヴィンへ視線を向けると、彼は不機嫌な様子でこちらを窺うように視線を向ける。

その様子に小さくため息をつくと、今日も話すのはやめておこうと、早々に諦めるのだった。



そうして彼に伝えることが出来ぬままに研究が進んで行く中、あっという間に1年の月日が経過していた。

何度か伝えようと思ったんだけど、そのたびに何かの邪魔が入る。

そんな事が続くもんだから、最近では言わなくても良いなぁ、と思い始めていた。

完成すれば伝えればいいよね、今までお世話になったお礼はそこでちゃんと伝えられればいいだけだしね。


魔術板の研究はもう少しのところまで進んでいた。

エルヴィンは16歳になり、一気に身長が伸びた。

今では私が見上げなければ話せないほどだ。

成長期って恐ろしい……。

彼の成長を見られるのもあと少しだと思うと……寂しいと感じる自分が居る。


そんなある日、月明かりが照らす研究所で、珍しく私と彼と二人っきりになった。

最近はライト殿下が居るため、以前よりも二人になることは少ない。

言うなら今かな……。

そんな事を考えながらに魔術板へ陣を描いていると、珍しく彼の方から声をかけてきた。

気まずくなって以来、声をかけるのはいつも私の方からだったから。


「その魔術が完成すればお前は帰るのか?」


その言葉に私はハッと顔を上げると、驚きのあまり口を半開きのままに固まった。

研究している理由を知っていたんだ……。

でもいつから気がついていたのだろう。


「……うん。大事な人を待たせてしまっているから……帰らないと」


そう答えると、私は魔術板へ視線を戻しながらに、待っているであろう彼の事を思い描く。

元気だろうか、ちゃんと食事をとっているかな、彼とずっと一緒にいる約束をしたんだ。

絶対に帰らないと。

もうすぐこの魔術板が完成する。

彼に会える嬉しさに自然と頬が緩んでいく中、ふと視線に気がついた。


徐に顔を上げると、彼はいつもの仏頂面ではなく、寂しそうな表情を浮かべ私をじっと見つめていた。

いつもと違う彼の様子に首を傾げる中、彼はゆっくり立ち上がり私の傍へやってくると、何かを言いたそうにしながらも無言のままに立ち止まる。

澄んだエメラルドの瞳がじっと私を見下ろす中、彼は私の頬に手を伸ばしたかと思うと……触れるか触れないかの所で止まった。

そして悲し気に瞳を揺らすと、そのまま静かに背を向けて部屋を出て行く。

何だったのかな……。

彼の去って行った扉を眺める中、なぜか胸の奥がチクリと小さく痛んだ。


その日から彼は忙しいとの事で、研究室へは来ず、自室で作業をすることが多くなった。

あの日見た彼の表情が何度も頭の中んチラつくが……魔術の完成までもう少し。

私はエルヴィンの姿を頭から振り払うと、魔術の研究へ集中していった。


そうして研究を続ける事さらに一年、ようやく魔術板が完成した。

試作もちゃんと発動したし、水に入っての実験も成功した。

はぁ……ここまで長かった。

でもやっと……やっと日本へ、彼に会えるんだ。


そう改めて実感すると、気分が高ぶってくる。

約3年過ごしたこの世界も好きだが、やはり彼に会えるかもしれない、との気持ちは顔に出てしまう。

昨晩完成した魔術板を自室で眺める中、いつの間にやってきたのだろうか……オリヴィアが隣に佇んでいた。


「ふふ、どうしたのですか?とても嬉しいそうですわ。もしかしてエルヴィン様と何か進展がありましたか?それともライト殿下です?」


「エルヴィン様、ライト殿下?彼らがどうかしたの?」


「あらっ……ッッ、何でもありませんわ」


私は意味が分からず、首を傾げて見せると、彼女はしまったとの顔を見せ、慌てた様子で部屋を出て行ってしまった。


オリヴィアの背を眺めながらに……私は居てもたってもいられなくなると、完成した魔術板を持ったままに部屋を飛びだす。

自室にいるであろうエルヴィンの元へと向かって走って行く。

そうして彼の部屋のドアの前にやってくると、騎士の許可得て扉を開けた。


「完成したの」


開口一番にそう口にすると、魔術板を掲げエルヴィンへ見せつけるように持ち上げる。

すると彼は手に持っていた書類から視線を外し、こちらへ顔を向けた。

しかし彼の表情は、窓から差し込む光が反射してはっきりと映らない。


「……帰るのか」


「えぇ、明日にでも」


エルヴィンは徐に立ち上がると、私へ手を伸ばし、頬を軽くつねった。

その手はどこか力なく……私は顔を覗き込もうとすると、彼は逃げるように後ずさる。


「おめでとう」


「ありがとう!今までお世話になりました。あなたが居たから無事に完成出来たの。本当にありがとう」


私は何度も頭を下げ、ニッコリと笑みを浮かべ顔を上げると、彼はポンポンと頭を優しく撫でる。

後はライト殿下にも伝えないとね。

私は彼の手からそっと逃れると、エルヴィンへ手を振り、研究室へと走って行った。

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