異世界転移にはチートがつきもの。(仮)
異世界転移にはチートがつきもの。
そのはず、なのに。
「だ、騙された……」
黒髪の男が一人、荒野で膝ついていた。
作業服姿の、中肉中背で平凡な顔立ち。作業員をしている一般人です、と言えばそのまま通じる日本人である。実際その通りであった。
その目の前には、散乱した兵器(仮)があった。
何故(仮)がつくというのかは、また後で説明するとして。
この一般人な男が荒野にいる理由は、とっても単純なことでして。
異世界転移、ということでございます。
詳しく説明すると、その日の朝に遡る。
男はもうすぐ中年というお年頃で、独身。家はアパート一階の1DK。家賃は3万2000円也。男のいる田舎だと普通のアパートになる。
物にこだわりの無い男であるが、アパートの一室には一風変わったものがある。
それは、ホームセンターで買った小さな神棚である。買った理由もなんとなく、という感じで。
買ったからにはちゃんとやった方が良いのかな、と男は思い、それ以来、朝起きたら新しい御神酒に取替え、毎日お祈りするのが日課となっていた。
その日は昨晩ネット小説を見ていたので、「異世界行ってみたいな」とお祈りしてみた。
そして日課を済ませて作業服に着替えたら暗転。
気がついたら一面真っ白な空間に立っていた。
人型の光る靄が言った。
最近のネット小説にあるようなチート転生をしてみないか?と。
これは、あれか。
なんか知らんが、きっとお祈りが通じて神様が願いを叶えてくれるのか?
ファンタジーだ!
俺TUEEEだ!!
ハーレムだ!!
なんとも浪漫溢れる話に、男は食いついた。
ただし、「チートになりすぎると色々と問題がある。制限が要る」とのことで、男は神様と協議することに。その結果、幾つかの設定が設けられた。
・転生先は剣と魔法の世界。
・男には「人間の健康な身体」、「近代兵器の召喚」、「その世界で使用される人種の言語と知識」を与えること。
・召喚できるのは各国の陸軍が第二次世界大戦中に開発、または使用された兵器と弾薬。
・男には召喚できる武器弾薬の知識、及び使用と整備方法を与えること。
・10段階のLv制が動員され、Lvが上がるごとに召喚できる武器の性能、品質が上がる。例えば、Lv1では弱い武器しか召喚できないが、Lv10になれば大型爆撃機、超重戦車などまで使用できる。
・召喚できる量に制限は無い。また自由に消すことも可能。ただし、疲労という形で現れるため注意が必要。
この条件で異世界へと行くことになった。
男は神様に感謝を告げ、そして異世界だと思われる荒野に降り立った。
自分の手を見てみれば、皺に油が染み込んで刺青のようになっていない。
昔の、若い頃の手である。
神様の話は本当だったんだ!これは期待できる!
早速、貰ったチートを確かめてみよう。
神様曰く、目を瞑り、意識すれば脳裏に浮かぶらしい。
特殊スキル:兵器召喚(英国面)Lv1
……………………うん?
幻覚が見えた。どうやら、浮かれすぎて疲れたらしい。
リラックスして、もう一度、確認する。
特殊スキル:兵器召喚(英国面)Lv1
…………………………英国面とは、なんぞや?
