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幼女になった落第聖女ですが、騎士団で女神と呼ばれています〜騎士公爵様がお探しの最愛はすぐ側に〜  作者: 海空里和
第一章 出会いのジャムパン

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出会いのジャムパン⑥

 いつの間にか辺りに行き交っていたはずの騎士たちがいない。奥に進めば、騎士たちが集まっているのが目に入った。


「押すな! 順番だ!」

「この前の食べられなかったやつが優先だろ!」


 なんと騎士たちが、パンを持ったシリル様を囲んでもめている。本当に争奪戦だ。


「はい! ちゃんと並ばないと持ち帰りますよ!」


 あぜんとしていると、シリル様の一声で騎士たちが一斉に並んだ。さすが集団訓練をしているだけある。綺麗にぴしーっと並んでいる。


「これは、ブルーベル師長のご厚意で用意されたものですからね! 感謝するように!」


 おおおーと騎士たちから歓声があがる。パンを手にした者は、崇拝するように頭上に掲げている。


(お、大げさすぎない?)


 ちゃっかりお兄様の株を上げることも忘れないシリル様に苦笑する。

 しかしこれでは、出て行きにくくなってしまった。


「うまい~! さすが朝食の女神のジャムパン!!」

(その二つ名、騎士団にまで!?)


 わたしは女神なんかじゃない。本当の女神は、聖女のことだと思う。その証拠に、騎士たちの手には聖水の瓶が握られている。

 淀んだ騎士たちの魔力は、聖女が聖力を注いで作った聖水によって払われる。直接触れて払うこともできるが、聖女はお母様が引退してからセシリア様お一人のため、大勢の騎士を救うために聖水が作られているそうだ。

 騎士たちがパンを美味しく食べられるのも、聖水で魔気を払い、元気になったから。


 美味しそうにパンを頬張る騎士たちに嬉しく思うも、なんとなく出て行けない。


(あれ? ライアン様がいない?)


 よく見れば、騎士たちはみんな青い騎士服を着ている。ライアン様は確か黒の騎士服を着ていたはず。


(だから黒騎士って呼ばれていたのかしら?)


 一人だけ違うなら、目立つはずだ。それなのに黒い騎士服の人は見当たらない。


(近くにいらっしゃるかしら?)


 みんなの前に出る勇気はなくなってしまったけど、ライアン様には改めてお礼を伝えたい。そう思ったわたしは周囲を探してみることにした。



 来た道を戻り、建物の間を歩いていくと、どこからかうめき声が聞こえてきた。


(人の声……?)


 わたしは耳を澄ませて、その声を辿る。建物の裏側に回れば、うずくまる黒い塊を見つけた。


「ライアン様!」


 わたしはすぐにライアン様に駆け寄った。


「……? 君は……パン屋の? どうしてここに」

「パンを差し入れに来たんです」

「ああ……今日だったか……君は……手伝いに?」

「無理して話さなくても大丈夫です!」


 息を荒くし、ライアン様の額には汗が滲んでいる。


「怪我でもされたのですか?」

「いや……」


 ライアン様の身体を見渡せば、外傷はない。


(魔力の淀みならば聖水で払えるはずだから、何か他の……?)


 ハンカチを持ち合わせていなかったわたしは、左手の手袋をはずして折りたたむ。そしてライアン様の額の汗を拭った。


「……君の手袋を汚してしまう」

「いいんです。それよりも、聖水は飲まれたのですか?」

「ああ……」


 ぐったりと壁にもたれかかるライアン様の汗は、拭いても拭いても噴き出してくる。

 きっちりと閉じられた詰襟が苦しそうで、わたしは上のホックをはずして緩めてあげた。――瞬間、びりりと左手に雷が走った感覚に襲われた。


「――っ、」


 思わず手をどければ、ライアン様の首の付け根に禍々しい紋様を見つける。これは――。


「黙っていてくれ!」

「きゃっ!?」


 真剣な顔で、ライアン様がわたしの左手を掴む。


「あの……それって……」

「呪いだ」


 やっぱり、という思いでライアン様を見た。ライアン様は苦しそうな顔で続ける。


「どうやら魔物にかけられたらしい。騎士が呪いを受けるなんて、あるまじきこと――騎士たちの士気にも関わる。だから黙っていてほしい」

「わかりましたから」


 苦しいはずなのに騎士団のことを第一に考えるライアン様に、心臓がぎゅうっと潰れそうだ。ああ、わたしになにかできたらいいのに。


「聖水は効かないんですか? せめて誰かに相談を――」

「信頼できる人物には相談した。君はこれ以上心配しなくていい」


 泣きそうにライアン様を見つめれば、彼は優しくわたしの頭をなでてくれた。

 お兄様とは違う、ごつごつとした大きな男の人の手。


「辛いのに、わたしになんか気遣わないでください」


 ライアン様はやっぱり優しい。苦悶で顔を歪ませながらも、わたしにかける声色は温かい。


「店主殿?」


 ライアン様のわたしを気遣う声に、ますます涙腺が緩む。


「なにもできなくてごめんなさい……」

「君が謝ることでは……」


 いいえ、わたしは聖女になれなかったできそこないなんです。心の中で呟いて、そっとライアン様の首元に騎士服の上から触れた。


「痛いですか?」

「いや……魔物と戦ったあとは発作のように痛みが増すが、こうしてやり過ごしていればじきに治まる。……ほら、落ち着いてきたようだ」


 ライアン様が息を吐く。額の汗も引いている。ホッとしつつも、戦闘のたびにライアン様が苦しんでいるのだと思えば胸が痛んだ。


「……甘いにおいがする」


 無表情のまま、ライアン様が地面においていた籠に目をやった。


「あ、そういえばライアン様へお礼に持ってきたんです」


 顔色が良くなったライアン様に安堵しつつ、わたしは籠の中身を見せた。


「当然のことをしたまでだ。お礼なんていい」


 しょんぼり籠を下げようとすれば、ライアン様の手がそれを阻止した。


「……だが、ちょうど腹が減っていたんだ。いただいてもいいか?」

「は、はい!」


 ライアン様の優しい気遣いに、わたしは笑顔で答えた。


「どうぞ!」


 食べやすいように片手サイズで作ったアップルパイをライアン様に差し出す。


「いや……自分で……」

「でもまだ動くのも辛いですよね? わたしの前では無理しないでください!」

「……」


 にこにこと口元にアップルパイを差し出せば、ライアン様は目を閉じ、サクッとパイをかじった。もぐもぐと咀嚼し、目を開く。


「うまいな」

「本当ですか!?」


 無表情なライアン様の口元がほんの少し緩んだのを見て、わたしは喜びでライアン様の顔をのぞく。


「っ、ああ……」


 ふいっと顔を逸らしながらも、残りのアップルパイをわたしの手から取って食べる。そんなライアン様を、動けるようになって良かったなとわたしは笑顔で見つめていた。

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