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駆ける刑事前線  作者: 内村
駆ける刑事前線
1/15

1話「真面目(?)女と狂人男」

今度は黒歴史にならないように頑張るぞい!

1



 夜が明けて、雲ひとつ無い空の早朝の東京都。

 新宿区の住宅街に、1台の白いシーマハイブリッドが静かに路肩に停車しエンジンが切れた。運転手席には、黒に程近い茶色い髪をしヘアバンドで後ろに髪を束ねている童顔の女性が座っている。運転手の女性は右斜め先にある住宅を観察し始める。

 ふと、ホームセンターで買った安物のデジタル時計を見た。二時五分になっている。シーマの時計を見ると五時十分と表示されている。腕時計にデコピンをして溜息を吐き、もう一度住宅を見た。

 すると、後ろの窓がノックされた。後ろを見ると、スーツを着た二人の中年の男が居た。二人は後部座席に座り彼女に「出たか?」と聞いた。彼女は「まだみたいです…」と答えた。

 すると、住宅街から一人の男性が出てきた。顎鬚を蓄え、ゴルフウェア一式を担いでいる五十代くらいの男性だ。

「出ました!」

「よし!!」

 三人は降車し、彼に駆け寄る。

「何だね君達は?」

「”西新宿署”の者です」

「西新宿…」


 中年の男かニッコリと笑って、

「おはようございます、”副総監”!私、西新宿警察署の署長”村瀬”です!」

「刑事課長の”立川”です!」

 運転手の彼女が前に出た。

「初めまして!私、刑事課強行犯係の”小美川留美子”と申します!よろしくお願いします!」

「よろしく…」

「ささ、お荷物お預かりいたします!さ、車へ!」

 中年二人は運転席と助手席各々座り、留美子と副総監は後部座席に座った。

 シーマは鷹彦スリーカントリークラブに向かうために常盤自動車道を走っている。その頃には早朝はとっくに明けていた。

「今日は絶好のゴルフ日和ですね~!」と留美子は営業スマイルを副総監に詰め寄っていく。

「そうだな」

「さぁ、もうすぐ会場ですよ!」

「副総監さんのフルスイング、早くみたいな~!」

「ありがとう」

 ゴルフ会場に着き、男三人は着替え等の準備を済ませるために先に施設内に入り、留美子は副総監の姿が見えなくなるまで彼らに手を振り、見えなくなるとシーマの後部座席にドカッと座って上を向いた。

「この仕事は、しんどい…」



2



 夕方になった頃。副総監を彼の自宅まで送り、三人は自分達の警察署に戻った。

 “西新宿警察署”。西とあるが、基本新宿区全体が管轄である。

 2階にある刑事課のオフィスに行き、留美子は自分のデスクの椅子に座ってデスクの上に頭を乗せて体の力を抜いた。

「う゛ぁ~…普通の捜査よりも疲れたぁ~…」

「お疲れ様」と、若い男の声が聞こえてきた。声の主は彼女と同じ刑事課強行犯係所属の“熊谷好雄”だ。階級は留美子と同じ巡査部長だが、彼はキャリア組で、近い内に昇任試験を受ける。彼は彼女の横に買ったばかりで冷えている十六茶を置いた。

「あ、ありがとう…お金は後で…」

「お金はいいよ。俺のおごり」


 すると、

「お疲れのところすいません、小美川さん…」

 と、聞きなれない男の声が彼女の後ろから聞こえてきた。力を元に戻し、頭を起こして後ろに振り向くとそこにはどこかで見たことのある男性が居た。白髪で老眼鏡を掛けている強面なグレーのスーツを着た男だ。

「あの、どちら様ですか?」

「私、警視庁刑事部捜査一課課長の“堺浩一郎”と申します」

(警視庁捜査一課課長…!?)

