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本名、《山田 夕陽のハイビスカス》  作者: かぎろ
第三話「地底人、地上を歩く」
9/21

「何で誘拐されたんだ?」


 騒動が終わって、黒スーツの男たちはぞろぞろと帰っていった。陽と幽邃はルラピケと一緒にグランドグリーンに戻るべく、舗装された道を歩いている。陽は自転車を押しながら、持ち主が許してくれるかどうか気が気でない。


 陽に尋ねられ、ルラピケは答える。 「神様だと間違えられたからです。ラブストーリーさんは、ピケのことを神と呼んでいました」

「お前の言っていることが全て分からない」 陽は首を振る。 「ラブストーリーとは何だ」


「ヒゲのおじさんが、そう名乗りました。全部の名前は、『メデタシメデタシラブストーリー』だそうです」


 幽邃が噴き出す。 「偽名か? 偽名だよな? てか、漢字ではどう書くんだ?」

 陽は顔をしかめる。 「最近はDQNネームの人間とやけに会う気がするな。この前の強盗・渡辺ワン太郎、そしてラブストーリー、更には果樹園とも再会した。こんなことがあるのだろうか。名前の神が何かを私に伝えようとしているのかもしれん」 そして人差し指を立てる。 「名前の神といえば。知っているか? 言霊学という学問がある。森羅万象が五十音のコトタマの法則によって成り立っているとするものだ。例えば『あ』の言霊が秘めるものは『森羅万象あらゆるものが現われ出る兆し』であり」


「ピケ、お前、神様に間違えられたんだってな?」 幽邃がべらべらと得意げに話す陽を無視して、ルラピケに言う。

 ルラピケは頷く。 「はい。ラブストーリーさんは自分がコウコガクシャだと言っていました。最近発見されたある遺跡の壁画に、赤い髪の人間が描いてあったそうです。神様を祀っている遺跡です。ピケの姿を見て、神様なのではないかと思ったようです」


 話を断腸の思いでやめた陽は、ラブストーリーのことを考える。男特有のもわもわした暑苦しい雰囲気が溢れ出して滞ることない変態マッチョだが、名前は非常に可愛らしい。そして、あのなりで考古学者だという。人というものを見た目で判断するのは、とても愚かしい行為なのだということを陽は思い知る。


「なんだ、ロリコンってわけじゃなかったんだな」 幽邃は煙を吐く。 「しかし、神と間違えるか……。すげぇな。で、ピケは何でついてっちまったんだ? 無理矢理ってわけじゃねぇだろ?」

「ヨウさんの知り合いだと言っていました。ヨウさんとユウスイさんがある組織の集会に行くらしいから、先に行っていようと言われたのです」


「王女様がそんな言葉で騙されていいのか?」

 そう陽が言うと、ルラピケが思った以上にしょげているので、 「まぁ、そういう、人を信じやすいというのは良いところではあるかもしれん」 と付け加えると、ルラピケが 「えへへ」 と本当に嬉しそうな笑顔になる。ここまで純粋なというか分かりやすい子供は珍しいな、と陽は思い、首を振る。


 ルラピケは誘拐されたと知っても、いまいち合点がいかない様子だった。ラブストーリーがそんなことをする人だとは思っていなかったのかもしれない。しかし、あのような変態筋肉男が何をしでかしてもおかしくないだろう、と陽は思う。純粋すぎるのもどうなのか。純粋というか阿呆なのではないか。


「おれと陽がある組織の集会に行く?」 幽邃が携帯灰皿にタバコを入れる。 「適当な嘘つきやがって」

「ダイニホンメイメイカイカクスイシントウの集会、と言っていました。ラブストーリーさんは、その組織の一員だそうです」


 ルラピケがそう言うので、陽と幽邃は首を捻る。陽は、また地底語か、と勘違いをする。その様子を見てルラピケは、手に持ったパンフレットを見せる。

 カラフルなパンフレットだった。赤や青や黄や白が、字の背景で踊っている。そして黒字で大きく 「大日本命名改革推進党」 と書かれていた。その横には 「謎花」 や 「雨流虎魂」 など訳の分からない文字が薄く書かれている。幽邃がルラピケからそれを受け取り、広げた。明朝体で、文字が書かれている。






《いま、日本に必要とされていることは何か。


 それは、景気を良くすることであり、国民に充実した老後を提供することであり、某国のミサイルから守ることである。


 それらを実現するにはどうすればよいか。


 我々 「大日本命名改革推進党」 は、DQNネームの廃絶こそが上記の課題をクリアする第一歩となると考える。》






 その文の下に 「※政党ではありません」 と書いてある。更にその下、 「DQNネームとは」 と書かれているので、陽はそれを読み飛ばす。次のページに移る。






《【DQNネームをやめれば、こんなに良いことがある!】


 【1,景気がよくなる!】自分のDQNネームのせいで悩み、仕事に精が出ない。また、本来ならば有能な人材を 「DQNネームだから」 という理由で採用しない。すると、会社の質が落ち、結果、景気が悪くなる。DQNネームを廃絶することにより、景気は回復する。


 【2,幸せな老後を満喫できる!】DQNネームの高齢者は、その可愛らしい名前と自分とのギャップに苦しみ、結果、自殺する。また、高齢者はDQNネームのせいで性格が歪んだ人にオレオレ詐欺をされてしまい、結果、自殺する。DQNネームを廃絶することにより、老後を快適に過ごせる。


 【3,他国の軍事的脅威から守られる!】DQNネームは世界を平和から遠ざける。結果、第三次世界大戦が勃発する。DQNネームを廃絶することにより、世界平和がもたらされる。》






