出会いのジャムパン⑤
「お兄様、ライアン様をご存じなの!?」
「知ってるも何も……リーサこそライアンを知っているのか?」
くわっと前のめりになったわたしに、お兄様が目を瞬く。魔法省で働く人は、研究者と魔法騎士団に分かれる。お兄様はときどき騎士団の助っ人として魔物討伐にも参加するらしいから、ライアン様を知っていてもおかしくはない。
「この前、パンを買いに来てくださったの。そのときトラブルから助けていただいて、パンをプレゼントしたんだけど……」
「は~ん、なるほど。ブルーベルベーカリーの話が出たのはそういうわけか」
「え!? ライアン様、ジャムパンを気に入ってくださったって!?」
話の途中だが、わたしはお兄様にずずいと迫る。
「それが、騎士たちに全部食べられて、ライアンは食べられなかったようだ」
「そうなの……?」
明らかにがっかりしてみせたわたしの肩に、お兄様が手を置く。
「ま、そういうわけだから、リーサに来てもらったわけだ」
「親友の騎士団長様に頼まれたのよね?」
お兄様は目をぱちくりさせると、にかっと笑った。
「そうそう。自慢の妹のパンを食べさせようと目論んでいたら、あっさり騎士団への差し入れが許可されてさ。リーサのおかげだったんだな」
「???」
お兄様がわけのわからないことを言うので、首を傾げた。
ライアン様が持ち帰ったジャムパンが、騎士団で好評だったからということだろうか。
(まあ、国の要である騎士団に変なものを持ちこませるわけにはいかないでしょうからね)
ブルーベル領では当然のように使っていたこの能力も、王都では気持ちの悪いものなのだから。バレないように気を付けようと、身に付けていた手袋をぎゅっと引っ張る。
「ブルーベル師長、騎士団は女性立ち入り禁止では」
「え?」
言葉を挟んだシリル様とお兄様の顔を交互に見る。
「いーんだよ。団長のあいつが決めたことだろう? 妹がパンを持って行くことは言ってある。それに、副師長のお前が一緒に行くんだから受付は通れるだろう」
「えっ!?」
シリル様、副師長だったのか。
わたしは驚きで固まる。部下とはいえ、そんなすごい人をわたしのお迎えや案内に使うなんて……。
わたしはシリル様にパンを詰めた木箱を運ばせたことを思い出し、青くなった。
「アリッサ様、お気になさらず。ブルーベル師長の無茶ぶりはいつものことなので」
「おい」
シリル様は大きな溜息をつくと、わたしを気遣うように優しく微笑んだ。半目で睨むお兄様は無視だ。
「ま、そういうわけだから、頼んだぞリーサ。兄の顔を立てると思って、騎士団にパンを届けてくれ」
「わかりました!」
軽い口調だが、お兄様は魔法省研究チームの師長だ。魔法騎士団との関係は円滑に保たれなければいけない。
わたしは与えられた任務に、きりっと答えた。
「自慢の妹のパンを見せびらかしたいだけでしょう」
「シリル?」
「師長の意図は理解しております」
わたしの頭をなでていたお兄様が、後ろにいるシリル様へ冷ややかな視線を送る。
ぼそっと呟かれたシリル様の言葉は、わたしには聞こえなかった。首を傾げれば、お兄様が気にするなと笑顔でまた頭をなでる。
(もう、また子ども扱いして)
「――時間だ。妹を頼んだぞ、シリル」
「はい」
胸元から懐中時計を取り出すと、お兄様が真面目な表情に変わる。シリル様がうなずくと、お兄様は転移魔法であっという間にその場から姿を消した。
(あいかわらずすごいなあ……)
お兄様の魔法に惚れ惚れしてしまう。その才能は王国一だ。落ちこぼれのわたしが領地でのんびり暮らせるのも、お兄様が王都で活躍してくれているおかげでもある。
(本人はどうってことない顔をしてるのが、またすごいんだよなあ)
「ブルーベル師長はアリッサ様の前では本当の笑顔を見せられるのですね。人間らしいところがあって安心しました」
お兄様が消えた空間を見つめ、シリル様が微笑む。わたしは、ん? と首を傾げた。
「お兄様はいつもにこにこしていて、お優しい方では?」
「ああ。にこにこされていますが、腹ぐ……コホン」
「はらぐ?」
何かの魔道具だろうか。じっと見つめるわたしに、シリル様は「何でもありません」と笑った。
「あっ……」
わたしは、話を逸らされてすっかり忘れていたペンダントの存在に気づき、胸元を握りしめた。
(まあ……使わなければいいよね?)
そこからは馬車に乗り、騎士団がある場所へと向かった。騎士団の駐屯地は王城を挟んで魔法省の反対側にあるらしい。
魔法省の紋が入った馬車は、騎士団の門をあっさり通っていく。敷地に入れば、場が騒然としているのがわかった。
多くの騎士たちが泥まみれになり、中には血を流している人もいる。ガヤガヤと行き交う騎士たちを見て、わたしは息を呑んだ。
「……シリル様、様子がおかしいです」
「今日は魔物討伐の日でしたから」
シリル様が窓から外をのぞく。騎士団は魔物討伐の帰りのようだ。シリル様がしれっと答えているのを見るに、これが日常なのだろう。魔物が出ない領地でのんびり暮らすわたしにとって、この緊迫した空気は足がすくんでしまう。
――落ちこぼれのなりそこない。
わたしにそう言ったのは誰だっただろう?
魔物と戦う騎士のために、聖女は必要不可欠だ。そうなれなかったわたしは、ここに足を踏み入れてはいけない気さえしてきた。
「私がパンを届けてきます。アリッサ様はここで待っていてください」
顔色を悪くしたわたしに気づき、シリル様が気遣う。
「え……でもとてもパンなんて空気では……」
殺伐としているのに、のほほんとパンなんて差し入れていいのだろうか。それよりも聖女が作るポーションのほうが喜ばれるのでは。そう思っていると、シリル様がにっこりと笑った。
「王都でも希少なブルーベルベーカリーのジャムパンを喜ばない人などおりません。騎士たちも討伐帰りでお腹が空いているでしょう。きっと争奪になりますよ」
馬車の座席を開け、シリル様がパンの木箱を取り出す。魔石によって大量の収納を可能にされたそこから、シリル様の魔法によって幾重にも木箱が空中で重ねられていく。
「では」
木箱を宙に浮かせたまま、シリル様はスタスタと奥へ歩いて行ってしまった。
ぽかんとしていれば、手元の籠に気づく。もしライアン様に再会できたら、この前のお礼に渡そうと思っていたアップルパイだ。もちろん中のりんごは、わたしの能力でコンポートし、味付けしたもの。お兄様の分と合わせて二つある。
(お兄様の話では、ライアン様はこの前のジャムパンは食べられなかったのよね)
彼にお礼を渡したい。そう思ったわたしは籠を持ち、意を決して馬車から降りた。
(それに、お兄様に頼まれて名代として来たのに、顔を出さないなんて騎士団にもパンにも失礼だわ)
作ったのはわたしなのだから、生産者がきちんと顔を見せないと。わたしはぐっと前を向くと、シリル様が向かった方向へと歩き出した。




