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「ほら、これで目を冷やしておけよ」
「ありがとう」
近くにあった水道でハンカチを濡らして私に手渡してた。それを目元に当てると、ひんやりとした感覚が熱を吸い取って楽にしてくれる。
武道場入り口の二段程度ある段差に腰を下ろすと、少し離れたところに黒蜜が同じように座った。
「もう平気か?歩いて疲れたか?」
「・・・うん」
「飲み物折角買ったのに落として、そのままだ。もったいないことしたな」
「そうだね」
「あの転校生は、どうしてお前ににあんなことしたんだ」
「わからない。でも、悪意はなかった・・・・・・はず」
「そうじゃなかったら俺があの場で殴り倒してた」
「それはダメだよ」
「そうか」
「うん」
そんな話をして、そのうち会話が途切れて。普段からあまり人が通らない武道場の近く、文化祭で他の場所から色んな声が聞こえてきてよりここが静かに感じる。
そのうち黒蜜が「よっと」と立ち上がっておもむろに歩き始めた。ウロウロして、私の近くを歩いて。それから武道場の壁に背中を預けてから私に言った。
「俺、部活とか稽古とか、それに毎日トレーニングとかして・・・強くなったんだ」
「うん、知ってるよ」
私を真っ直ぐ見つめて、そう告げた。まるで宣言するように、私に向かってそう言った。
知ってるよ、黒蜜はいつも一生懸命だよね。毎日毎日努力して、力を手に入れて。強くなった。
「この前もな、大会で凄くいいところまでいったんだ。色んな人から『凄い』って言われて」
「うん、毎朝走ってるのも知ってるよ」
「知ってたのか」
「まあね」
「でもそれだけじゃないんだよ・・・」
「?」
「お前が俺のこと強くなったって認めてくれただろ」
「あ・・・」
今度は隣に座って、私の手をとった。ゆっくりと指をなぞって、それから・・・柔らかく包むように手を握った。
「今日、力加減がわからなくて途中で離しちまったけどさ」
そこで黒蜜は私の手をつよく、強く握り直した。
「もう離さないよ。あんな怖い思いは二度とさせないし、絶対に泣かせない」
「黒蜜・・・」
「守るって決めたんだ。そのために強くなったんだ」
手が強く握らる。でも、痛くはない。伝わる熱から、この人は心底私のことを大切にしてくれているのがわかる。
でも、だからこそ・・・
「ね、きなこちゃんもそうだけど黒蜜もね・・・」
「いいんだよ、あいつも俺も自分で決めたことだ。あんこが気に負う必要はない」
「でも」
「好きでやってんだから、いいんだ」
私の言葉を遮って、黒蜜は言う。優しい言葉を、どこか寂しそうな笑顔で。
その表情に胸がしめ付けられるような感覚を覚える。形容し難い、痛みを。
「・・・ごめんね」
「泣きそうな顔すんなよ。それに俺はそんな顔で謝られるより、笑って『ありがとう』って言って欲しい」
「・・・えっと」
「いいよそれはまた今度で。さ、もう目もだいぶ良くなっただろ。気分も落ち着いたか?」
「うん。もう大丈夫だよ」
「んじゃまあ、休憩もそろそろ終わるし帰るか」
「そだね、遅くなると怒られちゃうよ」
「きなこは怒ると怖えもんな」なんて言いながら黒蜜が立ち上がる。そのまま私の手を引いて歩きだした。
・・・あれ?黒蜜本当に手を離してくれないけど、もしかしてこのまま教室に戻るつもり?いや、確かに『離さない』とは言ったけどここまでする!?どうしよう。さっきもさんざん手を繋いでいたはずなのに、今更凄く恥ずかしい!でもここで急に離すのも変かな・・・?手汗とか凄い出てるように思われたらどうしよう!
ああ、意識し始めたら余計気になって来た。どうにかしてこの状況を打開しないと・・・!
なんて一人で勝手に焦っていると、後ろからパァン!と繋がれた手にチョップが入れられた。
「へっ!?」
「あんこ、どうしてこいつと手なんか繋いでるんだ!」
「ディア・・・!?」
振り返ると、すぐ後ろに何やら怒ったような形相で手を振り下ろしたディアがいた。