#1-2:精神的主柱
「引き続き、応援・お付き合いのほど、よろしくお願いいたします!」
夜の闇が、待ち受ける戦場の恐ろしさを映し出しているようだった。
指定された合流地点には、百人隊と思しき一部隊と一握りの雑兵たちが集結していた。
使い古された鎧。武器も、ところどころ、刃こぼれしている。
死地へ向かうには、あまりに貧弱で、あまりに絶望的な軍容に思えた。
誰もが「使い捨ての駒」であることを確信できる、哀れな部隊。
百人将、李 芳蘭。
彼女が、この哀れな部隊の隊長だった。
その周囲には、鋭く、冷たい緊張感が漂っていた。
「貴方が、伯 志文ね……初陣で功を上げたのに、総大将に喧嘩を売った『死にたがりの男』」
芳蘭は、志文の刃こぼれだらけの粗末な剣を見つめ、挑発的に尋ねた。
志文は答えなかった。
答える必要もないように思えた。
そして、彼女もまた、答えを期待していないように思えた。
芳蘭は、予想通りだとでもいうように、軽く頷いた。
「この任務は片道切符よ。……帰りたければ、今すぐ消えなさい。上には適当に報告しておいてあげるから」
悪意は感じられなかった。
親切心というわけでもなく、ただ、”お荷物”を抱えたくないという理由。
そんな風に思えた。
「いらん」短く返す。
必要以上に関わるのは御免だ。勿論、心中する気もない。
「なッ!貴様、隊長に向かって何たる口をッ!」
「構わないわ」
芳蘭の言葉で、怒号を飛ばした兵士が口ごもる。
隊の規律が整っているのがわかる。
きっと優秀な将なのだろう。
一方、芳蘭は志文に興味を持っていた。
絶望的な状況下で、なおも不遜なまでの自信を漂わせるこの男に、戦場での興奮とは異なる興味を覚えていた。
「……面白い男ね……」
芳蘭は、不敵に笑った。
かくして、一行は龍牙関へと出発した。
月明かりだけが頼りだった。
小夜の行軍だった。
交戦は極力避ける必要があった。
死傷者が出れば、それこそ、生還は絶望的になる。
そこは鬱蒼とした森の中だった。
遠くで、月明かりに照らされて、龍牙関が姿を現していた。
森に入ってから、ほどなくした頃。
「……魯国軍の斥候隊だ!」 隊の一人が慌てたように叫ぶ。
「静かにしろ」
そう告げるには、遅すぎた。
斥候隊は、既に貧弱な部隊の姿を捉えていた。
数は三十名ほど。
けれど、貧相な部隊の様相から判断したのか、一気に距離を詰めてくる。
「援護はいらん……先に進め」
土煙を蹴立てて、敵の中へとただ一騎、飛び込んでいく。
一人で飛び込む方が、楽だった。
敵が油断する。
なにより、一人の方が戦いやすい。
守るべき者は、時に重荷となる。
「衛国の虫けらが、死ねぇ!」
頭上から振り下ろされる十数本の剣。
緩慢な軌跡だった。
ガキンッ!
鉄と鉄が噛み合う音が響いては消えていく。
ドスッ! ドスッ!
