異世界へ行った彼女の話:第一話
ここはとある街のとある王宮。
手入れされた広々とした庭園に、透き通った美しい池。
その水中には、光に反射しキラキラと輝く魚がゆらゆらと泳ぐ姿が見える。
そんな池沿いには、一面ガラス張りの窓が連なり、窓の向こう側には……煌びやかな装飾が施された部屋があった。
窓わきにはキングサイズのベッド、その隣にはアンティークなクローゼット、テーブルや椅子が並べられている。
そんな一室に、紙の束に埋もれながらにペンをひたすら走らせる一人の少年の姿があった。
真剣な眼差しで机に向かう少年は、ふとペンを止めたかと思うと、徐に顔を上げる。
そっとペンを置き、朝日が差し込む窓へ目を向けると、庭にある澄んだ池を見つめていた。
「なんだ……池から何か……光が反射したような……?」
少年はじっと池を観察してみるが、何の変化も見当たらない。
「気のせいか……」
そう独りごちり、また書類へと目を戻そうとしたその刹那……突然に爆発音が辺りに響き渡ると、池から壮大な水しぶきがあがった。
ドカーンッ、ヴァサッ、ヴァサアアアッッ。
「なっ、何だ!?」
少年は慌てて立ち上がると、目を大きく見張りながらに、窓を見つめたまま茫然と立ち尽くす。
すると池から吹き上げたしぶきが窓ガラスへ襲い掛かり、窓一面が水に染まっていった。
動く事もできずその光景を只々眺めていると、ふと水の向こう……池の近くに小さな人影が映る。
そっと窓へ近づき目を凝らしていると、微かに息遣いが聞こえた。
「はぁ、……ッッ、はぁ……、はぁ、はぁ、はぁ……ッッ」
その声に少年は、水が滴る窓を慎重に開け放つと、剣を片手に庭へと足を踏み出した。
水しぶきは高々と上がり続ける中、恐る恐る池へと近づいてみると、ローブが水で濡れていく。
土砂降りの雨に降られたようにずぶ濡れになる中、激しい水の勢いに思わず身を守っていると、次第に水しぶきがおさまってきた。
ようやく視界が晴れ、頬に流れる水をぬぐい、じっと目を凝らしてみると……そこには黒髪の小柄な少女が池の傍にしゃがみ込んでいた。
黒髪の少女は苦し気に咳を繰り返すと、肩が激しく揺れている。
予想だにしていない出来事に魔導士は唖然とすると、俯く少女を前に固まった。
ゴホッ、ゴホッ、ガハッ、ッッ。
水で濡れた髪からポタポタと雫が落ちる中、私は大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
呼吸を整えるように胸に手を当て、肺から脳へ一気に酸素を送り込むと、クラクラと頭が揺れる。
はぁ、はぁ、……苦しい。
でも……私……生きてる……助かったんだ。
そう思いながらに、ゆっくりと瞳を持ち上げてみると、あまりの眩しさに目が眩む。
光になれるように薄っすらと目を開けると……その先に映ったものは、青々しい芝生だった。
ポタポタと緑に零れ落ちた雫が太陽の光に反射し、キラキラと輝いている。
その光景を眺めながらに、掌に力を入れてみると、草の匂いが鼻をかすめ、湿った土の感触を感じた。
ここは……砂浜じゃない……?
砂浜沿いに流れ着いたと思っていたけれど……どうやら違うようだ。
手をかざしながらに顔を上げてみると、そこには一面ガラス張りの窓が目に映る。
よく目を凝らしてみると、豪華な装飾が並び、白基調としたシンプルな部屋が見えた。
その部屋はまるで……おとぎ話に登場するお城のようなで、目が釘付けになる。
綺麗……、じゃなくて、どこだろうここ……?
知らない街に流れついてしまったのかな?
そんな事を考えながらに部屋をぼーと眺めていると、どこからか男の子の声が響いた。
「お前は何者だ」
その声に顔を向けてみると、突如目の前へ飛び出してきた剣先が、私の喉にかかる。
「……っっ」
キラリと光る鋭い剣先に、驚きのあまり声にならない悲鳴を上げると、私は恐怖に体をこわばらせた。
何っ!?どうなっているの!?
ギギギッと恐る恐るにその剣を目で追っていくと、その先には……アメジストのような美しい髪を束ね、黒のローブに身を包んだ、綺麗な少年が佇んでいた。
その整った顔立ちに思わず見惚れていると、彼の澄んだエメラルドの瞳が私を映す。
沈黙が二人を包む中、その瞳がスッと細められると、彼は挑発的に私を睨みつけた。
「何かしゃべれ。そしてお前のその……はっ、破廉恥服装はなんだ!娼婦でも今時そんな恰好はしない!」
少年は私の姿をまじまじと見つめたかと思うと、慌てて視線反らせ、頬を真っ赤に染める。
そんな彼の姿を茫然と眺める中、頭にいくつもの疑問符が浮かぶと、とりあえず自分の姿に目を向けてみた。
海に泳ぎに来ていた為、黒のビキニのままだ。
とりあえず大事な部分はしっかり隠れている事を確認すると、私はもう一度少年へ視線を戻す。
「あぁっ、くそっ、見れたものじゃない!今すぐこれを羽織れ」
バサッ
剣先を残しながらに、彼は自分の羽織っていたローブを脱ぐと、ぶっきらぼうに投げつける。
溺れそうになって……必死に這い上がってきてからのこの状況……。
正直、まったく頭が回らない。
私はとりあえず、そのローブを受け取ると、流されるように背中へと羽織った。
「おいっ、何も言わないのか!」
そう怒鳴り声が響くと、彼は剣の切っ先を強く私に押し付ける。
するとピリピリとした痛みを首筋に感じ、真っ赤な血が流れ落ちた。
そこでようやく我に返ると、気が付いた時には、私の体が小さく震えていた。
ひぃっ、えっ、あれ、どうしてこんな状況に!?
突然の痛みに狼狽する中、落ち着かせるように大きく息を吸い込むと、私は震える唇を持ち上げた。
「……っっ、あの……ローブ……ありがとうございます」
そう何とか言葉を紡いでみると、彼は呆れた様子を見せる。
そうしてブツブツと何か独り言を呟いたかと思うと……あきれた様子で、大きなため息を吐いた。
剣を納めながらにローブの上から私の腕をつかむと、そのまま体を強く引き寄せ、強引に立ち上がらせた。