水上戦開始
「満身創痍ではないか」
観測機を発進させた『紀伊』艦橋で、山本大将は敵艦隊を視認すると、思わずそう言った。それも無理の無いことで、増速する巡洋艦や駆逐艦の向こうに見える赤軍戦艦は大打撃を喰らっていた。
『マラート』『ミハイル・フルンゼ』『パリジスカヤ・コンムナ』は既に海中に没し、『ソビエツカヤ・ウクライナ』は未だ速度が一五ノット迄しか出せず、些か回復したとはいえ、左舷に心持ち傾いていた。
『ソヴィエツキー・ソユーズ』も多量の海水を飲み込み、喫水が下がり苦しそうであった。太平洋艦隊で無傷と言えるのは『ヴァリャーグ』『カリーニン』『ガングード』已であった。
「艦隊針路九十度」
山本大将が命令を下すと共に、電文が打たれ、舵が切られる。艦隊は現在北東向きに進んでおり、敵と反抗戦になって居る為、丁字を描く様になる。
ネーバは連合艦隊の一つの生き物で有るかの様に連なり変針する様を見て、対馬沖海戦(日本海海戦の外国での呼び名)と同じ事をするつもりだな、と感付いた。
「針路九十度」
太平洋艦隊は連合艦隊と同行戦をする様に針路変更をした。
両艦隊の主砲は既にお互いを有効範囲内に納めて居た。
連合艦隊もそれ以上丁字を描こうとせず、西進しつつの同行戦と成った。
「『紀伊』『尾張』目標、敵一番艦
『駿河』『近江』目標、敵二番艦
『長門』『陸奥』目標、敵三番艦
『伊勢』『日向』目標、敵四番艦
『扶桑』『山城』目標、敵五番艦」
旗艦『紀伊』から命令が下ると、各艦が其々の標的艦へと主砲の照準を合わせる。
『紀伊』は『砲撃始メ』と打電すると、五基有る四○糎連装砲から片舷射撃が行った。その反動か、『紀伊』は左に傾き、山本大将の腹に力強い振動が響いて来る。五つの砲弾が敵艦目掛けて飛翔した。
紀伊型戦艦は金剛型戦艦の後継艦として、長門以上の砲力を持つ様に建造された四万四七○○瓲級の戦艦である。
主砲は四十糎五十口径連装砲五基十門を持つ。これは長門型の主砲より五口径分(この場合は二米)長い。
又、金剛型の後継艦らしく最大速力は三○.七ノットにもなる高速戦艦である。
建築当初は主砲と副砲以外の火器は少なく、艦橋もがっしりとしていた為か力強い印象を与える艦であった。
しかし、建造の約三年後に行われた近代化改装を終えた紀伊型は外観が大きく変わっていた。
増大する航空機の脅威に備え、対空火器が増設された。その為艦橋付近は正に針鼠の様であった。
又、建造当初から球状艦首が設けられ、三○ノット以上の速力を出す一役を担っている。
『紀伊』の第一射撃が敵一番艦付近に落下し、水柱を立てる。続いて『尾張』の放った射弾が水柱を立てる。
「観測機より受信。『全弾近』」
外してしまったものの、着弾した場所は至近弾となっていた。初弾としては悪い成績では無い。山本大将がは『紀伊』砲術員の腕の良さに感心していた時、敵一番艦の初弾が着弾した。敵艦から放たれた六発の砲弾は『紀伊』の遥か後方に落下し、衝撃も殆ど感じられなかった。
『紀伊』は続けて第二射撃を行った。略同じ瞬間に『尾張』の主砲も火を吹く。一拍遅れて敵一番艦も主砲を射った。
「観測機より受信。『命中二、近三』」
通信室より上げられた報告を受け、「よし!」や「流石!」といった声が艦橋に上がった。
「砲術より艦長。次より斉射」
紀伊砲術長樫井秀樹中佐の報告が上げられた。その直後、敵一番艦の第二射撃が落ち、水柱を上げた。先程より精度は上がっているものの、未だ至近弾には至っていない。
山本大将はその水柱を見て、少し許り不審感を得た。
「いや、真逆な」
山本大将は疑問を打ち消した。それは余りにも途方も無い想像だったからである。
