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 しんどそうな有坂を教室へ連れて行くと、泉水も気がそがれたのかそのまま何も言わず自分の席へ帰っていく。

 なんとなく流れで俺も自分の席へ行ったが、HRが始まるまで十分もないとはいえそのまま座っているのも手持ちぶさたな気がしてまた立ち上がった。

 後ろでゲームをやってる織田たちのところへ行くつもりだった。

 

 泉水はぼんやりしていたし、有坂はうつむいた姿勢で肘をついている。いかにも具合が悪そうなせいかいつもの取り巻きどももそばにいない。

 蒸し暑い教室にいるよりクーラーの効いている保健室へ行った方がよさそうなものだが、かといって強制する筋合いでもなかった。友達でもないし。

 それこそ取り巻きどもの出番だろうに、いつも周りにいる連中は何をしているのかとなんとなく教室を見回せばそれぞれに集まって喋っていたりノート写してたりだ。


 冷たい奴らだな、と思うものの不思議なことに違和感がない。

 それと同じ感じをついさっき階段で受けたばかりだ。

 しんどそうな奴をつかまえてこういうのもなんだけれど、俺が知っていた有坂幸夜という人物は以前泉水にも言ったように、こんな風にそこに存在してることに気づかれないのが自然なくらいひっそりとしていた気がするのだ。


 けれど俺の記憶がそんなはずはないと言う。つい一昨日までクラスの中心でにこにこ笑っていた有坂幸夜も知っているのだから。


「ちょっと、邪魔なんだけど……」

 不意にすぐ至近距離で面倒そうな声がして我に返った。

「あ、お前……」

 昨日一瞬探していた、ことすら忘れていたが怪訝そうに見上げてきてる由井央子になんとなく声をかけてしまった。

「は?」

 うるさそうに前髪を片手でおさえながら、由井はぶしつけに呼び止めた俺をまじまじと見た。

「なに?」

「……いや、えーっと」

 もう今更由井に泉水の携帯について尋ねるのもバカバカしすぎる。


「なんか最近元気ないって昨日誰か言ってたけど」

 とってつけたような話題振りだったせいか、由井の眉間に盛大にしわが寄った。

「誰?」

「誰って、誰だっけ……」

 名指しするのも言いつけたみたいになるかとぼかしたが、由井は迷惑そうに肩をすくめる。


「元気ないとかバカみたい」

「そ、そうか……」

 なんでこいつはこんなに不機嫌なのだろう。有坂のごとくいつでも笑顔を絶やさないキャラでもないが、かといっていきなりつんけんしてくるタイプでもなかった気がする。

 キャラじゃないって昨日も考えたな、あれは泉水のことだったが。



 このクラスは一体どうなっているんだろう。どいつもこいつも、急に今まで思っていたようなキャラじゃなくなってる奴が多すぎないか。

 何か、起きたのか――――。


「だいいちあんたにだけは言われたくない」

「え、俺?」

 他のことを考えていたので急に由井に睨まれてびっくりした。俺がいったい何をしたというのだ。


「なんかしたっけ?」

「え?」

 由井は怪訝そうに俺を見つめたが、首をかしげる。

「なんだっけ」

「なんだっけってことはないだろ。なんかあんだろ」

 尋ね返したが、由井はもう無言のまま俺をすり抜けてさっさと行ってしまった。

「おーい、ついでに言ってけよ」

 声をかけたが振り返りもしない。

 まあ、いつまでも教室でやりあっていればその分おしゃべり雀たちが後から集まってちゅんちゅんさえずる餌をやるだけなのだが。


 腑に落ちないまま、結局チャイムの合図で席に戻った。

 

 そこからは普段どおりに授業をこなし――と言いたいところだが二限目が始まるころには俺にもひどい倦怠感が襲ってきた。

 遠泳でもやった後のように全身が重くだるい。こないだ階段でぶっ倒れている時もこんな感じだったが、なんなんだ。

 本当にこのクラスにはたちの悪い疫病が蔓延しているのか、はたまた悪い流行神でも祟っているのか? 

 頭を持ち上げているのもだるくて、机の上に伏せながらバカげたことを考える。

 

 たまたまだ、と理性は言う。当たり前だと自分自身同意しているのに、耳の奥脳味噌の手前で何かが俺に警鐘を鳴らしている。それも正反対のものが同時に。

 考えるなと脳のどこかで響いて広がる声と、思い出さなくてはならないと内側へ内側へと侵食してこようとする強い気持ち。

 相反する内容がせめぎあって、余計に疲弊した。


(だけど、なんで思い出さなくちゃいけなくてどうして考えちゃいけないんだ?)


