疑惑と励ましのピーチパイ②
「どうぞお通りください」
翌日、ライアン様に連れられて来た魔法省は、彼のおかげで難なく入ることができた。
お兄様とわたしの繋がりをセシリア様に知られるわけにはいかないから、お兄様はライアン様に送り迎えを頼んだのだろう。
「リーサ、行こう」
「う、うん」
ライアン様から手を差し出され、わたしは自身の手を重ねる。大きな手にすっぽりと包み込まれると、わたしはそのままライアン様に抱きかかえられてしまった。
「あ、歩けるよ!?」
ライアン様はわたしが倒れたことでさらに過保護になっている気がする。慌てて顔をのぞきこめば、ライアン様は優しくわたしの頭を撫でた。
「今日は朝から疲れただろう。病み上がりなのに騎士団のためにありがとう」
「あ……」
ふわりと笑ったライアン様のその顔に、わたしの目は釘付けになった。
ライアン様はいつからこんなに笑ってくれるようになったのだろうか。優しいけど無表情だったのに、こんなふうに微笑まれたら心臓が煩くてかなわない。
「俺が食べられないのが残念だ」
そんなことまで言う。ふっと笑みを向けるライアン様に、わたしは恥ずかしくて視線を逸らした。
今日は朝のうちに、騎士たちのおやつも作り置いてきたのだ。今日は桃を使ったケーキで、ライアン様はそのことを言っているようだ。
騎士たちにはわたしが倒れたことは秘密にしてある。どうやらライアン様が飲む聖水と、騎士たちが飲むものは別に管理されてあるらしい。どおりでセシリア様がライアン様をピンポイントで狙うのが容易のはずだ。
(だからお兄様はライアン様に聖水を飲まないように言ったのね。でも魔力の淀みはどうするの?)
きっとそのこともお兄様から聞けるだろう。事情徴収とは言っていたが、今日行うのは、今後の作戦会議に違いない。お兄様のほうでセシリア様の動きを掴めていたらいいな。
難しい顔で考え込んでいると、ライアン様が足を止めてわたしを覗き込んだ。
「リーサ? やっぱり具合が悪いか?」
「――っ!」
こつんとライアン様のおでこがわたしのおでこに重なる。
(ち、近いわ!!)
キリっとした美しい金色の瞳がわたしを映している。鼻も触れ合いそうな距離で息ができない。ドッドッドッと心臓の鼓動が早くなり、わたしの顔に熱が集まっていく。
「む……少し熱いか? やはり昨日の今日で無理があったのでは……しかし騎士団に戻るにもリーサに負担がかかる……。ハリソンの部屋で休ませてもらうか? 治癒魔法の使い手も呼ぼう」
「だ、だ、大丈夫だよ!」
顔の近いライアン様の胸を押し、顔を逸らす。腕が短いから全然距離ができない。うう。
「そう言って無茶をするのがリーサだろう」
「うっ……」
すっかりお兄様化しているライアン様に、わたしは言い淀んだ。でも顔が熱い本当の理由なんて言えるわけない!
わたしはピシっとライアン様に顔を向けると、ハキハキと告げた。
「子どもだから体温が高いの! わたしは大丈夫だから、早くお兄様のところに行きましょう!」
「……リーサがそう言うなら」
ライアン様はようやく納得してくれて、再び歩き出した。わたしは抱えられたままだけど、この際それは受け入れるしかない。
「辛かったらすぐに言うんだぞ?」
ライアン様の腕が、手が、わたしをしっかりと宝物のように大切に扱う。それがくすぐったくて、わたしは返事ができずにただ頷いた。
「リーサを連れて来てくれてありがとう」
執務室に辿り着くと、お兄様が出迎えてくれた。今日はシリル様はいないみたいだ。
「じゃあ、また迎えに来てくれ」
「いや……」
お兄様の言葉にライアン様はわたしを心配そうに見た。手を広げるお兄様に、わたしを引き渡すのを躊躇っているようだ。
「本当に大丈夫ですから!」
「お前も仕事があるだろう」
笑ってライアン様を見れば、お兄様からは呆れた声が飛んでくる。
「……ああ。リーサに無茶はさせるなよ? 必要なら横にならせて……」
「僕が兄なんだけど!?」
注意を促すライアン様に、お兄様が狼狽える。そのおかしな状況に、わたしは笑ってしまった。
「リ~サああ~」
情けない声のお兄様に、わたしはますます笑ってしまう。お兄様はすごい人で、自慢の兄で。いつもなんでもない顔で大抵のことをやってのけてしまうから、こんな顔のお兄様は新鮮だ。
「ライアン、すごい」
くすくす笑っていると、ライアン様は目を細めてわたしの頭を撫でた。
「本当に大丈夫そうだな」
そう言うと、そっとお兄様にわたしを預ける。ライアン様の腕からお兄様の腕へ。ライアン様の逞しくて安心できる腕がなんだか名残惜しく感じてしまった。
「また迎えに来る」
ライアン様はそう言うと、執務室を出ていった。
「……あいつ、表情が出るようになったな。さすが僕のリーサ」
「なんの話?」
「いや?」
またはぐらかされた。お兄様はいつも一人だけ先を見ていて、説明をしてくれないところがある。ぷうっと頬を膨らませれば、そのままソファーに連れていかれた。そっと背中がもたれかかるようにお兄様が下ろしてくれる。
「体調はどうだ?」
「もうなんともないよ」
「さすがリーサ」
お兄様はそう言うと、ポケットからオーロラの瓶を取り出した。
「それどうしたの!?」
「僕にも神殿から送られてきた」
「えっ」
お兄様は不敵に笑ってみせたけど、わたしは顔を青くした。