答え:英国人的な変態発想と表現によるもの。
詳しく説明すれば、着想と思想的には正しくても、頭のネジが吹き飛んだ技術者達が変態的な考えで横道に逸れまくり、まあちょっと違う方向に頑張ったので発想がぶっ飛びすぎていたり、技術的に欠陥を抱えていたりするもの。
具体的に言えば、
・塹壕を越えるのに戦車にロケットブースターくっつけて飛んで超える(当然失敗した)。
・ドイツの急降下爆撃機に対抗するために対空火炎放射機(何故に火炎放射?)。
・ドイツの夜間爆撃機に対抗するために攻撃機の機首にサーチライトくっつけて照らす(照明係なので、攻撃は別の機体が行う)。
等々。
この英国面は諸外国にも感染する恐ろしい病であり、一度疾患するとほぼ確実に治らない。諸外国で感染した場合は日本面や米国面、独逸面と呼ぶようになる。
「違うそうじゃない。なに冷静に解説しているんだ。何で(英国面)って付いているんだ」
とりあえず、いやな予感がしながらも、どんな兵器が出てくるか試してみた結果。
出てきたのは、ホームガード・パイク、No.76特殊焼夷手榴弾、ノースオーバープロジェクター、ロングボウ、ゴルフクラブ、………。
「……………………………………さいあくだ、かんべんしてくれ」
絶望しかない。
さて、これらの名前を聞いてピンときた方は素晴らしい。きっと変態の称号が貰えるだろう。
分からない方の為にひとつずつ解説していく。
まず、最初の三つは我が道を逝く変態紳士の国、イギリスで造られた『本土決戦用』兵器である。
第二次大戦初期、ダンケルクの戦いでイギリス軍は欧州大陸から叩き出され、ドイツ軍による英本土上陸が現実味を帯びていた状況だった。
また兵の大半は撤退できたものの、大量の重火器を失ったために深刻な武器不足に陥っていたのだ。
そこでイギリスでは倉庫から第一次世界大戦時の機関銃やマスケット銃など根こそぎ武器弾薬を引っ張り出し、更に大量生産可能な兵器を開発したり、民間人の志願者を集めて「ホーム・ガード」という防衛組織を編成した。このとき、各自で自動車に鉄板を張り付けて「装甲車」に仕立て上げたり、家伝の長剣やゴルフクラブなどで武装したのだ。
ここまでは良い。だが、英国面に堕ちた変態紳士達が考えた『大量生産可能な兵器』が問題だった。
・ホームガード・パイク
「もう槍でもなんでもいいから武器作れ!」という当時の英国首相チャーチルの言葉をそのまま解釈して生産された兵器。鉄パイプに銃剣を溶接しただけ。
要するに英国版竹槍。鉄製なだけマシとは言ってはいけない。
・No.76特殊焼夷手榴弾
やって来るだろうドイツ戦車に対抗するために生産された焼夷手榴弾。SIP手榴弾として広く知られた。ベンジン、水、黄リン、そして生ゴムの薄片が封入されたガラス瓶であり、目標に投げ、割れると空気に触れた黄リンが発火し、ベンジンが燃える仕組みになっている。
直前まで水中に保存しないと発火する危険がある上、ファーンボロで行なわれた実験では目標となった戦車の乗員曰く、「少しも脅威を感じなかった」。
・ノースオーバープロジェクター
ホームガードのロバート・H・ノースオーバー少佐によって考案された対戦車兵器。
見た目は天体望遠鏡だろうか?簡素な尾栓を備えた金属管に三脚に取り付けた物で、マスケット銃の雷管によって着火された黒色火薬によって弾体を撃ち出す。構造はマスケット銃と変わらない。ちなみに弾体は前述のNo.76特殊焼夷手榴弾である。
簡素な構造だったが、三脚が直ぐ壊れる上に射程が短く、弾体が薬室内で割れる事が多かったため怪我人が続出。また運良く発射出来ても、砲煙で直ぐに発見されるという……。
・ロングボウ
英国で使用されていた長弓。イチイ、またはニレの単一木材から作られている。英国では新石器時代の遺跡から発見されるなど非常に古くから使用されていたようで、中世では十字軍遠征や百年戦争などで大いに活躍した。後に銃火器が登場したことにより衰退していった―――。
――そのはずなのだが、第二次世界大戦において、ジャック・チャーチルなる(変態)英国軍人がロングボウにより敵兵を射殺する戦果を上げていたりする。
余談だが、この英国軍人は新設されたコマンド部隊に参加(参加理由:良く分からないけど、危険な任務が一杯で楽しそうだから)した時、バグパイプを演奏した後にクレイモアで抜剣突撃して見事作戦を成功していたりする。
・ゴルフクラブ
ホームガードが装備していたゴルフクラブ。いつものゴルフするように大きく振りかぶって、球の代わりに相手の頭にフルスイング!
ナイスショット。
「これ、近代兵器だよな?近代で生産された兵器だよな?」
残念ながら、全て近代で開発、もしくは使用された兵器です。はい。
「どうしろってんだ!俺にジャック・チャーチルの真似をしろってかッ!無理に決まってんだろうがッ!?せめてブラウンベス寄越せやッ!」
荒野で絶叫してなんともおかしな願いを叫ぶ男。
ジャック・チャーチルのような能力があればチートなんて要りません。存在がチートなのだから。
ちなみにブラウンベスはフリントロック式のマスケット銃です。段々と近代兵器というものが分からなくなっているようだ。
さて、男はこんなチート(?)で、美人な彼女ができるのか、ハーレムが作れるのか。そもそも生き残れるのか。
それは誰にも分からない。
おまけ
男「もしかして、チートくれるならジャック・チャーチルとか船坂弘並みの能力にしてもらえれば良かったんじゃね?」
神「それじゃチートすぎるから駄目」
男「(´・ω・`)」
楽しんでいただけたら幸いです。