第二話 魔王、大きな目標を語る
レンとアルベルトは開いた口が塞がらなかった。
不気味な雰囲気の部屋。
部屋の窓から見える紫の雲。
そして目の前に魔王を名乗る長い青髪に、頭の左右にツノが生えている女性。
肌はまるで月光に照らされたように白く、青髪をたなびかせる艶やかな風貌は見るもの全てを魅了するであろう。
アルベルトはその美貌にすっかり見惚れてしまっていた。
魔王マオと名乗った女性は得意げに話を続けた。
「ようこそ魔王城へ! ここは魔族の拠点にして皆の住まい! 歓迎するぞ、人間よ! 我が最高のもてなしをしようぞ!」
バコォォォン!!!!
が、そのマオに突如ゲンコツをかます恐れ知らずがいた。
レンである。
マオやや涙目になりながら両手で殴られた頭を押さえた。
「いたたたた……な、なにをするのじゃ……初対面のレディーにゲンコツかます奴がどこにいる!」
レンは見下すような目で、
「あーん? お前が魔王だと、笑わせる。王国では魔王は邪悪な化身そのもののような風貌と聞いているぞ。 それがこんなまだあどけなさが残るガキが魔王だと? それにここが魔王城だと? 不毛の大地の果てにそびえたつ絶望の城だと? 王国から敵地のど真ん中にコンビニ感覚で行けるかよ、そんな嘘に騙されるかよ。さっさと帰る方法を教えろよ、コラ。 今ならまださっきのゲンコツ一発で許してやる」
かなり強気にマオを責め始めた。
「我は本当に魔王じゃ! 死体と思って軽く見ておったが、いきなり殴ってくるのはいかんの! 礼節がなっておらんの! やっぱりやめた! シズク、こいつらではなくもっと紳士な奴を連れてこようぞ!」
マオは声を荒げると、レンとアルベルトの背後からメイド服の少女が姿を現した。
遠くからは王国で見ていたが、近くで少女を見ると黒い短めの髪がより幼さを際立たせている。
12歳と言われても納得できるレベルで幼く、見た目は完全に人間の子供だ。
「あら、いいじゃないですかー、マオ様。この強気な姿勢は先代魔王様を彷彿とさせ、私はときめいてしまいそうでしたよー。それにこちらが無理やり城に連れてきた訳ですし、まずそのことの謝罪から始めましょうかー」
シズクとよばれた少女は、王国で見ていたときと同様常に優しい菩薩のような表情を崩さない。
シズクの指摘にマオも渋々納得したのか、2人に向かって軽く一礼して謝意を伝える、
「この度は強引な手段で城に連れてきてしまい申し訳ない。まずは武器を収めてはくれぬか?」
さすがにここまでされると武器をだしている訳にもいかないと、レンが麻酔銃を収めるのを見てアルベルトも剣を鞘に納めた。
いったん武器を収めて落ち着いたところで、レンとアルベルトが話を始める。
「まず自己紹介はしておこう。 俺はレン、非常に優秀な騎士で基本モテモテだ。こっちは後輩のアルベルト、童貞だ」
「あの、初対面の方々にいきなり虚偽の情報を与えるのやめてくれません?」
自己紹介を聞いたシズクが嬉しそうに手を合わせる。
「レンさんとアスベストさんですねー。よろしくお願いしますー」
「いえ、アルベルトです」
シズクの聞き間違いに間髪いれず指摘を入れるアルベルト。
シズクは続けて自己紹介を始める。
「どうも初めまして。私は魔王補佐兼教育係のシズクと申しますー。魔族ですが魔法生物のためツノはありませんー。そしてあなた方の正面に立たれているお方が、先ほど自ら紹介されていましたが――」
「――我はマオ。第23代目"魔王"じゃ」
マオは自分を指差しながら再び自己紹介をし、自己紹介をするマオを「わーすごいー」と言いながらシズクがパチパチと拍手をしていた。
