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「あれ?」

 昼休み、食糧確保に行った購買から戻ってようやく違和感の正体に気が付いた。

 朝から泉水を見ていない。


 席にカバンもないので、どうやら休んでいるようだ。

 しかし、風邪だかなんだかで同じく欠席している有坂幸夜の不在はHRが始まる前から知っていた。誰かが休みだからどうのこうのと喋っていたのがなんとなく聞こえていたからだ。


 だからどうした、というわけではないが教室内で泉水はそんなに影が薄かったろうか?

 確かに率先して発言したりなにかの行事に先頭にたつようなタイプではなかった。それにしても欠席が誰の口にものぼらないほど、そんなにおとなしいキャラではないはずだ。


 そもそもどうして俺は気が付かなかったのだろう。

 最近は朝っぱらからげた箱や廊下で顔を合わせることが多いのに、今朝は見かけなかったがまるっきりなにも感じなかった。

 そんなもんだろうか?

 

 いつも当たり前みたいに近くにいるから、それが普通になってるのか。

 だからいなくなってもわからない。

 そんな馬鹿な。

 そこまで考えて、何か嫌なものを見た時みたいに両腕にぞわっと鳥肌がたった。

 なんか変だろう。

 

 ポケットから携帯を取り出した。

 メールの着信がいくつかあるが、どれもゲームサイトのインフォだったりで泉水から連絡は来ていない。

 いちいち学校を休むから、と俺にメールをしてくるようなことはこれまでもなかった。それはこっちも同じだ。

 一応電話番号も登録しているが、こちらはかけたこともかけられた事もない。わざわざ電話で話すような用件がないからだ。

 最後にメールが来たのは履歴をたどれば、これは五月だ。

 泉水が由井央子と尾道へ出かけた時に、どういう理由かは知らないがよく行くゲームショップの店員の写メを添付して送って来た。

 アップになったオッサンの顔に度胆を抜かれたものの、返信はしなかったはずだ。


 携帯を握って少し迷った。

 わざわざ電話をかける用事なんて、なんにもない。

 本人曰く扁桃腺が弱いとかで、季節の変わり目にはしょっちゅう喉から風邪を引いたと一日二日休むのだ。


 だから……だから、馬鹿げてると自分でもわかっているのだ。

 わざわざかけなくていい。かけないほうがいい。


 ぐるぐるとまわる思考を断ち切るように、発話ボタンを押した。


「あれ?」

 びっくりして思わずまた声が出た。着信音が聞こえるとばかり思っていたはずなのに、流れているのはこの番号は使われていませんのアナウンスだ。

 思わず液晶をにらみつけてしまったが、確かに泉水の名前がそこに表示されている。


 確かに今まで一度もかけたことはないが、間違えて登録しているということはない……はずだ。

 

 絶対にとも言い切れないのでしかたなく、簡単に一言だけ入れてメールを送ってみる。

 返信は直後だ。

 残念ながら泉水からじゃなく、MAILER-DAEMONからだが。


「なんだこれ……」

 内側のもやもやがはっきりと大きくなって不快感になった。

 携帯を機変したんだろうか。泉水が使っていたピンクのガラケーを思い出す。最近は違うのを持っていたか?

 覚えがない。

 そもそも新しいのも何もこの最近泉水が携帯を手にしている姿を見た記憶自体がなかった。


 いや、それ以前に……。


 俺は席から立ち上がり、由井央子の姿を探した。由井も小学校からずっと同じで、泉水とはクラスが違っても一緒にいる友人の一人だ。

 最近二人が一緒にいるところを見た覚えはないが、こないだ由井を待っている、というようなことを言ってた気はするから携帯の番号くらいは当然知っているだろう。


「あれ?」

 三度同じ台詞が口をついて出てくる。

 由井央子の席付近に本人はいない。かわりに別の女子が陣取って輪になりのんびりポッキーらしきものをつまんで笑っている。


「おい、由井は?」

 とりあえず尋ねてみると全員が知らないと声をそろえた。

「由井ちゃん、一人でどっか行っちゃうから」

「まあね、こっちも声をかけづらいし」

 がやがやとそんなことを口々に言った後、また全員顔をそろえて俺を見てどこか気の毒そうな表情を浮かべている。

「急ぎの用?」

「……いや、そんなんじゃないけど」

 別に当てが外れたくらいでそんなガッカリした顔をしたつもりはないのだが。


「戻ってきたら言っとくよ。桐生がめっちゃ探してたって」

「おい、なんで話をでかくするんだよ」

「じゃあちょっと探してた」

「なんにも言わなくていいから」

 女たちのワールドにはつきあいきれず、ほうほうの体で退却した。逃げるが勝ちだ。


 というか、いまさらだが別に由井じゃなくても今の連中に聞いてみれば知ってるやつも混ざってた気がする。

 しかしもう一度話しかける気にはなれないし、あの妙に哀れまれた目で見られるのがなんか嫌だ。


 急ぐ用ではないのだし、携帯の番号が知らない間に変わってたからといってなんだというのだ。

 帰ってから苦情を入れればいいだけだ。いや、具合悪くて寝てるやつに文句を言いにいくのもなんだから、復活したときで十分に間に合う。

 ……はずだ。


 部活もあるし、と口の中で呟けば言い訳がましく響くのはなんでだろう。

 迷ったが、結局この日は泉水の家には寄らないまま家に帰宅した。


 