「貴方に頼みたいことがあるんです」

「頼み…ですか」

「えぇ。来週、ここ西新宿署に、福岡から転勤してくる刑事がいるんです。それもここ刑事課の強行犯係に。

貴方には、彼の“監視と指導”をしてもらいたいのです」

「監視と指導?」

「はい。警察学校での成績と卒業後二年間の功績から選ばせていただきました」

「…わかりました。引き受けます」

「よろしくお願いします…」

「それであの、その人の名前は…」

「“香取博之”といい、元組織犯罪対策課所属の巡査です。数ヶ月前は警部補だったのですが、問題を起こしてしまい降格処分にされています」

「は、はぁ…」

「組対時代のトラウマのせいか、不眠症…なんですかね。眠りに関する病を患ってるそうです…

彼を制御できるかは貴方次第です。もしも続けられないと感じたら、私にご一報ください。他県に転勤させます」

「…わかりました。出来る限りのことはやらせていただきます!」

「よろしくお願いします…

あぁそれと、お父様によろしくとお願いします」

「あ、はい」


 署長室では署長、副署長、刑事課長の三人が集まっていた。

「マズいよ…問題児がこの署に転勤してくるなんてさ…しかも、留美子ちゃんに監視させるだなんてさ…もう彼女を助手に出来ないじゃないの!せっかく優秀な上に美人さんなのにさ…」

「仕方ありませんよ、本店からの命令ですから」

「それだけじゃないよ。何か問題を起こして、キャリア組の好雄君や、留美子ちゃん親子の経歴に火の粉が飛んじゃったらどうするのさ…」

「確かに…」

「ま、留美子さんに賭けてみましょうよ」


 深夜近くになって、留美子は自宅に帰ってきた。K12マーチを父のラフェスタハイウェイスターの隣に駐車して自宅に入った。

「おかえり」

 父の芳次が玄関にやって来た。後ろに束ねた白髪、やや長い白い髭を生やした顔も声も渋い男だ。元警視監で現在は引退している。そして柴犬の小太郎もやって来た。飼い始めて五年になる。

「ただいまー」

「夕食作っておいたぞ」

「ありがとー」

 茶の間に行き、スーツの上着を脱いで、小太郎と少し遊んでから父の作った夕食を食べ始めた。

「近い内に福岡から巡査が転勤してくるんだって」

「巡査が?」

「問題起こして降格処分されたんだって」

「なるほど、問題児押し付けて厄介払いか」

「私、堺捜査一課課長に監視と指導を任されちゃった…

その人、元組対なんだって」

「そたい?…あぁ、組織犯罪対策課か」

「その時の仕事がトラウマになって眠れなくなったて…何があったんだろうねぇ…」

「組織単位の犯罪集団は恐いぞぉ、俺が現役の刑事だった頃ニトログリセリン積んだ三台のトラックが街中をグルグル回って警察を脅かしてきた。犯人は逮捕できたがな」

「今は学生や浪人が麻薬をひっそりと買ったりしてるから、そんな公に出るようなことしないと思うけどねぇ」

「ま、上から任された仕事だ、しっかりやれよ」

「分かってる」



3



 一週間後の朝。刑事課のオフィスに一人の男が足を踏み入れた。ボサボサな黒い髪、縁が太くレンズが厚い眼鏡を掛けていて、半目で眠たげな輝きの無い眼の下しは濃い隈が出来上がっている。彼が例の福岡から来る巡査なのだろうと、小美川はキーボードから手を離し立ち上がり彼に歩み寄った。

「ここは刑事課ですか?」彼は低くやや小さい声で聞いてきた。

「そうよ。貴方が“香取博之”さん?」

「はい」

「私は貴方と同じ刑事課強行犯係の小美川留美子、階級は巡査部長。貴方の監視と指導を任されているわ。よろしく」

「よろしく」

 彼からやる気や気合が全く感じられず、小美川は少し冷ややかな目になった。溜息を吐いて彼用のデスクへと案内する。彼は自分のデスクと分かったとたん、右肩に掛けていた鞄をドカッと置いた。

 すると、

「博之、久しぶりだな」

 後ろに振り向くと、暴力犯係の“戸河内京介”が両手をグレーのスーツのズボンに入れて立っていた。

「君がまだ福岡県警の組対に入ったばかりの頃、出張でそっちの管轄で仕事をしたが、憶えてるか?」

「はい」

「そうか、良かった。今後もよろしく」

 京介はそう言って暴力犯係のオフィスに向かった。

「デスクの整理終わったら、パトロールにでも出ましょう」

「はい」


 デスクの整理を終え、二人は地下駐車場に停めてある白のシルフィに乗り込んだ。運転席に小美川が座りシルフィを発車させて地下駐車場を出た。

 新宿アイランドタワー周辺を走りながら小美川は香取と会話を始めた。

「福岡に居た頃、何やらかしたの?」

「別に…自分がしたいことをしようとしたらお上に怒られた」

「子供じゃあるまいし…」

「何も知らないからそう言えんだよ…」

「……」

 すると、警察無線が入った。

《本部から各車へ。西大久保公園付近のマンションで男性が自殺を計っている模様。至急応援願います》

「西大久保公園か…」

 香取はパトランプをシルフィのルーフに載せた。

 現場に向かう道中、香取はある車の異変に気づいた。一台の路上駐車されているポルシェに怪しい男達が囲んでいて、ポルシェの前には車一台のみを乗せられるキャリアカーがハザードランプを付けて停車している。二人は気にせず自殺の現場に向かった。


