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帝国の矛  作者: 芥流水
遊号作戦
16/22

作戦始動

新章です。

いよいよ帝国軍はソ連に攻勢に出ます。


 昭和一六年八月二一日、帝国陸軍矢桐少佐は僚機を引き連れて、ソ連のウラジオストクの上空を飛んでいた。


 ウラジオストクは丁度満州と朝鮮の境目の真西にある。


 矢桐少佐の乗っている機体は九九式双軽爆撃機である。この機体は、爆弾搭載量が五○○キロと、双発機としては少々少ないが、急降下爆撃が可能であると云う利点が有る。その為、矢桐少佐はこの爆撃機を好意的に感じていた。


 矢桐少佐の眼下には、飛行場があった。いや、それは連日の爆撃によって穴だらけとなり、飛行場としての機能は全く有していなかった。

 それもそのはずである。帝国陸軍は、開戦当初から、ウラジオストク飛行場を爆撃していた。矢桐少佐がウラジオストクへ来たのもこれが目的である。


 何故その様なことをするかと云うと、ウラジオストクの位置に原因ある。ウラジオストクはソ連の飛行場の中で、最も日本本土に近い位置に有った。ソ連が足の長い戦略爆撃機を運用すれば、本土のほぼ全てが、その爆撃半径内に入ってしまうのだ。


 当然帝国陸軍はそれを阻止する為、本土に迎撃体制を築いているのだが、それに頼るのは最後の手段である。撃ち漏らしによる市民への損害が危惧されるからだ。


 仮に帝都に爆撃を受けることがあれば、国中が混乱状態に陥ること間違いなしである。下手をすれば政治が機能しなく成るかもしれない。


 その為、帝国陸軍は先手必勝とばかりに爆撃を行った。ソ連もその行動を予期していたのか、これ迄ウラジオストク飛行場が修理されている様子は見受けられなかった。



 さらに帝国陸軍は、ウラジオストクを攻め落とす作戦を立てていた。いや、それだけではない。それを起点として、アムール川迄、満州南西方向を攻め上がる作戦を立てていた。

 これは『遊号作戦(ゆうごうさくせん)』と呼称されていた。


 当初は、開戦から然程時間をおかずして、遊号作戦を行うつもりで有ったが、それは叶わなかった。

 ソ連が樺太へと侵攻したからである。樺太を占領されれば、北海道に王手をかけられた状態に成ってしまう。


 当初、帝国陸軍は既存の兵已で樺太は制圧出来ると思われていたが、何の因果か逆に泊居まで押し込まれていた。いや、豊原飛行場からの爆撃が無ければ、樺太全土を取られていたかもしれなかった。


 それによって遊号作戦は三分割されることと成った。帝国陸海軍は、ウラジオストクとその周辺の攻略を『遊一号作戦』、樺太全土の攻略を『遊二号作戦』、シホテアリニ山脈、そしてハバロフスクを含むアムール川南迄の攻略を『遊三号作戦』と新たに命名した。


 それを避ける為に、陸軍は樺太へ至急兵を送らなければいけなかった。結局、それに時間を取られ、遊号作戦開始は九月にずれ込んだ。だが、遊号作戦の目標に樺太も含まれることとなった。


 ソ連はウラジオストクからの爆撃を狙っておらず、樺太、北海道、そして本土へと北から侵攻してくるようだ。と、帝国陸軍が理解したからである。



 九月一日六時、泊居に展開していた赤軍の陣地が突如爆発した。


 戦車隊司令官スニェークは、又航空機の爆撃か⁉︎と思い空を見上げた。上空には航空機が十機程飛んでいる。

 だが、それらが爆弾を落とした様には見られない。


 疑問に思ったスニェークは視界の端に黒い影を認めた。影は猛速度で地面に激突し、爆発した。


 その瞬間スニェークは悟った。

「戦艦か……!」



 泊居東の洋上には三隻の戦艦の姿が有った。紀伊型戦艦『尾張』『駿河』『近江』である。三隻の周囲には水雷戦隊が展開し、潜水艦に目を光らせていた。


 『尾張』『駿河』『近江』の十門の主砲は全て泊居に向けられている。

 先の十勝沖海戦を無傷で切り抜けた三隻には、休む間も無く、次の任務が与えられていた。赤軍前線への砲撃である。


「どうもこの紀伊型戦艦三隻で対地砲撃とは、牛刀をもって鶏を裂く様だな」

 宇垣少将は旗艦『尾張』艦橋で思わず愚痴を零した。


「そうは云っても、今纏まって動ける戦艦は第一艦隊しか無いですからな」

 黒島大佐は苦笑しながら、宇垣少将の愚痴に言葉を返した。


「いや、それだから良いのだ」

 山本大将は憮然とした顔をしてそう云った。


「と言いますと?」

 黒島大佐が聞くと、山本大将はうん、と頷いた。


「赤軍に連合艦隊此処に有り、と見せつけることによって戦意を挫けさせることも出来るからね。それに戦艦も鎮守府で無駄に浮かせるよりかはこうして使わんと」


「十勝沖海戦が失敗であったと思わせるのですね」

 山本大将の言葉を聞き、黒島大佐は成る程、と思った。彼は山本大将がイヤにアッサリと軍令部の作戦を引き受けるな……と疑問に思っていたところであった。



 零式通常弾が落下する度に、地面が捲り上がり、土砂が舞い上がる。いや、土砂だけでは無い。人、戦車、速射砲、物資。落下地点に有った物は何から何迄木っ端微塵になり、空に巻き上げられ、地面に叩きつけられた。


 スニェークの目には火焔と血の赤、土砂と煙の黒が写り、耳には兵士の悲鳴と爆発音が伝わり、鼻には掘り返された土のプンとした香りと火薬の匂いが染み渡った。


 スニェークは圧倒的な暴力に苛まれ乍も、必死に指揮を取った。此方からの攻撃は戦艦に届かず、完全なアウトレンジを敷かれている。戦況は明らかに赤軍に不利であった。


 せめてもの仕返しとばかりに上空の観測機に向けて対空砲、機銃が火を吹くが、当たる様子は無い。


 零式水観は悠々と飛び回り、損害の「そ」の字も見受けられなかった。


 その間にも砲弾は降り注いだ。砲弾が直撃して即死するならまだ良い方で、土砂の流れに巻き込まれ、生き埋めに成る者や、中途半端な距離にいた為生存は絶望的で有り乍も死に切れずもがく者までいる。


 泊居の赤軍前線基地はさながら地獄絵図であった。


 不意にスニェークの体に悪寒が走った。頭上を見上げると、死神がスニェークへと向かってきているところであった。


 紀伊型三隻は零式水観からの弾着観測を元に、泊居をしらみつぶしに砲撃していた。それから逃れ得る赤軍兵は、いなかった。


 もし、生存者がいても気がつかなかっただろう。上空を北へと飛ぶ大型航空機の存在に。

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