8話「男たちの鎮魂歌」
1
お守りを貰ってから一ヶ月近く経ったある日。貰って以来悪夢を見ることはなくなり、快眠の日々が続いていた。香取の体調は好調になっており、隈は無くなり、視力も回復して眼鏡を外しても平然と周りの世界が見えるようになった。
「…こんなに清々しい目覚めは何年ぶりだ…?」
家の洗面台でそう呟き、顔を拭いて出勤の支度をし、最近買い替えた新型のノートe-POWERに乗り署に向かった。
署の地下駐車場でノートを停めてオフィスに行った。好雄は昇進試験当日で不在だ。すると、すぐに小美川と鉢合わせになった。
「お!おはよ」
「おはよう」
「う~ん…眼鏡無い方がカッコいいわね」
「そうか…」香取はちょっとだけ表情が緩んだ。
そんな香取を、隼人と正孝そして戸河内は少し遠くでコーヒーを淹れながら眺めていた。
「にしても、随分緩くなったよね、彼」
「何週間か前までは色々固くて冷たい人でしたよねー」
「睡眠って大事だねー」
「ですねー」
(睡眠だけじゃねぇだろアイツの場合。
…にしても、本当に和らいだよな、アイツ……もしかしたら、もう内に入れても大丈夫か…?)
すると、
《警視庁から入電中。新宿区西新宿駅周辺で男性が暴行、暴走運転、器物損害行為を行い警察官を負傷させて逃走中》
「早く行かないとな」
香取はデスクからスタンガンを取り出し、
「それ返したら?」
「めんどくせぇ」
強行犯係の面々はオフィスを出て地下駐車場に行き、三人ともマークⅡに乗って現場に向かった。
2
現場に行くと、辺りには破壊された車やバイク、自販機のガラスや破片が散乱しており、西新宿駅付近で信号機にぶつかって走行不能になった車がある。
駅前に行くと、例の暴れている男を見つけた。少し小柄で、雑に剃ったような髭を生やしている五十代のおっさんだった。今はカフェの椅子で近づいて来る人達に向かって振り回している。
マークⅡは停車して三人は降車し、香取はスタンガンを取り出した。
すると、あることを思い出した。
「っ…あいつ?!」
と、
「香取君!!」
ハッと我に返ったとたん、目の前には椅子を振り被っている男が迫って来ていた。咄嗟に避けると、香取の後ろにいたマークⅡに振り落とされ、椅子の脚が窓ガラスを破りボンネットを凹ませた。
香取はスタンガンを握った手で男を殴り、よろけた隙にスタンガンのスイッチを入れ背中から感電させた。だが電力が弱かったのかあまり効果がなく、男はすぐに振り向いて香取に向かって拳を振った。香取は受け流し、腕を掴んで引っ張り彼を締め上げた。が、彼は香取を振り解いて腹を殴った。香取の鳩尾に拳が入り、香取はよろけて尻餅をついた。
「いっつ…!!」
勝てないと感じたのか男は地下鉄の駅に降りて行った。先に後を追ったのは小美川だった。
彼は切符を買わずにホームに行き、
線路に降りた。
「__!!?」
小美川は線路に降りるのを躊躇って、男をホームに引っ張りながら戻そうと腕を掴んだ。
「アナタ何やってるんですか?!!早く戻って__」
「ウッせぇぇぇッ!!!」
「きゃぁっ?!!」小美川は振り飛ばされて円柱の柱を背にぶつかった。
そして、電車がやって来た。
「ウェヘ、へへへへへへへへへへ!!!」
さらに、苦痛と人ゴミに苦戦していた香取がやって来て、彼も線路に飛び降りた。
「アナタも__?!!」
彼は、香取は色んな悩みを解決したにも関わらずまだ自殺願望があるのか…小美川は立ち上がって二人をホームに戻そうとした。
が、そのとたん電車が通り過ぎ、そして急停車した。
「あ…あぁ…!!」
小美川はその場にへたり込んだ。周りから悲鳴や救急車を呼ぶ声が聞こえてきた。
すると、電車の前から二人が現れ、香取は男をホームに持ち上げてから登った。
「へ…?あ、良かったぁ…!」
「良くねぇよ…」
二人は立ち上がり、香取は男の胸倉を掴んで壁に叩きつけた。
「いいか?勝手に死ぬのは構わないが、大勢の人巻き込みながら死ぬんじゃねぇ!!!」
「すい…すすすすいません…!!」
香取が胸倉から手を離すと、男はその場にへたり込んだ。
3
