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☆閑話:異世界に居た彼の話:第二話

女はヨロヨロと立ち上がったかと思うと、足をもつれさせ俺の方へと倒れ込む。

その姿に俺は咄嗟に体を支えると、いつもであれば感じる……女に対しての嫌悪感が感じなかった。

そんな自分自身に驚く中、俺は彼女の姿に目を向けると、吸い込まれそうな黒い瞳にまた目をそらせなくなる。


「あの……すみません。ここはどこでしょうか?海で遊んでいたら、高波に攫われてしまったようで……流れ着いたみたいなんです。私……早く戻らなきゃ……っっ」


その声に我に返ると、俺は訝し気に眉間に皺をよせた。

海……この女は溺れて頭がおかしくなったのか?

ここは池だ、海に通じているはずがないだろう。

嘘をつくのならもっとマシな嘘をつくべきだが……。


それよりも……”戻る”とはどういうことだ……。

ここは王宮にあるただ一つの池。

ここまでやって来る為には、遠くに見える高い塀を乗り越え、厳しい警護を潜り抜けなければならない。

そこまでして入り込んだのだから……戻ると言うのはおかしいだろう。

まるで自分自身の意思とは反して、この場所へ迷い込んだようじゃないか。

苦し紛れにおかしなことを口走っているのだろうか。

なら……こんな成りをしているんだ……王宮に呼ばれた踊り子が逃げ出したのだろうか……。


訳の分事を口走る女を探るように見据えてみるが……どうも彼女が嘘をついている気配はない。

一体何なんだこいつは……。

そうしてオロオロとする女を見つめ続ける中、その見慣れない風貌にふとある言葉が頭を掠めた。

古くからこの国に伝わっている伝承。

あまりに夢物語のその話は、この街では本の題材になるほどだ。


(いつの日か、この世のものとは思えないほどに美しい黒髪に漆黒の瞳をした見目麗しい女性が、こことは異なる別の世界からやってくる。それはいつになるかはわからない、どこからかもわからない。しかしその異国の女性を見つけた者は、必ず保護し私たち王族の元へ連れて行かなければならない)


一体だれが最初に言い出したのかはわからないが……。

王宮の池から突然に現れた女。

よくわからない言動に……珍しい容姿……。

逃げ出す様子もなければ、もし侵入してきたのであれば、見つかってしまった事での恐怖感も見られない。

そんな事を考えながらに、彼女をじっと観察してみると、肌を覆う少ない生地は、見たこともない素材で作られているようだ。

それに……この不可思議な現れ方……突然に池が爆発するなんてありえない。

まさか……本当にこの女が……?

疑惑が確信へ変わり驚愕する中、俺は慌てて戻ると、メイドを呼びつけた。


「王宮へ向かうすぐに支度をせよ」


集まったメイド達は驚いた様子を浮かべる中、俺は何も説明することなく、女をドレスへ着替えさせるように指示を出した。

謁見するにしてもこんな破廉恥な姿で、王族に会わせるわけにいかないからな7。

メイドは俺の突然の言葉に驚きながらも、何も聞き返すことなく、慌てた様子で彼女を着替えさせた。


その間に俺は王宮へ謁見の申し込みをする為、ペンをとり書状をしたため、近くにいた騎士へと手渡す。

騎士は書状を持ったままに急ぎ足で廊下を駆け抜けていく姿に、俺は彼女を迎えに行くため廊下を進んでいった。


そうしてドレスアップが終わった彼女は、黒い髪と瞳に合わせた深いブルーのドレスを身につけていた。

先ほどよりも数段美しくなった彼女の姿に、思わず目を逸らせる中、俺はぶっきらぼうに彼女の手を取ると、謁見の間へと足を進めていく。


警護用の騎士達と合流し、謁見の間へとたどり着くと彼女は物珍しく辺りをじっと眺めている。


「入ったら頭を下げ礼をしろ、許可が下りるまでは顔を上げるな。いいな」


そんな彼女を横目に、俺はそう冷たく言い放つと、扉の前に佇む騎士へと合図を送り、謁見の間を潜っていった。


謁見の間に入るとそこには俺の書状を確認したのだろう、王と王妃が玉座に深く腰掛けていた。

俺に続くように異世界の女が扉を潜ると、辺りがザワザワざわめき始める。

彼女はその様子に気が付いてはいないようで……珍し気にキョロキョロと辺りを見渡していた。


「ようこそ異世界の乙女よ」


王からのその言葉に俺は深く礼を取ると、彼女も慌てた様子で頭を下げる。

歓迎の意を込めた挨拶の中、横目に映る彼女の瞳は不安げに揺れていた。


「そしてもう一つ、其方はもう元の世界へ戻ることはできない。其方の生活は王の我が保証しよう。わが城へ住まうようすぐに手配をする。必要なものがあれば何でも申せ」


「えっ住むって……戻れない……冗談でしょう……?」


茫然としたその声に俺は彼女へ目を向けた。

信じられないと言わんばかりに漆黒の瞳を大きく見開き、体は小さく震えている。

王は念を押すように彼女へ向かって深く頷く中、何か思いついたのだろうか……力強く顔を上げた。


「あの、すみません!……ここが別の世界だというのであれば……。私以外の異世界人があの池からきておりませんか。プラチナの髪に、瞳が赤い男性なのですが……私はその人と一緒に海へ来て、そして波にのみこまれてしまったんです」


「あの池からきた異世界人はそなたが初めてだ。他はおらぬ」


そうですか……、そう蚊の鳴くような声で呟いた彼女の拳は強く握りしめられていた。


それが……俺と彼女との初めての出会いだったんだ。

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