「それでは改めてよろしく頼むぞ、レンくんとカスベルトくん」
「いえ、アルベルトです。あの、さっきからわざと間違えてません?」
マオからよろしくと言われても、正直なにもしっくりこないレンとマオ。
まだここに連れてこられた目的も、マオが本当に魔王であるかどうかもわからない。
レンはまだ釈然としない様子でマオに食い下がった。
「マオだっけ? そもそもお前が本当に魔王かどうか証明してもらってもいいか? 俺は魔王なんて見たことないんでね。噂によれば強大な魔力を持っていて、その魔法は強固な建造物やフィアーとかも一瞬で消し炭にできるそうじゃないか。その力を実際にこの目で確認できたらお前を魔王だと信じよう、なあワキベルトくん」
「いえ、アルベルトです。なんでアンタまで間違えてんの? 今のは完全にわざとですよね?」
そう言われたマオは手を顎に当てて、
「どうしてそのような噂が広がったのかの? 我は一度も公にそんな力を見せたことはないのにの?」
と、なぜそのような噂が王国で広がったのか不思議がる。
しばらく考えたのち「まあよいか」と考えるのをやめシズクに声をかけた。
「シズク、次の作業場はこの部屋のベランダから見える場所であったの?」
「はいー。ベランダから見えますよー」
なにやら考えが思い浮かんだマオ。
「シズク、客人をベランダに案内せよ。そこで我が魔王である証明をしよう」
シズクはマオが何をするか悟り、自身の後ろにあった扉を開けた。
そこには広めのベランダが広がっていた。
「ささ、レンさんにアル……クズベルトさんー、こちらへどうぞー。面白いものが見れますよー」
「いえ、アルベルトです。今一瞬ちゃんと言えそうでしたよね? 正しい名前、言えてましたよね? なんでそのまま言わないんですか? さすがに怒りますよ?」
ベランダに出ると、いかに今いる城が不気味であるかがよくわかる。
上を見れば分厚い紫の雲の中では時々雷の音が響き、下を見れば草木もない不毛な平地が広がっている。
この平地に住む動物などいないであろう。
また自分たちがいる城の外観もベランダに出てある程度把握できた。
石とレンガが詰まれ、いつ崩れてもおかしくないような絶妙なバランスで建てられている様に見える。
今いるベランダも地上から約200mぐらいの高さにあるようで、魔王城自体の高さは400mはありそうだ。
レンとアルベルトは、自分たちが今いる場所が王国と敵対している魔族の居城であることを確信しつつあった。
マオとシズクはなにやら話しをしており、その後ろでレンとアルベルトは目で語り合っていた。
(アルくん、これはまずいぞ。察した、完璧に察した。ここ多分魔族の拠点だわ)
さすがのレンもやや不安な表情を浮かべる。
アルベルトはも冷や汗が止まらず動揺を隠せずにいる。
(どーすんすか先輩! マズいですよ! 敵地のど真ん中に僕らふたりだけですよ!)
(落ち着けアルくん。最悪、前にいる女どもを人質にして脱出するぞ)
レンはマオとシズクの方を見た。
それでもまだアルベルトの不安は拭えない。
(でもですよ、先輩! あのマオというのが本当に魔王だったらどうするんですか!? 僕たちだけでどうにかできるんですか!?)
悲観的なアルベルトにレンは自信に満ちた表情を見せる。
(心配するな。あんなガキが魔王であるものか。見た感じツノあたりがネコミミっぽくて可愛らしいが、そんなに強大な力を持っているようには見えない。人質に容易にできるだろう。もし力の無い魔王だったとしたらなおさら好都合だ。人質としての価値は倍増し、なおかつ王国に魔王を連れて帰ったなら、俺らは一躍英雄だぞ)
(さすが、先輩らしいゲスの考えだ!)
