第一話 白髪の騎士、魔王と出会う
レンはじーっとその様子を見ていた。
マクロイン王国の王都ベルサ、王が住まう城の城門前で女性の2人組みが王に謁見させろーっと訴えているからだ。美しい白い石造りの建造物が立ち並ぶ街を滝がまるごと囲み、虹がかかる泉に浮かぶベルサスは"幻想都市"とも呼ばれている。
それゆえ、その光景はえらく異質に見え王都を歩く貴族や商人の目に留まっていた。
「どうにか王に合わせてもらえんかの?」
青い髪に帽子を被った女性が門番に食らい付いていた。
歳は18ぐらいだろうか、透けるような白い肌に赤い目を持つ不思議な女性で、決して堅苦しいわけでもなく、しかし柔らかすぎるわけでもない不思議な立ち振る舞いをしている。
門番は長い時間食い下がってくる相手に苛立ちを隠せないようだ。
「おいガキ、いい加減にしろ! こちとら北方の帝国や東の魔族が活発になっているという情報もあり厳戒態勢なんだ! イタズラには付き合ってられん!」
苛立つ門番の発言に、待ってましたと言わんばかりに青髪帽子は話を続ける。
「我はまさに、その問題を解決しにきたんじゃよ。王様の悩みの種をパパっと摘みにきたのじゃよ」
門番はかなり苛立ちを見せているが、帽子の女性にはその感情は伝わっていないようだ。
しばらく進展の無いやり取りが続きもう片方のメイド服の女性が口を開いた。
女性と言っても歳も10代前半に見える黒髪の女の子だ。
「マオ様ー、こういうのはまずアポイントメントを取るのが定石と聞きますよー。まずそちらを取ってから出直すのはいかがでしょうかー」
そのメイド服の女の子はさすがにらちが明かないと感じ、マオとよばれた青髪帽子に優しく語りかける。
雰囲気だけで言うなら、まるで青髪帽子の母親のようだ。
青髪帽子は顎に手を当て一理あるっといったような表情をしているが、所々言葉の意味を理解していないようだ。
「ふむふむ、"あぽいんとめんと”か。それはどこにあるのじゃ? この国にあるなら、ひとっとびで取ってくるぞ」
どうやらアポイントメントの意味を理解していない青髪帽子。
「残念ながら、この国ではなく我らが居城で手紙を一筆したためることで得られるものですね。丁寧な手紙をマクロインの王宛に送ればきっと得られますよー」
メイド服の女の子は門番の様子を見てこれ以上ここに居続けるのは得策でないと察知し、青髪帽子が傷つかずこの場から離れる提案した。
「なるほど、ラジオのお手紙感覚で書けば良いのじゃな。気合が入るの。さっそく帰って書くとしよう」
「ラジオのお手紙よりも少し気合を入れないといけませんねー」
会話を聞いていると、完全に見た目と中身が逆のこの2人組。しばらくすると、怒り狂う門番に一礼してその場を去っていった。
「へぇー、これはチャンスだな……」
その様子を城の門が見える詰め所の屋根に寝そべりながら眺めていた白髪の騎士がいた。
白髪といっても年寄りな訳ではない。見た目は20代のそれだが髪だけが絹のごとく白い。
また騎士の正装をかなり着崩しており金属部分は全部取っ払っており、かなり身軽で袖が広いゆったりとした灰色の装いをしている。
「レン先輩! やっぱここにいたんすか!」
その背後から白髪の騎士を先輩と呼ぶ若い騎士が姿を現した。
騎士の制服をきっちりと着こなし、腰には一般的な騎士に支給される剣をぶら下げていた。
「やぁ、アルベルト、ちょうどいいところにきた……ちょうど今、いいことg――」
っとレンが言い終わる前にアルベルトと呼ばれた若い騎士のチョップがレンの脳天を直撃した。
「なーにずっとサボってんすか! 仕事してください! もうマジ、僕ら今月検挙数ゼロですよ! 他の騎士は少なくとも5件は挙げてますよ! 先輩、マジやる気出してくださいよ!!」
王国も決して平和な国ではない。