署の取調室に男を入れると、戸河内率いる暴力犯係がやって来た。
「取調べは我々が行う」
「え?何で暴力犯係が?」
「あの男は俺達が追っている男の手がかりの可能性がある。そのついででな」
「俺も入れてください」そう言う香取を見て、戸河内は黙って考えだした。
「…いや、まだダメだ」
彼らは取調室に入り扉を閉めた。
「…あの男、誰なのか知ってるの?」
「“横山進”。“葛城信彦”の元部下だ」
「葛城信彦って…」
「俺が前に追っていた男だ。話しただろ?」
「えぇ…」
すると、取調室から横山の悲鳴とテーブルや椅子が叩かれたり落ちたりしている音が聞こえてきた。
「…取調べっつーより拷問だな」
「アナタも同じようなことやってたわよね?」
取調べが終わり、内容は立川課長にしか話されなかった。
横山は留置場に入れられ、暴力犯係の重鎮達はどこかへ出動し不在になっていた。
香取は小美川と共に留置場に入り、横山が入っている一室の檻に寄りかかった。
「葛城の下から脱退してからの生活はどうだった?」
「最悪だよ…抜けた当日に息子と娘が売られ、女房は蒸発し、次の日に家が放火に遭い、奴の部下に追われる日々が続いた…飯も安い缶詰の物しか食べれなかった…葛城の部下だった頃は飯は出たが質より量で、期限切れの物をふんだんに入れやがっててとても食えたモンじゃなかったが、アレがマシに思える…お前、あれを毎日平然と完食してたよな?」
「腹が減っては戦は出来ぬって言葉に従ってたからな。
で、何で今日あんなことをしていた?」
「聞いてないのか?」
「教えてもらえなくてね」
「…民宿や、盗んだ車の近くで、色んな奴に声をかけられた。ほとんど一般人に見える奴らだった。だがそいつらは一般人に化けた葛城の部下だった。何か重たい小包を渡してきたと思ったら爆弾だったり、車のブレーキオイルを抜かれて何度も死にかけた…」
「あんたも苦労してたんだな」
「そのせいか、今日になって、周りの奴ら全員が敵で、皆化けてるのかと思い始めた…新設に声をかけてきた奴を思わず殴ったら、近くに居たサツに見つかっちまって逃げて、車を奪って轢いた…」
「で、信号にぶつかって俺達が来て、今に至ると…」
「君もよく生きてるね…葛城に愛人を目の前で殺され、綱を千切って奴を素手で殺そうとしたそうじゃないか…」
「…誰から聞いた?俺がそうしたのはアンタが脱退してから何週間も後のことだぞ?」
香取の目つきが鋭くなり、小美川と監視員は身構えた。
「こういう情報はすぐに伝わる。
きっと悲しんでるんじゃないかなぁ…復讐の相手をいつまで経っても殺せなくて、安心して成仏できない彼女が君を憎んで__」
香取は扉を壊して檻の中に入った。
「か、香取君!!やめなさい!!」
「なんだよ?キレたのか__」
香取は横山に向けて固く握り締めた拳を振った。拳は横山の鼻先で空を切り、風圧が横山の顔に当たった。横山は真っ青になっている。
「っ…!!」
「少し前の俺だったら、今からお前をぶっ殺してバラバラにして生コンクリートに入れて海に沈めてやってた…そこの女刑事に感謝しろよ」
「……。」
「す、すまん…俺、鬱憤が溜まっててつい…」
「あぁ…」
「にしても、変わったクセに豪い思考してるなお前…」
「変わる前にほぼ毎日葛城の殺し方や処理方法を考えてたんだよ。
ふぅ…腹減ったか?」
「あぁ、かなりな…」
香取は檻を出て扉を立て、監視員に「弁償代、後で俺に請求書送っといてくれ」と告げて小美川と共に留置場を出て行った。
「肝心なこと聞きそびれてたんじゃないの?」
「飯が届いてからでもいいだろ」
出前でカツカレーとチャーハンを二つずつ頼み、留置場に持っていった。壊れた檻の扉を倒して横山の前にカツカレーを一皿置き、香取は檻の中の壁に寄りかかって座りカツカレーを食べ始めた。小美川は監視員に皿ではなくパックに入ったチャーハンを渡して椅子を借りて座りチャーハンを食べ始めた。横山も食べ始め、大いにがっついた。
「美味いか?」
「あぁ…ありがたい…ありがたい…!」
「いい飯食わせたんだからさっきの取調べで話したこと全部話してくれ」
