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本名、《山田 夕陽のハイビスカス》  作者: かぎろ
第三話「地底人、地上を歩く」
7/21

 グランドグリーンは陽のパン屋から徒歩五分程度のところにある。


 ルラピケは陽の茶色いコートを着ている。ダボダボで、腕が完全に隠れている。少しずれた白いニット帽も、ルラピケの小ささを際立たせている。幽邃はその姿を絶賛し、抱きついたりしていた。どこに魅力を感じるのか陽にはわからないが、子供というのは母性的な女性の感情を刺激するものなのだろう。

 陽が見る限り、ルラピケは観覧車が近づいてくるにつれて、段々嬉しそうになっていった。 「お父様に頼んで城の隣に観覧車を立ててもらおうかな」 などと訳の分からないことを呟いている。初めての地上だというのに物怖じしていない。むしろ新しい環境を存分に楽しんでいるようだ。陽は、ルラピケが車を見たら 「ぎゃああ、鉄のイノシシじゃああ」 などと叫んで気絶するのではないかと思っていた。


「つまらん」

「何がだ、陽。ほらピケ、あれが入口だぜ」


 そこには大恐竜が佇んでいた。

 首の長い草食恐竜だ。緑色の肌が日光を反射している。今にも動きそうだ、という雰囲気には程遠い。だが、遠くから見るぶんには、非日常的な世界を連想させる佇まいではある。グランドグリーンの訪問者を最初に迎えるその巨像は、迫力があるというより、むしろ古臭さを陽に感じさせる。他にもグランドグリーンの中にある様々なオブジェに時代錯誤感がある。

 五年ほど前に建てられたのだが、もう少し近未来的だったり幻想的なデザインにできなかったのか、と思う。


「もう少し近未来的だったり幻想的なデザインにできなかったのかよ」 幽邃も陽と同じことを思っていたらしい。

「例えば何だ?」

「あの恐竜をエヴァンゲリオンに替える」


「あれはフェトットトチリャスですか?」 ルラピケが人工大恐竜を指差す。 「我が国ポェリソラッソスの西部に、あの動物と似たものが生息しています」


 陽は思わず 「なんだと?」 と聞き返し、幽邃は 「本当かよ」 と笑っている。恐竜は無表情で三人を見下ろしている。






 ▽






 まず昼食をとることにした。そのことには三人とも意見の食い違いはなかった。だが、陽と幽邃がどの店で食べるかについて対立する。犬の像が汚らしくその口から水を吐き出している噴水のそばだった。ルラピケがそれに見とれている間、幽邃と陽は語りだす。


「どう考えてもノスバーガー一択」 幽邃が言う。 「テリヤキバーガーの旨さが理解できないやつはオッサン」

「私はオッサンだ」 陽がいらいらと首を振り、人差し指を立てる。 「あれのどこがいいんだ。だから梅干族の好みは理解できん」

「何だよ梅干族って」

「梅干が好きだという理解不能な嗜好を持つ種族のことだ。そんなことより、いいか。ラーメンはこの世で二番目に美味しい食べ物だ。ちなみに一番はパン。そこは譲れん。ラーメンなら大体何でもいけるが、特に美味しいのがとんこつラーメンだ。あの風味は間違いなくラーメン最強の肩書きを与えられても誰もが納得する美味しさだ。そして」


 幽邃はサーカスの象をかたどった三メートルほどの像を見ているルラピケに微笑みかけ、その白いニット帽を被った小さな頭を撫でる。ルラピケは更に嬉しそうになり、何であのキョペレッホの偽物は変な色をしているのですか? などと幽邃に質問する。幽邃はハハッと笑って、新種だよ、と間違いを教える。


「チャーシューやメンマは確かに美味しい。だがしかし、私が注目しているのは海苔だ。スープに浸かってふにゃふにゃになった海苔を口の中でとろけさせる。あの食感はたまらない。そして主役の麺だ。私は細麺が好きなのだが、いつかラーメンの店で食べたあの細麺は最高に美味しかった。どこの店だったかな。とにかくあれは完璧だった。ああ、想像するだけで涎が出てくる。我々は絶対に光楽苑でラーメンを食べるべきだ。というか、聞いてるか?」

「ユウスイさん、じゃああのリトロムィも新種ですか?」

「あれは突然変異」


「あ、パン屋さんです!」 ルラピケがずれてきたニット帽をくいっと上げて、言う。 「パンはピケが最も好きな食べ物の一つです」


 ルラピケが指した看板には世界のパン・ザキヤマと書かれている。店名の字のデザインを見て、気障だな、と陽は思う。誰もが一度見れば 「ほほお」 と唸るほどの美しさを持っている。陽は感じる必要のない敗北感に見舞われ、芸術的で腹が立つな、とひがむ。

 看板の美しさが目を引くが、味もかなりのもののようだ。ガラスの扉の向こうで飴に群がるアリのようにひしめきあう客の量が、この店の繁盛具合を示している。陽のパン屋と違って、普通の形のパンばかりだ。陽は思う。バカめ。パンは形が命である。そう心の中で呟きながら、自分の何度焼いても美味しいパンを作れないという現実から目をそらす。


「ああ、ここ旨いらしいな。パンにするか?」 幽邃がルラピケの頭を撫でながら言う。

「この店はダメだ」 陽が首を横に揺らす。 「ここはアンパンマンパンを売っている」

「だから何だよ」

「アンパンマンとは何ですか?」 ルラピケが小首を傾げる。


「アンパンマンはパンの神だ」 陽がそう言うので、幽邃が噴き出す。陽は構わず続ける。 「恐れ多くもアンパンマン神の御顔をジャム老師の許可なく量産し喰らうなど、神の冒涜に他ならない。このパン屋はクズだ」