先の帝国との戦争で疲弊し、今は魔族という脅威にもさらされている。
そんな不安定な国内では犯罪も年々増加傾向にあった。
その状況で検挙数ゼロというのは、なかなかの快挙なのである。
「ア、アルくん落ち着けって。俺だってここの屋根に登って周辺を見渡しパトロールする前にはだね、違法薬物を所持していると思われる要注意人物を追っていたのだよ。だけどね、そいつが酒場に入って俺も酒場に乗り込んだまでは良かったが、妙にそいつと意気投合しちまって朝からブランデーを、おえええええええええ」
どれほど意気投合して飲んだのかはわからないが、レンは綺麗な滝を生み出した。
アルベルトは呆れと怒りが混在した複雑な感情で先輩のレンをきつく責める。
「飲んだんか!? 朝から騎士が飲んだんか!!? つーかアンタただ酔って屋根の上でクールダウンしていいただけじゃないの!!? つーか違法薬物どうした!!?」
まだ少し気持ち悪いのであろうか、死んだ魚の目のようになったレンは腕で口元を拭っていた。
「あれな、聞いてみたら粉末ミルクだった。なんか奥さんに買ってきてって頼まれたらしい」
「めっちゃいいヤツじゃないですか! 今のところ話の中でゴミみたいな人間アンタだけ!!」
青空の下、屋根の上で繰り広げられる後輩の先輩への罵倒。
しかしこれがこの2人の日常であった。
レンとアルベルトがツーマンセルを組むようになったのは1年前でレンが教育係でアルは新人だったが、当時から功績を上げないダメ騎士で有名だったレンは瞬く間に新人からも野次られるようになってしまった。
「アルくん、落ち着けよ」
レンが先ほどの城門前の出来事をアルに話しはじめる。
「――っとまあ、そういう変な2人組みがいたのさ。いい話だろ?」
城門前であったいざこざを聞いたアルベルトだったが、それがなぜいい話となるのか腑に落ちないようだ。
「それが一体なぜイイ話になるんですか? ただの子供のイタズラじゃないんですか?」
それもそうだ、傍から見ればただの子供の悪ふざけなのだから。
自分たちにいったいどういうメリットを与えるのかアルベルトはわからずにいた。
しかしレンは不適に笑いながら続ける。
「アルくん……先ほども言っていたが、我々の今月の検挙数はゼロ。ほんと嘆かわしいよね。騎士として生きている意味あるの?って問い正したくなるよね? 死にたくなるよね?」
「よくそれ自分で言えますね」
呆れ顔になるアルベルトを他所に、レンは得意げな語りは止まらない。
「そこでだよ……あのさっきの2人組みはなんと、門番の公務を邪魔していたんだよ。公務執行妨害、目撃者も多数いる。これは確実に検挙できるでしょ。これでひとまずゼロの呪縛から脱することができるぞ、アルくん」
今月何も騎士としての成果を挙げていない2人。
レンが考えていたのは城門前で騒ぎを起こした女性2人を検挙し、なんとか騎士としての成果をあげよういうものだった。
この提案にはアルベルトも同意しかねず、レンをゴミを見るかのような目で見ながら叱責した。
「姑息なこと考えましたね! それなら一生呪縛で縛られている方がマシだわ! イタズラしただけの女の子を指導で済まさず検挙するつもりですか! アンタほんと最低のクズだな!!」
「青髪帽子を検挙して、メイドの子供を指導しよう。これでアルくんの要望も満たせるぞ」
「今はアンタを屋根から爽やかに突き落とした方が、僕のいろんなものが満たされる気がしていますよ」
王都ベルサも城から離れ泉に浮かぶ島から出ると、商人と国民が行き交う雑多な町並みへと変わる。
特に昼間のこの時間は人々の様々な目的が行き交う場所となる。
そんな中に先ほどの女子2人組が雑貨店から買い物を済ませて出てきた。
青髪帽子はそこで買った掌サイズの針がない懐中時計のようなものを、珍しいものを見るように横から上から見澄ましていた。