ようやくアルベルトも多少の安心を得たようだ。
力強くレンの目を見ることで、自分の不安は拭えたことを伝えた。
そしてどのように、いつ人質にとろうかを語り合う前に、シズクが彼らの方を向き話しかけてきた。
「レンさん、アルグランドファイナルインフィニティベルトさん、準備ができましたよー」
「いえ、アルベルトです。なんですかその最終兵器みたいな名前は、いい加減覚えてくださいよ。っというか、逆になんで長くするんですか。覚えてますよね? 確実に僕の名前覚えていますよね?」
シズクによばれ、レンとアルベルトもマオたちの近くに寄る。
マオは目を瞑っていたが、しばらくすると目を開いてシズクに最終確認をとった。
「シズク、ここから1000m先を中心にこの近くまででいいんじゃな?」
シズクはニコっとマオに笑い返し、
「はいー、そうしていただけるとかなりの工期短縮になりますので助かりますー」
と伝えると、右手を広げ掌の大きさの魔法陣を展開させた。
「えーえー、地下開拓作業員に告げますー。ただ今より送信座標を中心に大規模基礎工事を行いますー。作業員の方は直ちに魔王城へ期間してくださいー。あ、冷蔵庫の上の段にあるプリンは支給品ではなく私のなので食べないでくださいねー」
それと同時に城の下が騒がしくなり、下の平地にちらほらと点が異動しているのが見える。
おそらく魔族であろう。
「マオ様ー、伝達は終了しましたー。サクっとお願いしますー」
シズクがマオにそう伝えると、マオは得意顔でレンとアルベルトの方を向いた。
「うむ、やるぞ。では客人に我の力を見せようかの。」
どんなに得意顔をされても、マオが魔王であることに懐疑的なレンとアルベルト。
特にレンはあからさまに疑っているような態度をとる。
「はいはーい、なにするか知らないけどサクっとやっちゃってー。演出の一環で通信しちゃったり、下でエキストラ使っちゃったりしているみたいだけど、まあどんな結果になろうが俺たちは動じないさ。なあ、アルベルトファイナルフラッシュインパクトくん」
「いえ、アルベルトです。アンタは完全に悪ノリでしょ。結託してるの? 僕の呼び名に関しては魔族と結託してるの?」
マオは得意気な表情を崩さず、右手を前に出し人差し指を立てた。
するとその人差し指の少し上に、突如親指くらいの大きさの火の玉が出現した。
それを見た瞬間、アルベルトはホっと安堵した。
「よかった、どうやら先輩の予想は的中ですね。あの程度の火の玉は魔力を学んだ子供でも具現化できますよ。」
レンもまた得意気にアルベルトの方を向きニヤっと笑った。
「だろー。これで全ての問題は解消した。この妙なデモンストレーションが終わったらさっそく――」
っとレンが言い終わる前にマオはその火の玉を前方へ飛ばした。
火の玉は高速で不規則な軌道を描きつつ、シズクが指定した1000m先の地面に着弾した。
まずレンとアルベルトを襲ったのは目を開けることも許されない強烈な閃光。
そして次に襲ってきたのは熱気と爆風、あまりにも強烈な爆風でアルベルトはその場に踏ん張れたが、身体が弱いレンは吹き飛ばされ、城の外壁に身体をぶつけた。
最初の閃光が弱まりレンとアズベルトが目を開くと、そこには生涯でもう二度とみることはないであろう規模の天にも届く火柱が上がっていた。
(えぇ……)
(えぇ……)
レンとアズベルトは絶句するしかなかった。
見せ付けられた絶対的な力。
前情報以上の力を見せつけられ、もうマオを魔王と認めざるを得ない状況になっていた。
これが地獄の業火という表現では到底足りない炎を、マオとシズクは平然と眺めていた。
「マオ様ー、お疲れ様でしたー」
「ふむ、丼勘定だが、半径1000mぐらいの地盤を高熱で蒸発・融解させ均一の材質の地面にしたから、これで工事もやりやすくなるであろう。これで念願の城下町を作れるぞ」
マオとシズクははしゃいでいたが、後ろのレンとアルベルトは愕然としていた。
そんな彼らは一瞬目を合わせた後、同時にマオとシズクに向かって叫んだ。
「「す……すんませんでしたああああああ」」
「いやー、わかってくれれば良いのじゃ。まあ確かに、我は見た目はまだ若いし疑うのもまた必然じゃの」
魔王城の豪華な食堂に案内されたレンとアルベルト。
そこで彼らは食事を振舞われていた。
しかし、その食事が一向に喉を通らない。
彼らの目の前に座る絶対的強者の存在に、レンとアルベルトは恐怖で小刻みに震えていた。
(やべぇよ……完全にやべぇよ……完全に魔王だよ……)
レンとアルベルトは血走った目で会話を始めた。
(先輩どうしますこれ!? これもう生きて帰れないんじゃないんですかこれ!?)
