2話「赤と白の探し物」
1
目を開けると香取はどこかの廃工場に居た。その廃工場に、香取は見覚えがあった。そう気づいたとたん、足が小刻みに震えだした。
そのとたん、何者かに足を掴まれた。
「__?!!」
そこには、這い蹲りながら香取の足を掴んでいる血まみれの男が居た。全身のいたる所に小さく深い刺し傷がありそこから血が噴出していて、男の周りは血の海になっていた。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!!!!」
男の手を振り払ってその場から逃げ出した。
すると、誰かに後ろから抱きつかれた。
「ッ__?!」
「ねぇ…何で助けてくれなかったの…?ねぇ…何で…?」
香取は恐る恐る後ろに振り向いた。そこには、頭の半分が抉れている若い女性が香取に抱きついていた。
「何でなのぉぉォォォォォォッ!!!!!」
「ああああああああああああ!!!!…ッ!!」
香取は目が覚めた。スリープ状態になったデスクトップパソコンの前で、椅子に座って寝てしまっていたようだ。壁に掛かっている時計を見るとまだ一時半だ。
「っ…!っ…!」香取は息を荒くして椅子から立ち上がり、冷蔵庫を開けて中からエナジードリンクを二、三本取り出して一本ずつ一気飲みをした。空になった缶を辺りに投げつけて、両手の平を床につけて涙を流した。
「誰か…俺を殺してくれ…!!」
2
朝。小美川は西新宿署内の食堂で朝ご飯を食べていた。宿直を終えて腹が減っていたのだ。焼いた塩鮭を白米やワカメの味噌汁と一緒に口に運んでいると、香取が食堂にやって来た。
「おはよ」
「おはようございます…」
香取は白米と豚汁の食券を食堂の人に渡し、すぐに盛られて渡され、彼は小美川の隣にトレーを置いて座席に着いた。
「宿直ご苦労様です」
「ありがと」
そのまま二人はもくもくと朝ご飯を食べていた。
すると、
《警視庁から入電中。管内神田上水公園付近の路地で遺体を発見したとの通報あり》
そう聞いたとたん二人は残った料理をかっ込んで水で飲み込み食堂を出て行った。
「ごちそう様!!」「ごちそーさん」
地下駐車場から小美川が運転しているティーダラティオと好雄が運転しているJ32ティアナがサイレンを鳴らしながら飛び出てきた。二台ともフロントバンパーを軽く擦って曲がっていった。
「殺人かな?」
「何があったんだか…」
現場に着くと、救急車が停まっており、野次馬や報道陣が群がっていて邪魔になっている。二台は激しいスキール音を鳴らしながら停車し、皆白い手袋をして車を降り現場に群がっている人達を掻き分けながら奥に行った。そこには一台の軽自動車の車内に五人の若い男女の遺体があった。五人ともこの辺りの高校の制服を着ていると香取以外は分かった。
「高校生?」
「はい、ブレザーに入っていた学生手帳で確認できました」と警ら課の新人警官“小森俊介”が答えた。
香取は車内に入り遺体になっている学生の一人の腕をまくって腕の隅々までを探った。
「何してるの?」
「…あった」
他の強行犯係のメンバーは香取が見ている学生の腕を見た。そこには最近出来たと思われる注射の痕が六つほどあった。
「っ…!!」
「これはまさか…」
「麻薬…」
遺体を鑑識に回した後、彼ら全員には前科があることが分かった。大麻やマリファナの使用、商店街での器物損害や公然猥褻、強姦…。
「よく十八年の人生でこんなに犯罪犯せたな…」香取は彼らの書類を読みながらそう言った。
「親の教育は一体どうなってるんだ…」正孝も書類を読みながらそう言う。
「んで、死因は…」
死因はロープによる吊死。女の子の方は強姦されてから刃物で喉首を切られていた。
「男の子達の死亡推定時刻は今日の深夜三時十五分、女の子達は五時三十分だろう」
「体内の精液から容疑者の特定は?」
「残念ながら精液は検出されませんでした」
「そう…」
小美川と鑑識課の古顔“畑山修三郎”とそう話していた。すると好雄が現場周辺の監視カメラの確認から帰ってきた。曇った顔をしている。
「現場近くのカメラに犯人や被害者は全く写ってなかった。それらしき車は一台走っていたけど…」
「その車種は?」