 西大久保公園近くのとあるマンションに人だかりが出来ている。現場はそこだろう。シルフィを停めて人ごみの奥に行くと制服警官がマンションの屋上を見ていた。二人は警察手帳を見せて彼に話しかける。

「状況は?」

「あ、はい!この近くのアパートで一人暮らしをしている塩谷という男性が、このマンションの屋上から__」

「あーおーけーおーけー、もう十分」と香取は制服警官の話を遮ってマンションに入ろうとしたが小美川に腕を掴まれた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!何考えてるの?!」

 香取は小美川の手を払い無言でマンションに入っていった。小美川は彼の後を追う。

「もう不安になってきた…!」


 エレベーターで屋上に向かうと、別の制服警官二名が既に居た。二人とも焦っている。

「落ち着いてーー!!落ち着きましょーー!!」

「君が落ち着いて」

 香取は制服警官達の前に出て男に歩み寄った。男は痩せ細っており、身だしなみも汚い。

「来るなぁ!!!来たら落ちるぞぉぉぉッ!!!」


「あぁ良いさ。落ちろよ」


 予想外の言葉に小美川や制服警官、自殺を計っている男は驚いた。

「へッ?!!」

「死にたいからそこに居るんだろ?窓の掃除する仕事してるわけじゃないんだろ?」

 香取はどんどん男に近づいていく。

「おおおおおおおおい!!!!正気か?!!!!」

「正気だ…」

 香取は男の間近に来て、彼の胸倉を掴んだ。

「ついでによぉ、俺も道連れにしてくれよ…」

「「「「?!!!」」」」

「なななな何言ってんだお前?!!!警察だよな?!!!警察なんだよな?!!!!」

「どうなんだ?え?

ハッキリしないならこっちから行かせてもらうぞ」

 そう言って香取は男の胸倉を掴んだまま彼の隣に立つ。真下は人だかりになっているが、クッションにはならなそうだ。

「香取さん!!!何してるんですか?!!!」

 小美川が大慌てになりながら駆けよってきた。

「その人を放してこっちに__」

「何故?」

「な…何故って、自殺を防ぐために__」

「こいつは死にたがってるんだ。俺も死にたい。なのにそれを止めろっていうのか?」

「と、当然でしょ?!!」

「……もうそういうのは嫌いだ。

行くぞ」

「ま、ままっまままままままっ待って!!!!!」

「待ちなさい!!!」

 一瞬前のめりになった香取の襟を小美川は掴み、三人は内側に倒れた。自殺を計っていた男は制服警官の方に走っていく。

「貴方何を考えているの__」

 香取は起き上がって小美川の胸倉を掴んで立ち上がった。

「わっ?!!!」

「もう俺に辛い思いはさせないでくれ、楽にさせてくれ、一人じゃ勇気が出ないんだ、協力してくれ」

「…?」

「あんた、協力してくれるか?」

「…へ?」

 すると香取は小美川を掴みながら再び屋上の縁側に立ち上がった。小美川の顔が青ざめていく。

「は…はわ…あわわわ…」

「さぁ、

一緒に死んでくれ!!!!!」

「いやあああぁぁぁぁっ!!!!」

 前のめりになって真下を向いたとたん、

「うわああああああ!!!!!狂ってる!!!!絶対に狂ってる!!!!ああああああああああああああ!!!!!」と発狂して下の階に駆け降りていく声を聞いたとたん香取の動きが止まり、ゆっくりと縁から降りて内側に歩き、そこで小美川を放した。小美川はすっかり青ざめて大泣きし始めていた。