「この魔道話機というのは便利じゃの、魔力が無い人間にも遠距離通信ができるスグレモノじゃな」
魔道話機とは、自身の魔力を用いず魔道話機を持っている人同士で話ができるというアイテムだ。
自分の顔や状況を相手の魔道話機に投影することもでき、顔を見ながら話をすることもできる。
なお、太陽光を当てることで光のエネルギーを魔力に自動変換しており、晴れの日であれば魔力が切れて通信不能になるという心配もない。
「そんなもの買ってしまってどうするのですかー。私たちには不要なものでしょうに。あまり無駄遣いはいけませんよー」
無駄遣いと言われて少しムっとなった青髪帽子であったが、しばらく思考した後にドヤ顔になった。
「無駄ではないぞ。人間の生活必需品らしいし、人間の生活を知る良い教材となるじゃろう」
「さすがマオ様、御見それいたしましたー」
メイド服の女の子は笑みを絶やさず、深々と青髪帽子に頭を下げた。
そして雑談をしながら人ごみを掻き分けながら、妙な会話をする2人組みは裏路地へ向かう道を歩き始める。
その様子をアルベルトと彼におんぶされているレンが物陰から眺めていた。
「アルくん、どうやら被疑者の名前は"魔王"らしいぞ。あれ、あいつ魔王なんじゃね?これもしかして検挙したら王国は魔族に戦わずして勝利できるんじゃね?」
レンの真顔の話にアルベルトは深いため息をついた。
「先輩……こんなところに魔王がくるわけないでしょ。魔王は我がマクロイン王国と敵対している魔王の長。その魔力は膨大で人間が使うような魔法とは比べ物にならない高レベルの魔法を行使でき、さらにその風貌は邪悪な化身そのものだと聞きます。全世界で発生している異形の怪物"フィアー"も魔王が作り出した生命だと王国も発表しています。そんな超危険人物、その気になればこの街ごと破壊できそうな化け物が王都に現れるわけないでしょう」
「……なにマジになってんの。これだから童貞は」
レンはまるで捨てられた可愛そうな子犬を見る目でアルベルトを見つめる。
「童貞関係ねぇだろ!! ってか、ど、童貞じゃねぇし!!」
なぜか童貞という言葉に過剰反応するアルベルト。
そんなアルベルトをより痛々しい目とニヤついた顔で見つめるレン。
「うるせぇよ、尾行がバレたらどうすんの、アルくん。もうちょっと冷静になろうよ」
「なんかアンタに言われるとすっごい腹立つ」
アルベルトはこのおんぶしているムカつく騎士を地面に落としてやろうかとも考えたが、
「あ、アルくん、そろそろ体力回復してきたから下ろしてくれていいぞ」
その前にレンの方から降ろしてくれコールがかかった。
「はいはい、そうっすか」
アルはよいしょとゆっくりレンを下ろし、地に立ったレンは軽く背伸びをする。
「いやーありがとありがと。しばらくは自分で歩けそうだわ」
アルベルト腰のポーチから体力持続回復薬を取り出し、それをレンに手渡す。
体力持続回復薬を受け取ったレンは、軽くアルベルトに謝意を伝えながら一気に回復薬を飲み干した。
「ホント、よくその体力で騎士になれましたよね、先輩。魔法もからっきし駄目だし」
「やはり人徳が評価されたのかな、いやー王国は懐が深い」
「人徳重視だったらいま確実に無職ですよアンタ、それより……」
アルベルトは女子2人が歩いていった方向が気になっていた。
「あの2人、どこに向かっているんでしょうね? 確かには気になります」
その先は裏路地で、雑貨屋に寄って喜ぶような女性が行くような店や施設が無く、不良や犯罪者の溜り場も多い。
女性には危険すぎる場所だ。
「だろ? まあ単純に迷ってるだけかもしれないけど、これから俺たちが牢獄にエスコートすれば万事解決だ」
「はいはい、とにかくこのまま追跡したらいいんですね?」
アルはやれやれといった具合に深い溜息をついた。