「黒のレガシィで、調べてもらったら盗難車だってことが分かって、そしてついさっき隅田川で見つかり、飛び込んでいった映像がネットに流れてる」
「うわぉ…」
「じゃぁ、手がかり無し…?」
「…被害者の身辺調査行って来ます」
香取は書類をまとめてデスクに放置しオフィスを出て行った。
「私も」と小美川は書類をクリップで留めて鞄に入れてオフィスを出た。
香取は小美川と共にJ32ティアナに乗り地下駐車場を出た。
「先にどこ行く?」
「学校。あの制服、何て学校だったっけ?」
「新波高等学校よ。この先二キロ」
「うい」
「一応書類持ってきたから、被害者の家の住所知りたかったら言って」
「うーい」
ティアナは赤信号で停車した。すると隣にハイエースやNV350キャラバン、サンバーなどの商業向けのバンの列が停まった。
「うわすっご…何かのイベントの車かしら?」
香取は真横に停まっているエブリィの運転手を見た。グラサンを掛けた金髪でチャラそうな男だ。乗っている車に似合っていない。エブリィの運転手は香取達に気づき、その頃には青信号になり、ティアナは真っ直ぐ、バンの群れは右に曲がって行った。
3
新波高校は設立三十年目の学校で、学力が低くても受験に合格しやすい分、校内の治安が悪いと評判だ。香取と小美川は応接室に着くまでに納得した。ゴミの分別はなってない上に溢れかえって、掃除もしてないのかと思う程埃や毛が多く落ちて溜まっている。生徒も平然とピアスをしたり制服ではなく私服で来ている者も居て、授業中にスマホを弄っても先生方はスルーして授業を続けている。
「俺らが警察って知ったらどう変わるかねぇ…」
「補導された恨みをぶつけてきそう」
「可能性高いな…」
応接室から被害者達の担任の先生がやって来た。各々挨拶を済ませ本題に入る。
「ここ数日、三人の様子に変化はありませんでしたか?」
「ありました。五人で集まって何かを話し合っていることが多くなったり、昨日は周りをずっと警戒していました」
「…怪しい人と会っている所は見ましたか?」
「いいえ…」
「昨日何かを隠し持っているように感じたりは?」
「それもちょっと…」
担任の先生からの情報収集を終え、二人はティアナに乗り込み、被害者の一人である“松村響鬼”という男子生徒の家に向かった。
(キラキラネーム…)
「昨日からずっと周りを警戒していた…ホシから何か盗んで殺された…ってことかしら?」
「ん…あぁ、その線が合ってそうだ」
「お、この辺り…あれ?」
小美川が指差す方向には、あのバンの群れの中に居たエブリィとハイエースが無造作にボロいアパートの駐車場に停められていた。
「さっきの…」
「何か怪しいな…」
ティアナを停めて降車し二人は銃に手を掛けながら松村家の部屋を探した。二階へ通ずる階段を登る、
と、
『松村』のプレートが貼られているドアが開き中からあの金髪のチャラ男が出てきた。彼は二人を凝視し、拳銃に手を掛けていることに気づき大急ぎで部屋に戻った。
「あ、おい待て!!」
二人は松村家の部屋に入った。中には松村響鬼の両親と思わしき若めの男女が腹を切り裂かれて死んでいた。室内の全ての家具に荒らされた痕跡があり、彼は何かを探していたのだろう。
チャラ男とその仲間は窓から飛び降りてエブリィやハイエースに乗り込んだ。香取は大急ぎでティアナに戻って乗り込み、三台は勢い良く発進した。
エブリィとハイエースは二手に別れ、香取はエブリィの後を追った。サイレンが連中の不安を煽る。助手席から同じくチャラい赤髪の男が箱乗りをしてティアナにコルトAR-15を向けた。
「おいおい…!」
AR-15の弾幕がティアナのボンネットとフロントバンパーに直撃した。ティアナはエブリィの右につき、男は助手席から離れ後部座席に移動しスライドドアのガラスを叩き割った。ティアナとエブリィは体当たりをし始めた。それと同時に再び弾幕がティアナに浴びせられる。
その時、二台の前に突然車が飛び出してきて、運転に集中していた金髪のチャラ男はすぐに気づいて避けれたが、銃の弾幕を気にしながら運転していた香取は気づけず、そのまま飛び出した車に衝突し半回転しルーフを下に地面に落下した。エブリィはハイエースと合流してどこかへ走り去って行った。
4
