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☆閑話:異世界に居た彼の話:第四話

くそっ、くそっ、くそ!!!


執事に肩を借り痛みをこらえながらに馬車へ乗り込むと、隣で心配そうな表情を浮かべる彼女の姿に顔を背けた。

そうして何とも言えぬ気まずい沈黙が流れる中、城へ戻り自室へ戻るや否や、怒りに任せるままに壁を殴ると、鈍い音が部屋に響いた。

殴った拳はジンジンと痛み、先ほど殴られた腹にも痛みがひびく。

悔しさと惨めさと行き場のない怒りに、俺はその場へ座り込むと、痛む腹を押さえながらに天を仰いだ。

はぁ……俺何やってんだろう……。


たいていの貴族の男は、幼少期から剣術や武術を学んでいる。

俺も同じように学ぶ機会はあったのだが…………どうも俺には剣の稽古は性に合わずそうそうに投げ出した。

剣なんかよりも、魔術に触れている時間が楽しかった。


そんな俺に父上は戦うすべを身につけておきなさい、さもないと大切な人を守れなくなる、と諭されたが……

幼い俺には理解できなかった。

いや……彼女の出会う以前の俺は……まだ理解してなかった。

それに俺は貴族だ。

周りには騎士がいる……俺みたいなセンスのないやつが戦うより、鍛えられたそいつらに任せた方がはるかに効率がいい。

俺は俺にしかできない事をすると言い張って逃げたんだ。


元より人嫌いな俺に、大切な存在を作りえるはずがない、そう思っていた。

信頼できる両親に従者、俺にはそれだけ十分だったから。

他の者なんていらない、そうずっと思っていた。

それなのに……こんな感情を知りたくなかった……。


大切な……守りたい存在なんて……どうして……こんな惨めな思いをするくらいならいらなかった。

そう思っても……一度芽吹いた気持ちがなくなることはない。

いや……むしろ大きくなっていく一方だ。

……出かけようなんて柄にもないことを言わなければよかった。

俺は深いため息を漏らすと、静かに拳を握りしめた。



今まで出会ったどんな女とも違う、不思議とただ傍にいるだけで心が落ち着いて……。

真っすぐなその漆黒の瞳に、屈託のない笑みに、ただただ魅了された。

先日ようやくこの気持ちの意味を理解したが……そこからどうすればいいのか全くわからなかった。


それはそうだ……人と距離を取ってきた俺に、こんな感情があることが正直驚きだ。

友達なんて呼べる者はいない。

だから幼いころから召使として傍にいる、一番信頼できる執事に……相談してみたんだ。


「ちょっと待て、その……聞きたい事があるんだが……」


「はい、珍しいですね、どうされましたか?」


「先にこっ、これは俺の話じゃないからな。……っっ、通りすがりに立ち話を耳にして……気になってだな、それでお前の意見を聞きたい。……おっ、女を喜ばせるにはどうしたらいいと思う?」


俺の言葉に執事は目を丸くし口を半開きのままに固まると、動きがとまった。

その様子を訝し気に見上げると、執事は慌てた様子で顔を戻しながらにニッコリと笑みを浮かべて見せる。


「コホンッ、失礼しました。まさかエルヴィン様から、そういった質問をされるとは夢にも思いませんでしたよ。ふふっ、嬉しいですね」


「うるさい、笑うな!!!俺の話じゃない、と言っているだろう!ちょっと気になっただけだ……チッ」


俺は恥ずかしさを誤魔化す為執事を睨みつけると、彼はすみませんと謝って見せる。


「そうですね……女性を喜ばせる方法は色々ございますが……。ところでそれは……ベットの上のお話でしょうか?」


「なっ、!?そんなんじゃねぇ!くそっ、もういい!!!」


からかう様子に俺は踵を返すと、執事は慌てた様子で引き留める。


「すみません、ちゃんとお話ししますから、お怒りをお納めください」


その言葉に俺は不貞腐れたままに振り返ると、執事は真っすぐに視線を向けた。


「女性を喜ばせる一番は、プレゼントではないですか?ですが……彼女は宝石などに興味はないようですし……洋服もいつもローブ姿と言う事を考えると、あまりお好きではないでしょう」


「ちょっと待て、あいつの事は関係ない!!!一般的な意見を聞いているだけだ!」


「あぁ、そうでしたね、失礼致しました。しかしエルヴィン様のお近くにおられる女性を例にした方が理解しやすいのではないでしょうか?」


「それは……っっ、そうだな。よし、続けろ」


俺の言葉に執事は含みのある笑みを見せると、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「私は彼女とそれほど親しいわけでございませんので、欲しいものはわかりかねますが……。彼女の場合御付きのオリヴィアにと聞いてみるがいいかもしれませんね。もしくは一緒にお出かけなどいかがでしょうか?」


出かける……。

あいつはいつも塔にやってきて、研究ばかりしている。

出かける事が好きなのだろうか……。

それよりも……あいつは何が好きで、何が嫌いで……。

改めて彼女の事を考えると、俺は彼女の事を何も知らない。

一年以上傍にいたのに……記憶の中の彼女とはいつも魔術の話を思い出す。

はぁ……俺はバカだ……。


「今まで一度もそんな誘った事のない男から……突然出かけようと言って、来てくれるものなのか?」


「ふふっ、それは誘ってみないとわかりませんね。不安であれば彼女が興味がありそうな場所を選んでみてはいかかでしょうか?それでしたらきっと来てくれる可能性も高くなるのではないでしょうか?」


その言葉にハッと顔を上げると執事は優し気な笑みを浮かべている。

あいつの興味がありそう場所なら……一つ心当たりがある。

だが……あんな場所に誘っていいのだろう。

たぶん……普通女性を連れていく場合、洋服屋であったり宝石屋だろう。

うぅ……だが、俺の知っている彼女は俺と同じ魔術バカという事実だけだ。

彼女と出かける事に頭を悩ませる中、執事の話はまだ続いていた。


「エルヴィン様、一つご忠告がて……女性のお出かけには時間かかりますので、必ず事前にお話しを通しておくのですよ。本人に言いにくいようであれば、オリヴィアに言伝すれば宜しいかと」


「あぁ……、どこにするべきか」


執事の言葉を馬耳東風に生返事を返すと、微かに深いため息が耳に届いた。


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