鈍い音が森に響くたびに、魯国兵が泥の中に沈んでいった。
「な、なんなのだ、この男はッ……!」
残った斥候たちが背を向けた時には、既に志文の剣が、彼らを捉えていた。
左右に振るわれた剣が、月光を反射しながら、煌めいていく。
わずか数分。
魯国の斥候の群れは、物言わぬ兵士へと変わっていた。
冷たい月明かりが、鬱蒼とした森を照らしていた。
後方でそれを見ていた芳蘭は、微かに槍を握る手を震わせていた。
「まるで……呼吸をするように人を斬るのね……」
別に恐ろしいとは思わなかった。
ただ、ここまで簡単に人を屠れる男を知らなかった。
洗練され過ぎているように思えた。
森を抜けると、龍牙関の裏門がその姿を現す。
高い城壁。重厚な関門。
堅牢という言葉がよく似合う関所だった。
「公孫穆……」
誰かが呟いた。
公孫穆。
その名を知らない者は衛国にはいなかった。
今の魯国の頭脳とも言われる男。
それが公孫穆だった。
「援軍よ」
芳蘭の叫びと共に、関門の城壁から、紐が降ろされる。
紐を手繰り寄せながら、城壁を登っていく。
龍牙関に入ると、その堅牢さとは対照的に、関所はどんよりとした空気に包まれていた。
士気が地に落ちている。
それが目に見えてわかった。
士気が落ちていることを誰も隠そうとすらしなかった。
飢えと疲労。
腐敗した王都の役人たちが、兵站を抜き取ったことの弊害が、関所全体を覆っていた。
魯国軍五万に対し、衛国軍は五千。兵糧は三日分未満。
士気が低いのは当然だった。
龍牙関に入ってから、時折、鋭い眼光が志文の背を射貫いてくる。
足音を消して歩く癖。左右を素早く見回す癖。冷淡な瞳。
およそ、戦場にいる者が持つ癖ではなかった。
(袁興の暗殺兵か……)
袁興にとって、戦の勝敗は重要ではなかった。
自分を邪魔する者を徹底的に排除する。
今までも、そうして、ずっと生きてきたのだ。
衛国軍の将軍、韓忠が、憔悴しきった表情で志文を出迎える。
既に、その目には、敗北を悟り、諦念が浮かんでいた。
「伯志文。斥候隊を破ったと聞いた。だが、見ての通り、ここは地獄だ。我らがどう足掻こうと勝ち目はない」
韓忠は、憔悴した目を地に落とし、話を続けた。
「魯国軍の軍師・公孫穆は、我々の兵糧がまもなく底をつくことを把握している。あと三日で、この関所は落ちるだろう……援軍はありがたいが、無駄骨だ……」
「将軍。公孫穆とて、人の子。完璧ではないはずです。勝機はあるはずです」
韓忠は、力なく笑った。
「そなたもいずれわかる。士気は落ち、兵糧もじき尽きる。どこに、その”勝機”とやらはあるのだ?そんなものは、端からなかったのだ……」
志文は、韓忠に背を向けると、関所の天辺へと向かった。
これ以上、話しても無駄な気がした。
自分は生きて帰ると誓ったのだ。
諦めるわけにはいかなかった。
天辺へと向かう志文を、衛国軍の兵士たちが訝しそうに見上げる。
「何が始まるんだ?」
「どうせ、大したことじゃねぇよ……」
そんな声が、耳に次々と届く。
眼下には、龍牙関の兵士たちが広がっていた。
「聞け」
静かな声が関所内に響く。
「魯国は、我々を三日で地獄に落とす。降伏などという生温い選択肢を奴らは受け入れないだろう。価値を示さない者を生かすほど、奴らは甘くない。何より、我が国への見せしめになる」
兵士たちの顔が青ざめていく。
「たしかに一理あるぞ……」
「俺はまだ死にたくねぇ……」
「つまり、我らに敗走という選択肢はない!死か、勝利か、二つに一つだ!」
志文の張り上げた声は、関所全体に響き渡った。
「三日間、諸君らの命を預けよ!魯国の五万を沈めてみせよう!腐敗した王都を見返すため、そして生きて帰るために、この俺が勝利に導くと約束しよう!」
勝算を考えるのは後の話。
今は、地に落ちた士気を回復させるのが優先だった。
精神的主柱。
今の兵士たちに、そんな人物が必要だと、志文は判断したのだった。
兵士たちの間に、微かなざわめきが走る。
「貴様!一兵卒の分際で!」 そう憤る将校を韓忠は片手を上げて制した。
「少なくとも、私に策はない。好きにさせろ。それに、どのみち、志文の言う通り、我らに、撤退は許されていないのだ……」
反撃の狼煙が上がろうとしていた。
【お読みいただきありがとうございます!】
次話は、「開戦」です!
ふっと二言:「袁興が、志文を狙うのは、実は他にも理由があるのですが……それはまた後々……」
~これからも、応援・お付き合い頂ければ、幸いです!~
—―—―—―—―【他作品もよろしければ!】
更新をお待ちいただく間に、こちらの作品もご一読いただけると幸いです!
―――
・「一生を病室で終えた俺、呪いが解けて、天下獲る~貧村に捨てられたけど、"最強"に魔改造します~ 」
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