「っても、お前の知ってるようなことばっかだぞ?あいつら、俺がまだ葛城と組んでると思って居場所を聞いてきやがった」
「んじゃ、俺の知らないような話をしてくれ」
「あぁ。葛城の居場所を知らない代わりに、俺が定期的に金を借りていた男の居場所を話した」
「…話して良かったのか?」
「どうせ逃げる気力もないしな…」
「…で、どこに居る?」
4
夕方。V36スカイラインで品川区のとあるアパートに香取と小美川は向かった。そこには既に、戸河内率いる暴力犯係の数名が路肩にステージアを停め車内で張り込みをしていた。V36をステージアの前に停めると、すぐに戸河内が降りてきた。
「お前らどうしてここに?!」
「横山から聞きました」
「…怪我をさせてか?」
「いえ、全く」
「…そうか。はぁ……ここまで来たのなら仕方ない。固まって行動すると怪しまれる。お前らはそこの駐車場に居ろ。大家さんに協力してもらって標的の部屋に盗聴器を仕掛けた。これで聞け。俺と話すときは携帯で話せ」と言って予備で持っていた二人分のトランシーバーをトランクから取り出して二人に渡した。
「「はい」」
V36は斜めにある駐車場に入って駐車した。
しばらく経つと、アパートの前の駐車場に一台のアルファロメオ147が停車し運転手が降車した。
《彼の名は“富樫耕市”。品川埠頭で働いている。葛城との接点はないと思われる》
「それで横山が金を借りれたのか…あいつと組んでれば横山は今頃…」
「接点ありそうだけどなぁ…」
「ま、港働きだからな…裏で工作している可能性が高い…」
耕市は自室に入り、皆トランシーバーの電源を入れて耳を澄ました。特に大したことは聞えてこない。少し賑やかな生活音が聞えてくるくらいだ。その一方で、戸河内の部下の一人が147に発信機を付け、香取のスマホに発信機の位置情報が送られた。
すると、耕市の部屋の電話のコールがなり始めた。
《もしもし…おぉあんたか…分かってる、ちゃんと工作は万全だ…そうだ…横山?それが連絡付かないんだ…ま、追われてる身だもんな…クケケッ…じゃ、後で…》
通話が終わり、耕市は何かの支度をして再び外に出て147に乗り込んだ。
「西新870、出ろ。車種は赤いアルファロメオ147だ」
《了解、追跡を開始》
147は発進し、しばらくするとウィングロードが曲がってきて147の後を追い始めた。V36やステージアも発車し、軽い先回りや遠回りをしながら147について行った。
夕暮れ時。四台の行き着いた先は品川埠頭だった。147は船着場に向かって行った。V36やステージア等は駐車場に行った。すると、サンルーフとウィングのある赤いL33ティアナと黒いインスパイアが停まっており、ティアナに乗っている一人に香取と小美川は面識があった。ティアナの隣にV36を停め、香取と知り合いの男が降車した。
孝明だ。
「奇遇だな」
「そっちこそ」
「どうしてここに?」
「ここで船で送られてきた密輸品の運搬があると取り調べした奴が吐いて、ここに来た」
「同じワケだな…」
するとティアナの運転席側から少しボサッとした金髪をしているグレーのスーツを着た男が降車した。
「孝、知り合いか?」
「あぁ。こっちは香取。高校からの仲だ。車に居る方は小美川っていう香取の相方だ」
「ふ~ん。ま、よろしく。俺は“見上條輔”」
「こう見えて一児のパパだ」
「よろしく」
インスパイアの車内には正孝と同じくらいの男と小美川にどこか似ている女が座っており女の方は居眠りをしている。後で孝明から聞いた話では男は“木村丈治”、正孝と同じ年代で同じ階級の人だ。女は“島村優衣”といい、小美川よりも若いが少し背が高い女刑事だということがわかった。
乗ってきた車を自然な位置に駐車し、皆倉庫内や車内で待機した。香取と小美川はV36の中で待機し、戸河内は倉庫の屋上に身を潜めていた。
空が真っ暗になると、船が到着した。
そして、一台のクラウンとそれを囲む数台のアメリカのSUV、さらにその後ろを走っている数台の大型トラックが続々とやって来て、耕市の近くに停まり、クラウンから一人の男が降車した。駐車場からその様子は見えない。その男を見て戸河内と部下が真っ青になった。オールバックに長く束ねた黒髪、整った鋭い顔つきをした長身細身の男だ。