ニヤニヤしている白髪の騎士と疲れた顔の若い騎士は、彼女たちを見失わないように追跡を再開した。
「やあお譲ちゃんたち、どこへ行くんだい?」
追跡を再会してから5分、人通りの少ない裏路地に入った女性陣は必然のごとく4人の悪漢に絡まれていた。
悪漢たちはニヤつきながら彼女たちとの距離をつめていく。
「なあ、俺たちと一緒に楽しいことしようぜ…ヒヒヒ」
その言葉を聞いた青髪帽子の女性は目を見開き興味を持ったようだ。
「ほほう……楽しいことか、具体的にはどんなことじゃ? UNOか?」
「ヒヒヒ……かわいいねぇ、もっと楽しいことさ、ヒヒヒヒ……」
青髪帽子の隣にいるメイド少女はやや呆れ気味の顔をして青髪帽子の方を見る。
「マオ様、彼らは俗に言う罪人ですよー。私たちの身包みは剥がして、あんなことやこんなことをしたいだけの人たちですよー」
こんな状況でも笑みを浮かべて歳に似合わないことを言うメイド服の少女。
「ふむふむ、なるほど、だいたい理解したぞ。あんなことやこんなことが何かよくわからんが、これも経験かの……乗ってみるか?」
青髪帽子は悪漢の提案に乗り気だったがメイド服の少女が、
「マオ様、乗るのはいけませんよー。ただし愛した殿方に乗るのはOKですー」
やんわりそれを制止する。
しかし本当に10代前半の少女の発言なのか耳を疑いたくなる。
「ほほう、そういうものなのか、シズクは物知りよの」
不思議な会話が繰り広げられ、悪漢も珍しいものを見るような目になっている。
それは、彼女たちをつけていた騎士2人も同様である。
「少しアルくんには刺激が強い会話をしているようだが……しかしなんだあの黒髪メイドの少女は。いまどきの10代前半ってあんなもんなの? 乱れまくってるの? 実に嘆かわしいな、アルくん」
真顔のレンとやや顔を赤くしているアルベルトは、裏路地に詰まれた木箱の影から悪漢と女性たちのやりとりを観察していた。
「べべべ、別に僕平気ですし! それより、これは騎士として彼女たちを助けなければ!」
騎士の使命に燃え上がったアルベルトは腰の剣に手をかけたが、レンは全然乗り気ではないようでいつ飛び出してもおかしくないアルベルトの腕を掴んだ。。
「えー、やだよ。だって向こう4人いるんだよ?俺そんなに強くないし、ほらほら、向こうの方々はめっちゃ喧嘩しなれてるよ?」
しかしアルベルトはレンの腕を払い、レンを方をまっすぐと見つめた。
その目に迷いはない。
「どれだけ向こうが強くても、民を護るために身体を張るのが騎士でしょ!!」
その発言を聞いたレンは綻び、
「よく言った!! 行って来い!!」
と言ってアルベルトを強く蹴り飛ばした。
「ぐあああ!!」
そのまま地面に滑り込むようにぶっ倒れるアルベルト、さすがに悪漢たちに見つかってしまった。
「!! てめぇ、一体なにもんだ!?騎士か!!?」
「いやいやいや、違うんです!た、たまたま通りかかっただけで……そうそう!! そこの物陰にいる僕の先輩の騎士の命令で……」
っと、さっきまで隠れていた物影を見てみると、そこにはもうレンの姿はなかった。
「あれ、いねえええええええええ」
「おいおい、ガキんちょの騎士さんよ、邪魔しねぇでくれないか?」
一方、絡まれていた女性2人は少し興奮気味で騎士と悪漢のやり取りを見ていた。
「マオ様ーあれが王国騎士ですよー」
「おぉ、あれが噂の王国騎士か。だがやたらとナーバスになっておるぞ?」
そんなナーバスモード全開のアルベルトは、悪漢にも構わず魂の叫びを連発していた。
「あの腐れ騎士がああ! 警備隊長に報告して即刻左遷させてやる! もうウンザリだああ! ほんと上司に恵まれなくてつらいいい!! もうまじ死ねよ、死んでくれよおおお!!! すっごい痛い死に方してくれよおおお!!! むしろ僕が死んじゃおうかなあああ!! もうなんか色々嫌になってきちゃったなあああ!!」
