異世界へ行った彼女の話:第十四話
外へ出ると、手入れされた美しい庭園が一面に広がっている。
会場から魔術で作られた光が差し込み、色とりどりの花がキラキラと照らされていた。
そんな庭にはガーデンテーブルが用意され、数人の貴族たちが談笑を楽しんでいる。
私はそんな貴族たちの視線に入らないようコソコソと移動していく中、ふとそよ風が頬をかすめた。
少し肌寒い夜風を感じながらに私はそっと瞳を閉じると、髪が静かになびいていく。
そうして人気のない庭園の奥へと進み、会場からの光が届かない場所までやってくると、虫の音が響き渡る。
徐に見上げるように顔を上げると、夜空には星が点々と瞬き、その幻想的な光景に思わず感嘆とした声が漏れた。
すごいなぁ、満天の星空だ。
私の居た世界でも星をみる事は出来たが……街のいたるところにある街頭や、家々の明かりに、ここまで綺麗に星を映し出す事は出来ない。
改めて自分の居た世界とは違う事を実感する中、瞬く夜空にはまんまるとした月が浮かび上がっていた。
そのままあてもなく庭を歩いていくと、ふと虫の音に交じって微かに人の声が耳に届く。
その声に立ち止まり耳を澄ませてみると、どうやら庭の向こう側から聞こえてきているようだ。
私は声を頼りに暗がりの中へ足を進めていくと、庭を抜けた先に回廊が見え、そこにはぼんやりと人影が映った。
目を凝らしてみてみると、その人影はどうやら男性のようだ。
会場にはそれらしい人はいなかったし、もしかしたら……さっきの男の人かな。
その人影はゆっくりと回廊の向こう側へと消えゆく姿に、私の体は自然に動いていた。
薄暗い中、足音を立てぬようゆっくりゆっくり慎重に進んでいくと、回廊を抜けた曲がり角の手前で、また話し声が耳に届く。
私は慌てて立ち止まり耳をそばだててみると、すぐ傍にいるのだろう……その声ははっきりと聞き取れた。
「こちらは問題ございません」
「わかった、引き続き警護を続けてくれ」
この声……っっ、見つけた!
私は緊張した面持ちで覗き込んでみると、そこには騎士の姿に、顎に髭を生やした体格の良い男と、その騎士の前には……ブロンドの髪をした男の背が目に映る。
この髪に背格好、あの男の人で……間違いない!
その姿に興奮冷めやらぬ中、二人は話し終わったのか……騎士の男は手前の部屋へと入っていくと、ブロンド髪の男は城内へ続いているのだろう廊下を進んでいく。
「まっ、待って!!!」
離れていく彼の背に慌てて飛び出すと、履きなれないヒールが石畳に躓いた。
あぁ、やばっ……ッッ。
そのまま前のめりに倒れこむと、私はギュッと目を閉じる。
次に来るだろう痛みに耐えるよう体をこわばらせる中、突然にたくましい腕が傾く体を支えると、私は誰かの胸の中へ倒れ込んでいた。
「きゃっ、……ッッ」
「大丈夫ですか?」
懐かしい彼の声に私は慌てて顔を上げると、そこには琥珀色の瞳が映し出される。
端正な顔立ちに、真っすぐな琥珀色の瞳。
しかし……その姿は明らかに彼ではなかった。
嘘……別人……。
大きく目を見開いたままに彼を見つめ続ける中、私はゆっくりと息を吐き出すと、茫然としたままにそっと頭を垂れた。
こんなに声が似ているのに……どうして……。
やっぱり彼はこの世界にいないんだよね……。
彼かもしれないとの淡い期待が砕け打ちひしがれる中、私は小さく唇を噛むと、強く拳を握りしめていた。
「君は……どうしてこんなところに?」
瓜二つのその声にハッと我に返ると、私は慌てて彼から体を離した。
しかし彼は離れようとする私の様子に、腕を強く引き寄せると、真っすぐな瞳が私を射抜く。
その瞳は静かに揺れ、私は唖然とするままに見つめ返していると、目の前に映る唇が小さく動いた。
「君はベネットの家パーティーへ、呼ばれた者じゃないのか?」
「あの、えーと……そうです。あっ、その……慣れない会場で少し疲れてしまって……。それよりも助けて頂いてありがとうございます」
無理矢理に笑みを浮かべながらにそう言葉を返すと、彼は考え込むような仕草を見せる。
不思議に思いながらにその姿を眺めていると、なぜか彼の姿が重なった。
見た目は全然違うけれど……なんだろう似ている。
もしかしたら……。
「あの、不躾ながら一つお伺いしたいことがあるのですが……プラチナの髪に赤い瞳をしたグレンという男性を知りませんか?」
「……グレンという名は知っているが……その風貌に見合う男は知らないな」
「なら、あなたに兄がおられたりしませんか?」
「兄?いや……いるのは弟だけだ」
弟……なら違う。
昔……確か彼から聞いた話では、弟がいて……自分が長男だと話していた。
こんなに似ているのに……本当にグレンとは関係ないのかな……。
「どうしてそんな事を?」
「いえ……その……探している人があなたの声にそっくりで、それで……。あの不作法ですよね……すみませんでした」
そう深く頭を下げると、私は視線を下げたままに、そのまま立ち去ろうと振り返る。
すると、なぜか掴まれた腕が離れない。
不思議に思いながら顔を上げると、月明かりに照らされ、見惚れるほどに美しい琥珀色の瞳と視線が絡んだ。