《…香取、落ち着いて聞け。
“葛城”が来た…》
「「__?!!!」」
《最悪だぜ…アイツと関わりが無いと思ってたのによぉ…》
「どうする?」
《香取、須藤、見上。来てくれ》
言われた通り三人は倉庫の屋上に行った。その頃には船は船着場に着き荷物がトラックに積み始められていた。
「で、どうする?」
「どうするってもなぁ…神奈川県警でもアイツのことは知れ渡っている、相手にしたくなかったんだが…」
「とにかく、まずはあいつらを止めるぞ」
「「「おう」」」
「お前らはここで待機、何かあったら援護しろ」と戸河内は自分の部下に言った。
香取と條輔はM3913、戸河内はS&WM37、孝明はS&WM10を取り出し屋上を降り地上に着いた。その頃にはほとんどの荷物が積み終わろうとしていた。倉庫内の機材にしばし身を隠し、四人は一斉に飛び出した。
「動くな!!」「現行犯で逮捕すっぞオラァ!!」
葛城達は動揺した。皆各々の銃器を取り出した。
「おい、工作は万全じゃなかったのか?」
「そ、そんなハズは…っ!!」
「まぁいい」
皆四人に銃を向けて一斉掃射し始めた。咄嗟に機材に隠れた。
「うぉぉぉ!!!こっちの撃つ暇がねぇ!!!」
條輔がそう喚く中、香取は木箱の上に登りM3913を無造作に発砲していた。数人の敵に当たり、葛城と耕市は147に乗り込みトラックを先頭に発進した。トランシーバーで待機している小美川や優衣を呼び出す。
「おい!!葛城達が逃げる!!追え!!丈治さんはこっちに!!」
《《分かった!!》》《了解!!》
インスパイアとV36、ティアナは駐車場から発進した。ティアナは船着場に向かう。
戸河内の部下が屋上で援護射撃をしているおかげで戦意のある敵がほとんど居なくなってSUVに隠れている。香取は隙を突いて敵の56式を拾い上げSUVから出ている葛城の部下達に発砲した。ほとんどの弾を彼らは被弾して倒れ、無傷の者達に引っ張られながらSUVの陰に入れられた。
しばらくして丈治が運転しているティアナが到着し、倉庫に残っていた三人はティアナの陰に隠れた。
一方、147にインスパイアとV36が追いつき、147は並走した二台に体当たりをし始めた。葛城は窓を開けM629を優衣に向けて発砲したが、優衣はすぐに気づいてインスパイアの急ブレーキを書け147の後ろに着いて突き始めた。一台のSUVがやって来てインスパイアに体当たりをし始めた。147の後ろを離れ、V36は147と互いに体当たりをする。
すると、147は急ブレーキをかけ、V36のリアフェンダー付近に着き、そこから体当たりをした。V36はスピンして147の前に出てしまい、147がサイドに突進した。
「__?!!」
その先は深い河川。小美川はブレーキを目一杯踏むが大して効果が無くどんどん河川に迫っていく。
そして、縁石にタイヤが引っ掛かり、腹下を147が突き、V36は柵を乗り越えてしまった。147は目一杯ブレーキを踏んで折れた柵の前で停車した。
「しまっ…__!!」
V36は壁に強打してから水中に飛び込んだ。水の衝撃で小美川に大きなダメージが与えられ、彼女は気絶してしまった。V36はどんどん青々しい水の中に沈んで行った。
「小美川さん__きゃぁっ?!!」
インスパイアの周りにはSUVの群れが囲んでおり、どれも体当たりをしてくる。
その頃、五人が乗ったティアナが壊れた柵の前に停まった。
「小美川?!!」
香取は急いで降車し何も脱がずに水中に飛び込んだ。
「お、おいバカ!!」
V36は全身水中に浸かっている。香取はすぐに潜って行き、やがてドアノブに手が届き、ドアを開けて中に入った。水中なだけあってドアを開く際にかなりの体力を使ってしまった。
(息が…ッ!!もたねぇ…!!)
気絶している小美川をV36から引きずり出し、急いで浮上しようとした。だが二人とも厚着をしており服が海水を吸ってかなりの負担をかけている。
(ダメだ…もう…!)