事情は飲み込めないが、あまりに怒りと悲壮感に溢れるアルベルトに悪漢たちが気を遣い始めた。
「あ、兄貴、こいつやばいですぜ! いますっげーネガティブだ! 自暴自棄すぎて手に負えねぇ!」
「ま、まあそんな悲観するなよ、騎士の若いの……生きてればいいことあるって」
さすがにまずいと見たメイド服の少女が、青髪帽子に耳打ちをする。
「どうしますー?助太刀しますかー?」
青髪帽子目をつむりしばらく考えるが息をふっと吹いて微笑んだ。
「その必要はないの。不思議なことがあるものじゃ。右手側の建物の窓から……死体が奴らを狙っておる。」
「うぉ……」
突如、悪漢の一人が力が抜けたかのようにその場で倒れこんだ。
「おい、いったいどうし……うが……」
また一人、急に意識が飛んでしまったかのように倒れる。
「なんだ一体!?」
悪漢たちが慌て始めた瞬間、ナーバスモードだったアルベルトの目が鋭くなった。
「そこだ!」
混乱した悪漢の一人を、アルベルトが剣を鞘に納めた状態で悪漢の頭に一撃を加え気絶させる。
「なななな、なんだ!この野郎!」
最後に残った悪漢がナイフでアルベルトに斬りかかるが、アルベルトはそれを鞘でなんなく止め、左手を
悪漢の腹に当て呪文を唱える。
「青き冷風の意志よ、刹那に駆けろ!」
その瞬間、アルベルトの左手から冷気を纏った風が噴出し、悪漢はその風で飛ばされ壁にめり込んで気絶した。
「ふぅ……先輩、ぐっジョブでしたよ」
すると路地の建物の3階の窓からレンがひょっこりと顔を出した。
「うぇーい」
「うぇーい」
これが2人の仕事をやりきった時の儀式である。
「アルくん一人で大丈夫だったんじゃないか?」
実はアルベルトは騎士の中でも戦闘の実力は上位に入るほどのものだ。
「いやいや、先輩が常に携帯している麻酔銃に助けられましたよ。あんな姑息で卑怯な戦術、生粋の騎士である僕にはとてもできませんよ」
「三文芝居で悪漢を騙してた奴がよく言うわ。」
「芝居ではないです。普段から思っている事を偽りなく吐き出しました」
実際、真正面から戦闘を行うと女性陣が人質にとられる可能性もあった。
あえて奇襲をを行うことで人質にも自分たちにも危険が及ぶことなく事件を解決できた。
打ち合わせなしでそれが出来たのは、レンとアルベルトの日ごろから培ってきた絆故であろう。
しかし3階にいたレンは人質になりえた女性2人の姿が見えないことに気付いた。
「ところでアルくん、あの2人組みはどこだい?」
「あ、そういえば……」
アルベルトが周囲を見渡すと、青色の髪の毛が路地裏の曲がり角に吸い込まれていった。
「あっちへ向かったみたいですね……あの方向、何かあったかな?」
「せめて礼を言ってくれてもいいのにな。なんか、本当に怪しくなってきたな」
彼女たちは、誰もいない暗い路地の行き止まりで立ち止まった。
その行き止まりでなにやら2人で会話をしているようだ。
耳をすましてその会話を聞こうとしているレンとアルベルトであったが、向こうも小声で喋っているようで何も聞き取れずにいた。
「……先輩、なに喋っているかわかります?」
「いーや、なんもきこえねぇ。ただの迷子だったのかな。しゃーない。大通りに案内するか」
アルベルトはその言葉を聞き、今度は溜息ではなく微笑みながら息を吐き出した。
「やっぱり最初から彼女たちの道案内なりで助けるつもりだったんですね。先輩の無駄に困っている人を嗅ぎ分ける嗅覚は素直に尊敬しますよ」
レンは騎士としての功績はゼロだが、別に働いていない訳ではない。
ある時は重い荷物を持つ人を助けたり、逃げたペットを探したり、子供の遊び相手になったり、決して実績には残らない役目を率先して請け負っていた。
アルベルトはそんな彼をそれなりに尊敬していた。