松村家の部屋から盗まれた物は不明、連中が何を探していたのかも不明。ドライブレコーダーでエブリィのナンバーを確認し調べた結果、つい先程新芝運河沿緑地周辺で炎上していると報告が入り現在は消火活動にあたっているとのこと。
香取と小美川は署に戻ってティーダラティオに乗り換え、杉並区方面を走っていた。その先には被害者の一人である“日野友哉”の家がある。
「またあいつらが現れたらどうするの?」
「そのために俺は車に残る。すぐに追えるように」
「私じゃ鉢合わせした時不安だわ…私が車に残っていい?」
「……そうか、それなら早く死ねるかもな…あの時何で避けたんだ…?」
「…事件解決したらどこか夕食連れてって」
「ハァ?」
「約束よ」
「…わかりましたよ」
(このまま悔いを残して死んでもらいたくないわ…)
数分後、日野友哉の家に着いた。二階建ての古めの一軒家だ。向かいにあった駐車場にティーダラティオを停め香取は降車した。辺りに連中のモノと思わしき車は無い。家に歩み寄りインターホンを押した。十秒ほど経って扉が開き年老いた女性が顔を出した。
「どちら様…?」
「西新宿署の者です。友哉君のお母さんですか?」
「はい…でも友哉は今日…」
「はい、お悔やみ申し上げます」
しばらくして香取は家の中に入っていった。
空の色が赤くなってきた。連中が来る気配は無い。
香取は家に上がって友哉の部屋を調べ始めた。部屋はとっ散らかっており、実はこの家は既に襲われており、この友哉の両親は赤ずきんちゃんの狼みたいに化け俺を襲ってくるんじゃないか、そう思っていると、傷だらけの学習机に小さな写真が額に収まって飾ってあった。写真には六人の男女が写っている。その内の五人は響鬼や友哉達被害者で、残り一人の女の子は一体…。
「この写真の子は?」
「“中村藍”って子で、大人しくて賢い子だったの。友哉達と仲が良くてね…中学生になる頃に茨城に引っ越したの。今どうしてるんだろうねぇ…」
「……まさかな…」
すると、
「何だお前ら!!?離せ!!!」
という友哉の父の叫び声が一階のトイレから聞えてきた。香取は大急ぎで一階に降りトイレの扉を蹴破った。お父さんがあの金髪のチャラ男に捕まえられ首元にナイフを向けられていた。香取はM3913を男に向けた。
「またテメェか…」
「その人を離せ」
「協力しろ。そしたら離してやる」
「何に協力を?」
「俺達の探し物を見つけてもらいたい」
「もしかしたら俺が見つけてるかもしれない。何を探している?」
「赤いキャリーバッグだ」
「それは見つからなかった。他をあたれ」
「そうか__」
香取はチャラ男がお父さんの首からナイフを離したとたんM3913の引き金を引いた。弾は男の腕に当たり彼は怯み、その隙にお父さんに駆け寄りナイフを遠ざけアームロックで男を締め上げ、男はナイフを落とした。
「110番に連絡を__」
そのとたん、トイレの窓が割られ香取の頬を弾が掠めた。
「__!?」
一瞬動揺し絞めを緩めてしまった香取に男は絞め返し、懐から取り出したスタンガンのスイッチを入れて彼に当てた。
「ッーーー!!?」
香取は全身痺れて倒れ、男は蹴破られたドアから出て行った。
家の前にハイエースが停車した。小美川は銃声が聞えてからずっとエンジンをかけて待機していた。家から男が出てきたが香取が出てこない。
「何してんのアイツ…!?」
ハイエースが発車しティーダラティオも勢い良く発車した。
サイレンを鳴らしながらハイエースと並走し、ハイエースは体当たりをしてきた。ティーダラティオは車体の小ささによりハイエースに負け、軽く跳ね飛ばされる。対向車線のガードレールにぶつかり片方のヘッドライトが砕け散った。ティーダラティオは体勢を立て直してハイエースに体当たりをやり返した。だが頑丈で大型の車体にはあまり効果がない。
ハイエースの後部を突いてスピンさせようと小美川は考えたが、ハイエースの車内から56式歩槍を向けられ、弾がタイヤやフェンダー、そしてサスペンションに直撃した。サスペンションが弱って折れ、ティーダラティオはスリップし、路地の入り口にあったゴミ捨て場に突っ込んだ。壁の角に衝突し、フロントバンパーとボンネットが拉げ、そこから白煙が立ち上がる。