すると、謎の二人組が潜って来た。パンツ一丁の孝明と條輔だ。香取は驚いた。
「ぶゴァ゛?!!(てめえら何してんだ?!!)」
二人は香取の腕を掴んで浮上した。水上には戸河内と救命ボートが待っていた。丈治は優衣のもとに向かった。
インスパイアはもうボロボロだ。すると、SUVの前に地元の警察官のパトカーが急停車した。SUVは避けきれずそのパトカーを台に横転し他のSUVに追突され大破した。インスパイアは解放され、他のパトカーと共に反撃を始めた。横転したSUVとそれに追突していたSUVを囲み、皆降車して各々銃を向けた。車内の者達は武器を捨て両手を挙げた。優衣はブローニングハイパワーを取り出し窓を開け前を走っているSUVのタイヤに向けて発砲した。何発か撃っているとタイヤに直撃し、更に偶然運転手の腕に着弾してSUVはバランスを崩してスピンし、並走していたパトカーを巻き添えに大破した。
5
「留美子?!!」「小美川さん?!」
小美川の父と、試験が終わったばかりの好雄が病院に駆けつけてきた。小美川は意識が戻らず静かに眠っている。
「命に別状は無いが、意識はしばらく戻らないそうだ」
「ほっ……よかった…」
「んじゃ、後頼む」と言って香取は病室を出ようとした。
「どこに行く?」
「小美川を病院送りにした連中をとっ捕まえる」そう告げて病室を後にした。
横山に再び会い、ハンバーガーの入った紙袋を渡して座った。
「アンタ、耕市が葛城と組んでたっつーの知ってたか?」
「いや、知らなかった…チクショウ、味方だと思ってたのに…!」
「…港に待機していたことがバレたまま逃がしたから、耕市はアパートに戻らず別の場所に隠れるかもしれない。何か知らないか?」
「…葛城は別荘を持っている、知ってるよな?」
「あぁ。だが俺が知ったからとっくに捨ててるだろうな」
「…耕市が帰らないって線にかけて、アパートにでも行ってみたらどうだ?」
「…いい提案だ、さんきゅ」
香取は立ち上がり暴力犯係のオフィスに向かった。
戸河内と数人の係員と共に耕市のアパートに向かった。インターホンを押しても何も聞えてこない。大家にまた協力してもらい鍵を開けてもらって中に入った。思っていたよりも綺麗だが、麻薬の様な鼻の奥を突く様な臭いがする。一室ずつ隅々まで調べていくと、物置であろう一室に一冊のメモ帳がダンボールのそこに収まっていた。ついでに大量のポルノ作品のDVDも見つけた。
リビングに皆を集めメモ帳を開いた。
「……ビンゴ」
香取はメモ帳を戸河内に渡しスマホを取り出した。
「孝明か。葛城の居場所が分かった。応援を頼む」
6
半日後の昼下がり。岐阜県高山市棚洞山周辺に、香取と戸河内率いる暴力犯係の面々が二台のNV350でやって来ていた。しばらくすると、條輔が運転しているエクストレイルが到着し、孝明と條輔が降車して香取達に歩み寄った。
「ここにあるのか?お前の知らなかった別荘が」
「そうらしいんだ」
皆の視線は、山の麓にある一軒の大きな建物に向けられていた。角ばった白い三階建てのビルの様な建物だ。
「きっと大勢の敵が居る。普通の警察の装備じゃまず無理だ」
「敵から奪うにしてもその間に殺されちまう」
「そう思って、持ってきた」
香取はNV350のトランクを開け長い鞄を持ち中を開けた。そこには、これまで押収してきた銃器がぎっしりと収まっていた。
「わぉ…」
「盗んできたのか?!!」
「ちゃんと借りてきたよ。だから壊さないようにな」
孝明はM1911とグロック26とピストルグリップのレミントンM31を手に取り、條輔はグロック17二挺とデトニクス.45を手に、戸河内はイングラムM11と56式歩槍を手に、他の暴力犯係の者達はライフルや拳銃を適当に手に取った。
「お前達はここで待機しろ。建物内には俺達四人ではいる。犠牲は少ない方が良いし、後方支援があった方が心強い」戸河内は部下達にそう言った。
香取はベレッタM92二挺と686E、そして手榴弾数個を手にして鞄をNV350に戻した。
「っし、じゃぁ行くぞ…」
「「「あぁ」」」
四人は建物に向かって歩き出した。