「よし、んじゃちょっと声かけて――」
レンが彼女たちに声をかけようとしたその時だった。
彼女たちの足元に突如魔方陣が出現し、暗い路地裏を魔方陣から発せられる強烈な青い光が照らし始めたのだ。
「――え、なにあれ、やばくない? アルくん、あれは何魔法?」
魔法に関しては素人であるレンはアルベルトに問いかける。
しかしアルベルトも見当がつかないらしく、驚きと探究心に満ちた表情をしている。
「いや、あんなのは知らないですね、初めて見ましたよ……! なんて魔力だ、圧がここまで届くなんて……!」
そして魔方陣から宝石の装飾が施された扉が現れた。
その扉の中にまずメイド服の女子が、青髪帽子なにか一言かけたあとに扉を開けた。
扉の中は異空間なのだろうか、なにか大きな力が渦巻いていることを騎士の2人は察知した。
力の渦の中に、まずメイド女子が飛び込み姿を消した。
青髪帽子も扉に歩み寄り飛び込むかと思われたが、その一歩手前で立ち止まった。
彼女の様子を知ってか知らずか、アルは知らない魔法を目の前にしてかなり興奮気味だった。
「先輩! あれすごいですよ! きっと空間転移系の魔法ですよ! 膨大な魔力が必要なために、人間には補助アイテムや数十人の魔力を借りないとできないような大魔法ですよ!! 彼女たちは相当の使い手ですよ!! ぜひ声をかけてみましょう!! いいですよね、先輩!!?」
そのとき立ち止まっていた青髪帽子が、一瞬レンの方を見て不適に笑ったのだ。
レンは不意を突かれ驚きを隠せなかったが、青髪帽子は驚いたレンの反応を確かめた後に扉の中に飛び込んでいった。
「……あの娘、誘ってやがる……尾行に気付いてたのか……」
レンは唖然としていたが、アルベルトは知的探究心の火は消えないようだ。
「見てください、先輩! まだ扉が残ったままですよ! 行きましょう! 見に行きましょう!!」
女性たちがいなくなったのを見て、アルが扉に駆け寄っていった。
しかしレンはそれを制止しようと声をかける。
「アルベルト!! 離れろ!! ここはやばい、撤退するぞ!! 具体的に言うと、その扉を出した2人組みがやばすぎる!! 尾行もバレていたみたいだぞ!!」
レンは本能的にこの扉と魔方陣が罠だと悟ったが、アルベルトはもう止められない。
「今更なに言ってるんすか先輩。確かにこの空間転移魔法を行使した彼女たちはやばいですよ! 派手に暴れたりしましたし、尾行もバレたんでしょうね」
アルベルトはレンの言葉はお構いなしで扉の質感や魔方陣に描かれた文様をまじまじと観察している。
言うことを聞かないアルベルトに、レンの語気も自然と強くなっていく。
「多分、この扉もあいつらがわざと残してるものだ!! 誘い込まれたんだよ、俺たちは!!」
「先輩がなに言ってるんすかー、深読みしすぎですよ。はいはい、この空間転移魔法の情報収集が終わったら撤退し――」
その時だった、地面に映し出されていた魔方陣と扉がさらに大きくなり、2人を吸い込み始めたのは。
不意を疲れたアルは、抵抗することもできずそのまま扉に吸い込まれていってしまった。
「アルベルト!! くっそぉ、だから撤退しろと……!!」
レンは扉から距離をとっていたので、扉の吸引をさほど受けずにいた。
少し身体にかける体重を間違えなければ、まず吸い込まれることはない状態だった。
「……アルくん、キミは非常に優秀な部下であり、後輩であり、時には俺を叱咤してくれる良き友であった。俺はそんなキミのことを忘れない、絶対に。キミの両親には立派に戦ってブラックホールに飲み込まれたと伝えておくよ。じゃあ、俺はこれで」
っとその場からそそくさと立ち去ろうとした際、扉から1対の腕が出てきてレンの肩をがっしりホールドした。
「――え?」
レンが振り返るとそこには必死の形相のアルベルトがいた。