 陽と幽邃は、無表情のまま黙って次のページを見る。ありがちな萌えキャラが、安売りした笑顔を貼り付けてポーズを決めている。






《こんにちは! 大日本命名改革推進党のマスコットキャラクター、メイたんだよっ☆ 今回は、いろいろなDQNネームを紹介しちゃうよぉ!(キャピキャピ)


 【DQNネームその1・謎花ふしぎばな】あるゲームに登場するキャラクターの名前だよ。そのキャラクターは人間じゃないのに、親は自分の子にこんな名前をつけたんだ。チッ、そんな親いなくなっちまえばいいのに。クソが。 【改善例・華子はなこ】普通すぎる、と侮るなかれ! 先人が考え出したこの名前は、華やかで美しい人に育って欲しいという願いが込められているよ! ちょっと捻った名前がいいっていう人は、「櫻子」なんていいかもねっ☆


 【DQNネームその2・雨流虎魂うるとらそうる】音楽ユニット「ビィズ」の名曲、「ultra soul」からとった名前だよ。かっこいいように見えるけど、ビィズのライブで「ウルトラソウッ!」って叫んだ人に自分を呼ばれたと勘違いして「なんでしょうか?」とうっかり反応して恥をかくかもしれないよ。ペッ、だから深く考えずに名づける親は嫌いなんだよ。ゴミが。 【改善例・虎男とらお】虎のように強く生きて欲しいという願いが込められた、シンプルかつ素晴らしい名前だよ! メイたんは、こんな名前の男の子と付き合ってみたいなぁ……///》






 他にも様々な名前が連ねてある。陽と幽邃はそれらに軽く目を通した後、パンフレットを裏返した。「DQNネームのない未来へ――。」と斜体の黒字で書かれており、その下には大日本命名改革推進党の連絡先が印刷されている。


 幽邃は黙ってパンフレットを閉じる。ルラピケに渡そうとしたがやめて、陽が押す自転車のカゴに入れた。そして、ため息混じりに呟く。

「バッカじゃねぇの、陽」

「何で私なんだ」 陽は、DQNネームを嫌うのは私だけではないだろう、と憤慨する。






 ▽






 陽が借りた自転車は、幽邃の友人である大川という男のそのまた友人の物だったらしい。グランドグリーンの自転車置き場で陽たちと大川たちは話している。


「僕の自転車がいきなり盗まれたと思ったら、大川が来て『東野さんはそんなことする人じゃない。利子と一緒に返してくれるさ』と言ったから、ここで待っていたんです。いやぁ、返してくれてよかった」

「利子?」 陽はどんな要求をされるのかと身構える。

「利子です」 大川の友人は嬉しそうに頷く。 「いやぁ、さすがですね東野幽邃さん。さっき黒スーツの男の人が現れて、ディッズニーランドのチケットをくれたんですよ。利子だよ、って。僕の彼女と一緒に行ってきますね。ありがとうございました」


 陽は力を抜き、幽邃は 「いやいや元々は陽が悪いんだし」 と笑う。ますます幽邃に頭が上がらなくなってしまった、と陽は落ち込む。ルラピケはそれを見て、 「元気を出してください」 と励ますが、何故落ち込んでいるのかは分からない様子だ。 「うむ」 と陽は俯いたまま呟く。


 そもそもラブストーリーがルラピケを誘拐しなければ、と陽は思う。大日本命名改革推進党め。……果樹園は一体、何を考えているのか。どうせ金持ちの道楽だろう。また会うことになると言っていたが、あんな組織と関わり合いになるなど御免こうむる。






 ▽






「なんだか、親子みたいですね!」


 ノスバーガーへ行く途中だ。ルラピケがそう言うので、陽は面食らう。確かに、夫と若い妻が娘の脇を歩いているように見えるかもしれない。


 幽邃が表情を固まらせた後、笑う。 「おいおい、やめろよピケ。こんなダメなオッサンと結婚するほどおれは優しくないからな」

「そうだ。お前は優しくない」 陽はそっけなく言う。 「そして、私は優しくない女性とは結婚しない」


 少しの間、三人は黙ってグランドグリーンの中を歩く。音楽教室からピアノの音が聞こえてくる。スーパーの中から宣伝文句が漏れ出している。パソコンショップの中から「安心サポォォォト!」と情熱の店内放送が流れてくる。ノスバーガーがそこの角を曲がれば見えてくる頃になって、幽邃がさりげなく呟いた。


「手、繋いでみるか?」


 陽は幽邃を見る。無表情だ。視線はまっすぐ前に向けられて動かない。まるで首だけ石化したかのようだ。

 陽は訊く。 「どういうことだ」

「こういうことだよ」 幽邃がルラピケの右手を握る。陽は合点が行き、ルラピケの小さく冷えた左手をとる。ルラピケは嬉しさを溢れさせるように、「ふふ」「えへへ」と笑いをこぼす。喜色満面。両親を思い出したのかもしれず、陽は物悲しいような複雑な気持ちになる。


「じゃあ、アレやってみるか。大人が子供の手を繋いでぶらんって持ち上げるやつ」


 幽邃がそう言うので、陽はルラピケの手を握った右腕に力を入れる。

 ばんざいしたルラピケの小さな体が、ふらりふらりと宙に浮く。陽が口角を上げ、幽邃が微笑み、ルラピケがはしゃぐ。作り物で奇妙な色合いの鹿が、どこか寂しげにそれを見つめている。

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