その頃、葛城と耕市は、建物内のとある一室で向かい合って話をしていた。
「本当に当分の身の安全を保障してくれるのか?」
「あぁ、本当さ。
にしても、横山には黙ってたんだってな、お前が俺と近しく関わっていたこと…」
「その方が奴の弱みを握れたからな。騙されやすい男だ…この業界に入ったのも騙されて来たそうだからな。ケッケッケ…」
葛城はテーブルに置いてあったグラスを二つ取って中にワインを入れた。
「では、更なる深い関係になるのを祝って…」
「おぉ…」
二人はグラスに手を出した。
すると、下で爆発音と銃声が聞えてきて、それと同時に二人のグラスが揺れた。
「何だ?!」
香取は先頭に立ち、一個の手榴弾のピンを抜いて思いっきり投げつけた。それが爆発したと同時に門前に立っていた見張りの二人に686Eを向け発砲した。二人の胴体が穴だらけになり、それに気づいた葛城の部下達が何事かと寄って来た。そんな彼らに戸河内と孝明は足に向けて躊躇い無く連射した。何人かは足を貫通し、何人かは足が吹き飛んでいる。條輔は建物の屋上で見張りをしている男達に両手に持ったグロックを乱射し、香取はまた手榴弾のピンを抜いて一纏まりになっている集団に投げつけた。何人かの頭上に落ちたとたん炸裂しその纏まりは散って皆倒れた。
「さて、建物ん中に入っぞ」
「おう」
四人は建物に入り、迫ってくる敵達に向かって乱射した。階段から降りてくる敵達に当たると彼らは崩れ落ちてくる。香取と戸河内、孝明と條輔に別れ、香取の方は二階に登り、孝明達は一階を巡回し始めた。
一階では次々と待機していた敵達が流れ込んできて、二人は容赦なく彼らに乱射しながら進んでいく。條輔は弾切れになったグロックを仕舞い敵が持っていたH&KHK53を拾い上げて先に進んだ。
二階では、待ち構えている敵達に見えないよう壁に隠れ、彼らの隙を突いて壁から出て686Eや56式を乱射して、ある一室から多く敵が出てくると分かりその一室に手榴弾を投げ込んだ。爆発すると敵達の阿鼻叫喚の声が聞こえてきて、敵達はそこから現れなくなった。落ち着いた香取は弾切れになった686Eを仕舞い敵のH&KG3を拾い、戸河内も56式を仕舞ってHK53を拾った。
「ライフルは嵩張って難儀だな。拳銃だけ借りてこうやってライフルは拾うことにしときゃよかった」
香取は返す言葉が無く無言で進み始めた。
そして一階では。
「俺から離れるなよ」
「分かってる…!」
葛城は耕市を連れ部下に囲まれながら裏口に向かっていた。二階では香取達と鉢合わせにはならなかったが、孝明達と鉢合わせになってしまった。二人は開けた裏口への扉をすぐに閉め壁を背にすると、葛城の部下達が放った弾幕によって扉が穴だらけになった。
「ひぇぇぇえッ!!」
「落ち着け!!一児のパパだろ?!生還すれば息子に話す良い武勇伝になるぞ!!」
「語れずにしにそぉーー!!」その勢いに身を任せて條輔は穴だらけの扉を蹴破りHK53を乱射した。葛城達は別の通路を進み始めていて、弾は最後尾に居た敵達の身にしか当たらなかった。
三階へ通ずる階段を登り終えた香取達は三階を調べ始めた。
すると、香取の後ろから何者かに飛びつかれて前に倒れた。
「うお?!!」
「香取?!!」
香取を倒し今上に立っている者は拳を握り締めて香取に振った。香取は拳を腕で受け止める。
「あの時はよくも…!!このッ!!!」と何者かは隙を突いて香取の顔面を殴った。香取は思いっきり立ち上がりそのまま階段を共に落ち、何者かの胸倉を掴んで壁に叩きつけた。何者かは香取の腕を掴んで捻り、胸倉から手が離れ、何者かは香取を床に叩きつけた。三階から戸河内がHK53を構えて何者かに狙いを定めているが香取が射線上に入り中々撃てない。何者かはぎこちない片足を強調しながら香取に歩み寄った。
「お前…」
「憶えてないか?ストーカーに遭っていた女の送迎中、お前を車で襲い、お前は俺の太ももに撃__」
香取はすばやく立ち上がって彼の隙を突いて隠し持っていたスタンガンを容赦なく胴体に当てた。そのスタンガンの最大の電量を身体に押し付けられた彼は即座に気絶して前のめりに倒れた。