 翌日は一学期の終業式前日になる。

 机やらロッカーやらにしまい込んだままの教科書や日用品の類いもすべていったん自宅に持って帰らないと全部没収になるのがうちの学校のルールだ。


 なので、終業式当日に大荷物になるのを避けるためこの日に学校を休むやつはほとんどいない。前日欠席していればなおさらだ。


「おりょ」

 朝のげた箱で靴を履き替えてたら、いつものように現れた泉水は丸い目をさらに丸くして俺を見ていた。


「どしたの、元気なくない?」

「はい?」

 病み上がりと思われる相手に言われる台詞とは思えず、反射的に尋ね返した。

「そりゃお前だろ、昨日休んでたんだから。なんだよサボリなのか?」

「え?」

 泉水は最初きょとんと首をかしげた。すぐに何か思い当たったように両手を叩く。

「……あー、うん。いやまあ、風邪でね?」

「なにがだよ」

「いやいや、そっか。わたしがいなくてさみしかったんだね?」

「……なにがだよ」

 曖昧な返事に一瞬苛立ったものの、すぐにしゅううと萎えてしまった。最近はこいつ自身が振ってくることもあるが、真面目な話をするのは本当に難しいのだ。


「まあ、なんともないんならいいけど。っていうかお前携帯」

「へ?」

「番号変えた? 繋がらないんだけど」

 そういえばと思い出して続けると、泉水はぱちぱちと瞬きを繰り返した。そして笑う。


「ふふふ、そっか。亮ちゃんは泉水ちゃんがいなくてさみしくてわざわざ珍しく電話までかけてくれたんだ」

「アホか!」

 茶化されてるのはわかるが、それでも聞き流すことができず突っ込まずにはいられない。

「ふふーん、そうかそうか」

 泉水はひらりと水色のスカートを翻して前を歩いて行く。それを追いかける形になって俺は背中に向かって話しかけた。


「だからそんなのどうでもいいんだけど、本題じゃないだろ」

「そう?」

 くるりと泉水が振り返る。まだ笑っていた。


「本題なんだっけ。心配して電話かけたけど、電話が繋がらないから番号変えたかどうかだっけ?」

「……もういい」

 もう金輪際電話なんてかけないという気分にさせられてため息をつく。


「あはは、亮ちゃんが拗ねちゃった。……あれ?」

 階段を上がりかけていた泉水の丸い目がびっくりしたように見開かれている。こちらを向いているが、視点の先は俺じゃない。


「有坂君、大丈夫?」

 肩越しに泉水がその名前を呼びかけた。

 つられて振り返れば階段を登ってくる生徒たちの中にひっそりと有坂幸夜がいる。

 俺もびっくりした。


 それは泉水と違っていかにも病み上がりといった風情のいつも白い顔がさらに青白くなっていることだけではなく、一昨日まであんなにくっきりと存在感を示したヤツが一瞬探さなくては他の連中に埋没してわからなくなっていたことにだった。


「……おい、大丈夫か?」

 思わず俺も言葉を重ねる。

 今にも倒れるんじゃないだろうかと、数日前に階段で倒れた先輩としては同じシチュエーションに危機感を覚えた。


「ああ、おはよう」

 有坂はどこか寝起きのような、ぼんやりとした目の焦点をゆっくりと俺たちにあわせると悠長な挨拶をしてくる。


「おはよ……」

「おはよう、っていうかお前もう一日休んだ方が良かったんじゃないのか?」

 少なくとも教室じゃなくてこのまま保健室へ行くべきだと思ってそう言ったが、有坂は首を横に振る。


「大丈夫だよ」

 ちっとも大丈夫じゃない顔でそんなことを言われても返事に困る。有坂はそれを察したのかつけくわえた。

「休んでなんていられないよ。……それに明後日からは嫌でもゆっくりできるしね」

「……ああ、まあな」

 夏休みに入れば確かに有坂のような帰宅部で、強制補習の心配のないヤツはいくらでものんびりできるだろう。


「もう時間がないのに……」

 有坂は小さな声で呟いたが、その先は聞こえなかった。


 時間がない。以前もそう言っていた。

 なんの時間だか知らないが、タイムオーバーになったらどうなるんだろう。

 

 俺は、本能的にそれを知りたくないと心の底から思った。

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