二四の剣
伊勢型のターンです
『伊勢』『日向』が相手取っているのは、ヴァリャーグ級戦艦が二番艦『カリーニン』である。
ヴァリャーグ級戦艦は米国のコロラド級戦艦をモデルに作られた艦である。主砲に四○糎四五口径連装砲四基八門を持っており、速力は二三ノットを出すことが可能に成っている。
伊勢型はそれより劣る三六糎砲戦艦だが、連装砲六基十二門が有る。『伊勢』と『日向』を合わせれば、二四門あり、砲数は『カリーニン』の三倍となっている。
ヴァリャーグ級の情報は、ソ連政府は自らの威厳を示す目的で、ある程度開示していた。その為日本海軍も知る所となっていた。
たとえ、砲口では劣っていようが、門数で補える、と『伊勢』艦長武田勇大佐は思っていた。
旗艦『紀伊』から『砲撃始メ』の電文を受け取ると、『伊勢』艦長、武田 勇大佐は射撃指揮所に命じた。
「砲撃始め!」
『伊勢』から六発の弾丸が放たれた。『日向』も此れに続き、六発の弾丸を放った。
三六糎砲は四○糎砲に劣るとはいえ、巨大な砲口である。交互撃ち方とはいえ、六発も放つと、艦橋には直ぐそばに落雷でもしたかの様な音が響く。
「だんちゃーく」
観測員の声と共に『伊勢』の初弾が、敵四番艦の周囲に水柱を乱立させる。少し遅れて、『日向』の射段が水柱を上げる。
「観測機より受信『近三、遠三』」
電信員の報告を聞き、武田大佐はウム、と頷いた。初弾命中とはいかなかったが、二撃目で命中の可能性が大幅に有る成績だ。
敵艦は『伊勢』を目標とした様で、『伊勢』のやや後方に四本の水柱が立った。
「敵の射撃も悪く無いな。四○糎砲を受けたら本艦は一溜まりも無い。先手を何としても取らなければ」
艦長の声に答える様に『伊勢』から放たれた第二射撃は、敵四番艦を挟叉した。
「砲術より艦長。次より斉射」
「うむ。宜しく頼む」
「はい。期待して下さい」
『伊勢』砲術長、甘利 誠中佐が艦長の激励にしっかりと頷いた後、『伊勢』の十二門ある主砲が一斉に光った。先程の交互射撃の倍以上の轟音が『伊勢』を震わす。
『伊勢』より放たれた第一斉射は、果たせるかな、敵四番艦に命中した。
敵艦に射撃とは明らかに違う光を見て、武田大佐が身を乗り出した。
「観測機より受信『命中三、近九』」
電信員の報告を聞き、艦橋が歓喜に包まれた瞬間であった。武田大佐は敵弾の飛翔音に違和感を覚えた。その直後、後方から爆発音が聞こえ、『伊勢』がその身を鳴動させた。
敵四番艦の射弾が遂に『伊勢』を捉えた。
「砲術より艦長。第六砲塔に被弾。使用不可能」
艦橋に上がって来た報告は、艦橋の空気を一変させるのには十分であった。
直撃弾はその一発已であったが、被害は大きかった。四○糎砲の威力の前に、哀れ『伊勢』は主砲塔を一基潰されたのであった。
しかし、未だ残る五基の主砲塔は健在である。又、機関や、舵といった他の重要部位には被害は無かった。
『伊勢』は負けじと、残る十門の主砲を斉射した。
「『日向』はまだなのか」
武田大佐は焦った様に呟いた。伊勢型の二番艦である『日向』は至近弾を繰り返すも、直撃弾や夾射を得るには至っていなかった。
といっても『日向』の射撃の腕が、格段悪い訳では無い。
砲術には散布界というものが有る。放たれた弾丸はこの散布界内に無作為的に落ちる為、離れた敵艦に射弾を当てるのは、多分に運の要素も絡んでくる。
同じような状況下においても、初弾や第二射撃で敵艦を捉えることも有れば、十回以上撃っても当たらない場合も有る。
この海戦では、『伊勢』と『カリーニン』が特別に運の良いだけである。尤も、両艦共に敵弾も受けている為、運が悪いとも言えるが。
『日向』には今の所その『運』が無かった。第六射撃も空振りに終わってしまった。
『日向』艦長、橋本 信太郎大佐は、砲術の理論を念頭に置き、冷静を自らに言い聞かせて、射撃指揮所に「しっかりしろ!」と怒鳴りたい気持ちを必死に抑えていた。
『伊勢』はは苦しい戦いを強いられていた。既に敵艦の第三斉射で『伊勢』の第五砲塔は破壊され、門数では敵艦と同等に成っていた。こう成ると、砲口の大きい『カリーニン』の方が有利である。
「観測機より受信『命中五、近五』」
「よし!」
『伊勢』の第六斉射の半数が命中したとの報告に武田大佐は思わず声を上げた。
此れで敵艦の主砲を一基でも壊せれば。そんな武田大佐の願いも虚しく、黒煙を払う様に放たれた敵艦の第四斉射の光は衰えた様子を見せなかった。
敵四番艦の第四斉射は『伊勢』の右舷に一つ命中しただけであったが、『伊勢』の右舷側の副砲や、機銃の殆どを破壊した。
「万事休すか……」
そんな言葉が武田大佐の口から漏れた。
『伊勢』の主砲は、敵艦に何らかの損害を与えていると信じたい所であったが、少なくとも目に見える範囲では大きな戦果は確認出来ていない。
『伊勢』は残った四基の主砲で第八斉射を放つ。相も変わらず落雷の様な轟音がするが、その響きは明らかに衰えていた。
敵四番艦は『伊勢』の第八斉射に、堪える様子も無く、悠々と砲撃を第六斉射を返してくる。
失望しかけていた武田大佐であったが、僅かながら救いと成る光景が、彼の目に飛び込んで来た。
『日向』の第一一射撃が、遂に敵艦に命中したのである。
「砲術より艦長。次より斉射」
暫しの間を置き、『日向』の十二門の主砲が火を吹いた。放たれた弾丸の内、四発が敵艦に命中する。
しかし、敵艦は『日向』に構わず『伊勢』に向けて主砲を放つ。
そして、遂に敵艦の第八斉射が『伊勢』に一際大きな炎を上げた。
『伊勢』は忽ち速力を落としたかと思うと、左へ向けて回頭し出した。
当然武田大佐はこの様な事をするはずが無い。どうやら今の斉射が『伊勢』の舵に損害を与えた様である。
『伊勢』は尚も敵艦に向けて発砲したが、既に相対位置が変化している為、『伊勢』の射弾は敵艦の遥か左に水柱を浮かべるだけであった。
愈々敵艦は『日向』に砲を向けてきた。しかし、敵艦も無傷では無い。『伊勢』の置き土産か、敵艦に上る黒煙の数も一筋や二筋では無い。
それでも主砲は健在である。敵艦は弾着観測の為か、交互射撃をしてきた。
次は長門型のターン(予定)です。
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