斉射を告げるブザーが鳴った。それが終わると共に、『紀伊』が真紅の光に包まれた。
連装砲五基十門の一斉射撃する、巨大な咆哮が『紀伊』を震わせた。艦が左に傾き、爆煙が『紀伊』を覆う。
ネーバは『ソヴィエツキー・ソユーズ』艦上で『紀伊』斉射弾の飛翔音を聞きつつも、尚負けるとは思っていなかった。
「『ソヴィエツキー・ソユーズ』を沈めることは出来んよ」
ネーバが言い終わるか終わらないかの内に、敵弾が『ソヴィエツキー・ソユーズ』に命中した。
「敵弾三発命中せしむも、損害少なし」
ネーバは報告を受け、うむ、と頷いた。航空機を使った弾着観測を使えないのは惜しいが、決して当たらないという訳では無い。それに、水雷部隊の雷撃も有るかもしれない。仕返し、と許りに『ソヴィエツキー・ソユーズ』は第四射を放った。
至近弾となった、敵一番艦の第四射が立てた水柱を見た山本大将は、やはりと思った。
「あれは四六糎砲だ!」
ここで山本大将が敵の第一射で抱いた疑念は真実で有ったことが分かった。山本大将としては最も当たって欲しくなかった予想であった。
『紀伊』の右に落ちた、敵一番艦の砲弾の作る水柱は、明らかに四○糎砲のものよりも大きかった。
それは一六吋砲を、各国が新造艦に限り保有が可能とされた、第二次倫敦海軍軍縮条約でも保有が禁止された、一八吋砲が作り出したものであった。
「成る程、それなら主砲が六門しかないのにも頷けます。破壊力はそれでも十分でしょうから」
参謀長宇垣纏少将が同意した。
「そう成ると厄介ですな。戦艦の常識でいうと、敵は対四六糎砲相当の防御壁を持っているはずです。紀伊型の四○糎砲で致命的損害は与え難いと思われます」
首席参謀黒島亀人大佐の言葉には直ぐに反論が来た。
「水雷戦隊に敵一二番艦を優先的に狙う様、指示を出したら宜しいでしょう。幾ら四六糎砲艦とはいえ、酸素魚雷で腹を抉れば、大損害を受けます」
水雷参謀有馬高泰中佐であった。
「本艦の水中弾でも同様の効果が認められましょう」
作戦参謀三和義勇大佐も続く。
「しかし厄介だな。ソ連が四六糎砲艦を建造していようとは」
「いえ、ソ連だけでは無いかもしれません」
山本大将が思わず愚痴を口走ると、樋端が乗っかって来た。
「どういうことだ?」
山本大将が聞き返すと樋端は恐ろしいことを言い出した。
「いくら獨逸の技術を接収したからといって、ソ連海軍がここ迄短時間でこんな艦を完成させられる訳が有りません。恐らく、軍艦建造に精通している国が関わっているのでしょう」
樋端少佐の言葉に山本大将ははっとさせられた。日本は勿論その様な事はしておらず、英国もソ連とは獨逸が朱化してからは、険悪な仲に成っていた。そうすると、四六糎砲戦艦を作る様な技術を持っている国は、残り一つである。
「亜米利加か……」
山本大将は言葉を絞り出した。
現在(昭和十六年八月)米国はソ連と蜜月関係にあった。米国は元々日英仏寄りの中立を宣言していたが、徐々にソ連寄りに成っていた。
両国は軍事同盟は締結していないものの、貿易は可也の額に登っており、ソ連の急速な工業化は米国にも原因が有る、と指摘する声も聞こえる。
「恐らくは」
樋端は山本大将の言葉に頷いた。
「そうなると厄介だな。亜米利加迄も敵に加わら無ければ良いが……」
山本大将は不安そうに独りごちた。
愈々水上戦パートですが、
海戦って書くの難しいですね。
下書きの段階から大体の話の配置とか、場面の切り替えとか、二転三転してます。
最善は尽くしますので、此れからも宜しくお願いします。
誤字脱字ココがおかしいって所あったら知らせてくれると嬉しいです。