「はぁぁぁぁぁぁんっ!!!何考えてるのよバカぁぁぁぁっ!!!!」

「すいません__」

 小美川は勢い良く立ち上がって香取の胸倉を掴み引っ張った。

「この!!!!この!!!!ごのぉぉぉっ!!!!」

 香取は小美川の手を払って、一人で下の階に下りていった。



「出来ません!!!あの人の監視なんか!!!指導なんか!!!」

 署に大急ぎで戻って立川刑事課長にそう訴えた。香取はその場には居なく、自販機で呑気にC.C.レモンを飲みながらタバコを吸っている。

「僕に言われてもどうしようもないよ!!捜査一課の課長からの命令でしょ?!その人に言ってよ!!」

「どうせ一日くらい許してやってくださいよとか言われるのがオチですよ!!!」

「そうかな…」

「とにかく、私はあの人と行動したくありません!!!危うく自殺の道連れにされかけたんですよ!!!」

「一応伝えておくから、とりあえず落ち着いて落ち着いて!!んもぉ…」

 小美川は息を荒くしながら刑事課のオフィスを出て香取を探しに行こうとした。すると、タバコの吸殻を咥えている香取がオフィスにやって来た。手には飲みかけのC.C.レモンの缶を持っている。

「何呑気にジュース飲んでんのよ!!!全く!!!」

 小美川はオフィスを出てどこかに去って行った。

「…そういえば、最近区内で車の窃盗事件かあったりしませんでしたか?」

「…そうだな。今日一台のスポーツカーが盗まれたって通報があった。それがどうした?」

「現場に向かう途中にそれらしき現場を見て…」

「何?!!」

「自殺の現場の方を優先されちゃいましたけど」

 強行犯係係長や好雄、盗犯係の皆が手帳を開いてペンを取り出した。

「犯人の特徴は?!」

「さぁ…」

「その時の状況は?!場所は?!」

「あぁ…確か三人ほどの男がポルシェを囲ってて、一台しか載せられないキャリアカーが前に停まっていました。場所は確か…サイエント東京辺りの細い路地裏」

「サイエントロジー東京だよ!トラックのナンバーは?!」

「…さぁ、わかりません」

「そうか…」

「特別捜査本部に報告します!!」そう言って好雄は受話器を取ってボタンを押した。

「特捜本部が立てられてるんですか?」

「あぁ、最近高級車や商業用バンの区内での盗難率が急に上がってな、これは異常だということだ」

「はぁ」

「よくやった!!小美川さんにも伝えてくれ!!」

「え…でも今」

「あ…そうだったな…」



4



 翌日の朝。香取は小美川と駐車場であった。香取の車はE11ノートだ。小美川は香取を睨みつけた。が、香取は気にせず彼女の隣で歩いて署内に入った。

「昨日の自殺しようとしてた人、借金から逃れたくて自殺しようとしてたらしいわよ」

「へぇ…」

「…貴方、窃盗の現場を見たそうね。好雄君から聞いたわ」

「はい」

「はぁ…ま、事件が進展しただけ良しとしましょう」

 二人は階段を使って刑事課のオフィスに来た。そこには宿直を終えてぐったりしている好雄がモンスターエナジーをチビチビと飲んでいた。

「おはよう…」

「おはよ…大丈夫?」

「限界…でもこれから捜査本部行かないと行けないからさ…」

「あれから進展は?」

「二人が乗っていたパトカーのドラレコには何も映って無くて、一般人の車のドライブレコーダーを漁っても何も出なかった。目撃証言は少しあったけど、役に立ちそうにはないよ」

「パトロールの強化しますか」

「そうだね」

「じゃ、行きましょう」

「うーい」

 二人はオフィスを出て地下駐車場に向かった。

 今度は香取が運転すると決まり、グレーで小さなウィングが付いているSSRの黒ホイールを履いているL33ティアナに乗り込んで発車した。

 そのまま二人とも無言で街を三十分程走っていると、さすがに辛くて小美川が口を開いた。

「いい?今度私を道連れにしようとしたらただじゃおかないから」

「殺してもいいですよ?」

「…アンタが何考えてるのか全く理解出来ないわ…

…ねぇ、昔のこと、少し話してくれる?そうすれば、貴方がそんな気持ちになるの、理解できるかもしれないから…」

「……。」


 すると、

「…何だあれ…」

 そう言う香取の目線の先は暗い裏路地の入り口で、一人の怪しい男が辺りをちょくちょく見回りながら週刊誌を読んでいる。

「…ちょっと職質してみるか」

「そうね」

 香取はティアナをUターンさせ、例の怪しい男の前で停めた。男の様子が変わった。週刊誌から目を離して急に目の前に停まったティアナを怪しむ。逃げようとはしていないが、覆面パトカーだということに気づいていないのだろう。二人ともティアナを降りて彼に歩み寄って手帳を見せた。また彼の様子が変わった。週刊誌を閉じて、少し焦っているように見える。