 それが大事なものだからだ。問いに対してどちらも同じ答えを出すのに、どうして結果が真逆になるんだろう。わからない。


 教師の声もクラスメートたちのざわめきも、全てが遠く聞こえた。水の中にもぐっているみたいだ。遠くで光が揺れている。

 昼休憩までがひどく長く感じた。

 

 体が重くて動くのも面倒だが、昼は食わなくてはならない。いつでも食というのはだいじだ。

 どんなに具合が悪い時でも、大事な人が……そばからいなくなった時でも。


 大事な相手って誰だっけ。大事なこと。大事な話。

 今朝家を出る時、母親がシジュークニチがどうとか言っていた。大事な話なのだからちゃんと聞いておけと。確か噂話が消えるまでの日数だったか。

 いや、それは違うといつだったか誰か言った気もする。誰だっけ。


 いや、今はそんなこといちいち考えてる場合じゃない。とりあえず飯だと購買に行くつもりで席を立った。

 有坂は昼飯はどうしたのだろう、と余計なお世話だが姿を探してみたが教室のどこにもいなかった。

 いつも一緒に昼飯を囲んでる連中は有坂不在のまま、普段と変わらず楽しげに食事中だ。


「あれ……?」

 泉水もいない。由井央子は自分の席でぽつんと飯を食っていた。口をはさむわけにはいかないだろうが、本格的に泉水と由井は喧嘩でもしたんだろうか。

 

「なあ、有坂は?」

 有坂のグループの奴に声をかけてみたが、誰も行方を知らなかった。

「なんか体調不良が戻ってなさそうだったけど」

 なんとなく話を振ってみたが誰も関心がないのかあいまいな返事しか戻ってこなかった。


 これ以上こいつらに聞くこともないので廊下へ出る。購買へ足を向ける前に保健室へ寄ってみたが、やっぱり泉水は当然ながら有坂もいなかった。

 購買への途中にはグラウンドもある、一階には職員室も図書室もある。けれどそのどこにも目当ての姿はなく空振りだった。


 二人でどっかに行っていると決まったわけでもないが、どっちもいないのは確かだ。

 他に有坂も泉水も昼休憩に足を運ぶ場所が他にあるだろうか。

 なんでこんなかったるいのに何をやってるんだろう、と思わなくもないがついでだと買ったパンを片手に屋上へ上がった。

 有坂はともかく泉水が普段屋上を利用しているかどうかなんて、知らない。


 校舎の中と屋上を隔てる鉄の扉は閉ざされていたが、カギはかかってなかった。ためらう理由もなく開けると気圧差で中に風が吹き込む。

 

「はっ?!」


 はたしてそこに、探していた二人は揃っていたのだが――――。

 無言のまますぐさま扉を閉めて回れ右するべきだったろう。けれどあんまりにも驚いてしまって、考えるより先に大声が出た。


 人気のない屋上で風に吹かれて向かい合って立つ泉水と有坂は、何故だかしっかりと握り合った両手を顔の前に持ってきて目を閉じていたのだった。

 あまりの衝撃に目もおかしいのか、日の光の中二人が淡く金色に輝いて見える。なんの効果だ。


 こういう場面では、馬に蹴られる前にスマートに去りたいものだと常日頃映画やら漫画のシチュエーションで目にするたび思っていたのに、明らかに邪魔をしてしまったパターンだと気づいて慌ててしまいのぼせ上がってしまった。

 まだ体は後ろに下がってないのに勢いよく鉄の扉を閉めようとしたせいで足をはさみ、ドアと俺は同時に大きく悲鳴を上げた。


「うっ……」

 かなり痛いがそれでもこらえて早く消えなくては、そう思っている間にパタパタと泉水が側に来た。


「だ、だいじょぶ?」

 豆鉄砲を喰らった鳩のように真ん丸な目が俺をのぞき込んでいる。何もだいじょうぶじゃないし、そもそも声が出ない。


「はあ、ここでまた番狂わせだ」

 ため息をついたのは有坂だった。身をかがめているので顔は見えないが、朝より多少復活しているような声に聞こえる。

 まあ、ひがんでるわけじゃないが昼も食べずに女とイチャコラしていられるからには体力も気力も必要だろう。


「あ、ごめんね有坂君。だいじょうぶ、わたし今もうここですませてしまうから。……亮ちゃんもしんどそうだし」

 何を済ませようというのか泉水の手が俺の背中に添えられた。

「……でも」

「ほんとに、ごめんね」

 言いよどむ有坂の言葉を断ち切るように泉水が強い口調で割り込んだ。何の話なのだかさっぱりわからない。足がじんじんする。頭も痛い。


「でもやっぱり今だと桐生はもっとしんどいんじゃないかな……ほら」

「?!」

 有坂の言葉につられたように、体を支えきれず視界が傾いだ。息をのんだのは多分俺ではなく、泉水だったと思う。


「時間はないけど、無理も良くない。桐生の負担はここまでかなり大きい。……もっとじょうずにできたらよかったんだけど。ごめんね」

 耳元で聞こえた声が、泉水への謝罪なのか俺へ向けられたものなのかはわからなかった。

 意識がゆっくりと黒く沈み込む。眠い。


「魔法が、終わる……」

 泉水が、小さく小さく呟いたのが聞こえた……。 

 

 

 





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