空の神兵
九月一日、六時三○分
淵田中佐はオハ油田上空を飛んでいた。
機動部隊は、第一艦隊の東方におり、淵田中佐はそこから飛んできたのだ。
「お、あれが百式輸送機だな」
淵田中佐は南から飛んできた双発機を見て言った。同機は九六式重爆|(海軍名、九六式陸交)を輸送機用に改造した機体である。
九六式重爆は、機首風防、爆弾倉、昭和十一年より量産された二型からは防弾装備を兼ね備え、更には発動機に一五○○馬力の火星発動機を搭載したことにより、最高速度四四四キロとなっており、日本の双発機で初めてとなる世界水準以上の性能を叩き出した機体と成っている。
又、水平爆撃のみならず、雷撃も可能と成っている。
九六式重爆
全幅、二五メートル
全長、一六.四五メートル
全高、四.五六メートル
発動機、『火星』一一型
最大速度、四四四キロメートル
巡航速度、三一五キロメートル
航続距離、四三八○キロメートル
爆装、八○○キロ以内
魚雷、八○○キロ
機銃、二○ミリ旋回機銃一、七.七ミリ旋回機銃四
乗員七〜八名
百式輸送機の周囲には、零戦の護衛が付いているものの、敵機が現れる様子は今の所、無い。
「よし、行くぞ」
淵田中佐は操縦士の松崎大尉に告げた。
「はい」
松崎大尉は頷くと、右に舵を取った。
松崎大尉操る九七式艦攻から二五○キロ爆弾が落とされる。少し時間をおいてもう一発。
両弾とも、石油タンクから少し離れた場所に着弾した。
狙い通りである。第一派攻撃隊は、何より石油関連の施設に被害を出さないことを求められていた。自国内での資源を殆ど持たない日本に取っては一滴の石油、一欠片の鉄でも貴重であった。
艦爆、艦攻隊は次々と爆撃を加えて行く。
地上から対空砲火が上がるが、それらは零戦の銃撃や、艦爆の爆撃で次々と沈黙して行った。
そのスキを突き、百式輸送機が油田上空に侵入した。そこからバラバラと何かが落とされた。
爆弾であろうか?いや、それは人の形をしていた。落下途中で落下傘が開き、速度が殺される。落下して行くのは、陸軍空挺部隊であった。
対空機銃から飛んだ銃弾が、空挺部隊に殺到する。遂に、燃え盛る弾丸が、落下傘を貫いた。赤軍兵は、落下傘が萎み、空挺部隊兵が地面に叩きつけられる光景を思い描いた。
だが、実際にはそうはならなかった。落下傘は穴が空いただけで、特に損害は無かった。
日本軍の落下傘は縫い合わせの箇所が多い。よって敵弾が傘を射抜いても落下傘は萎まなかったのだ。
地上に降りた空挺部隊兵、林田一等兵は、近寄る赤軍兵を拳銃で撃った。赤軍兵は呻き声を一つ上げ、どう、と倒れた。
彼らは先ず別の落下傘で降下させた梱包を解いて銃剣等の武器を取り出す兵と、持ち合わせの拳銃と手榴弾で敵兵と渡り合う兵とに分かれた。
赤軍は、地面に降り立った空挺部隊へと我武者羅に弾丸を飛ばして来た。その迫力や凄まじく、林田一等兵達は、頭も上げられ無い状態であった。
「このままじゃ戦闘もままならないな……」
林田一等兵の声が漏れた瞬間であった。
その時、突如敵陣地が爆発し、銃声が止んだ。味方兵の百式擲弾器から発射された手榴弾であろう。林田一等兵は此処だ!と思うと共に身を乗り出し、敵兵の位置を確認した。
どうやら思ったより近くにいた様で、四、五十メートル先には赤軍の兜が見える。
敵兵が又、銃撃を開始したので、林田一等兵は慌てて身を伏せた。
その後、百式擲弾器から手榴弾が数回発射され、敵兵は沈黙した。ココぞとばかりに林田一等兵は身を踊らせ、梱包を解いた銃剣をカチリと構えると、一番槍で突っ込んで行った。
敵兵の懐目掛け、引き金を引く。弾丸は狙い過たず、命中した。その兵が銃の威力に仰け反るのを目の端に捉えながら、林田一等兵は次の獲物に照準を合わせた。
その時であった。風を切る音が聞こえ、林田一等兵のすぐ右の地面がめくれ上がった。林田一等兵はその勢いのママに左向きへとゴロゴロと転がっていった。
林田一等兵が前方に目を向けると、無限軌道を持つ車体が目に入った。
「戦車か……」
林田一等兵が呟くと同時に後方から爆音が上がった。
すわ、味方がやられたか⁉︎と林田一等兵は焦ったが、やられたのは軽戦車の方であった。
九四式三七粍速射砲から放たれた徹甲弾が、敵戦車を打ち砕いたのだった。
空挺部隊の活躍は目を見張るものがあった。彼らは正に鬼神の如きであった。オマケに零戦の地上掃射も続いた。
陸軍大国ソ連の陸兵と雖も、空と地上の両方から攻められてはたまらない。
オマケに地形上、ソ連自慢の重戦車は持ち込まれず、軽戦車や、迫撃砲がある已であった。その為、空挺部隊の機動力に完全に後手後手に回って、その全てが手榴弾や歩兵砲を前に沈黙した。
赤軍は瞬く間に劣勢に追い込まれ、逃げ惑った。
七時一五分
江草隆繁少佐が指揮をとる第二派攻撃隊は、ソヴィエツカヤ・カヴァニ港上空を飛んでいた。
敵機は見えず、対空砲火も散発的なものだ。落とされる日本軍機はおらず、寧ろ悠々と飛んでいる。
江草少佐は、奥に泊まっている船を見て、俄かに目を疑った。
あれは星条旗!合衆国の船か⁉︎
何度見てもその船には星条旗が比喩がえっている。
「どうやら合衆国の船がある。各自十分に注意をし、決して合衆国船を攻撃せぬ様に」
江草少佐はそう攻撃隊に告げ、手前の港に狙いを定めた。
「来たなジャップめ」
白面の男が一人、船に立っていた。船内には彼の他に人影は見えなかった。そして、その船には星条旗が靡いていた。
彼はニヤリと笑って、船内に姿を消した。
攻撃を終えた江草少佐は目を見張った。
彼の目には燃える船と、星条旗が見えていた。
塾腕の空母部隊が、この様なミスを犯すとは考えられない。されども、目に映る風景はどこ迄も本物であった。
これはマズイことに成ったな……。江草少佐は後に起こるコトを想像し、顔を真っ青にした。