「ここで何をしてるんですか?」

「ゆ、友人を待っているんだ…」

「ふーん…」

 すると香取は、暗い路地裏に足を踏み入れた。

「っ?!!」

「どうした?」

「い、いえ、何も…」

 香取は一人で路地裏に入っていく。小美川はこの怪しい男が逃げないように監視する。

 路地裏に足音を立てずに進んでいくと、一台のトラックがアルファードの前に停まっており、アルファードをトラックに載せ終えるところだった。トラックに見覚えがある。昨日ポルシェの前に停まっていたあのキャリアカーだった。香取は身を潜めて手帳にキャリアカーのナンバーをメモした。

 すると、怪しい男が路地裏に入ってきて小美川に追われていた。

「ぅおい」

 怪しい男は香取の足に躓いた。そのとたん、窃盗犯達に気づかれ、彼らはトラックに乗り込んで発車した。

「何してんすか」

「こ、この人急にアームロックしようとしてきて…!」

「ったく…この人頼みます」

 そう言って香取はS&WM3913を取り出してトラックの後を追った。

「あ、ちょっと!!」

 キャリアカーは大通りに出て、通りすがりの軽自動車を跳ね飛ばして左に曲がった。香取は路上駐車されていたセダン車を台にしてキャリアカーに飛び乗った。アルファードに掴まり、乗員達の方に向かう、と、乗員達の窓が開き、中からマイクロウージーを持っている男が顔を出してウージーを香取に向けて発砲した。香取はアルファードを盾にし、アルファードのフロントガラスやヘッドライトが四散した。

「おい商品が傷だらけになっちまったじゃねぇか!!!」「仕方ねぇだろ!!!」という声がキャリアカーから聞こえてきた。ウージーを持っていた男はリロードをするために車内に戻っている。香取は運転席側に銃口を向け、ハンドルを握っている手に狙いを定めて発砲した。三発目が手に着弾し、運転手は突然の激痛でハンドルから手を離した。キャリアカーが右往左往し始め、やがてアルファードが荷台から落ちて路上駐車されていたバンと通りすがりのワゴン車の上に落ちて大破した。

「ああああああ!!!!商品が!!!!」「あんなモンもう売れねぇよ!!!」

必要な物を落として肩の荷が降りたのか、キャリアカーのスピードが一気に増した。キャリアカーの運転手は手の痛みに耐えながらハンドルを操り始めた。

キャリアカーは大きく右に曲がり信号機をへし折った。香取は危うく歩行者用の信号にぶつかりそうになりキャリアカーから手を離し、道路に転がり落ちた。そのとたん、車が迫って来て急停車した。その後ろを走っていた三台の車が追突し一台が横転した。香取はキャリアカーに向けて残りの弾を全て撃ち込んだ。狙っていたタイヤには当たらず、キャリアカーはどこかへ走り去って行った。

「…くそッ」



5



 署に戻り、捕まえた男の事情聴取を始めた。

「日本語わからない?ア・ジ・ト!!隠れ家!!」

「んなデケェ声出さなくたって聞えてるし分かるァッ!!!」

「窃盗した車両はどこだ?仲間はどこだ?」

 そんな小美川と窃盗犯の仲間の声が取調室の外から聞こえてくる。

 一方で、好雄が電話で香取がメモしたトラックのナンバーを特捜本部に知らせ、係長の“墨田正孝”が窃盗犯の仲間から押収したベレッタM85を鑑識に回す用意をしており、香取はタバコを吸いながらM3913のマガジンに弾を込めている。

