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「いやぁ、助かった。ありがとう」
「まったく、驚かせないでよね!」
「まぁ、何もなくてよかったよ。本当に心配したんだから」
「すまなかった。しかし、僕のためにあそこまで動揺してくれるなんて嬉しいよ」
「あんこは優しいから、倒れてたのがあんたじゃなくてもあれくらい動揺するわよ」
すっかり元気になったディアがそうニヘラと笑ったのを、きなこちゃんが後ろからチョップを下す。それを止めるわけでもなく、少し離れたところで呆然と眺める。
さっきまでの緊迫した空気はどこに・・・・。変なの。こんなやり取りができるようになったことを、心のどこかでよかったと思っているなんて。
結局のところ、どうしてディアはあんなにもお腹を空かせてたんだろう?
ギャーギャー騒いでいる二人を止めるように、口を挟む。
「でもさ、なんであんなになるまで何も食べなかったの?」
「・・・・・・」
問いかけても答えが返ってくることはなく、代わりにディアは首をかしげるばかりだ。何秒かの沈黙の後、彼は「ひらめいた」と言わんばかりの表情で、とんでもない質問をしてきた。
「『食べる』とはもしかして、先ほどのように口に何かを含んで体内に吸収することか?」
そしてまた、沈黙が続く。一瞬思考が停止していたようにも感じた。やがて、きなこちゃんが沈黙を破る大きなため息をつく。
「ごめん、あんこ。私には、ディアがまるで食べ物を食べたことがないみたいなことを言ったように聞こえたんだけど」
「・・・・私もそう聞こえたよ」
「何か違ったかい?」
「いや、あってるけど・・・・」
「じゃあ何。あんたはその行動を地球に来てからしなかった、ってこと?」
「地球に来てからどころか、あのようなことしたのは生まれて初めてだ。元々、我が冥王星ではそのような習慣がない」
「・・・・・・・・・」
今度は二人してため息をついてしまう。そして最早お約束ともいえる沈黙。
・・・・なるほど、冥王星に住む宇宙人は食事をしないのか。最近は要らないことばかり、どんどん学習していってる気がする。どうせ覚えるなら、宇宙人の生態よりも英単語を覚えたい。
でも、これで納得がいった。食事をしたことが無いのなら、食べ物を知らないのも無理ない。人間の体も初めてで、空腹という感覚も初めてなのか。
「でもさ、ディアは前世の記憶があったんでしょ。だったら倒れることはないんじゃないの?」
ふと、きなこちゃんはディアに問いかけた。
・・・・そう言われればそうだ。前の記憶があるのなら、食べ物の存在を知っていてもおかしくないはずだ。
「僕たちの前世でも、食べ物は必要としなかったぞ」
「え?」
私が考えている途中で、ディアはさも当然のようにそう言い放った。
前世でも必要としなかった?食べ物を?僕『たち』?
「もしかして私たちの前世って、人間じゃあ・・・・」
「人間じゃなかったぞ。それがどうかしたか?」
「・・・・・・・・・・!?!?」
それを聞いた途端、まるで雷に打たれたかのような感覚が体を駆け抜けた。
突然明かされる、衝撃の真実。いきなりのカミングアウトにも程がある。
私の前世が宇宙人だったなんて知りたくなかった・・・・っ!!何てことを言ってくれたの、ディア。よりにもよって、きなこちゃんもいる前で。
近くで聞いていたきなこちゃんも、言葉に詰まっているのが見え見えだった。「まぁ、今は人間だからいいじゃん!」なんて無理やりな慰めの言葉をかけてくれる。でも冷や汗ダラダラかいてるの、まる分かり。
それ、今の私には逆効果だよ。余計惨めな気持ちになっていくばかりだって。
勘弁してほしい・・・・・・・・。穴があったら埋まってしまいたい気持ちで、一杯だ。
こんなことになるなら、ディアのところに来るんじゃなかった。