「く…くっそぉ!!」クラクションが辺りに鳴り響いた。
5
結局また誰一人逮捕できず署に戻り、香取はスタンガンで出来た火傷痕を手当てしてもらってから自分の考えを皆に話した。
「連中はきっと被害者の五人に奪われたと思わしき物を狙って家を襲っている。赤いキャリーバッグらしく中身は俺は知らない。本店の人達に協力してもらって他の三人の家の警備をしてください」
「はい」「了解」
何かの書類を手に持っている香取は小美川と共にオフィスを出て地下駐車場に向かった。
「アナタが巡査ってこと忘れそう…でも元警部補なのよねぇ…
私達は誰の家に付くの?」
「誰の家にも付かない」
「…は?!」
二人はL33ティアナに乗り込んだ。
「中村藍って子に会いに行く。何か知ってそうだ」
「何で?」
「勘」
L33ティアナは署を出て高速道路に向かった。
十数時間後の朝。茨城県常陸大宮市。
二人は車中泊をしコンビニで買った朝食を食べながら改めて中村藍の資料を読んでいた。前科は無くかなり真面目な娘のようだ。
「何か知ってるとは思えないけどなぁ…」
「少しでも可能性があれば行く。何もしないよりはマシだ」
ふと、小美川は腕時計を見た。六時十七分になっているが、ティアナの時計は七時三十二分になっている。香取の腕時計を見せてもらった。セイコープロスペックSBDB003だ。彼の時計は七時三十二分になっていて、ティアナの時計と同時に三十三分になった。
「っ~~んもぉこの時計は…!!」と小美川は腕時計に軽くチョップして睨みつけた。
「…壊れてるのか?」
「そうよ…買い換えたいけど、あんまりお金無いのよ…」
「一人暮らし?」
「いいえ、お父さんと実家暮らし。趣味にお金は使ってないけど、お弁当とか食堂でのお代とかで結構使っちゃうの…」
「…どんな時計が欲しいんだ?」
「この仕事に合っているもの」
「……。」
「さ、腹ごしらえしたんだし、そろそろ」
「ん…あぁ」
二人は降車して中村藍の家に向かった。インターホンを押して少しの間待つと、一人の小柄なおっとりとした女の子が顔を出した。この子が藍だろう。
「どちら様ですか?」
「朝早くに申し訳ありません、東京の西新宿署から来ました。少しだけお話をさせていただけますか?」
「は、はい…そんなに遠くから…」
二人は藍の家に入り扉を閉めた。
「松村響鬼、日野友哉、元成俊矢、杉下茜、森本純…知ってるね?」
「はい、東京の友人です」
「最近彼らから何か受け取りませんでしたか?」
「あ、はい!そうです、受け取りました…」
「ちょっと見せてもらってよろしいですか?」
「はい、どうぞ上がってください」
二人は藍の家に上がり彼女の部屋へと案内された。家具が少ない分服が多く掛けられていたりベッドに大量のぬいぐるみが置かれている。
「ご両親は?」
「仕事に出ました。私は今日は学校が休みなので、夕方まで一人っきりです…」
彼女は押入れから例のキャリーバッグを取り出して床に置いた。彼女の動きからして相当重い物が入っているようだ。
「開けちゃダメって言われてるんですけど…」
「俺達は警察」「あの世とかから職権乱用って言われる覚悟は出来てる」
香取はキャリーバッグを開けた。
そこには、
「…うっそぉ…?」
「追われて当然だな」
中には大量の小袋があり白い粉がぎっしりと詰まっていた。幾つか袋が裂けていて、香取は小指で少しスクって口に入れた。
「…コカインだ」
「「__!!?」」
藍の顔が真っ青になる。当然だろう。数日間違法薬物が詰まっている鞄が自分の家の中にあったという事実を知ってしまったのだから。
「藍さん、安心してください。知らないで持っていたのなら罪になりませんから」
「だといいけどな…」
「はい…!」
香取はキャリーバッグを閉め、それを持ってティアナに向かった。
「本当にすいませんでした、こんな朝早くから…」
「いえ、いいんです!事件解決のためですし、知らないで持っていたとしても家族に知られたら大変ですから!」
「それで、受け取った時の状況を…」
藍は五人とは対照的に、本当に真面目で、夜に一緒に出歩いたり、警察に目をつけられたり補導されるこよはなかった。もしかしたら見つかってないだけで何かしているのかもしれないが。彼女は悪事をしていた彼らにも優しく心地よく接していた。悪事を働いていたのは知っていたようだが、『悪いことを少ししたくらいで友達は辞めない。それに反省の意志があればいいんです』とのことだ。