「悪いが長話は後にしてくれ」
すると、香取のスマホから急に電話の着信音が流れて電話に出た。孝明だ。
「どうした?」
《葛城が一階の裏口に向かっていった!!》
「何?!!くそッ!!」
香取は電話を切って階段を下っていた。戸河内の耳に先ほどの通話は聞えてきて、すぐに香取の後を追った。
一階に行き裏口への道を進むと、孝明達と合流できた。二人とも壁に隠れている。壁から少し顔を出すとそこには、裏口の扉から倉庫に入っている葛城達が見えた。香取は壁から出てG3を弾が切れるまで乱射した。部下達に着弾して倒れ、葛城はその倒れた部下の胸倉を掴んで盾代わりにしてM629を香取に向けて発砲した。香取はG3を彼らに投げつけ、葛城は引き金に手を掛けている指の力を緩めてG3を薙ぎ払った。その隙に香取は二挺のM92に持ち替えて乱射した。そして弾は葛城の陰に隠れていた耕市の足と脇腹に着弾し彼は叫び声を上げ傷口を押さえて倒れ悶絶し始めた。
「グぉ…ぉぉぉッ!!!」
「耕市…ったく、全く役に立たねぇな」そう言う葛城は耕市を陰に入れる素振りすら見せずSUVの陰に隠れ、弾切れになったM629を仕舞い部下の一人からH&KG36を借りた。
「おめ…っ!!?身の安全を保障するんじゃ…!!?」
「悪いがあの時の話とこの事例は別件だ。保障するのは身体じゃなく今後の“キャリア”と”信用“だからな。身の安全も守ってくれると思ったか?」と彼は真顔で答えた。
「くそ…ッ!!くそォ…ッ!!」
そして…。
「葛城!!!」香取がそう叫んだ。
「よぉ…久しぶりだな…女の復讐に来たのか?」
「もう昔の俺じゃない。真剣にテメェを逮捕するために来た!!」
「そうかい…どちらにせよ、この隠れ家を無茶苦茶にしてくれたんだ…容赦しねぇ」
葛城は壁から出て倒れている耕市を邪魔だと思って彼を蹴飛ばしG36を香取に向けて連射した。香取は弾を避けて後退すると同時にM92を彼らに向けて撃ち込んだ。戸河内達の方に戻ってM92をリロードしてまた撃ち始める。
その一方、孝明と條輔は葛城の裏に回ろうとその場を去り別の通路を走っていた。
すると、後ろから走っていた條輔は何者かに突き飛ばされ壁に激突した。
「條輔?!!」
いつの間にか二人の後ろには、先程香取が気絶させた、足を引きずっている男だった。もう目が覚めてしまったのだ。彼はM31を向けてきた孝明を殴り飛ばし、腹に膝蹴りを喰らわせた。條輔はHK53を単発で撃ち背中に着弾させた。だが微かに声を上げる程度で効いているように思えない。彼は懐からIMIUZIを取り出して條輔に向けて乱射した。條輔はすぐに立ち上がって避け、その間孝明はM31を彼に向けていた。彼はすぐに気づき銃口を孝明に向けた。同時に引き金が引かれ、散弾は彼のぎこちない足を吹き飛ばし、UZIの弾が数発孝明の脇腹に当たった。
「っ゛…!!!」
と彼はUZIを捨て有り余った体力を使い片足で香取に突進してきて二人とも倒れた。あまりの衝撃でM31を離し、首を絞めてくる彼を殴り始めた。
「孝!!」と條輔はソックスに隠していたデトニクスを孝明の方に向けて床に滑らせた。孝明の手にデトニクスが渡りすぐに彼の肩に銃口を当てて発砲した。彼は手を緩め孝明はすぐに拳や銃底で殴り返しながら立ち上がった。彼は脳震盪を起こして再び気絶した。孝明と條輔は彼の両手と残った片足に手錠を掛けた。
「ったく、とんだ時間ロスだ…」
「あいつらまだ持ちこたえてるか…?」
葛城の部下は残り二人になっていた。倉庫に停まっていたSUVや耕市の147は穴だらけになっている。
葛城が147の陰に隠れると香取と戸河内は147に向けて撃ちながら全身してSUVの陰に隠れて、倒れた葛城の部下からG3とHK53 をUSPとG36に交換した。部下達は他のSUVのルーフに乗ってG36を香取達に向けて乱射し始めたが、すぐにM92とUSPで撃ち抜かれた。これで葛城の部下は残っていない。耕市は戦意を喪失して傷口を抑えながら失血死を覚悟して壁に寄りかかっている。
葛城が撃ってこなくなった。弾切れになったのだろうか。香取は単身SUVから出て身を低くし、念のためUSPを147の下に向けながら歩み寄った。
