半分のコップ
別れの話
一人暮らしを始めるとき。ついなんとなく、ペアのコップを買った。自分ようのマグもお客様用のカップもすでに持っていたのになぜか買ってしまった黄色と水色のコップ。
彼はそれでよくビールを飲む。私は黄色のコップに梅酒を入れた。二人でなんともなしに乾杯して晩酌して。同棲ではなく、恋人同士のお泊まり会は週に何度かあって。いっそ同棲してもいいのだろうけど、そこまでじゃなくて。なんていうか、気持ちとか物理的なこととか、あと面倒な申請とか。それを乗り越えてまでしたいとも、思わなくて。
だらだら、といってしまうとなんだか残念な気持ちになる恋人関係ではあった。
だからって失ってもいいとは、思っていなかった。
「ごめん」
割れた水色のコップを散らかしたまま、私は目の前にいる彼の言葉を受け止めるのに必死になった。
好きな人ができたから、別れたい。彼はそう言った。すぐに割り切れるほど軽い関係じゃなかった。でも、もう自分を愛さないという男を好きでい続けることができるほど健気でもなかった。
黄色いコップに緑を入れる。別れてから一週間が過ぎていた。
使い切れなかった、パセリや大葉を水につけておく用に飲みものの入れ物としては使っていないコップ。でも捨てられもしなくて。未練というよりは愛着というか。いややっぱり未練なんだろうか。
気持ちを整理しようにも彼は日常になりすぎていて。失ったのはイコール死んでしまいましたと言われているような気分で。だったらある意味、遺品とも言えるコップを捨てなくてもいいんじゃないかと思う。これってやっぱ未練じゃないか。
「情けな……」
社会人になって数年出会いも別れもそれなりに経験した。かといって慣れるものでもないのだ。
梅酒はもうマグでしか飲まない。あの日割れた片割れのコップは探せばたぶんまた買える。けど彼の使った水色はもうこなごなになって壊れてしまった。
黄色のコップだけがしっかりと割れることなくここにある。
今度はペアでなくバラで買えるグラスにしよう。私はそんなことを思った。