異世界へ行った彼女の話:第十三話
目をギラギラさせながらに近づいてくる貴族たちに畏怖する中、私は無理矢理に笑みを作っていた。
うぅ……とりあえず何とかこの場から逃げ出さないと……。
左右にチラチラと覗うように視線を向けてみるが……どこにも逃げ道は見当たらない。
……こうなったら突き飛ばして……いやいやこれはダメダメ、まずは落ち着かないと……。
どうすることもできぬまま、彼らの勢いにオロオロとその場でたじろいでいると、ふと囲んでいた輪が開き道ができる。
その不自然な空間に視線を向けてみると、その先にはキリっとした切れ長の瞳だが、どこか優しい雰囲気をした30代後半ぐらいのおじ様が笑みを浮かべていた。
黒のジュストコールに、胸には紋章だろう金色に刺繍されている。
その服装には見覚えがあった。
この人……壇上でスピーチしていた人だ。
「これはこれは異世界の姫様、ご挨拶が遅れて申し訳ない。いつも息子のエルヴィンが世話になっているようだね。息子の世話は大変だろう、あの子は素直じゃないから」
へぇっ!?
この人が……エルヴィンのお父様!?
彼の言葉に私は慌てて頭を下げると、淑女の礼を見せた。
「いえ、私は全然……。それよりもご子息に迷惑ばかりかけて……申し訳ございません」
ひぇぇっ、このダンディな男性はエルヴィンのお父さんだったのね……。
さすがエルヴィンの親……イケメンすぎるでしょう。
恐る恐るに顔を上げてみると、目の前には彼の優し気な笑みがキラキラと輝いて映る。
その姿に思わずポッと頬を赤くすると、私はドギマギしながらに視線をそらせた。
眩しすぎて直視できない……。
落ち着いた物腰に大人の色気が合わさると、破壊力はすさまじい……。
「えっと……あの、こんな高級なドレスを用意して頂いて、ありがとうございます。パーティーが終わったらお返ししますので……」
「いや、かまわないよ。……君は息子の婚約者になるやもしれない女性だからね」
婚約者……?
突拍子もない言葉に目が点になる中、顔を上げてみると、彼が冗談を言っている様子はない。
透き通ったみ空色の瞳がじっと私を見据えていた。
「えっ、あの、いやいや……私のようなよそ者が婚約者になるなんて恐れ多いです……。それに私と彼では年齢が離れすぎてると思います……」
そう苦笑いを浮かべて見せると、彼は驚いた様子で大きく目を見開いた。
「歳……?失礼だが、君は息子とそんなに変わらないだろう?」
「いえいえ、……私はこんな成りですが今年……21歳になります。彼とは6歳も離れているので……彼からすると、きっと行き遅れたおばさんですよ。ははっ」
15歳と言えば……元の世界で彼は中学生だ。
中学生から見る私の姿は間違いなくおばさんだろう……うぅぅ。
自分で言って悲しくなる中、私は気まずげに視線をそらせる。
すると彼はさりげなく私の隣へと並ぶと、優しく腰へ手を添えた。
「これは失礼したね。しかし年齢なんて関係なく、あなたは十分に魅力的な女性だ」
甘くささやかれた言葉にカッと熱が高まると、私は思わず体を硬直させた。
こんなアニメでしか聞いたことのない台詞を、サラリと言うなんて……。
お世辞だとわかっていても……こんなイケメンに囁かれたら誰だってこうなる!
火照る頬を覚ます様に手で仰いでいると、私の前に彼の手が差し伸べられた。
スマートなその動きに、体を固くしながらにおずおずと手を重ねてみると、彼は目元に皺を寄せながらに、ニッコリと笑みを深めてみせる。
その落ち着いた物腰に、美しい笑みに見惚れていると、彼は貴族たちの輪から離す様に、私を壁際へと導いていった。
その様子に集まっていた貴族たちは慌てて道を開けると、私はようやくあの場から抜け出すことが出来たのだった。
そうして会場の隅へとやってくると、エルヴィンの父は私を守るように佇んだ。
そのさりげない優しさに胸が小さく高鳴ると、また頬に熱が高まっていく。
「大丈夫だったかな?困っていたように見えたので、連れ出してみたんだが……」
「あっ、はい、助かりました、ありがとうございます!その……皆さんの勢いに圧倒されてしまって……」
そう深く頭を下げると、彼は私を見つめながらにクスクスと笑っていた。
「君は今一番の注目の的だからね。あまり会場の中央へは行かない方がいい。会場の隅に居れば話しかけられないよ。異世界ではどういうルールなのかは定かではないが……壁の花になっている女性には近づかないと、この世界では暗黙のルールがあるのだよ」
ほう……そうだったんだ。
なら壁際に居たのは正解だったのね。
彼の言葉に私は深くうなずくと、華やかな会場を眺めながらに、静かに壁の傍に体を寄せた。
「あの……ところで私は注目の的なのでしょうか……?」
「あぁ、異世界から来たと言うのもあるが……一番はあの人嫌いな息子が、初めてパートナーとして選んだ女性だからだろう」
初めて!?
えぇぇ……どうして私なんかを……?
まぁ……それなりに気を許してくれるようにはなったけれど、私は美人でもなければ、地位もない。
それに彼には魔術で迷惑ばかりかけているし……。
彼の言葉に頭を悩ませる中、エルヴィンの父は誰かに呼ばれたようで……会場の中央へと戻っていく。
その背を横目に私は徐に顔を上げ、会場を見渡してみるが……先ほどの男性の姿は見当たらない。
確か……向こうへ歩いて行ったはずなんだけれど……。
そう思い背伸びしながらに彼が去っていった方向を目を凝らしてみると、その先には外へ続く扉が見える。
それはエルヴィンと入ってきた扉ではなく、どうやら庭へ続いているようだ。
私は壁際を添うように会場内をコソコソと進んでいくと、静かに会場から庭へと出ていった。