アルベルトは完全に生きた心地がしていなかった。
地盤を蒸発・融解させるほどの威力の炎の魔法など聞いた事が無い。
しかもその威力の魔法を半径1000mの範囲で行使し、使った本人はケロりとしている。
恐らく、マオは自身の魔力の百分の一も消費していないであろう。
そんな化け物の前にいるのだから、生きた心地がしないのは無理もない。
マオは様子が変なレンとマオが心配になり声をかける。
「大丈夫か、ふたりとも。顔色が悪いぞ? もし食事が合わぬならシズクに言うが良い。希望の品があれば持ってこさせるぞ」
マオの隣で立っているマオがニッコリと彼らに微笑みかけるが、慌てる弱者ふたり。
目の血走りはそのままに、必死に笑顔を作って返答する。
「いやいやいやいや、そんな大丈夫ですよ魔王マオ様! 大変美味しゅうございます! これならパン100斤ぐらいいけちゃうなあ!! なあ、ゲスベルトくん!!」
「もちろん!! クズベルトでもアホベルトでもゴミベルトでも好きなようにお呼びください魔王様!! 一生御仕えいたしますよ!! ははははははは!!!」
人間、生きるためにはこんなに必死になれるのか、っと自信の身体と精神をもって思い知るレンとアルベルト。
でもマオはまだ腑に落ちないようだ。
「別に仕える必要はないぞ……? そもそも我はそなたらから話を聞きたかっただけなのじゃ」
その言葉を聞き、真顔に戻るレン。
それと同時に食堂に一人の魔族が入ってきた。
歳は50歳ぐらいで白髪、額にツノが一本生えており執事のような服装をしているが、その眼光は極めて鋭く、歴戦の戦士のような風格を漂わせている。
しかも肌の色がマオやシズクと異なり、紺色のような肌をしていた。
「マオ様、ただ今戻りました。」
男はマオに向かって一礼したあと、報告があるのだろうかマオに歩み寄る。
「おぉ、ヒュードルム、よく戻った。ほれ、こちらに人間の客人がきておるぞ」
ヒュードルムの鋭い目がレンとマオを捕らえた。
その時、レンとアルベルトを強烈な殺気が駆け抜けた。
アルベルトはその殺気に一瞬身をすくめたが、レンは殺気を感じているのか感じていないのか、じっとヒュードルムを睨み返していた。
マオはため息をつき、
「ヒュードルム、やめんか。大事な客人で遊ぶでない」
と注意をした。
するとヒュードルムは表情を崩し、優しい表情に顔を変えた。
「ほっほっほ、これは失礼いたしました。人間がこの城にくるのは初めてだったもので、少し警戒してしまいました。あと、マオ様の純潔を狙っている不埒な輩とではないかと思いつい……おっと、自己紹介が遅れましたね。私はヒュードルム。魔族で魔王補佐を担当しております。昔はヤンチャをしていた時期もありましたが、もう高齢ゆえ今は隠居生活をしております」
そういうとヒュードルムはレンとアルベルトに深々とお辞儀をし、レンとアルベルトは軽いお辞儀でヒュードルムに応えた。
「それよりマオ様……今日のパンツは何色ですか?」
っとヒュードルムが言い終わった瞬間、マオの手から強烈な風が発生し吹き飛ばされたヒュードルムは食堂の壁に上半身を突き刺して動かなくなってしまった。
「……もう下がってよいぞ、ヒュードルム」
マオがその場でボヤいたが、壁に突き刺さったオッサンはピクリとも動かない。
これは死んでる、確実に死んでいる。
アルベルトは冷や汗をかきながらレンに目で訴える。
(先輩……僕もうここ嫌です! どうにか逃げ出さないと! 命がいくつあっても足りない気がします!)