「ナルホド〜」

「違うぞ、ピケ。このオッサンが言うことは八割方、嘘だ」

「ナルホド〜」 そう繰り返すルラピケは、 「なるほど」 という日本語の響きが気に入ったらしい。何度も呟いては、楽しそうに頷く。それを見ながら陽は子供の頃の記憶を思い出す。面白い外国人の名前を調べては、 「グオ・チンチン!」 「ニャホニャホタマクロー!」 などと双子の兄と一緒にわめいていたっけ。


 今頃兄はどうしているだろうか、と陽は考える。兄は、陽と同じDQNネームを持つ人間でありながら、就職に全く困らないほどの能力を持っていた。しかし人間的に大きな欠点があった。

 演説が異常なまでに大好きなのだ。遠くでウグイスが鳴けばこれみよがしにウグイスに関するどうでもいい知識を語りだし、道端で犬のフンを見かければ 「光の速さでウンコをしたらどうなるか知っているかね?」 と価値の見出せない情報を嬉々としてひけらかす。友達はそこそこ多かったが、恋人はできたことがないようだった。当然だ。デートの途中で光速ウンコの話を始められれば誰だってしらけてしまう。

 陽は幽邃に兄の欠点について話したことがあるが、 「つまり同族嫌悪ってヤツ?」 とだるそうに言われた。陽には、意味が分からない。






 ▽






 結局、幽邃の意見でノスバーガーに入ることに決まった。陽は弱肉強食という四字熟語の意味を改めて実感する。そして、いつか年功序列という四字熟語の意味を幽邃に思い知らせてやろう、と達成できそうにない目標を作る。


 ノスバーガーまで行く途中、車がまばらな駐車場付近のステージがある。二人のミュージシャンがアコースティックギターを抱えてなにやら甘ったるいラブソングを熱唱していた。アイラブユー、と連呼しているので、陽は、アイドントラブユーと呟きたくなる。


「あれはノノモッポ……ギターですね!」 ルラピケがはしゃぐ。 「いい音色を奏でています」


 確かに技量自体はありそうだった。曲が終わり、ミュージシャンの一人が 「メタルとバラード、どっちが好きだい?」 と叫んでいる。観客はまだノリノリとは程遠く、その問いは誰にも答えられずにむなしく消えていった。そうなることは織り込み済みのようで、構わず話を続けている。


「大川が好きそうな曲だな」 幽邃が陽の知らない人の名前を口にした後、 「あ、あれ大川じゃね? 聞きに来てたのか」


 陽は背が高い男の後ろに忍び寄る幽邃を見る。そしてミュージシャンの片方、ハーモニカホルダーをつけた男を眺める。

 おや、と思う。何か見覚えがあるぞ。高い鼻がどこか日本人離れした印象を受ける。会ったことがあるかもしれない、と陽は感じ、誰かに似ているのだ、と記憶の中で既視感の答えに近づく。しかし、誰だ。目を細めてもよく見えない。幽邃が戻ってきたのを見て、人垣をかきわけハーモニカ男に近づくのを諦める。


「大川の野郎、相変わらずこの世がラブソングで回ってるとかほざきやがって……おい、ピケはどうした?」

「ルラピケか? ここに……」


 いなかった。陽は背後を見る。いない。人垣の間を見る。手を繋いだカップルがいるだけだ。まさかと思い、ミュージシャンのいるステージを見る。流石にいないのでほっとする。しかしほっとしている場合ではなかった。

 白い車が走っていた。可愛らしい軽自動車だ。窓から赤い髪と白いニット帽が見えた。陽から見て右から左へ、車は進む。駐車場だというのにスピードを出している。そのためルラピケの姿が見えたのは一瞬だった。陽はぽかんとした。幽邃が陽の隣で 「ピケ?」 と呟く。車が遠くなり、駐車券発行機の横で停車する。その頃になって、陽はルラピケが誘拐されたことに気づく。


 おいおいおいおい。そう心の中で読経のように呟きながら、陽は、今まさに駐輪場で自転車を降りた人からそれを奪い取る。借りますね、と丁寧に犯罪宣言しサドルにまたがる。あっはい、などと言って状況を飲み込めていない自転車の持ち主。陽は申し訳なくなるが、こうするしかない。後で自作のパンツパンを渡して許しを請おう。よし行くぞ、とペダルを踏みつけようとする。その時、ぐらりと自転車が揺れて陽の肩に手が乗る。


「前の車を追ってくれ」 幽邃が後ろに乗ったのだ。

「私が死ぬまでに言ってみたい言葉の一つを他人に使われるのには、悔しいものがあるな」


 ペダルを思いっきり踏みつけると、自転車がしぶしぶ前に進む。次第に乗り気になっていき、下り坂に差し掛かると発狂したようにスピードを上げた。持ち主以外の他人に乗っかられた車体は、二人の重さでカチャカチャ軋む。

 白い車はグランドグリーンの敷地を出たところだった。遠い。敷地を出る時にしばらく止まってくれることに賭けていた陽だったが、これでは追いつけない。諦めかける陽だったが、幽邃の声で自転車をこぎ続ける気力を取り戻す。


「あー、佐藤? ああゴメン田中ね。田中さぁ、この近くにいる? 了解、誘拐犯が乗った白のピーノが今グランドグリーン出たから追跡よろしく」


 幽邃はお気に入りの黒い携帯電話を、パチンと勢いよく閉じた。

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