キャリーバッグを受け取ったのは四日前の夜九時頃。彼らは車で来た。五人の遺体があったあの軽自動車だ。彼らは真っ青な顔をしてキャリーバッグを彼女に渡した。
『中村を信じて来た!!これを預かっててくれ!!開けちゃダメだぞ!!警察に通報するなよ!!大丈夫、事が済んだら受け取りに来るから!!』と言って東京に戻って行ったそうだ。
「結局五人は帰らぬ人になって、受取人は居なくなったと…」
「…他に仲間が居て、その人が受け取りに行くってことも考えられる」
「そうよね…」
ティアナは常盤自動車道を走り東京に向かっていた。
「とにかく今は連中の逮捕を優先しましょう。これ以上犠牲者を出さないためにも」
「わかってる」
6
好雄は森本家の護衛に付いていた。正孝係長は一人でも署に残っていた方が良いということで署に残っている。 森本家には二人の兄弟が居て、二人は両親の側に居て守っている。
好雄はそろそろと思って小美川にスマホで電話を掛けた。
「もしもし」
《もしもし、どうしたの?》
「今どうしてるのかと思って。こっちはいつ来るか分からない敵に身を縮めてるよ」
《良い報告よ。連中の探し物を預かった、中身は大量のコカインよ》
「本当に?!」
《だから、もし連中に会ったら、今日の夜七時、日の出埠頭で取引しようって伝えて》
「わかった。協力してくれてる本店の人達にも伝えるよ」
《よろしく》
「あぁ__」
そのとたん、下からガラスが割れる音と悲鳴が聞えてきた。好雄はスマホを放り投げてS&WM37を取り出して大急ぎで下に向かった。
《好雄君?!好雄君?!》《連中来やがったな》
下のリビングに行くと、森本兄と母の後頭部にAR-15と56式の銃口が当てられており皆固まっている。好雄はM37を構えた。
「銃を降ろしなよ刑事さん」
「その人達から銃を離せ。
僕の同僚が、君達が探している物を預かった。赤いキャリーバッグ、中にはコカイン…」
「…で?」
「今日の夜七時、日の出埠頭で取引をしよう」
「…わかった。お前らもそれまで追ってくるんじゃねぇぞ…」
二人は銃のセーフティーを掛けて、自ら破った窓から出て行き、裏路地に停めてあったNV350に乗って去って行った。
7
夜七時。日の出埠頭に小美川と香取はL33ティアナで来ていた。赤いキャリーバッグに変わらず大量のコカインが入っている。
貨物船が三隻ほど停まっているが無人の様に感じられる。
「連中、罠だって分かってるのよね」
「多分な。きっとあっちなりに策があるんだろ。こんだけの薬を追ってるんだから」
すると、昨日見たあのバンの群れがやって来た。先頭はカスタムされたアトレーワゴンで、その後ろには十台のハイエースやキャラバン、バモス等が走って来ており、反対側からもエブリィやボンゴ、ハイゼットが走って来ている。二人とティアナの十メートル手前で先頭のアトレーワゴンが停車し、運転席側から金髪のチャラ男が降りてきた。妙にイラついている。
「さぁて、何を交換すりゃそれを返してくれるんだ?金か?俺らなら腐るほど持ってるぞ」
「んなもんいらねぇよ」
「ふーん…じゃ狙いはこれの本格的な押収と俺達の逮捕か…最初から分かってたけどな」
そう言って男はポケットから手榴弾を取り出した。
「「__!?」」
「出て来いオラァ!!!」と男は手榴弾のピンを抜き本体を倉庫の屋根に向かって投げつけた。そのとたん武装をした機動隊員達が逃げ出した。屋根にぶつかって少し経って手榴弾は炸裂した。
「やっぱりな…これで安心して取引できるぞ」
「おいおい…」
「さぁ、バッグを渡してもらおう」男がそう言うと、彼の仲間達は各々の銃器を屋根に居る隊員達や二人に向けた。彼も二人にS&WM586を向けた。
「バッグをよこせ」
「わかったわかった、銃を降ろせって…ったく…」
香取はキャリーバッグを彼に渡した。
「よーしよしよし…」
彼は仲間の一人を呼んでその人の銃を二人に向けさせ、彼は受け取ったキャリーバッグの中身を確認し始めた。
「…確かに頂いた」
「あぁ…」