 いつまで経っても事情聴取が終わらず、香取はタバコの火を灰皿で押し消して、取調室に入った。

「何してんすか?」

「全然話してくれないの…」

 香取は調書を読み上げた。ほとんど空欄になっている。名前の欄には橋立正也とあり、出身地には埼玉県さいたま市とあるが、どうせ嘘だろう。香取は男の胸倉を掴んだ。

「ちょっと、今度は何を…」

「仲間の居場所はどこだ?」

「……。」

 香取は彼の顔面を殴り飛ばした。

「ぅおぉい?!!」

「な、なな何しやがる?!!」

「とっとと吐かないお前が悪い」そう言ってもう一発殴り、壁に叩きつけた。

「わ、わかった!!!話す、話すよぉ!!!」

「ついでに次の標的も教えてくれ」

「ッ……わ、わかった…!」


 事情聴取を終え、聞いた話を整理すると、本名は“橋立大助”三十三歳、出身地は大田区。高校時代から窃盗をしており二十歳になった頃例の窃盗グループに入り日本中で車を盗んでいた。仲間は空き家を無断でしようし隠れ住んでいるそうだ。だが警察に見つかった以上また別の所に移動するだろう。そして、次の標的も吐いた。明日、新宿中央公園付近のマンションに駐車されている住民のハイエースやスポーツカーが狙いらしい。

「とはいえ、仲間が捕まった以上全部吐いたとしたらって思って、盗みに来ないんじゃないか?」

「念のため明日その場所で待機します。他の人達は引き続き街や空き家の厳重警戒を」

「了解」

 その会話を香取は聞いて、溜息を吐いた。

(気づいてないのか…?)



 翌日。J31ティアナで公園近くをゆっくり走り回っていた。

「本当に来るのか?」

「よっぽどの馬鹿じゃないと来ないでしょ」

「だよな…」

 すると香取はティアナから降り、例のハイエースとスポーツカーに歩み寄った。

「な、何してんの…?」

 小美川も降車し香取の後を追った。

「どうしたの?」

「何で次の標的を決めていたと思う?」

「は?…そりゃ、あらかじめ狙う車を決めとけば、計画を練る時間が増えて楽に盗めるからじゃ…」

「それもあるが、車の持ち主は自分の車が襲われるなんて思ってないだろう。車で外出して窃盗犯達が現れたら計画失敗だ」

「…つまり?」

「持ち主はグルってことだ」

 二人はハイエースの近くまで来た。カーテンが掛けられていて車内の様子が分からない。彼はスーツの上着を脱いで右手に巻き、布に覆われた右手でハイエースのガラスを殴って破った。

「__!!?」

 カーテンを剥ぐと、中にはアルミのトランクがあり、左手でそれを取って近くにあったポリバケツの上に置き、中を開けた。

「本当の狙いはこれだ」

「え…?!」

 トランクの中には大量の札束がある。小美川は改めて車内を見た。よく見ると、同じようなトランクが幾つか隠されている。

「車の持ち主の本業が忙しくて、車に積んで仲間が回収、車は返却され車内にはトランクの代わりに報酬が置かれている」

「…じゃぁ今までの盗難の被害者は皆…?!」

「いや、それとは別だろう。盗難届けが出ているのは本物の窃盗だ。もしそれが全部こうやって怪しい物を積んでいた車だったら、わざわざ大量の金、しかも“偽札”を運んでいる車ってバレたら一巻の終わりだ」

「偽札?!」

「あぁ。組対の時潜入捜査をやっていて、同じ事例を対象の組織が行っていた。偽金だけじゃなく、麻薬や銃__」


 すると、一台のウィッシュと見たことのあるキャリアカーがやって来た。

「え、来るの?!」

「あーらま」

 二人に気づいて、二台は急にバックし始めた。

「急ぐぞ」

「わ、わかった!!」

 二人は大急ぎでティアナに戻った。一方で、キャリアカーは元の向きに戻って前進しウィッシュはバックターンをしキャリアカーの後に付いて行った。

 ティアナは急発進して、香取はサイドブレーキを思いっきり引きハンドルを大きく左に曲げてVターンをして二台の後を追い始めた。小美川はルーフにパトランプを載せ無線を繋ぐ。

「本部!!例の窃盗団を見つけました!!現在追跡中!!応援求む!!」


《パトロール中の全パトカーへ。窃盗団の車両を発見。現在小美川刑事が追跡中。場所は新宿中央公園都庁前》

「了解!!」

 パトロール中だった好雄はラ・ストラーダのホイールを履いた水色のV37スカイラインのルーフにパトランプを載せスカイラインをスピンターンさせ都庁方面に向かった。


 ティアナはウィッシュと並走し始めた。ウィッシュはティアナのフェンダーに体当たりをしてきて、ティアナも負けじと体当たりをする。

「ちょっと!!もっと安全に!!」

 だが香取は無視してウィッシュにぶつかっていく。

「んもぅ!!」

 ティアナとウィッシュのフェンダーが弱り、先にウィッシュのフェンダーが外れた。すると香取はM3913を取り出してウィッシュのタイヤを撃ち抜いた。ウィッシュはフラつきティアナにぶつかり、縦列駐車されていた車の列に突っ込んだ。ウィッシュは宙を舞い、ティアナの上を通り抜けて地面に落下した。

