異世界へ行った彼女の話:第二十三話
あの日エルヴィンと城へ戻ると、彼は一言も話さぬままに部屋へ戻って行った。
私はなんと声をかけていいのかわからなくて……何も出来なかった。
怪我は大丈夫かな……後でオリヴィアに聞いてみよう。
彼がいなくなった廊下を眺める中、私は部屋へ戻らず一人研究室へ向かうと、買ってもらった魔術板を取り出した。
別の生き物になる事ができる魔術。
これを使って水の中でも呼吸が出来る生き物に……。
そうなれば……深い池の底へ潜ることが出来る。
後は水圧をどうするか……。
これはシャボン玉のようなものを作って強化してみよう。
先にまずこの魔術板を解読しないと。
オリヴィアに研究室にいる事を伝え、私は誰もいない部屋の中、只々魔術板を見つめていた。
いくつも重ねられた複合魔術。
複雑だけれども解けない事はない。
私は魔術板に描かれた陣を指でなぞっていくと、ノートを取り出した。
どれぐらいそうしていたのだろうか……一つ一つの陣を読み解き、ノートへと書き記していく。
書き記した陣を魔術板へ書き込み発動させていく中、次第に特徴がつかめてきた。
この魔術板を使用した時、私は動物になった。
この土の陣木の陣これが何に変身するのか、決め手になっている。
ならここを水と木に変えればいけるのかな。
とりあえずものは試し、やってみよう。
でもこれを一つ完成させる為には、最低でも一か月はかかっちゃうな。
私は深く息を吸い込むと、体を預けるように椅子へともたれかかった。
窓から差し込む月明かりをぼうっと眺める中、ガチャリと音と共に扉が開く。
体を起こさず怠惰に扉の先へ視線を向けると、そこにはライト殿下が佇んでいた。
彼の姿に私は慌てて体を起こすと、勢いのままに立ち上がる。
「すみません、お見苦しい姿をお見せして……」
私は苦笑いを浮かべる中、彼はクスクスと肩を揺らせて笑うと、こちらへと近づいてきた。
「楽にしてくれていい。こんな時間にすまない。どうしても君に伝えたい事があったんだ。それで君の部屋に会いに行ったんだけど……研究室にいると聞いてね」
彼の声に愛しいグレンの姿が何度も頭をよぎる。
本当に声が同じでビックリするな……目を閉じれば……グレンが居るような気がする……。
私は動揺を隠すように無理矢理笑みを浮かべると、真っすぐに顔をあげた。
「私に話ですか?……どんな事でしょうか?」
彼はさりげなく私の隣へ腰かけると、手にしていた本を開いて見せる。
「これを見てほしい、王族に伝わる日録なんだ」
「へぇっ、王族の日碌!?いやいや私みたいな一般人が見ていい物じゃないですよ!」
私は思わず日録から視線を逸らせると、滅相もないと首を横へ振った。
「大丈夫。もちろん全部を見せることは出来ない。……ただ気になる言葉を見つけたから、君にぜひ見てほしいんだ。この間の生誕祭で君から話を聞いた時に、どこかで見たことがあるとずっと感じていた。記憶の片隅すぎて、見つけるのに時間がかかってしまったけれど、今日ようやく発見した」
ライトはグイッと日録なる物を視線の先へ持ってくると、私は恐る恐るに覗き込んだ。
字がズラリと書かれ、大切に保管されていたのだろう、多少の色褪せはあるが、紙は綺麗に保たれている。
「これを見て。120年前の記述なんだけどね……」
彼は文字の中から一節を指さすと、私は彼の指先を追っていく。
<太陽が動き、色が変わる。水に沈むその様は美しいと。僕も一度でいいから見てみたい>
これって……私の世界の事?
でもこの書き方だと、書いた本人は見ていない。
一体誰に聞いたのかしら……?
「君の話していた世界と、とても類似しているだろう。もしかしたら120年前に、君のように誰がこの世界へ渡ってきたのかもしれない。だが残念だけれども、これを話した人物の情報についていは一切書かれていないんだ」
昔に……誰かがこの世界へやってきた……私と同じように……。
衝撃的な事実に狼狽する中、彼はペラペラとページを捲って行くと、文章の最後にサインが書かれていた。
「ライト……?ライト殿下と同じお名前なの?」
「あぁ、僕の名前は彼から取られた物なんだ。何でも僕の姿や魔力の色が同じよく似ているらしい。それで前々の王が僕に彼の名を与えた」
彼の言葉にコクコクと頷く中、私はじっと日録を目で追っていくと、ふと兄という文字が目に飛び込んだ。
「ねぇ、この方にお兄さんが居たの?でも弟さんが王になった……?」
「あぁ、そうだ。兄は居たけれど……幼いころ水難事故で死んでしまったらしい。詳しいことは記録に残っていないんだ」
水難事故……?
彼の言葉に何か引っかかりを覚える中、私はじっと日録を見つめていた。
「あぁ、すまない。研究の邪魔をしてしまって」
「いえ、貴重な情報を頂けてとても嬉しいです。ありがとうございました」
私は日録から視線を外すと、彼を見上げるように視線を向けた。
日録を閉じると、よかったと優し気な笑みを浮かべながらに顔を寄せる。
彼は私の頬へ手を伸ばすと、冷たい彼の指先が頬を伝っていく中、なんだかむず痒い空気に、私は思わず視線を逸らせた。
すると彼は小さく笑ったかと思うと、手を引っ込め覗き込むように視線を向ける。
「ところで何の研究をしているだ?」
「へぇっ……あー、えーと、元の世界へ戻る手掛かりを見つけようと思ってまして……」
私はまだ未完成の魔術板を見せると、彼は驚いた様子で目を大きく見開いた。
「君はまだ帰ろうとしているのか?」
「はい、大事な人を残してきてしまったから……。だから無理だと言われてもあきらめきれないんです」
グレンの顔が頭によぎると、胸がギュッと締め付けられる。
きっと彼は待っている……。
「……そうか、僕も何か力になれることがあれば協力するよ」
彼は優しく笑みを浮かべると、私はありがとうございますと深く頭を下げた。