レンも同様におびえていると思っていたアルベルトだったが、そんなことはなかった。
レンは真面目な顔でアルベルトで訴える。
(落ち着け、そしてよく聞けアルベルト。これは王国を揺るがす事態だ。魔族の戦力はあまりに強大。そして魔族は騎士である僕らに話しがあると言っている。聞きたいことはただ一つ、王国の内部情報だろう。王国の軍備や兵力を把握することで、侵略を迅速に進めるつもりだ)
(そ、そんな……侵略だなんて! )
その訴えを捕らえたアルベルトは驚愕した表情になった。
(つまりこの食卓は、王国を守る最終防衛線。魔王の恐怖に屈せず、情報は決して明かしてはいけない。ここが生涯で最後の修羅場と心得ろ。俺たちは王国を守るために、ここで死ぬ覚悟で飯を食わなければいけない。死ぬ覚悟で飯を食い、相手に有益となる情報を決して明かしてはいけない。この飯の後にどんな厳しい拷問が待っていようが、殺されるまで決して話してはいけない。仕える必要がないと言っていたのは、情報を得たら俺たちを殺すつもりだからだ。どちらにせよ俺たちは死ぬが、情報を与えて死ぬか情報を与えず苦しんで死ぬかだ。いいかアルベルト、俺はお前が死んでも後者をやり遂げる覚悟はある。だから頼む、俺が死んだらお前もやり遂げてくれ)
かつてないほどのレンの真面目な表情に、アルベルトも心を決した。
(わかりましたよ、先輩……また地獄で会いましょう)
アルベルトの目にもう不安や迷いはない。
それを感じ取ったレンは、アルベルトに笑いかけた。
(良い覚悟だ……じゃあ、まず俺が先手を打つ!)
食卓にて急にレンが立ち上がった。
その表情は真剣そのもので、その目はしっかりマオを捉えており、レンが先手となる言葉を発する。
「すみません魔王様、トイレどこですか?」
その言葉にアルベルトの中で衝撃が走る。
(こ……この腐れ外道、最前線に後輩を置き去りにして敵前逃亡する気かああああああ!!!)
マオが平然と、
「そこの扉を出て左じゃ」
と伝えると、レンは足早に部屋から出て行ってしまった。
(や、やられたああああ!!! アイツが真性のクズであることを忘れていたああ!!!)
アルベルトの目がまた血走り始めたところで、マオが深いため息をついた。
「……はぁ、うまくいかんものじゃの」
そんなマオをなだめるかのように、シズクは片膝をついてマオを見る。
「仕方がありませんよー。魔族と人間の溝は人間が勝手に作ったもの。それは彼らが勝手にあると思い込んで見える幻覚。おそらくそのように長い間教育も受けていると思われますし、マオ様のあんな強烈な魔法を見た後ですから、さらに警戒もするでしょうねー」
アルベルトはその2人の様子を見て、自分たちが考えていたことを魔族は望んでいないのではないかと感じた。
「ま、魔王様、失礼を承知で申しあげるのですが――」
アルベルトの言葉を横切るように、マオがアルベルトに微笑みながら語りかける。
「マオで良いぞ、アルベルトくん。どうやら我はまたそなたたちに謝らなければいけないようだな。怯えさせて申し訳なかった。だが我はあの力を王国に向けて使用することはない、約束しよう。我は、我らはただ……――」
マオは勢いよく立ち上がり、アルベルトに向けて力強く宣言した。
「――我らは人間と、共存して平和な世の中を作りたい!!」
マオの宣言をレンはしっかり廊下で聞いていた。
右手を左胸に当て、いつでも何かを仕掛けようとしていたようだ。
「"破魂"ですか、それはオススメしませんね」
廊下に上半身だけ突き出したヒュードルムがレン話しかけていた。