「あ…え…」小美川は絶句した。

 大破したウィッシュの近くに好雄が運転しているスカイラインと他の警官達のパトカーが停車し車内に居た二人が逮捕された。

 一方で、ティアナは今度はキャリアカーと並走を始めた。

「今度は逃がさねぇぞ…」と香取は呟いてキャリアカーに飛び移ろうとした。

「ちょ、ハンドルどうするのよ?!!」

「代わってくれ」そう言って香取はキャリアカーに飛び移った。小美川は仕方なく運転席に移ってティアナを運転し始める。

 香取はキャリアカーのルーフによじ登り、銃底で運転席の窓を叩き割った。車内からM1911が向けられた。スライドを見るに無刻印だ。コピー品だろう。だが長々とそう思っている暇は無く、M1911から弾丸が飛び、香取はそれを避け、今度はフロントガラスを叩き割った。ガラスが車内に入り、運転手の目にガラスが入ったのか運転手は取り乱し、キャリアカーはバランスを崩して公衆電話や自転車の駐輪場に乗り上げながら横転した。香取はキャリアカーから飛び降り、タクシーの窓ガラスがクッションになった。タクシーの運転手が驚いて口をあんぐりと開けている。

 ティアナは横転したキャリアカーの隣で停車し、小美川はS&WM360を構えながら車内に居る窃盗犯達を引きずり出した。やがて、正孝が運転している紺のY51フーガやクルー、クラウンの白黒パトカーが停車した。



6



 その後。窃盗団は全員逮捕され、標的にされていたハイエースとスポーツカーの持ち主は偽札の密造等の容疑で逮捕された。都内で盗まれた車の半分は神奈川県鎌倉市の廃工場に隠されていた。

「一件落着ですな」

「そうだねー」

 署長と副署長がそう言いながら通りすぎた刑事課のオフィスでは、小美川が香取の手当てをしている。背中に湿布を貼り、所々に出来たかすり傷を消毒し上から絆創膏を貼った。そうされながら香取はタバコを吸っている。

「派手にやったなぁ…」と戸河内がコーヒーの入ったスチール缶を口に当てながらやって来た。

「俺はもう慣れてます__」

「私は慣れてないわよ?!すっごく怖かったのよ!!」

「すんませーん」

(これからこういう日々が続くのか…っ!!)

「ところで香取、パトロール中とかに、この車見なかったか?」

 そう言って戸河内はポケットから一枚の写真を取り出して香取に渡した。小美川も見る。そこには黒塗りのマセラティ・クアトロポルテが写っていた。ナンバーは『品川300こ62-83』だ。

「…いえ、見てません」

「そうか…」

「誰の車ですか?」

「いや、個人的なことだ…」そう言って戸河内は写真をまたポケットに入れてオフィスを出て行った。小美川は香取を置いて戸河内の後を追った。一人になった香取は煙を天井に向けて盛大に吐いた。



「戸河内さん…」

 スチール缶を自販機の隣にあるゴミ箱に捨てている戸河内に小美川は声を掛けた。

「何だ?」

「…香取さんの過去、知っているんですか…?」

「…知りたいのか?」

「はい…少しでも彼の気持ちを理解してあげたいんです、これからしばらく同僚になるので…」

「そう言われても、俺詳しいこと全然知らないぞ、県が違うから…

…確か三年前、“葛城信彦”って奴の下に潜入捜査してた。確かそれを終えてからだ…アイツがああなり始めたってのは…

これ以上はわからん。あいつともっと親交を深めてから本人に聞いてくれ」

 戸河内は暴力犯係のオフィスに戻って行った。

「……。」


 その頃、香取は帰る準備を終えて地下駐車場に停めていたノートに乗り込んだ。バックミラーに、誰かが作ったと思わしきペンダントが掛けられている。半分にされた片方のハートに糸が通され、その糸にはビーズが通されている。プロや工場の大量生産品ではなさそうな出来だ。彼はそれを少しの間眺めた後、ノートのエンジンを掛けた。

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