彼はキャリーバッグを走らせてアトレーワゴンに戻って行った。
「じゃあな刑事さん達」
「これで終わりと思ってんのか?」
「あ?」
そのとたん、貨物船や水中から武装した機動隊が現れ彼らに襲い掛かった。
「「「__!!?」」」
「船と海からは予想してなかったか?ヴァカめ!!」
「くっそォォォッ!!!」
機動隊は彼らを囲み、金髪のチャラ男はアトレーワゴン、赤髪のチャラ男はハイエースに乗り込み逃げ出した。エブリィやキャラバンを弾き飛ばし出口に向かう。
「俺達も行くぞ」
「えぇ!」
二人はL33ティアナに乗り込み二台の後を追った。
機動隊員達は銃を撃ちながら逃げ惑う敵達に対して盾で防御をし近づいて殴ったり、彼らの車両に身を潜めて銃で応戦したりして捕まえていた。
一方で、埠頭の出入り口には隠れていた機動隊の車両が出入り口を塞いでいる。連中はそのことに気づいていない。
L33ティアナは二台に追いつき、三台とも蛇行をしている。サイレンとスキール音と加速音が鳴り響く。
すると、好雄が運転しているV37スカイラインがやって来て、チャラ男達は焦り出した。そして出入り口が塞がれていることに気づいてサイドブレーキを引いて車体が倒れそうになるほど小回りを利かせてUターンをした。その先にはティアナとスカイラインが居る。アトレーワゴンとハイエースは二台に向かって走り出した。
「え、ちょ、え?!」
「チキンレースか?悪いがやる気は無いぞ」
香取はそう言ってスカイラインと同時にティアナを発車させて大きく曲がり二台を避け、再び二台の後を追い始めた。
やがて白黒のパトカーがやって来て、グロリアとアクセラのパトカーがハイエースに体当たりをし、クラウンとマークXのパトカーがアトレーワゴンを追突しながら追い始めた。チャラ男達はハンドルから手を離してM586や56式をパトカーに向けて発砲した。クラウンのエンジンに貫通しラジエーターが壊れ、クラウンはスピンして後ろを走っていたプレミオの覆面パトカーと共にTボーンクラッシュをして大破した。ティアナはそれを避け、小美川はS&WM10をハイエースのタイヤに向けて発砲した。弾が切れかけるまで撃つと、何発かがタイヤに当たり、ハイエースは体勢を崩し前に急停車したレガシィとティーダラティオのパトカーに衝突して乗り上げ横転した。
アトレーワゴンは急停車して、マークXは激突しフロントが拉げた。リアが拉げたアトレーワゴンは前に出たクラウンに追突しスピンさせ、並走していたインスパイアの覆面パトカーとぶつかり大破した。海に向かって走っていることに気づきVターンをし、気づいていなかったクラウンの覆面パトカーは海に飛び込んでいってしまった。そのままアトレーワゴンは発進した。するとティアナとスカイラインに挟まれ、スカイラインの助手席に乗っていた正孝係長が撃ったコルト・M1911の弾がテールランプやホイールに直撃し、香取のM3913の弾がエンジンに撃ってトドメを刺した。アトレーワゴンのボンネットから煙が上がり、そのまま右に逸れて木箱や発泡スチロールの箱、網、ドラム缶の山に突っ込んで倒れ、急停車したティーダラティオのフロントにぶつかって停まった。
ティアナとスカイラインは滑って停車し、皆車内から降りて銃を構えながら大破したアトレーワゴンに駆け寄った。
8
連中は全員逮捕され、チャラ男達は手錠を掛けられたまま香取に中指を立ててキャラバンの護送車に乗っていった。
香取達は署に戻って一息吐いた。
「あー…これで無事解決かぁ…」と正孝は言うが、香取と小美川、好雄には引っ掛かることがあった。
「でも結局、五人は何のためにこれを盗んだんだ…?」
香取はそう言って大破したアトレーワゴンから取り出して傷だらけになったキャリーバッグを机の上に置いた。
「まだ事件は終わってないってことね…」
すると、
《警視庁から入電中。管内大久保駅で暴行事件が発生。犯人は白いワゴン車に乗って逃走した模様。至急現場に急行してください》
「ったく…」
「行きましょ」
「誰かこれを押収品保管室に持っていってくれ」
香取はキャリーバッグをデスクの上に置いたまま皆と共にオフィスを出て行った。通りがかりの俊介が返事をしてキャリーバッグを持ち押収品保管室に向かった。