「そういう正式名称があることを、俺は今初めて知ったよ。だが、その必要はないみたいだな」
そう言うとレンは右手を左胸から離した。
「知らなかったなら覚えておいてください。"破魂"は命を削る外法。まあ、今のあなたを見る限りそれも承知の上だったのでしょうが。既に何かのために命をかけたことがあったのですね」
「さぁ、どうだったかな」
レンはうつむき、ヒュードルムは話したくない過去が彼にあることを悟った。
「しかしマオ様も廊下に聞こえるほどの大声を出して、きっと廊下にいるあなたにも伝えたかったのでしょう。自分の命を狙っているかもしれない人間に向けて、自分の位置を悟らせてしまう大声を出して宣言したのですよ。レン殿、どうか協力してくださらんか?」
レンはしばらくうつむいた後、ヒュードルムに、
「さっきの魔法の爆風で見えたけど、黒色のパンツ穿いてたぞ」
っと伝えて食堂の中へ入っていった。
「そいつは本当なんだろうな、魔王様!」
食堂に入るや、強い語気でマオに問いかけるレン。
マオの目は真摯にレンを捕らえており、その目からは決意の深さがしっかり伝わった。
更に心の決意が彼女の可憐さ・凛々しさ・美しさを引き立てているようにレンは感じた。
それは昔、ある人に感じた感情と全く同じであった。
決して見た目が似ている訳ではないが、その精神的な強さは彼女と似たものがあった。
(ったく、俺も馬鹿だなぁ)
レンは息を抜いて不敵に笑い、しっかりとマオを見つめながら宣誓した。
「いいだろう! 俺が手伝ってやるよ魔王様! 人間と魔族の架け橋、この俺がなって――」
っと良い所でレンは身体はグラっと揺らぎ、そのまま地面に崩れ落ちた。
しばし沈黙が続き、レンから小さく声が聞こえた。
「……アルくん……体力持続回復薬……」
この後、レンは魔王城の客室へ運ばれていった。
夜の魔王城は昼よりも更に暗くなり、手持ちランプが無くては魔王城の廊下は歩きにくい。
魔王城の中心に玉座をがある最も広い空間、玉座の間がある。
玉座の間は他の部屋に比べて人間の城に近い造りとなっており、不気味さは一切無い。
玉座の後ろのガラス張りのには月が写り、青白い月光が玉座にだらしなく座るマオを照らしていた。
玉座の前にはマオとヒュードルムがうなだれる魔王の前で控えていた。
いつもと調子が異なるマオを不思議がりながら、シズクがまず口を開いた。
「マオ様ー、客人はもうお眠りになったようですー」
しかしマオにはあまりその言葉は届いていないようで、相変わらず玉座でボーっとしている。
「あんなに真剣な瞳で応えてくれる人間がおったのじゃの……父上も天でお喜びじゃろう」
父上という言葉を聞いてシズクはピクンと反応する。
続けてヒュードルムが進言を開始する。
「マオ様、一つだけ忠告です。白髪の騎士の方にはご注意ください。マオ様の絶対的な力を見た後で、奇襲でマオ様の命を狙っていた人間です。 普通マオ様の力を見た後であれば、どんな生物も戦意を喪失するでしょう。しかし彼は違った。マオ様の力を見た上で勝算があると考えていたのです」
マオはまだボーっとしているが、
「わかっておる」
っと一言だけ言葉を発した。
「やはりご存知でしたか。これは差し出がましいまねをしてしまいました」
ヒュードルムは深々とマオに向かって頭を下げる。
マオは一つ深いため息を吐いて、自分の長い青髪をいじり始めた。
「じゃが、惜しいのう。あんな瞳を持つ人間が、我と真剣に向き合ってくれる人間が、あと2年ほどの命とは」