身体に魔力を纏いなんとか扉の強大な魔力に抵抗を試みていたのだった。
「ちょっとおおおおおお!! アンタ後輩置いて逃げる気かあああああ!!」
アルベルトの腕はがっちりとレンをホールドし、レンが振り払おうとしてもまったく動かない。
「いやいやいや、なに言ってるの!!? 助けを呼びに行くところだよ!! でもちょっと大人になろ? 冷静になろ? このままだと俺も吸い込まれるよ!? 犠牲者が増えるだけだよ!?」
とにかく吸い込まれないようにと無我夢中になっているアルベルト。
「知るかああああああ!! 凄い扉の魔力でもうもたないいいいいい!!」
アルベルトが手を話せば用意に逃げられるだろうが、扉の魔力の影響をモロに受けているアルベルトに掴まれ次第にレンの体も扉に向かって引きずられていく。
「アルくん、力強すぎ!! アバラが折れるっての!! もたないなら諦めていいんだよ!? もうこの手を離して楽になりなよ!! いや、こういう時は先輩のことを思って自らその手を離すべきだろ!! 甘えんなよ畜生!!」
引きずられていたレンの体は、既に扉の目前にあった。
アルベルトはすでに観念しているようで、気が狂ったかのように不気味に笑っていた。
「グヘヘヘヘ、こうなったら一緒に地獄に落ちましょうよ、先輩いいいいいいい!!」
「いや!! やめて!! まじでお願い!! 俺が悪かったって!! ああああああああああああああああ!!!!!」
こうして路地裏から人が消えた。
近くにいた人間を全て飲み込んだ扉は魔方陣の中に沈み、魔方陣も光の粉を散らしながら消えていったのであった。
アルベルトは扉の魔法を空間転移系の魔法と言っていたが、それは正解であった。
2人は突如薄暗い空間の石畳の上に放り出されたのであった。
とっさにアルベルトは受身をとったが、レンは地面に頭を強打した。
「先輩、ここは……?」
どうやらどこかの部屋のようだが、ふと目に入った窓の外は紫色の雲が覆い尽くす空が広がっていた。
部屋の壁にはロウソクが付けられており、その明かりが怪しく部屋を照らしている。
レンは起き上がり周囲を見渡し、ここが初めてくる場所だと認識する。
「いててて……なんだここは。ベルサス城ではないな……」
しかし、この場所の不気味さだけは察知し、レンは腰の麻酔銃に手をかけた。
「念の為、戦闘準備はしておけよ、アルくん」
「言われなくとも」
アルベルトも腰の剣に手をかけた。
がその時、
『いや、その必要はないぞ』
と突然部屋に女性の声が響き渡った。
アルベルトは体中に魔力を纏い、あたりを見渡し警戒する。
「先輩、誰かいるようです」
レン周囲を気にしながらも、まっすぐ自分たちの目の前の監視をしていた。
『活きのよい若者一人と死体が一体つけてきていると思っておったが、その白髪の男は生きておるのだな。不思議じゃの』
声の主の姿はまだ見えない。
音が反響してアルベルトは声の発生源がどこにいるのかが全くつかめずにいる。
「何者だ!姿を見せろ!!」
姿が見えない相手に痺れを切らしたアルベルトは、語気を強めて見えない相手に問う。
『いやいや、すまんの。そなた達がここに来るのが初めてのように、我も人間をこの城に招待するのは初めてでな。少し我も警戒したが、そなた達なら大丈夫じゃろ』
そう言い終わると、突如レンとアルベルトの目の前にあの青髪帽子の女子が姿を現した。
「まあ、最初からずっとここにいたんじゃがの」
突然現れた女性に驚き、アルベルトはとっさに一歩後ろに後退する。
レンは驚きはしたものの、すぐに冷静さを取り戻し問いかけた。
「お前、いったい何者だ?」
すると青髪帽子は口元をニヤつかせた。
「そうじゃの、我は――」
そう言いながら彼女は帽子をつかみ取る。
帽子で隠れていた頭には2本の角が生えていた。
「――我はマオ。第23代目"魔王"じゃ」