すると、手榴弾が147の下から転がってきた。
「__ッ!!!」
香取は急いでM92を捨て手榴弾を拾い上げ外に向かって投げつけた。手榴弾は爆発し近くに停まっていたSUVを炎に包ませた。
そして撃ってこなかった葛城が147から出てG36を香取に向けて撃ちこんだ。香取は投げ終わったばかりですぐに動けず、弾が左肩に当たり頬や腕を弾が掠った。すぐにUSPで反撃し弾を避けて受け身を取ると同時にM92を拾った。葛城の肩、脇腹にUSPの弾が直撃し彼は147から倒れた。倒れたとたん147の下からG36を弾切れになるまで撃ち尽くし、香取は147のルーフに飛び上がり二挺を向けた。そのとたん葛城は立ち上がりG36のストックで殴ろうとしてきた。二挺の引き金が引かれG36が振り下ろされ、お互いそれを避けた。G36のストックはへし折れ、すぐに銃身で宙を飛んでいる香取に殴りかかった。香取はM92を向けて引き金を引いたが。弾が切れていてホールドアップ状態になっていた。仕方なく二挺を盾にしG36の銃身を押さえつけた。
その後ろで戸河内がG36を構え葛城の足に狙いを定めているが、今撃てば弾が貫通して香取も被弾しかねない。香取は二挺でG36を弾き葛城の手からG36がすっぽ抜け、147の窓を破った。香取は二挺を逆さに持ち葛城は拳を固めて殴り合いを始めた。余計戸河内が撃ちづらい状況になった。
すると、孝明が来た。
「うわ何だこの状況?!!」
そういう條輔を他所に孝明は葛城にM1911を向け、香取と葛城の距離が広がったとたん腕に向けて発砲した。弾は葛城の腕と背中に当たり、それと同時に戸河内の方からも撃てるようになりG36の引き金を引き、弾が足を貫いた。
半ば集中砲火を喰らった葛城は声を上げて膝を着いて倒れた。倉庫内に静寂が訪れた。
「俺を殺せ…本当は殺したいんだろう?」
葛城は香取に笑いながらそう言った。
香取はM92を仕舞いUSPを捨て、孝明はポケットからグロック26を出して香取はそれを受け取り葛城に歩み寄り銃口を頭に向けた。
「おい香取やめろ!!!ソイツにはまだ聞きたいことが__」
焦る戸河内を無視して引き金を引いた。グロックから発せられた音はかなり軽いモノだった。なんせ火薬の要らない麻酔弾なのだから。葛城の首筋に麻酔弾を示す赤い羽根が巻かれている針が刺さっていた。徐々に葛城の意識が遠のいていく。
「…そんなの持ってたのか?」と戸河内は孝明に聞いた。
「必要になるかと思ってね」
香取は手錠を葛城の両腕に掛け、スマホを取り出して下で待機している暴力犯係の皆に連絡した。
「葛城を確保した。そっちは?」
《三階の敵をある程度倒しました》
「わかった、応援感謝する」
香取はスマホを仕舞い葛城を持ち上げた。
「…お前も成長したな」
「へっ…」
7
その後、地元の警察官達によって葛城の部下達は逮捕され重傷の者は救急車に運ばれて行った。葛城と耕市と片足を失った男はNV350に乗せ戸河内によって警視庁に一時的に置くために送っていった。
香取は條輔のエクストレイルで小美川が入院している病院に向かった。看護婦や医師に心配されながら病室に入ると、小美川は意識が戻り起き上がっていた。
「大丈夫か?」
「えぇ…って、どうしたのそんなボロボロになって?!!」
「葛城の隠れ家で少し暴れてきた。安心しろ、葛城と耕市を逮捕し組織を壊滅させた」
「はぁ…よかった。ご苦労様」
「いや…
じゃ、署で待ってるから、しっかりと体調戻して来いよ~」
「わ~かってる~」
香取は病室を出ていった。
條輔に西新宿署で降ろしてもらい、二人は横浜に帰って行った。香取は着替えてから留置場に入り、横山の前に立った。
「葛城と耕市を逮捕した。出所後の身の安全を確信できる」
「どうかな…」
「…まだ悩みの種が残っているのか?」
「挙げようと思えばいくらでも居る…」
「…そうか。ま、刑務所で元気にやれ」
「あぁ…」
留置場を出ると、戸河内が神妙な顔で腕と足を組んでいた。
「…何してるんですか?」
「香取、ちょっと話がある」