表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の箱庭  作者: 悠月
7/9

第6夜:陽と邂逅する者

「怖かった」


少年は震える声でそう呟いた。

泥と血で汚れた頬の上を幾筋もの涙が這っていく。

薄汚れたソレはぬかるんだ地面に吸い込まれ何の意味も持たなくなる。


「死んじゃうかと思った」


幼さの抜けない顔がぐしゃりと歪む。

恐怖のためなのか、それが去った安堵のためか頼りない華奢な体は小刻みに揺れ続けている。


「怖かった・・・」


無理もない。

青年はそう思った。

青年といっても見た目よりも十倍近く長く生きている月の血脈だ。

漆黒の衣服はじっとりと重くなり死臭を纏っているが本人には傷一つ無い。

対して少年は傷だらけだ

致命傷になるものはないものの、じわりと至る所から赤い液体が滲んでいる。

これほど多くの死を目の当たりにしたことなどないのだろう。

普通に暮らしているのならば、まずそんな機会はやってこない。

これほど身を危険に曝した事などないのだろう。

巻き込まれさえしなければ己と異質な者に会うことすらなかったのだから。

青年は胸が痛むのを感じた。傷はどこにも無いというのに。

震える少年にかける言葉など見つからない。

汚れた頬を拭いてやるにしても手は赤かった。


「あんたが死んじゃうかと思った」


信じられない言葉に青年は瞠目した。

どうしたら軟弱な少年より先に死ぬ事などできようか。

ましてや自分は月の血脈。

例え首を切り落とされようとも陽の血脈に彼の命を奪う術などないのだ。


「私は闇の生き物だ。」


「それでもそう思ったんだ。あんたが死んだらどうしようって。怖くなった」



どくり



体が変な音を立てる。

さきほど受けた刃に何か仕掛けでもあったのだろうか。


「よかった」


どくり


「あんたが生きててよかった」



どくっ



息が苦しい。

何が鳴っているのか分からない。

けれども頭に響くほど大きなソレは・・・

陽の血脈に彼を傷つける事などできないはずなのに。


『なんて愚かしい』


昔の友人の声が思い出された。

友人は同族の刃の前に倒れたのだ。

身を投げ出した陽の血脈の子どもをかばって。

愚かしい。私こそがそう思った。

あと数日生きるかどうか怪しい子どもを助けるために凶刃の前に立ちはだかるなど。


『どうして!』


子どもは絶叫した。

私こそがその答えを知りたかった。

こんな見ず知らずの異種のために長年の友人を失うのだから。


『なんて愚かしい』


生を望みながら己からみれば異端な我らを助けようなんて。

そして


『それ以上になんて愛おしい』


友人は血があふれ出す唇で笑みの形をとった。

そんな気持ち分からない。

理解できない。

そんなもののために失うのか。

悲しみよりも憤りのほうが強かった。

そんなときでも聡い友人は


『お前にもいつか分かる』


そう言って瞳を閉じた。深く静かな泉のような青をたたえた瞳は二度と開かない。


「ありがとう」


少年は涙を拭ったが、頬は余計に汚れていた。


「・・・」


生きていて良かったなど言われた事などないだろう。

彼らの生きる夜の生はそんなものを麻痺させる。


「もう行け」


用事が済んだのなら関わるべきではないのだ。

世界が違うのだから。

たとえこの音の原因がちっぽけな少年のせいだとしても。


「うん」


落胆と決意とを滲ませた声。

少年は歩き始めた。振り返らずにもう一度だけ


「ありがとう」


青年の微かに浮ぶ笑みに照れたように月は姿を隠した






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